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第六十話 王宮の召喚状

 スフィールトの学校の運営は上手く行っていると言えば上手く行っていた。

 子どもたちは毎日、楽しそうに通ってくるし、それを見て最初は様子を見ていた大人たちの内にも、自分の子どもを入学させる人が増えてきた。


「魔法を使える人は思ったより少ないのですな」


 シュルトナーが学校の事務員がまとめた報告書に目を通してそんな感想を漏らした。


「いいえ。そうではありませんね。年齢の低い子どもは総じて魔法が使えます。六、七歳が境目でしょうか?」


 真面目に先生役を続けてくれているクーメルには分かったようだ。


「そうだな。やっぱり自分が魔法が使えるって信じるのは難しいみたいだな」


 それは俺が前の世界で経験したことなのだ。

 普通は魔法なんて使えない。それがある程度の年齢に達した者が持つべき「常識」だ。


 小さな子どもはそういった「常識」とは無縁だからこそ、簡単にその壁を乗り越えることができるのだろう。


「そんな小さな子どもがハルト様のように魔法を使うことができるのですか? 危険ではないですかな?」


「いや。そんなにいきなりは大きな魔法は使えないから」


 俺はまだ、レビテーションやライトなど、基本的な魔法しか教えていない。

 それに前の世界と同じなら、小さな子どもは魔力量も少なくて強力な魔法は使えないし、すぐに魔力切れになってしまうはずだ。


「危険のある魔法を教えるのはまだまだ先だな。先に魔法に対抗する魔法も教えないといけないし。それより魔法の使えない子どもたちをどうするかだな」


 今のところシュルトナーが言ったとおり魔法の使える子どもの方が少数派だ。

 だが、ここが前の世界と同じなら、いずれほぼすべての子どもが魔法を使えるようになる。


「ある程度で見切りをつける必要があると思う。できもしないことを求められ続けるのも理不尽だからな」


「理不尽ですか? しかし可能性はあるのではないですか? イレーネ様の例もありますし」


「いや。イレーネ様は特別だと思う」


 彼女は学校で毎回、俺の授業を手伝ってくれるうちに魔法が使えるようになっていた。

 まだわずかではあるが、それでも『レビテーション』で領主屋敷の庭の池を渡ることくらいはできる。


「まあ。我々もできる気はしませんし、確かにイレーネ様は特別なのかもしれませんな」


 あのリュクサンダールへと向かう道で、俺は彼女に魔法を教えると言って、その時は何とかなるのではと漠然と考えていた。


 だが、実際にこの町で学校を開き、魔法を教えるうちに、ある程度の年齢に達した人に魔法を教えることの困難さを認識したのだ。


(イレーネ様は俺の言ったことを心から信じてくださっている)


 彼女が魔法を使うことができるのはその証拠なのだろう。

 魔法なんて使えないという常識の壁を凌駕するだけの信頼を寄せてくださっているのだ。


「イレーネ様は我々の中ではお若いですしね」


 アンクレードが負け惜しみのように言ったが、それも多少はあるかもしれないが、それだけではないと思う。

 それは彼にも分かっているようだった。


「まあ。ハルト様に対する信頼の違いでしょうな。イレーネ様はハルト様のことを固く信じておられる。ハルト様のおっしゃったことは必ず成就すると」


 彼は意味ありげに俺を見遣ったが、おそらく俺と彼女の婚約のことを言いたいのだろう。


 学校であの小さな女の子に言ったように、彼女は俺との婚約がやがて結婚へと至ると、今も思われているようだ。


(まだハルト一世に出会っていないからな。彼女はハルト一世の皇妃だし、彼に会えばきっと……)


 そう考えて、俺は息苦しさを覚えた。

 ここまで一緒に旅を続け、その間、彼女はずっと俺のことを想い続けてくれた。


 そんな彼女が心変わりをすることに、俺は耐えられるのだろうか?


 だが、その相手は自分が主君と仰ぐべき人物で歴史上の偉人なのだ。


(彼女もハルト一世の妃になればきっと幸せになれる。それが正しい歴史なのだし)


 俺は苦しい想いから、そう考えることで何とか逃れようとした。



「ハルト様。王都から召喚状が参りました」


 シュルトナーがそう言って一枚の書類を持って来たのは、学校の運営が軌道に乗り始めた開校から半年ほど経った頃だった。


「召喚状ってどういうことだ。俺は悪いことなんて何もしてないぞ」


「いえ。単純に王都へ顔を出せという王からの命令です。それに何も悪いことをしていないなどとよくおっしゃいますな」


 シュルトナーは呆れたって顔をしていたが、俺は悪いことは何もしていないのだ。

 俺が不満そうに見えたのか、彼は今度はため息をつく様子を見せた。


「よろしいでしょう。そこまで自信がおありなら、王都へ参りましょう。私もお供いたしますぞ」


 俺はこれでもこの町の領主だし、一応、貴族なのだから、呼ばれたからって一人でのこのこ王都へ出掛けるってわけにはいかない。

 従者の二、三人くらいは引き連れていくべきだろう。


「私もご一緒します」


「では私が馭者を務めましょう」


 イレーネ様とアンクレードがそう申し出てくれた。

 これは今までのメンバーで王都へ向かうのかなとおもったのだが、クーメルは、


「この度の王都行きには危険はないでしょう。私はここでハルト様のご帰還をお待ちしております。学校の教師が一度にいなくなるのも問題ですから」


「危険はないのか?」


 彼が言うのだから間違いないとは思うのだが、俺は念の為、彼に尋ねた。


「ええ。危険はありません。ハルト様に手を出せば、他国が黙っていないでしょう。それに下手にハルト様の機嫌を損ねれば、他国へ走ってしまわれることくらいは分かりますから」


「機嫌を損ねたら、俺がほかの国へ走るって?」


 このジャンルーフは俺の故郷なのだ。

 だから戻って来たというのに、おそらく彼の言っているのは王宮の人たちのことだろうが、どうしてそんなことを気にすると言うのだろう。


「ハルト様は各国で爵位を得られています。亡命する国に事欠かないでしょう。そして、亡命先がハルト様に兵を貸せば、勝敗は火を見るよりも明らかです」


 各国で爵位を得たと言ったって、ここジャンルーフ王国では軍への参加を拒否したために、勲爵士として、この『どん詰まりのスフィールト』に押し込められたのだ。

 そしてやっと抜け出したビュトリス王国では、ラエレース侯爵への牽制のために爵位を加えられ、クルクレーラ王国では何の実益もない名誉だけの男爵に叙された。


 まともだったのはキルダ王国とパラスフィル公国くらいだろうか。

 アンジェリアナ女王は俺に宮廷の席を空けておくからいつでも来いと言ってくれたし、今や大公となったはずのティスモス公子はさすがに俺を忘れてはいないと信じたい。


「せっかくここまでスフィールトの町を整えてきたんだ。亡命なんてしたくないな」


 俺がしたことなんて、初等魔法学校で子どもたちに魔法を教えたことくらいだが、クーメルやシュルトナーの働きで、町は驚くほどの発展を遂げつつあるように見える。

 そしてアンクレードが率いる警備兵たちが、治安を守ってくれていることも、それに拍車をかけている。


「今は大丈夫ですが、これ以上町が大きくなるようでしたら、指揮官経験者を雇いたいところですな。私一人では限界がありますから」


 アンクレードが最近、そう言い出したように『妖魔の森』改め『妖精の森』が安全と分かって、ビュトリス王国方面を含め、四方から訪れる人や中には移住してくる人が増えているようだった。


 移住者の中には食い詰め者もいるだろうから、警備の重要性は増しているのだろう。


「アンクレードが来てくれるなら安心だけど、町の治安は大丈夫なのか?」


 俺が不安を口にすると、彼は頭をかいていた。


「大丈夫ですと言いたいところですが、不安は無きにしも非ずといったところです」


「クーメルはどう思う?」


 こういう時は彼の意見を聞くのが一番だ。彼はハルト一世の大宰相。ハルト一世も彼の意見を容れて帝国を打ち立てたのだから。


「今回の王都行きには危険はないというのが私の意見です。ですからアンクレードが同行する必要はありませんが、彼は同行したいのでしょう?」


「ああ。万が一ということもあるからな」


 クーメルが言うのだから万が一もないと思うが、アンクレードは俺について来るようだ。


「ハルト様がされている学校の魔法の先生と、アンクレードの警備の指揮官は、今は代わりがおりませんからな。かと言って王宮の召喚状を無視するわけにも……」


 シュルトナーが困ったように言うが、彼にも来てもらわないと困る。

 王宮内の手続きや作法なんて知っているのは彼だけなのだから。


「召喚状の期限はいつなんだ?」


「ざっとひと月先ですな」


 随分と悠長だなと思ったが、ここから王都までそれなりに時間が掛かるからそうでもないのかもしれなかった。


「その間に、留守中の魔法の授業の課題を用意するか。アンクレードもなんとか代わりを見繕ってみたらどうだ?」


 ずっと彼がこの町の治安を担当するなんて無理なのだ。

 ハルト一世が姿を見せたら、彼はその大将軍として各地を転戦することになるのだから。


「そうですな。すぐには思いつきそうにありませんが、考えてみます」


 そう言った彼の留守を預かる人物は、思わぬ形で確保できることになった。





【ハルト一世本紀 第四章の四】


 大帝の徳を慕って移り住む民や、大度をもって受け入れるその姿勢を好む商人が四方から集い。シルトの町は繁栄を重ねた。


「この地を治める者が、陛下に拝謁を願っています」


 国公の言葉に今回も大将軍は不愉快そうだった。


「陛下に一度ならず二度までも駕を曲げさせるとは、身の程を知らぬにもほどがあります」


 彼は自らがシルトの地で兵を鍛えることを楽しんでいたため、ハルファタへ向かいたくなかったのである。


「大将軍が兵を練るのに忙しいのであれば、皇妃と国公とともに彼の地へ向かうであろう。この地を嘉するに両度、彼の地を訪れるなど如何ほどのことやあらん」


 大帝がそうおっしゃったので、大将軍は慌てて言った。


「これは異なことを。陛下のお側を離れるは臣の本意ではありません。陛下が彼の地を訪れるならお供することこそ、臣にとって幸いです」


 彼にとって幸いなことに、近衛騎士団長が彼の任を引き継ぐことになった。


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