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第六話 王都ハルファタへ

 その日の昼過ぎ、グヤマーン軍が町の側に姿を現した。


「ノコノコととはこのことですな。滑稽にさえ感じます」


 アンクレードはそう言っていたが、まさか本拠である町が陥されているなんて思いもしないだろう。

 だが、さすがに町を前にして、それと気づいたようで、彼らに明らかに動揺が走っていた。


 城壁にはいつもと違いラマティアの町の旗が翻っているし、城門も閉じられているから、異変が起きているくらいは分かるだろう。

「おい。あの旗はなんだ?」とか騒いでいるようだった。


「セブリード卿は降伏し、グヤマーンの町はラマティア軍が占領した! 乱を主導した傭兵ども以外は許すので、それぞれの町へ帰るのだ!」


 城壁の上からアンクレードが呼び掛けると、彼らのうちに騒めきが起こったが、すぐに激しい同士討ちが始まった。


「つき従わされていた周辺の町の部隊は、離脱しだしています。ですが傭兵部隊とこの町の正規兵が、内輪揉めを始めたようですね」


「おいおい。正規兵が押されているんじゃないか?」


 アンクレードが言ったとおり、兵数に劣る傭兵部隊の方が、グヤマーンの町の兵たちに対し優位に立っているように見える。


「傭兵だから形勢不利と見れば、すぐにバラバラに逃げ出すかと思っていたのに、違うんだな」


「私もそう思っていました。率いる将が非凡なのでしょうか?」


 俺と同様、クーメルにとっても意外だったようだ。


「あいつか。見てくれだけの男ではなかったんだな」


 傭兵隊長『イヴァールト・アンドラシー』。

 どうやら彼はかなりの将器を持つ人物なのかもしれなかった。


「さすがに城壁は破れないとは思うけれど、ちょっとまずそうだな」


 これ以上、この町の兵に損害が出ると、この後の処置に影響が出かねない。

 ラマティアを含めた周辺の町に、賠償をするくらいの力は残っていないと困るのだ。


「仕方ないな。ファイアボール・マーヴェ!」


 俺はまた傭兵部隊の後方に炎の球を出現させる。

 突然、後方から攻められた格好になった傭兵部隊はさすがに隊列を乱し、一部は撤退を開始した。


「世話が焼けましたが、これでなんとか終わりにできそうですな」


 アンクレードの言葉どおり、かなり手間は掛かったが、これでこの辺りのゴタゴタも一区切りだろう。


 後はイレーネ嬢が本当に皇妃で、世話になった俺を家臣にするようハルト一世に推薦してくれたら万々歳だ。


 それならわざわざラマティアを訪れた甲斐があったというものだ。



 グヤマーンの町を占拠した俺たちは、しばらくそこに滞在していた。


「すべて賠償に充ててはこの町が干上がってしまいますから、この程度が限度でしょう」


 クーメルは町の財産を記した帳簿を見て、この町に残す物と賠償として取り上げる物をテキパキと判別し、兵たちに指示を出していた。


「あいつはすごいな。あんなことをよく器用にこなすものだな」


 アンクレードは驚いていたが、クーメルはハルト一世の下で大宰相として治世に辣腕を振るう七功臣の筆頭に挙げられる人物なのだ。

 あの程度の仕事を彼にさせるなんて、とても贅沢なことだと思う。



 そうして数日が過ぎ、そろそろラマティアに戻ってハルト一世に関する情報がなかったかファーフレント卿に確認しようかななどと思っていた時だった。

 グヤマーンの町に馬に乗った一団が現れ、俺たちに王命を告げたのだ。


「勅命である! この地の乱に関与し、グヤマーンの町を陥した者たちは、おとなしく王都へ出頭すべし!」


 使者の男は百合の花を意匠化した王家の紋章が記された書類を示し、領主の館で俺たちに偉そうに王の命令を伝えた。

 レイナードと名乗った彼に対し、クーメルが冷静に対応する。


「王命とあらば従わねばなりませんが、この地で乱を起こした者たちは既に立ち去りました。それに私たちはこのグヤマーンを陥しはしましたが、王国からお咎めを受けるようなことはしておりませんが」


 だが突然、セブリード卿が使者に駆け寄ると俺を指差して、


「嘘です! この者たちは今もこの町の財産を不法に持ち去ろうとしています。どうか止めてください」


「何を言っているのだ。不法な行いを働いたのはそちらだろう!」


 アンクレードが大声で反論するが、セブリード卿は勅使を盾に俺たちを糾弾して止まなかった。


「乱に乗じ、闇に紛れてこの館に潜入して、私を人質に取ったのです。その上でこの町と周辺の町の友好関係を破壊し、私腹を肥やしているのです!」


「周辺の町に武力を行使して、友好関係を破壊したのは、あなたではないですか」


 クーメルは冷静に反論を続けるが、今の状況はこちらの分が悪い気がする。


「あなたはセブリード卿ですな。王がこの町の領主とした方の言葉を聞かないわけには参りませんな。詮議は王都で行いますから、あなたたちには王都までご同道いただく」


「そんな無茶な!」


 アンクレードが叫ぶような声を上げた。


「ハルト様。どうされますか?」


 一方のクーメルは相変わらず冷静に俺に聞いてきた。


 ここで逃げ出すのは簡単だが、そうなると俺たちはお尋ね者になってしまうだろう。

 俺たちだけならまだしも、ファーフレント卿や、何よりイレーネ様に迷惑が掛かるかもしれない。


「詮議をすると言うのなら、俺たちの言い分は聞いてもらえるんだろうな? いきなり打ち首なら、さすがに王都へは行けないぞ」


 俺が尋ねると、使者はやはり尊大な態度のままではあったが、俺に向かって口を開いた。


「王がお決めになることだが、勲爵士の息子とはいえ、一応は貴族の家の出なのであろう。それなりの待遇は与えられよう」


 俺たちは仕方なく王の使者に従って、グヤマーンの町を後にしたのだった。




 町を出て、王都へ向かう街道に出て少し進んだ所で突然、車列が停まり、王の使者であるレイナード氏が下僚を引き連れ、俺たちの馬車に近づいて来た。


(まさかここで闇に葬られるのか?)


 俺にはそんな考えが浮かんだが、王命がある以上、さすがにそこまで悪辣なことはしないだろうと心を落ち着けた。

 俺の心配を他所に、レイナード氏はそのまま馬車の扉を開けた。


「先ほどは大変失礼をいたしました。どうかお許しください」


 そして、俺たちに向かって丁寧に謝罪の言葉を述べると、驚く俺に事情を説明してくれた。


「王宮は不思議な技を使うあなたに興味を持っています。いえ、あのイヴァールト・アンドラシーを退けられたと知れば、いよいよ放ってはおけません」


「あの傭兵隊長はそんなに有名なのですか?」


 アンクレードも売り出し中だと言っていたから、それなりに知られた存在なのだろうとは思っていたが、王宮にまで名前が知られているとは、かなりの実力者だったようだ。


「ええ。傭兵どもを従え、乱のある場所へ現れては荒稼ぎしています。最近は『戦場の赤き狐』などとも呼ばれているのです。

 今回のように彼を引き込んで紛争を起こす者も出てきていますから、王宮も憂慮していたのです」


「そこまで事情が分かっていたのなら、どうしてあんなことを言ったんだ? てっきり俺たちを罰しに来たのかと……」


 アンクレードの物言いは勅使に向かって失礼な気もしたが、彼は先ほどまでと打って変わり、それを咎めることもしなかった。


「ハルト様を秘密裏に王都へお招きするためでしょう。勲爵士の息子とおっしゃっていましたから、すでにハルト様のことは調査済みという訳ですね」


 クーメルの説明に、レイナードは頷きを返した。


「本当は戦いの前にお会いできればよかったのですが、電光石火の早業でしたから。まさかあれほど素早く、グヤマーンを陥されるとは、私どもが考えていた以上です」


「では、王都で俺は断罪されるわけではないのですね?」


 俺が念の為、確認すると、彼は「もちろんです」と言ってくれた。


「王都では国王陛下に謁見していただく予定です」


 使者の言葉に、俺は大変なことになったなと思ったが、逆にこの機会を利用しようという気にもなっていた。


 王都にはこの国の様々な情報が集まるだろうから、ハルト一世についても何か分かるかもしれないと思ったのだ。




【ハルト一世本紀 第一章の六】


 時の王は、大帝の名がまさに天に届き、地に広がり、海を覆わんとする様子に、真の英傑が現れたことを認め、竜顔を拝しようと使者を遣わした。


「大帝に駕を()げさせるなど、言語道断。その方の主人を連れて参れ」


 大将軍はそう憤った。


「陛下におかれてはよろしく、この地をこれまで治めてきた彼の者を労うべきでしょう」


 一方で大宰相は静かに大帝の御心をはかり、使者の招きを受けられるよう勧めた。


「この地で民が穏やかに暮らして来られたことを(よみ)しよう」


 乱を好まれない大帝はハルファタへと向かわれた。


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