第六十三話 思わぬ再会
俺は早速、ダニエラに俺の下で働いてもらうことにした。
「いえ。それではラトルの軍の者たちの言ったことが正しかったことになってしまいますから」
初め、ダニエラはそう言って固辞していたが、俺は今回は諦めるつもりはなかった。
「言いたい奴には言わせておけばいい。そんな奴ら、ダニエラが故郷に錦を飾るころには、顔を仰ぎ見ることさえできないさ」
俺は彼がハルト一世の近衛騎士団長として、彼の信頼も厚い建国の七功臣の一人となることを知っている。
史書にもその名を記され、将来は歴史の授業でも暗記必須の重要人物なのだ。
「ハルト様が珍しく大きく出ましたな」
アンクレードは意外そうだったが、俺のことではなく近衛騎士団長ダニエラ・サヴォラーエのことなのだから当然だ。
何とか俺も彼らと同じくらいかその少し下くらいの待遇でハルト一世に迎えてもらえれば良いのだが。
「故郷に錦を飾る……そのような時が来るのでしょうか?」
ダニエラは呆然とするようにそう言ったが、すぐにクーメルがそれに続けた。
「必ず来ます。ハルト様は今はしがない伯爵に過ぎませんが、この世界で最も注目を集めている存在です。あなたもあのキルダ平原で、ハルト様の魔法を目撃したでしょう? ハルト様は世界を変えるお方です」
「えっ。そんなことになってるのか?」
俺が世界で最も注目を集めているって、そんな自覚のなかった俺は、クーメルの言葉に驚いていた。
「確かにクーメルさんのおっしゃるとおりですね」
そして、ダニエラも彼の言葉を否定しなかった。
「そうです。だからこそ、このジャンルーフ王国の王宮もハルト様を召喚しようとしているのです。今、世界はようやくハルト様を中心に回り始めている。これからこの流れは加速していくはずです」
「ちょ、ちょっとクーメル……」
俺の苦情の声にもクーメルは気がつかなかったかのように話を続けた。
「次にハルト様がキルダ王国を訪問される時、どういったお立場で訪れることになるのか私も見当がつきません。それはもしかしたらニコノール辺境伯か、それともアンジェリアナ女王と肩を並べるお立場かもしれません」
彼は平気な顔で話しているが、それってかなり不穏な発言なんじゃないだろうか?
辺境伯や女王と肩を並べるとなると、俺はこのジャンルーフ王国でどういった地位を占めることになると彼は考えているのだろう。
「いや。それは俺じゃなくてだな……」
「おや。またいつものハルト様に戻られましたな。ダニエラ殿。ハルト様はこのように常に謙虚な方。ですが、家臣を大切にしてくださる良い主君であると私は思いますぞ。仕えて損はないと思いますが」
シュルトナーも笑いながら彼を誘ってくれた。
彼は家臣を大切にするなんて言うが、本当なら俺が彼らの主君だなんておこがましいのだ。
本当の彼らの主君は、俺が仕えようとしているハルト一世。彼らは俺と同格どころか、将来はおそらく俺より上の位に就く存在なのだから。
「そんな中、あなたはハルト様に出会われた。それだけで十分ではありませんか? ハルト様にお仕えするのに、ほかに理由もいらないでしょう。それは私たちも同じですし、あなたには故郷を離れるだけの理由があったのですから」
クーメルの説得に、ダニエラはなおも考えていたが、やがて顔を上げて真っ直ぐに俺の目を見て言った。
「ありがとうございます。お許しいただけるのなら配下としてどのような任務も果たします。どうかよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる彼に、俺はアンクレードを見ながら答えた。
「こちらこそよろしく。それでダニエラにはアンクレードが留守の間、この町のすべての兵を束ねてもらいたいんだ。よろしく頼む」
俺の依頼に彼は驚いた顔を見せた。
「すべての兵を、ですか? 仕えたばかりの私に……」
「ああ。変かな? でもキルダ平原でもエルバネの町でもダニエラが職務に忠実なのは見ていて分かったからな。アンクレードもそれでいいよな」
俺が尋ねると彼の方は気楽な感じで返してきた。
「ええ。これで私も心置きなく王都までハルト様のお供ができるというものです」
あの謹厳実直、軍人の鑑と呼ばれたダニエラ・サヴォラーエに任せたなら、職務をおろそかにするなんて思えないし、まして裏切りを働くはずもない。
ハルト一世でも現れれば別かもしれないが、そうなったら俺は兵をすべて献じて、彼の配下として仕えるのだから問題ないのだ。
「では、行ってらっしゃいませ」
魔法学校の子どもたちには事情を話して課題を出し、クーメルとダニエラを残して俺たちはスフィールトの町を発った。
馬車は王都ハルファタを目指して進む。
王都までは一本道だし迷うこともない。
ただ、途中の検問所には大勢の旅人や商人が順番を待っていて、俺たちも少し足留めされそうになった。
シュルトナーがスフィールトの領主一行だと兵士に掛け合ってくれて、何とか無事に通してもらうことができた。
「不便そうだな」
俺は検問所で待たされる旅人たちを見て、そんな感想を漏らしたが、シュルトナーが帰りは問題ないと請け負ってくれる。
「どうして帰りは大丈夫なんだ?」
言われてみれば確かに王都へ向かう者は検問を受けていたが、スフィールト方面へ向かう者はフリーパスだったように見えた。
「あの『妖魔の森』。いえ『妖精の森』でしたな。あの森が開かれる前と同じことが行われているからです。スフィールトへ向かったらその先へは行けないという前提での検問です。今では何の意味もないのですがね」
彼はため息をつくように言って、検問所のあった後方を振り返っていた。
「まだエルフが森を開いたことが伝わっていないのかな?」
俺は逆に心配になって彼に聞いたのだが、今度は俺に呆れたように、
「ここまで多くの人が通行しているのですから伝わっていないはずがないではありませんか。新しい命令が出されておらず、現場からそう報告する者もいないのでしょう」
別に俺がその担当者ってわけではないのだが、とんだとばっちりを受けた気がした。
でも、この街道を王都へ向かう人が不便だから、対応してもらった方がいいと思うのだ。
「それは確かにそうですな。せっかくこれから王都へ向かうのですから、王宮へ申し入れをしておきましょう」
シュルトナーがそう言ってくれたので、この件は何とかなりそうだ。
俺たちの中で、王宮への申し入れなんて面倒ごとをこなせるのは彼しかいないのだ。
順調に道を進み、俺たちの馬車はスフィールトを発って四日後には王都ハルファタへ到着した。
「王宮に到着を報告してまいります。王への謁見ということになるかと思いますので、多少、この宿でお待ちいただかねばなりませんな」
「そう言っていたよな。でもなるべく早い方がありがたいな」
クーメルがいるし、ダニエラも町の治安維持なんてお手の物だろう。
俺がいないくらいでスフィールトの町がどうにかなるはずもないのだが、俺はあの町の領主だし、学校の先生でもあるのだ。
「分かっております。ついでに、検問所と関所の撤廃についても申し入れてまいります。ハルト様は王都の見物でもされますか?」
「いや。もういいかな」
俺は初めてハルファタを訪れた時に、イレーネ様とこの町を散策している。
当時は大きな町だと思ったが、その後訪れたエフラットやルーレブルグ、エルバネやアイヴィク、そしてリュクサンダールと比べても、ハルファタはそれほど賑やかな町ではない。
所詮は西の辺境の国なのだ。
「さようですか。退屈されると思いますが」
そう言い残してシュルトナーが出て行ってしまうと、彼の言ったとおり、俺たちはすぐに退屈することになった。
最初は宿の俺の部屋に集まって、お茶を飲みながら話をしていた。
でも、俺とイレーネ様はここまで来る馬車の中で散々話している。
一方で、馭者席にいたアンクレードはそれほど感受性の高い方ではないらしく、ハルファタまでやって来るまでの道中の景色についての感想も「特に変わったことはありませんな」で済ませていた。
「シュルトナーは遅いな」
「まあ、王宮の手続きは面倒そうですからな。私には無理です」
アンクレードはそう言うが、シュルトナーはやはりこういった手続きには慣れているらしく、いつも手際よく済ませてくるのだ。
何だか彼が遅いのは良くない兆しのような気がしてくる。
こうなって見ると、やはり王都見物でもして気を紛らわせていた方が良かったのかもしれなかった。
(王から賜った領地を勝手に離れていたからな)
俺の中ではハルト一世を探すという人生最大の目標があったのだが、事情を知らない人から見たら逃げ出したって思えるだろう。
クーメルはあんなことを言っていたが、いきなり捕縛されるとかないのだろうか?
俺はそういう目に遭いがちだし。
そんなことを考えていた俺のもとに、シュルトナーが帰って来た。
「ただいま帰りました。遅くなりました」
だが彼は一人ではなく、俺が思いもしなかった人物を連れていた。
「兄さん!」
それはこの世界の俺の兄の一人、テーバンだった。
【軍師、将軍列伝・第ニ章の九】
帝国の再建後、大帝が各地を巡幸されるのに近衛騎士団長は当然だが同行していた。
彼は大帝の一行がキルダ地方に至った時も、大帝と皇妃の側を離れようとはしなかった。
「幸い今は大将軍が随行している。近衛騎士団長はよろしく故郷の町を訪れ、その威を示すべし」
大帝は彼にそうお命じになった。
それでも彼は自身の任務の重要さから容易に二人の側を離れようとしなかったが、いよいよラトルの町が近づくと大宰相が彼を諭して言った。
「君命黙し難し。このままでは大将軍にも非礼となりましょう。速やかに町を訪れるべきです」
彼がラトルを訪れると中には逃げ隠れる者もあった。
彼の報復を恐れたのである。
「私は誤って陛下のお誘いを断り、危うくこの町で燻って生涯を送るところであった。この町の者は道を炎で明るく照らし、私を陛下の下へ導いたのである」
彼はそう言ってすべての過去を不問に付す様子を見せたので、町の者は彼の寛宏なるを徳として褒め称えた。
後年、この町を大火が襲った時、彼は私財を提供して町の復興に尽くした。
それもあって今もラトルの町の中央の広場には彼の像が建っている。




