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第七十七話 スフィールト防衛に向けて

 スフィールトにいる俺たちの下に、クーメルやシュルトナーが集めた情報がもたらされ、少しずつ王都の状況が分かってきた。


「スタフィーノ公爵が言っていたことは正しかったようですね」


「ジンマーカスはこれまで巧妙に野心を隠してきましたが、ついに牙を剥いたということでしょうな」


 ジンマーカス公爵が国王として即位するとともに、亡くなったとされていた彼の息子が生きていて、王太子となることが発表されたのだ。


「行方不明になった湖の先の森で瀕死の重傷を負っていたあの男の息子を、鳥や動物たちが養ったらしいですぞ。建国神話に倣ったのでしょうが、ふざけた話ですな」


 シュルトナーはいつにも増して饒舌で、怒りを通り越して呆れていると何度も繰り返して言っていた。


「もう野望を隠す必要もないということでしょう。荒唐無稽な作り話をしても反論する者はいない。そう自信を持っているのです」


 クーメルが言ったとおり、王都にはもう彼に反対する者はいない。

 王都にいた王族はすべて排除されてしまったからだ。



 その後、次々に届く情報はおぞましいものばかりだった。


「ジグスデアル七世の葬儀が行われた大聖堂から、王家の血を引く者たちが広場へ出たところで、弓矢が雨のように降り注いで、全員が亡き者にされたようです」


 当然、葬儀を主催していたジンマーカス公爵とその息子は大聖堂に止まっていたために無事だった。


「犯行は王位を狙う陰謀を暴かれ、王都から逃げ出した叛逆者スタフィーノの残党によるものとされ、スタフィーノ公爵に繋がりのある者が多く捕らえられ、即日、処刑されました」


 その報告に公爵の顔色が真っ青になり、彼は立っているのもやっとという状態になった。


「不幸中の幸いと言って良いのか分かりませんが、主人の奥様は数年前に亡くなり、子息はありませんでしたから。それでもまさか親類縁者がすべて処刑されるとは……」


 彼の家臣のフランドは主君を寝室へ連れて行った後、悲痛な面持ちで俺たちに告げた。


「こうなると王族で残ったのはスタフィーノ公爵のみ。奴が全力を挙げてこちらを潰しに掛かるのは論を俟ちませんな」


 シュルトナーもジンマーカス宰相、いや、今やジャンルーフの国王ジンマーカス一世を名乗っているらしいのだが、奴がスフィールトに兵を送るのは時間の問題だと指摘した。


「ハルト様が公爵と行動をともにしていることは、兵士たちから報告が上がっているでしょうからな。しかも私を魔法で奪還されている。騎兵たちも眠りから覚めれば、さすがにハルト様の仕業と気づいたでしょう」


 どうやら彼を助けるために魔法を使ったことで、俺がスフィールトへ向かったことは明白になったようだ。

 それでもハルト一世の七功臣の一人である彼を見捨てるなんてできるはずもないから、ジンマーカスとの争いは避けられなかったのだろう。


「こうなると、兄上をお連れしたのは正解でしたな」


 アンクレードが指摘したとおり、テーバン兄さんが王都に残っていたら、王族たちと同じ運命をたどっていたかもしれない。


「ああ。そうかもしれないな。でも、俺みたいな小物に対して、今や王になった彼がそこまでするのか?」


 俺は少し不安を感じて、そう答えたのだが、シュルトナーに即座に否定された。


「ハルト様。甘いですぞ。王族まで根絶やしにせんとした奴が、敵対するハルト様を許すはずがありません。それこそ九族まで滅ぼそうとするでしょう」


 彼は俺の不安を煽るようなとても物騒なことを口にする。


「そうなると、田舎にいる俺の家族も危ないのか?」


 テーバン兄さんに対してもそうだったが、俺はこの世界の家族に何となく負い目がある。

 ともに暮らし、養ってもらいながら自分の素性を、異世界からの転生者であることを隠しているのだから。

 家族の皆にとって異分子であることを明らかにしていない罪悪感だ。


 それもあって、家族が俺の勝手な望み、ハルト一世に仕えて高位に昇ろうという願いのために犠牲になるようなことは避けたいのだ。


「ヴェスティンバルのご家族には、すでにハルト様が王都を逃げ出した時にお伝えしてあります。今ごろはかの地を離れ、ラマティアの町に向かわれていることでしょう」


「えっ。いつの間に?」


 クーメルが突然、そんなことを言い出したので俺は思わず質してしまった。


「王都でネマーニャ様を訪ねた時に、少し失礼して協力者に連絡をお願いしておきました。ヴェスティンバルに向かい、領主の一族にラマティアへ難を避けるようお願いするようにと」


 どうやら彼はこのことがあると予測して、最悪の事態を避けるために動いてくれていたようだった。


「でも、家族が言うことを聞いてくれるかな?」


 いきなり知らない奴が現れて「危ないから逃げろ」だなんて、そんなオレオレ詐欺みたいなのに従うのだろうか?


「そのために弁の立つ、そして見た目も誠実そうな者を走らせています。お兄様の消息も伝え、お二人ともが王国から追われる身になったので一時、ラマティアへお移りくださいとお願いしているはずです」


「ハルト。お前の噂は田舎にも伝わってきていたし、私が王都で職を得たのもお前のおかげだと両親には何度も手紙で伝えている。だからたぶん信じてくれると思うぞ。両親はお前のことを心配していたからな」


 テーバン兄さんもそう言ってくれた。

 小さな頃から変わり者で、十五歳でさっさと家を出た末っ子を、家族の皆は気に掛けてくれていたようだ。


「そうなると今度はラマティアが……」


 イレーネ様の父親であるファーフレント卿の治めるあの町に、今度はグヤマーンの軍ではなく王軍が攻め寄せるかもしれないのだ。

 あの程度の町はすぐに陥落してしまうかもしれない。


「いいえ。ヴェスティンバルに送られる兵は大した数にはならないでしょう。ジンマーカスにとって本当に目障りなのはスタフィーノ公爵です。まずは彼を排除してから、私たちなどは後でゆっくりと除けばよいのですから」


「私たちはハルト様にお(すが)りするしかありません」


 ブレマンディは不安そうな顔で俺を見て言った。


「ここまで来てあなた方を差し出したとて、許すようなジンマーカスではないでしょう。王位に昇り、それを息子に伝えるためならどんな手段でもとり、たとえ小石のような障害も余さず排除する。それが彼のこれまでのやり方ですからな」


 シュルトナーの言うとおり、これまでの奴のやり方は常軌を逸している。

 ハルト一世なら、決して許すことはないだろう。


「そうなると、ここに王国軍が殺到してくるわけか。パラスフィル公国の時みたいにはいかないだろうな」


 今回は防衛戦になる。

 今のスフィールトは以前と違い、四方に街道が通じていて、どこから攻められるか分からないのだ。


 もちろん主力は王都であるハルファタ方面から寄せてくる可能性が高いが、それ以外の町を治める諸侯にも動員を掛けるだろう。


「アンクレードの指揮に頼るしかないな」


 俺が顔を見て言うと、彼は驚いた顔をした。


「先日のジャンルーフ王国との取り決めで、スフィールトには兵は百人しかおりませんぞ。これから掻き集めるにしても、王国軍を相手にとてもまともな戦いになどならないでしょう」


 言われてみればそのとおりだ。

 俺はカレークの町の領有を認めてもらう代わりに、兵力の削減を約束してしまったのだ。


 いや、俺ではなくクーメルとシュルトナーがまとめてくれた条件なのだが。


「じゃあ。どうすればいいんだ?」


 大将軍アンクレードなら、百人の兵でもその数倍の敵を防ぐなんてできそうな気がするが、もしかしなくても数倍程度では済まないだろう。

 でも、こんなところで俺だけでなく、ハルト一世の功臣たちが捕らえられ、一生を終えることなんてあってはならないのだ。


「この町は四方に道が通じ、守るのが難しい場所です」


 クーメルがそう言ったので俺は慌ててしまう。

 この町を放棄して逃げ出そうとでも言うのかと思ったからだ。


「一時的に以前のようにここを行き止まりの町にしましょう。軍隊の攻めて来る方向を絞り、ハルト様が対応し易くするのです」


「そんなことって……エルフたちに頼むのか?」


 クーメルが考えたのは、妖精の森を閉じて、町を『どん詰まりのスフィールト』へ戻すことだった。


 たしかに王都方面からしか敵が来なければ、俺が前面に立って撃退することもできるかもしれない。


「四方八方から敵軍に迫られれば、対処する間もなく殺到されて町は蹂躙されるかもしれません。敵の進路を狭めてやれば対応も可能でしょう」


 クーメルの言うとおりかもしれなかった。

 俺としては人海戦術で迫られるのが一番厄介なのだ。


「じゃあ。急いでお願いしないとな」


「そうです。妖精の森へ急ぎましょう」


 新国王の即位に合わせ、王国軍が招集されているから、その矛先をこちらに向ければ、思いの外早くスフィールトへ進撃してくるかもしれなかった。


 俺はクーメルの勧めに従ってエルフたちの長、フィアレナールと交渉すべく妖精の森へと向かったのだった。





【ハルト一世本紀 第四章の二十二】


 シルトへ戻られた大帝は皇妃たちと再会を喜びあった。

 だが、ハルファタからもたらされた報告に大帝のみならず、大帝に従ってこの地を訪れていたスタフィーノも眉を曇らせた。


「あの町が乱れているのは、私がその任を放棄したからにほかなりません。親族が相争うなど、この上なき恥辱です」


 彼はそう言って嘆いたが、大帝は慰めておっしゃった。


「今は闇に包まれているあの町にも、やがて光が射すであろう。汝をシルトに伴って、難を逃れさせることができたことがまさに一条の光となるはずである」


 大帝がそれを信じておられることが、その力強い言葉からはっきりと感じられて、スタフィーノはその有り難さに頭を垂れた。


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