第六十六話 侵攻計画
「ハルト様はビュトリス王国でも准男爵の爵位を得ていますし、もっと言えばパラスフィル公国では伯爵なのですから、それに見合った領地をビュトリスの王に求めれば良いのです。それでスフィールト周辺がハルト様のものになれば、王宮は何も言えないでしょう」
クーメルの考えていたシナリオはそんなもののようだった。
「何だか随分と安易な気がするけど、そんなことできるのか?」
クーメルが言うのだからできるのかもしれないが、それは俺が無理だと思っていた「そちらの領土でしたから」って返してくれるというのと同じだと思うのだが。
「もちろん普通はできません。ティエモザ四世にハルト様の申し出を受けた方がマシだと、受けないともっと酷いことになると思わせなければなりません」
「そういうのはあまり気が進まないな」
俺はあの国の国王には別に恨みはないし、爵位だって授けてもらったのだ。
それなのに恩を仇で返すようなことをして、後でハルト一世に知られたら、俺は罰を受けるかもしれない。
「いいえ。言い方を変えれば、こちらの申し出を受けた方が得だと思わせれば良いのです。私は別に王宮の、実際にはジンマーカス宰相の思惑に乗る必要があるとは思っていませんから」
俺が王宮の命令を受けるようにシュルトナーに伝えたのはクーメルのはずなのに、彼はそんなことを言って命令を素直に実行する気はなさそうだ。
「どういうことなんだ? ジンマーカス宰相の思惑って?」
どうも彼の話を聞いていると、彼には王宮の内情や、今回俺に軍事行動を求めてきた理由が分かっているようだった。
彼こそずっとこのスフィールトの町から動いていないのに、どうしてそんなことが可能なのだろうか?
「宰相のジンマーカス公爵は、現在の国王であるティエモザ四世の何人かいる甥の一人です。国王には嫡子がおらず、彼は有力な次期国王候補なのですが、彼以外にも候補者がいます。彼は大きな功績を残すことで次期国王の座を射止めようとしているのでしょう」
クーメルが自信に満ちた態度でそう言ったのは、俺には意外だった。
そういう宮廷内のどろどろみたいなのはシュルトナーが得意とする分野だと思っていたのだ。
「もちろんシュルトナーが集めてくれた情報です。それ以外にも私の学問の師であるシーファ先生の下で、ともに机を並べた友人が何人か王宮に勤めています。彼らとも手紙を遣り取りしていますから」
「それにクーメル殿には幾人も協力者がいるようですからな。そういった方たちが機能し始めているということでしょう」
彼の言葉にシュルトナーがそんな反応を示した。
クーメルはそれに苦笑していたから、どうやら彼はいつの間にか情報提供者を王都の内に持っていたらしい。
「自分の手柄でないことでお褒めいただくなど、恥辱以外の何ものでもありませんからな」
シュルトナーはそうも言っていたが、彼ほどの人が王都へ行って遊んでいたわけではないだろうから、彼もクーメルに有用な情報をもたらしてくれていたのだろう。
「それで、この町の周辺『妖精の森』を俺の領地として認めてもらうってわけか。確かにその程度ならそれほど波風が立つわけではなさそうだな」
俺はビュトリス王国の貴族でもあるから、妖精の森はビュトリス王国から見ても自国の領域といえなくもない。
ましてティエモザ四世がそれを俺に与えたという形式を取れば、彼らの顔も立つような気がした。
「いいえ。妖精の森だけではありません。それではジンマーカス宰相は納得しないでしょう」
俺がそのくらいならシュルトナーにも危険が及ばないかもしれないなと思っていた方針は、クーメルによって即座に否定されてしまった。
「カレークの町とその周辺の領有も認めていただきましょう。それならば宰相も納得するでしょう。彼は領有の実態は問わないでしょう。単に功績を欲しているだけですから」
「まあ為政者にとって領土を拡張したということ以上の功績などあまりないからな」
クーメルの言葉にアンクレードまでそう言って同意してしまった。
俺は別にクーメルの意見に反対ってわけではないのだが、ここにいる者の中で最も消極的であることは否めないだろう。
「カレークの町って。それを俺に寄こせってビュトリス王国に要求するのか? さすがにそれは戦争になるんじゃないか?」
クーメルの言ったとおり俺はビュトリス王国の貴族でもあるが、それでもあの町には領主もいるし、それを奪おうとすれば戦いにならざるを得ないと思うのだが。
「ですから普通なら無理だと申し上げたのです。戦えば要求を受け入れずに済むかもしれないと思わせてはいけない。そこでこれまでのハルト様のご活躍が生きてくるのです」
俺の活躍って何のことだって思うが、おそらくクーメルが言っているのは、彼がこれまで俺の名前を売ろうと考えていたことと繫がっているのだろう。
これまで結局、彼の思惑に乗ってしまっているから、俺の名前は実は恐怖の代名詞として世に広まっているのかもしれなかった。
「派手にデモンストレーションでもしてやりますか。いつでも攻め落とせると教えてやれば対応も変わるでしょう」
アンクレードが好戦的なことを言い出して俺を慌てさせる。
「いや。そんなことをしたら本当に戦争になってしまうかもしれないじゃないか」
俺はそう言ってクーメルの顔を見たのだが、彼はいつもの冷静な態度を見せた。
「いくらシュルトナーが有能でも、ただ舌先三寸だけでカレークの町がハルト様のものになるとは思えません。許されなければ実力行使をするという姿勢を見せることも必要でしょう。あの町の領主が変わるのは、それなりのことではありますから」
「えっ。領主が変わるのか?」
俺の問い掛けにクーメルは静かに頷いた。
あの町では俺たちはいきなり捕縛されたりして、しかも、たしかビラレルトとか言ったあの町の領主からは謝罪もなく、酷い目に遭わされたって思いはあるが、それでも領地を失うほどのことをしたとは思えない。
「あの領主はどうなるんだ?」
ちょっとやり過ぎじゃないかと思って聞いたのだが、クーメルは涼しい顔だった。
「それはビュトリス王国で決めることではありますが、穏便に済まそうとするのなら、どこか別の場所に転封するしかないでしょう」
そんなことを言っているが、どうせシュルトナーは何らかの策を携えてエフラットを訪問するのだろう。彼が無策のままシュルトナーを送り出すとは思えない。
「別の場所なんて、そんなに都合良くあるのか?」
俺があるんだろうなと思いながら訪ねると彼は案の定、
「ございます。ラエレース侯爵はあの町で起こった大火の中、嫡男ともども亡くなり、その跡目を誰が継ぐか争いになっていると聞いています。いずれの候補者も侯爵家から見てかなり傍流で、爵位と領地をそのまま継ぐのは難しいと言われているようですから、その一部を割いて、カレークの町の領主に与えれば良いでしょう」
「あの町で起こった大火って。あの傭兵隊長がラエレースの町に攻め入って、火を放った時のことなのか?」
俺たちもあの時、それに遭遇して危うく難を逃れたのだ。
いや、逆に彼があの暴挙に出なかったら、俺たちはコスチャフ砦で生命を落としていたかもしれなかった。
「そうです。イヴァールト・アンドラシーの目的は、自分を裏切ったラエレース侯爵を見せしめとして血祭りに上げ、これ以上の裏切りを許さないこと。ですから彼の目標は領主屋敷で、それは完全に破壊され、中にいた者は蟻の子一匹逃さなかったと聞いています」
俺はあの町では市民の住む地域に上がった炎を消し止めるだけで精一杯で、領主屋敷については燃え落ちるに任せるしかなかった。
いや、すでに俺が町に入った時には手遅れだったのだろう。傭兵たちの目標がそこだったのだから、町に突入した彼らはまずは領主屋敷を目指したのだろうから。
「ラエレース侯爵領はかなり広大でしたから、それをすべて王室で接収するのも貴族連中からの反対があるでしょう。あまりに王室が強くなり過ぎるのは警戒されますからな」
だから話の持っていきようによってはその一部をカレークの町の領主の移封先とすることもできるのではないかとシュルトナーは言った。
「いずれにせよ。既に王命を受けられたのですからそれに従わねばなりません。慌てる必要はありませんが、準備を進めましょう」
彼がシュルトナーに言って王の命令を受けさせたんだがなと俺は思ったが、クーメルにとって、もうそれは済んだことのようだった。
「準備って、やっぱり兵を集めるのか?」
俺はそれでも不安を感じて聞いたのだが、クーメルは当然といった顔で、
「そのとおりです。しかし、さほど大袈裟なものにする必要はありません。主力はあくまでハルト様の魔法ですから、ハルト様をお守りする部隊だけで十分です」
「それならダニエラに預けていた兵だけで十分ですな。しかし、カレークの町も治めるとなると、もう少し兵を徴募しておいた方がいいかもしれません」
俺がどうこう言う暇もなく、アンクレードも加わって、エフラットへ向かうシュルトナーの随員や俺と行動をともにする部隊、さらにはカレーク接収後の段取りまでが次々と決められていく。
「ちょっと待ってほしいんだが」
俺のやっとの思いで上げた苦情の声にも、クーメルは冷静に対応してきた。
「お待ちしてもよろしいですが、敵は待ってくれないと思いますが」
そう言った彼の言葉が正しかったことは、すぐに明らかになった。
【魔法帝国地理誌 ビュトリス地方(抜粋)】
この地方(ビュトリス地方)の西端にあるカレークの町は西にあるシルトと互いに影響しあい、繁栄してきました。
この両都市が一方はビュトリス地方に、もう一方はジャンルーフ地方にあるのは不思議ですが、魔法帝国成立前は間にある森が閉ざされて往来できなかったことが理由であるとされています。
ハルファタから両都市を通ってビュトリス地方へ、さらにはクルクレーラ地方から大陸東部へと抜ける街道は主要街道の一つとなっており、日々多くの人や物が両都市を拠点に様々な場所へと運ばれています。




