第六十七話 カレーク軍撃退
「ハルト様。いましたな」
アンクレードとダニエラが俺の左右を護り、さらに五十人ほどの兵がそれに続く。
俺たちの先に広がる平原の中、街道を行進するどこかの軍部隊の姿があった。
四、五百人はいるだろうか。
部隊としての規模は大したことはなさそうだが、俺たちとは比較にならない。
「ああ。そうだな」
遠く見える軍旗がかろうじて確認できる。
どうやらカレークのビラレルト卿の兵らしい。
俺たちは正体不明の軍がスフィールトに向かっているという報告を受けて慌てて出て来たのだが、この辺りで行動している軍なんてそもそも限られるのだ。
「まさかあちらから攻めて来るとはな」
「こちらの情報管理も酷いものだと言うことでしょう。機先を制したつもりなのでしょうが……」
ダニエラはそう言って俺の顔を見る。
どうも彼は俺の魔法を過剰に評価している気がする。
「兵力的には戦いになりませんな」
彼我の戦力差が隔絶し過ぎているのだろう。アンクレードもそう嘆くように言っていた。
史書に記された大将軍のアンクレードなら、このくらい兵力差があっても何とかしそうな気もするが、今はまだそこまでの自信と兵たちの信頼を得ていないのかもしれなかった。
「ハルト様が吹き飛ばしてくだされば解決ですが」
「おい。相手は人間だぞ!」
アンクレードが乱暴なことを言い出したので、俺は慌ててそう口にした。
ここは中世ヨーロッパ風の世界だし、それ以前に戦いになりそうな気配が濃厚だから、そんな甘いことを言っている場合ではないのかもしれない。
でも、元が現代日本人の俺には魔法で人間を吹き飛ばすなんて無理だった。
「シュルトナーは大丈夫かな?」
彼には念の為ハルファタまで戻ってもらい、南へ抜けて以前は皆が使っていた街道を通り、ビュトリスの王都エフラットへと向かってもらっている。
「彼なら大丈夫でしょう。あまりご心配が過ぎると、ハルト様に信用されていないと憤慨しますぞ」
アンクレードは気楽なことを言うが、カレークの軍がこちらに進出してきたとなると、俺たちの狙いは知られている可能性が高いと思う。
「あちらも気づきましたね」
部隊から目を離さなかったダニエラが、俺たちに告げた。
街道を縦列になってこちらへ向かって来ていた兵たちが平原に広がろうとしていた。
「それにしてもいきなり軍を送ってくるか?」
俺には不思議だった。
こちらはまずはシュルトナーが俺の親書を持ってエフラットへと向かっている。
内容はすべてクーメルが考えたものだが。
「彼らにはまだ、ハルト様の恐ろしさが伝わっていないのでしょうな」
アンクレードが人聞きの悪いことを言うが、それにダニエラも同調していた。
「ハルト様は主にキルダ王国など大陸中部でご活躍されましたから。ここまではまだお噂が届いていないのかもしれません」
確かにカレークはビュトリス王国西部の地方都市に過ぎないが、それにしても酷い言われようだと思う。
「あの町の領主はハルト様を盗賊の一味扱いして謝罪もありませんでしたからな。到底、許されぬと覚悟したのかもしれません」
アンクレードはそうも付け加えていたが、それは彼の宿での不用意な対応のせいもあると思うのだが。
「まあ、いいや。とりあえずあいつらを撃退してスフィールトへ戻ろう。このままだとサウィーナ先生に叱られてしまうからな」
「また留守にされるのですか? 魔法の授業をもう少し進めていただけると……」
俺が町から出掛けると伝えるとサウィーナ先生はそう言って不満そうだった。
軍の行動は秘匿する必要があるから、彼女には俺が兵たちとともに不審な部隊に対応するなんて言えなかったのだ。
「いや。ここひと月ほどは真面目に魔法の先生をしてたじゃないか……」
俺は王都から戻ってから、教師としての職務を集中的に行っていたのだ。
俺がいない間にも入学した子どもたちが何人かいて、その子たちには先輩に当たる魔法の使える子どもたちが自主的に魔法を教えてくれていた。
「これ。もう俺が教える必要はないんじゃないか?」
俺は冗談のつもりだったのだが、サウィーナ先生に厳しい目で睨まれてしまった。
その後は真面目に先生役を務めていたのだが、あれが良くなかったのかもしれなかった。
だが、俺のいない間に起きたことは、魔法を使うには魔法を自分の目を見て、自分も使えると信じることが最も重要だという俺の感覚が間違っていないことをますます強く感じさせるものだった。
「先生。僕は魔法、使えるよ!」、「私も魔法が使えます」
そう言って嬉しそうに報告してくれる小さな子どもたちに対して、つまらなそうにそれを横目で見ていたり、必死になって呪文を唱える少し大きくなった子どもたちの様子は俺の胸に突き刺さった。
俺も前世では彼らと同じ側の人間だったのだ。
だが、俺と彼らとの違いは、彼らの場合は周りにいる自分と同年齢の子どもたちの多くも魔法が使えないことだ。
俺の場合は俺以外の子どもたちはほぼ例外なく魔法が使えたのだから。
「魔法が使えなくても問題はありません。これまで使える人はほとんどいなかったのですから。だから安心して別の授業に集中して、そちらに磨きをかけてください」
俺はそれでも魔法の使えない子どもたちに親近感を覚えたし、同情を禁じ得ない気がした。
「魔法を勝手に使わない。お友だちが魔法を学校の外で使っているところを見たら注意して。それでも聞かなければ先生に報告してください」
密告を奨励するみたいで俺の本意ではないのだが、俺は魔法を打ち消す対抗魔法の使い方を教えながら子どもたちにそう注意した。
魔法を使えない子どもたちが辛い思いをすることのないよう気をつけなければならなかった。
これまでは浮遊の魔法や灯りを点す魔法など比較的容易で危険の少ない魔法を教えてきた。
「先生みたいな大きくて強い魔法も使えるようになりますか?」
魔法が使えるようになった子どもたちの中には、既に俺にそう聞いてきた子もいた。
どうやら彼は俺の魔法のことを誰かに聞いたらしかった。
「ああ。大きくなったらな。そのためにはきちんと基礎を学ばないと」
「はい! 分かりました」
そう返事をして嬉しそうに笑う彼が強力な魔法を扱えるようになるまでにやっておかなければならないことがある。
魔法を使う時のルールを教え、ほかの人の使った魔法を無効化する対抗呪文を使える人を増やしておくことだ。
そうでないと強力な魔法を使う者が暴走した時にそれを止められなくなってしまう。
それは魔法が使えない者にとってとても危険な状態なのだ。
そうしてまた、俺がいない間の課題を子どもたちそれぞれに与え、俺は『妖精の森』を抜け、その先のビュトリス王国側の平原に兵を進めてきていたのだ。
「このあたりで食い止めないと。エルフたちの森に被害を出したくないからな」
「さようですな。ここらでデモンストレーションといきますか」
アンクレードはまた気楽なことを言うが、俺は正直言って今でも気乗りがしない。
攻撃魔法で威嚇して軍を退け、領地を要求するなんて、とても乱暴で許されないことのような気がするのだ。
「まずは進軍を止めないとな」
俺が選んだのはレゾフォ川でも使った炎の魔法だ。
「ヴァユーヴォ ボーベ ファオノリート トゥフェーゼ キネーセ」
俺が呪文を詠唱すると足下に赤く光る魔法陣が現れ、赤い光が俺の身体を包む。
「ファイアボール・マーヴェ!」
数多の火球が敵軍に向かうが、それは部隊のすぐ前の平原に落ち、そこの下草に火をつける。
「慌てるな! 風上に、右へ回れ!」
そんな声がかすかに聞こえて来るが、回り込まれるようなことを許すはずもない。
「ファイアボール・マーヴェ!」
再び炎の球が飛んで行って、彼らが向かおうとしていた北側で燃え上がり、炎の壁が出現する。
「うわぁ!」、「だめだ! 逃げろ」
部隊は大混乱に陥り、一部の兵は潰走を始めたように見えた。
「ハルト様。派手なのをひとつお願いします」
そう言ったアンクレードに俺は一瞥をくれたが、彼は気にしていなさそうだった。
「ギマローラ パファーゴ ヴァキージ ポヴァージャ トンキネーセ ヴェネローリ」
これじゃあ、まるっきりレゾフォ川の時と同じだなと思いながら俺は魔法を発現させる。
「メテオ・ストライク!」
光る尾を引く流星が混乱した兵たちの目の前を通って今度は南側の岩山に墜ち、それを打ち砕く。
ゴガーン!!
轟音とともに突風が吹き抜け、その後にぱらぱらと空中から石と砂が落ちて来る。
「本当に派手ですな」
頭の後ろに両手をやって、俺の魔法を見ているアンクレードとは違い、ダニエラは衝撃を受けていたようだった。
「ハルト様がラトルの町へいらっしゃった頃、町の郊外に落ちた流星がハルト様の魔法だったという噂は本当だったのですね?」
どうやら彼は、俺が彼の故郷の町で行った、それこそデモンストレーションを見ていなかったらしい。
あの場にいたのは領主の側近や重臣たちで、彼のような軍関係者はいなかったのかもしれなかった。
【ハルト一世本紀 第四章の八】
大帝の治めるシルトの町の繁栄はとどまるところを知らず、数多の民が大帝の徳を慕って千里の道も遠しとせずに陸続とやって来た。
「シルトの周辺の民は、それぞれ町ごと陛下の下に属することを欲しております。陛下は彼らの望みを叶えてやるべきです」
国公はそう言って、周辺の領主に大帝に町を献じるよう要請すべく、その使者となった。
「領主たちは自らの慾に目を塞がれ、民たちのように陛下の徳を見ることができません。陛下は彼らに威をもって知らしめ、導かれるべきです」
大将軍の献言を大帝は喜ばれなかったが、近衛騎士団長までもがそう勧めたので、心を動かされた。
ちょうどその時、ビラレルトなる者が無謀にも大帝を試そうとしたので、彼はその代償を支払うことになった。




