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第七十二話 魔法による開発

「ギマローラ ヴァムフューム キネーセ エフェペボーペ トゥフィザーフェ」


 俺の詠唱の声が俺たち以外、誰もいない街道に響く。

 ここは王都ハルファタ東方の町、メリーシュの郊外だ。



「ハルファタから馬車で一日なんだから、野菜でも作ればいいのに」


 俺はそう思ったのだが、どうもこのあたりは農業に向かない土地らしい。


「土壌が悪いのか?」


 土壌改良となると一朝一夕にはいかないし、面倒だなって思ったのだが、どうやらそうではないらしかった。


「見てお分かりになりませんか? この辺りはいくつもの岡が重なってつらなるような地形になっていて、大きな川もなく、水を得るのが容易ではないのです」


 クーメルは簡単に言ってくれるが、地形は見れば分かるものの、水を得ることが難しいなんてのは、俺なんかには一切分からないのだ。


「そうなのか? そうするとどうしようもないのかな?」


 俺はさっさと諦めて、別の町に向かおうと思ったのだが、クーメルはそんな俺を引き止めた。


「ハルト様お待ちください。岡になった場所を削り、土地を(なら)した上で、井戸を掘ってやれば農地にできると思います」


 なんとも面倒なことをよく考えつくなって思う。

 自分ではできないことなのに俺の魔法の力ならって考えられる彼は、さすがはこの世界を統一するハルト一世の大宰相だってことだろう。


 俺なんて自分でできることでさえ、少し応用が必要になるともうお手上げなのだ。



「エクスプロージョン!」


 爆発を起こす単純な魔法だが、効果は絶大だ。

 千年後にはこの魔法を使って様々な土木工事が行われていたのだ。


「レビテーション!」


 続けて爆発させて削り取った岡の高い部分の土を、低い場所へと運ぶ。


「よろしいですが、もう少しお急ぎいただかないと、まだまだ岡は数多くありますから」


 クーメルは結構、人使いが荒い。

 こういう時はイレーネ様が居てくれると、きっと励ましてくれるのだろうが、彼女は俺の代わりにスフィールトで魔法の先生をしてくれている。


 彼女に魔法を教えたのは間違いだったかもしれないななんて思えてしまう。


「次は井戸だな」


 深い穴を、爆発の魔法と『レビテーション』の応用で掘り進めていく。


「ハルト様。休んでいる暇はありませんぞ」


 今度はアンクレードが俺の尻を叩いてくるが、彼も別に遊んでいるわけではない。

 俺の魔法はあくまで大まかな整地と、井戸の穴掘りだけだから、その後の作業は彼が指揮する工兵たちが進めてくれるのだ。


「この人数では手をつけるだけに過ぎませんが」


 宰相府からせしめた金貨千枚の一部で五十人ほどの兵を募り、彼が指揮しているのだ。


 最初は工兵と言うのも憚られる様子だったのだが、俺が次々に岡を整地し、井戸を掘って行く中で、彼らも次第に作業に慣れてきたようだ。



「とりあえずこんなところかな……」


 一週間、毎日朝早くから日没まだ働いて、メリーシュ郊外の荒地は広大な農業用地となった。

 三日目くらいからは見物人がぼちぼちと現れて、俺たちの作業に見入っていたし、五日目にはついにメリーシュの領主の使いがやってきた。


「あなたはいったい何者です? 我が領内で何をしているのですか?」


 恐る恐るといった様子で俺に尋ねてきた使者に、クーメルが対応してくれた。


「彼はハルト・フォン・スフィールト伯爵。宰相府の命でこの地を開墾しているのです。間もなくして完成したら、ご領主に献上いたします。どうぞお納めください」


 言われてみれば勝手に土地を開墾するってまずいんじゃあと思ったし、アンクレードは工兵とはいえ兵を率いている。

 俺も大概、迂闊だけれどクーメルは分かってやっているのだろう。


「クーメル。これってまずいんじゃないか? トラブルにならないかな?」


 俄かに心配になって聞いた俺に、彼はいつものしたり顔を見せた。


「ご心配には及びません。そろそろジャンルーフ王国内でも、スフィールトにハルト様ありと知る者は増えていますから。それに王宮の命令もありますから、苦情はそちらへ持ち込んでもらえばいいのです」


 強引だなって思うが、王宮や宰相府の命令って、そこまでの威力があるんだろうか?


 でもイレーネ様の父上のファーフレント卿も、グヤマーンの町の暴挙を止めようと王命を求めていたから、それなりの権威はあるのかもしれなかった。


「それにそれぞれの領主の要望をいちいち聴いていては時間がどれだけ掛かることか。私はそれでも構いませんが」


 俺がそれでは困ると言い出すことを分かって言っているのだろう。

 クーメルはちょっと意地悪な気がする。


 それでもこうして時間が掛からないようにしてくれてはいるのだろうが。



「じゃあ。次に行くか」


 メリーシュ郊外の荒地を農地に変えて、俺たちはすぐに次の町へと馬車を進めた。



「ここはどうすればいいんだ? もうこれ以上の改良は無理なんじゃないか?」


 ラハシャの町の外には既に川に沿って耕地が広がり、川沿いの湿地を別としてこれ以上、農地を広がるのは難しそうだ。

 湿地を乾かせというのなら、やってやれないことはない気がするが、川が蛇行しているから数年経てば元の木阿弥じゃないかと思うのだ。


「対岸があるではないですか?」


「対岸って……。ええっ!」


 対岸には岩山があって、それを避けるように川が巡っているのだが、あれをなくせって言うのだろうか。


「あの山があるせいで、イフサラ川が町の方へ向かい、大雨が降ると農地が水に浸かることもあるのです。山がなければそれも心配せずに済みますし、何より両側が農地として使えます」


 理屈の上ではそうなのだろうが、山をなくすって……。

 やってやろうじゃないか!


「ギマローラ パファーゴ ヴァキージ ポヴァージャ トンキネーセ ヴェネローリ」


「本当にお好きですな」


 俺が呪文唱えだすと、アンクレードがそんなことを言ってきた。

 なんだか俺がすごく乱暴者だって言われているような気がする。


 一方のクーメルは相変わらず冷静だった。


「ハルト様。北からお願いします」


 そういうことはもう少し早く言ってくれないとと思いつつ、俺は何とか流星の出現地点を岩山の北方向に調整した。


「メテオ・ストライク!」


 魔法を完成させると光る尾を引いた流星が空に現れ、それはあっという間に岩山を直撃した。


 ゴガガガガガーン!!


 閃光が走った後、轟音が響き、突風が吹きつける。

 そして、ばらばらと砂が空から降ってきて、岩山を覆っていたもうもうとした埃が落ち着くと、そこはもう岩山ではなくなっていた。


「凄まじい威力ですな……」


「そうですね。ここまで砂が舞って来るとは思いませんでした。風は北から吹いていたのですが、やはり思っていた以上ということでしょう」


 どうやれ彼は風を計算に入れて、俺に方向を指示したようだ。


「後は残った土砂で低地を埋めれば粗方完成ですね。それからイフサラ川の流路を真っ直ぐに整えていただいて」


 今、岩山を消し飛ばしたばかりなのにクーメルは本当に容赦がない。


「低地に人がいないか兵に調べさせましょう」


 アンクレードが言うとおり、俺が土砂を運ぶのはいいが、そこに人がいたら生き埋めになってしまう。


「あっ!」


「ハルト様。どうされましたか?」


 俺はそう考えたところで思わず声を上げ、アンクレードに聞きとがめられた。


「いや……。あの岩山に人はいなかったのかなって……」


 もう手遅れなのだが、あの岩山に誰かいたら、その人が無傷だとはとても思えない。

 傷どころか身体が吹き飛んでしまったかもしれないのだ。


 俺が呟くように言うと、アンクレードの顔色も変わったような気がしたが、クーメルはまたいつもの顔で、


「人はおりません。あの岩山にはジャンルーフ建国にまつわる伝説があって、人が足を踏み入れてはいけないことになっていますから」


 平然とそう言ったから、俺は胸を撫で下ろし……、いや、ますます顔色が悪くなったと思う。


「建国にまつわる伝説って!」


 俺は大慌てで彼に尋ねた。

 それなら俺は重罪を犯したことになるんじゃないかと思ったのだ。


「大したことはありません。何の根拠もない伝説に過ぎませんし、そういった迷信から民を解き放つのも領主の務めだと思いますが」


 どうやら王家の命令ってわけではなさそうだが、いずれにせよ何処からか苦情が寄せられそうな気がする。

 それでもクーメルはメリーシュの町の時と同様に王命を盾にする気なのだろうか。


 確かに彼ならハルト一世のような名君に出会えば、この世界を一新するような改革を成し遂げるかもしれない。

 俺は改めてハルト一世の七功臣筆頭に挙げられる彼の能力におそれに近い感覚を覚えたのだった。





【ハルト一世本紀 第四章の十五】


 大帝がハルファタを後にし、ジャンルーフ東方に姿を現すと、この地方は光を取り戻した。


「シルトにおられる陛下があまりに眩しく、この地がその影に隠れてしまうのではと恐れておりました」


 大帝を迎えたある町の民は、そういって涙を流した。


「陛下はすべての民に余さずその恩恵を与えます。陛下のおいでになる地はすべてこれまでに見たことのない豊穣な実りを約束されるのです」


 大宰相がそう言って聞かせると、彼の地の者はことごとく平伏して、彼の言が真実であることを言い合った。


「大宰相は言葉が過ぎる。きっかけはそうであったとしても、この地に豊かな実りをもたらしたのは、この地に住まう者たちである」


 大帝はあくまで謙虚であったが、この地方の民は大帝の恩を尊しとして、彼を永く祀ることになった。


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