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第六十二話 ダニエラの仕官

「ありがとうございました。本当にお世話になりました」


 結局、ダニエラ・サヴォラーエから事情を聴くことができたのは、翌日の朝のことだった。


「大したことはしていないから、そんなにかしこまらなくても。それで、どうしてこの町へ来たんだ?」


 俺の問い掛けにダニエラは少し考え込んでいた。


「無理にとは言いませんが、もし良かったら事情をお話しいただけませんか? 私たちはキルダ王国であなたにとてもお世話になりましたから、遠慮される必要はありませんよ」


 イレーネ様が彼に優しく語り掛け、俺の方を見遣ってきたので、俺も続けた。


「申し訳ないけれど、昨日のあの様子で何でもありませんってのはなしだな。キルダ王国やラトルの町で戦乱が起こったなんて聞いていないけれど、そんなことでもあったのかって思ったくらいだからな」


 彼は軍隊に所属していたから、そうなれば逆に先頭に立って戦っているだろう。

 俺も長い時間を彼と過ごしたわけではないが、その謹厳さは分かったし、だからこそ彼がハルト一世の近衛騎士団長のダニエラ・サヴォラーエだと思ったのだ。


「申し訳ありません」


 ダニエラはそう言ってまた押し黙ってしまう。


「彼は軍を辞めたのです。そして行き場を失い、この町へ流れて来た」


 突然、クーメルが俺たちのいる部屋へ入って来て、皆にそう伝えた。


「ちょっと、クーメル!」


 流れて来たって、いくら何でも本人の前で言い過ぎだろうと思ったのだが、それを聞いたダニエラが口を開いた。


「クーメルさんの言うとおりです。私はラトルの町で居場所を失い、行く当てもなく彷徨っていたのです。いいえ。恥を忍んで言わせていただけば、お別れした日のハルト様の言葉を頼りに、この町まで流れて来たのです」


 彼はそう言って顔を上げ、俺を見ていた。


「俺の言葉って、俺に仕えないかって聞いたことだよな?」


 俺は念の為に確認した。

 その瞬間、ダニエラの目が驚きに見開かれた。


「その場のお戯れだと思っていたのに、お忘れではなかったのですね?」


 彼はそう思ったようだが、俺は真剣な気持ちで彼を誘ったのだ。

 何しろ彼はハルト一世の七功臣の一人。その能力は疑うべくもないし、彼がいればハルト一世と会える確率も上がるはずだ。


「ああ。もちろん忘れてなんかいないぞ。あの時、俺は本気で俺の配下になってほしいと思っていたからな」


 それだけでなくキルダ平原を縦断し、王都エルバネでも色々と手配してもらう中で、イレーネ様も彼の実直さに感心していたし、俺も掛け値なしで彼が配下にいればなと思ったのだ。


「でもニコノール辺境伯に仕えているからとダニエラが言うから諦めたんだ。ダニエラが主君を裏切ったりしないことは分かっていたからな」


 俺は彼がハルト一世の麾下(きか)で一二を争う忠誠心の持ち主で、後世でその謹厳実直さを称えられる人物であることを知っているから、迷うことなくそう言えた。


 だが、俺の言葉を聞いたダニエラは突然、顔を伏せ、口を手で押えてしまった。

 そうして押さえた彼の口から嗚咽を漏れるのを俺たちは聞いた。


「ダニエラ。大丈夫か? 俺は何かまずいことを言ったか?」


 俺が尋ねると、彼は顔を上げ、心なしか赤くなった目で真っ直ぐに俺を見て言った。


「いいえ。取り乱してしまい申し訳ありません。私の心を主君であった辺境伯よりもハルト様の方がよくご存知とは。その事実が胸に突き刺さり、思わず……」


 そう言って、しばらく心を落ち着けた後、彼は俺たちと別れた後で彼を襲った出来事について語ってくれた。


「ラトルの町に戻った私を待っていたのは、労いの言葉ではなく、上官からの叱責でした。私への命令は『ハルト殿に協力して飛竜を打ち倒すこと』だったと彼は言ったのです」


 その時のことを思い出すのは辛いだろうに、彼は静かにそう語った。


「ワイバーンが現れたら退避するように命令されていたのではなかったですかな?」


 シュルトナーもその時のことを覚えいるようで、そう確認していた。

 俺もシュルトナーから挨拶に来た指揮官がそう言っていたと聞いて、そんなことわざわざ言わなくてもいいのにと思った記憶があるから間違いないだろう。


「ええ。そのはずでした。ですが、上官から示された命令書には、彼が言ったとおりのことが書かれていました。私は目を疑いましたが、どうしようもありません」


「命令書など派遣される前には示されていなかったのではありませんかな? 口頭で命ぜられただけ。違いますか?」


 シュルトナーの問い掛けにダニエラは頷いた。


「命令に背き、ワイバーンから逃げてばかりいる無様な姿を晒したとして、部隊は解散させられ、私は率いる兵を失いました。ですが事はそれだけでは済みませんでした」


 俺はあの時、クーメルから教えられたとおり、かなり大言壮語していたから、それに反感を覚えた人がいてもおかしくはない。

 特に軍関係者のうちには、無能呼ばわりされたと感じた者もいるかもしれなかった。


「私がエルバネの町で、兵をハルト様のために勝手に使ったと糾弾されたのです。自らの利益のために辺境伯の兵を利用したと」


「それは俺がアンジェリアナ女王に謁見して爵位を得たからか?」


 そう確認した俺の言葉をダニエラは肯定した。


「私を呼び出した軍の幹部は、ハルト様をエルバネの町まで送るような命令は出ていない、私は命令されていないことをして自らの利益を図ったと私を非難しました。そうして自らをハルト様に売り込んだのだと」


「売り込んだって、ダニエラは俺に仕えなかったじゃないか?」


 俺はそう言ったところで、それも彼を罰する材料にされたのだと気がついた。


「売り込んだものの、思ったほどの待遇で迎えられなかったから舞い戻ったのだと言われたのです。私がハルト様にお誘いいただいたことは、兵たちの内にも知る者もいましたから。それらの兵士たちの証言もあると」


 俺は愕然とする思いだった。

 俺が何の気なしに彼を誘ったことが、そんな事態を招くなんて思ってもいなかったからだ。


「そもそもキルダ平原をワイバーンから解放した後、部隊をどうするかなど命令はありませんでした。兵を損ねることなく帰還せよとの指示はありましたが、それはハルト様がワイバーンの討伐に失敗することが前提で、成功した場合の詳しい指示はなかったのです」


「俺が面倒なことをお願いしてしまったからな」


 王都に着いた俺は、ハルト一世を探そうと、貴族の族籍を管理する文官への面会を彼に依頼したのだ。

 まさか女王陛下の謁見を賜るとは思っていなかったが。


「いいえ。あの程度のこと。あれほどの偉業を成されたハルト様のお世話もせずに帰るなど、キルダ人としてあり得ません。兵たちを休ませる必要もありましたから」


 俺は彼に思っていた以上に良くしてもらったという気持ちがあるが、彼のように誠実で気が回る男にしてみれば当たり前のことだったらしい。


「ニコノール辺境伯には訴え出なかったのか?」


 俺はあの意志の強そうな辺境伯の顔を思い出してそう聞いた。

 彼は俺たちの話を聞いて、兵を出すことを即断してくれたし、まるきり無能ってわけでもなさそうだと思ったのだ。


「私は一介の指揮官に過ぎません。伯へのお目通りなど、そう簡単には……」


「どうせ邪魔が入りますからな」


 俺は曲がりなりにも貴族だから面会してもらえたが、シュルトナーが言ったとおり、軍の上層部が妨害するなら彼に会うことは至難の業かもしれなかった。


「それでもそうした機会があればと考えてはいたのですが」


「それを待ってはいられない事態が起きたということですね?」


 クーメルには何が起きたか想像がついたようだった。

 俺たちが彼の顔を見ると、彼は続けて、


「身の危険を感じ、ラトルの町を出ざるを得なくなったということでしょう。処分は不当だなどと訴えられては面倒なことになりかねませんから」


「さようですな。軍隊は暴力組織でもありますから、やろうとすればいくらでもできますからな」


 シュルトナーも苦虫を噛み潰すような顔で言い、ダニエラもそれを否定しなかった。


「私の住まいで火事が起きたのです。明らかに火を着けられたとしか思えなかったのに、私の火の不始末が原因とされ、隣家への賠償まで求められました」


「そんなことが……」


 イレーネ様がショックを受けたようにおっしゃって、俺は少し心配だったが、すぐにダニエラが頷いて、


「ラトルは私の故郷ですが、もうここにはいられないと悟りました。次は賠償だけでは済まないと。そう気づかせようと彼らもしたのでしょう」


「それで町を離れざるを得なかったという訳ですな。ハルト様。ハルト様には彼の安住の地を用意する義務がありますな」


 アンクレードが真面目な顔で俺に意見をしてきたが、そんなことは言われるまでもない。


 俺はもともと彼を配下に加えられたらと考えていたのだから。





【軍師、将軍列伝・第二章の二】


 近衛騎士団長は既に大帝の知遇を得ていたので、その高徳を慕うこと久しかった。


「あのような方にお仕えすることができたなら、この身が泥に塗れ、炎に焼き尽くされようとも本望であろう」


 常々そう言っていたが、大帝の偉大さを理解せぬ周りの小人輩は、彼の正論を苦々しく聞いていた。

 

 たまたま彼の家に不幸があり、それを機に遂に彼は主君に暇を乞い、それが納れられるとはるばると大帝のもと、シルトを訪れた。


「陛下のことを知って以来、一刻も早くと焦っていましたが、今、先の主人から許されてここに馳せ参じました。どうか仕官をお許しください」


 大帝は彼の非凡なることを見抜いておられたので、すぐに彼を召し抱えた。


「大将軍も近衛騎士団長の職責まで果たすのは難儀であったろう。そなたにそれを任せよう」


 大帝が人の才を知り、その才に見合う役割を与えることは、常にこのようであった。


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