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第五十九話 魔法学校の開設

 スフィールトへ帰還して三か月が経ち、領主屋敷の敷地の一角に校舎を建て、近隣の町サーヴからも算術を教えてくれる教師役を呼んで、初等魔法学校はいよいよスタートを切ることになった。


「まさかスフィールトの町へ直接、来ることができるとは。驚きました」


 何となく俺の中学の担任を思わせるサウィーナという名のその女性は、シュルトナーの知り合いで、彼が妖魔の森を抜ける古い街道を使って連れて来てくれたのだ。


「わざわざ迎えに来ていただきましたから。それでも少し怖かったですが」


 俺は思わず「先生。すみません」と口にしたくなってしまった。

 俺が現代日本の中学に通っていたのはもう三十年以上前なのに、いまだにそんな気持ちになるのは、受験に失敗したことが心の傷になっているからだろうか。


 読み書きを教える教師役はシュルトナーとクーメルが務めてくれることになった。


「子どもの数もそこまで多くはありませんし、まずは私たちが教えます」


 クーメルがそう申し出てくれた時は、この町の政務の方が大丈夫なのかと思ったが、彼にとってはこの小さな町の統治など、大した負担でもないようだった。


「スフィールトから妖魔の森を通ってビュトリス王国に安全に抜けられることが分かれば、皆、この町を通っている街道を使うはずです。もともとジャンルーフ王国の王都ハルファタから、かの国の王都エフラットへは、この町を通るのが最も近道なのですから」


 街道を整えて、後はきちんとした宿屋や市場があれば、自然と旅人や商人が増え、その人たちを目当てにまた商売をする人がやってきて町は豊かになるだろうと彼は自分の考えを教えてくれた。


「両国の間を行き来する駅馬車もここを通るように話を進めています。通行税を取らないことにしたいと思っていますが、よろしいですか?」


「別に構わないけれど。思うとおりに進めてもらえば」


 彼がわざわざ俺に確認をしてくれるのは、俺が領主だかららしい。


「こと税に関することだけは、私やクーメルをしても勝手には決められませんからな。領主の仕事は領民から税を取り立て、家臣に罰を与えることだと考えているとしか思えぬ領主も多いですし」


 シュルトナーは相変わらず辛辣だが、そんな領主をこれまでたくさん見てきたということらしい。


「『妖魔の森』という呼び名も変えようと思っています。いえ、こちらの方は領民にお触れを出し、森の入り口に看板を立てる手配を進めています」


 言われてみれば『妖魔の森』なんて通りたいとは思わないだろう。

 もう安全だと言われても、別の道があればそんな名前の森は敬遠するかもしれない。


「で、なんて名前にするんだ?」


 俺の問いにクーメルが一瞬、口ごもった。


「それはハルト様にお決めいただきたいのですが」


 どうやらそれも領主がすべきことらしい。

 俺は元居た世界でも現代日本でも、その他大勢の一人だったから、そんな命名になんて慣れていないのだ。


「そうだな。じゃあ『妖精の森』かな」


「そのままですな」


 シュルトナーにはそう言われてしまったが、エルフたちの住む森にこれ以上相応しい名前はないだろう。


 たしか前の世界でもハルト一世が治めたという伝説の残るシルトの町の近郊にある森がそう呼ばれていたはずだ。


「でも、悪い名前じゃないだろう? 何だか楽しそうじゃないか」


 俺がそう言ってもシュルトナーは、


「私はこれまでの経験がありますので、森の中で眠りに落とされそうな気がしますな」


 なんてしかめ面を見せていたが、クーメルの方は相変わらず冷静に、


「では、それで手配を進めます」


 なんて答えてくれたから、大きな問題はないだろう。

 彼がその名前を評価してくれたかは分からないが。



「みなさん。おはようございます。私がみなさんに魔法を教えるハルト・フォン・スフィールトです。ハルト先生と呼んでください」


 俺が先生なんてちょっと緊張するが、教室にいた二十人くらいの子どもたちは元気に応えてくれた。


「先生は魔法が使えるんですか?」


「魔法見たーい! 見せてください」


 収拾がつかない気がしてきたが、教室の後ろにいたイレーネ様が助けてくれた。


「はい。みなさん。静かにしましょうね。ハルト先生はとても魔法がお上手ですから、すぐに見せていただけますよ」


 そう言ってにこやかに笑顔を見せる彼女の方を、子どもたちは一斉に振り向いた。


「イレーネ先生。分かりました!」


 元気な声で子どもたちの一人が答えると、また、俺の方に向き直る。


 イレーネ様はクーメルたちに混じって、子どもたちに文法を教えてくれているのだった。


「私は父に家庭教師を付けていただきましたから」


 彼女は読み書きや計算は普通にできるし、もともと聡明な方なのだろう、教えるのも上手なようだった。


「私などより数段、適任ですな。イレーネ様は」


 シュルトナーはそう言って、教師役をイレーネ様に丸投げすることにしたようだった。


 子どもたちだってシュルトナーに教わるより、イレーネ様に教わる方がいいに決まっている。

 あくまで俺の感想だが。


「じゃあ魔法を見せるぞ。まずは浮遊の魔法だ。ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトフォミアープ……」


 やはり魔法には興味があるのか、子どもたちは静かになった。


「レビテーション!」


 魔法が完成し、俺は教壇の上でふわりと浮かび上がる。


「うわっ!」「すごーい!」


 歓声が上がり、中には椅子から立ち上がった子もいた。


 この初等学校に通う子どもたちの第一の目的は魔法を習うことなのだ。

 それは両親などから言い聞かされているのだろう。


「私もやってみたい!」「僕も使いたい!」


 何となく遊びの延長のようで、これでほかの科目はまともに授業ができているのか心配になったが、後で聞いたところ、ほかの授業はそれなりに静かに聞いているようだ。


 特にサウィーナ先生の算術の授業では皆、真剣な態度でいるらしい。


「よし。じゃあ、呪文を教えるぞ。先生の後に続けて唱えてみてください。ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ……」


「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ!」


 子どもたちは元気よく復唱してくれる。


「ファーラ フォトフォミアープ……レビテーション!」


「ファーラ フォトフォミアープ! レビテーション!!」


 俺はまた浮かび上がるとともに、子どもたちの様子を観察した。


「うわっ!」「浮いた! 浮きました!」


 三、四人の子どもからそんな声が上がり、一度で成功した子がいるようだった。


「よーし。できた子がいるな。じゃあ。できた子は手を挙げて」


 レビテーションで浮いたまま、子どもたちの間をゆっくりと進みながらそう声を掛けると、三人の手が挙がった。


「じゃあ。どんな感じだったか聞いてみよう。魔法を使えた時、何か感じなかったかな?」


 魔法を使えた子どもは、ここに集った子どもたちの中でも小さな子ばかりだった。

 やはり魔法は使えないという「常識」に囚われてしまうと、魔法を使うことは難しいのかもしれなかった。


「えっとね。ぶわって何かが流れてきたの」


 一人の子はそう言って、おそらくは魔力であろうもののイメージを語った。


「私は押された気がしました」


 利発そうな女の子はそんな表現をしてくれた。


「足に見えないものが集まってきたみたいだった」


 もう一人の子はそう感じたようだった。


「そうか。三人が感じたのが魔力の流れなんだ。魔力の流れを感じることができれば魔法が使えるぞ」


 俺はそう子どもたちに話し掛けながら、背中に冷たいものを感じていた。


(これは俺が前の世界でできなかったことそのものじゃないか。俺は何をしてるんだ?)


 そんな疑問を覚えたからだ。


「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトフォミアープ!」


 そんな俺の心の動きに気づくことなく、子どもたちはまた呪文を唱えていた。


「レビテーション! やった! 浮かんだ!!」


 今度はさらに何人かの子どもが浮き上がり、歓喜の声が上がる。

 そんな中で悔しそうに唇を噛む子どもたちの姿を俺は正視できない気がしていた。


「慌てる必要はないぞ。こつさえ掴めば使えるようになるからな」


 自分で発した言葉なのに、俺はそれにも愕然とする思いだった。

 そう言われてできなかった時、それがどれほどの屈辱と絶望感、劣等感を覚えさせるものなのか、それは俺が一番良く知っていることなのだ。


「ハルト様。大丈夫ですか?」


 俺の異変に気がついたのか、教室の後ろにいたイレーネ様がいつの間にか俺のそばに来て、俺の顔を覗き込んでいた。


「いえ。大丈夫です。何でもありません」


 俺は何とかそう答えたが、イレーネ様はまだ心配そうに俺を見ていた。


「ハルト先生はイレーネ先生と仲良し?」


 その時、最初に『レビテーション』を使うことができた小さな女の子が俺たちに寄って来て、そう聞いてきた。


「ええ。仲良しですよ」


 イレーネ様が笑顔でそう答えると、女の子は顔を輝かせて、


「じゃあ。イレーネ先生はハルト先生と結婚する?」


 いきなりそう聞いてきたので、俺がどう返答しようかと迷っていると、


「ええ。私とハルト先生は結婚する約束をしているのです。だからきっと結婚しますよ」


 イレーネ様はまた笑顔で女の子に答えていた。


「お約束は守らないとね」


「そうですね。お約束は守りましょうね」


 そう言いながら女の子を席へ連れていくイレーネ様のうしろ姿を見て、俺はすっかり先ほどの胸を締め付けられるような気持ちを忘れていた。





【当校の歴史(シルト初等魔法学校の入学のしおりより)】


 シルト初等魔法学校の設立は古く、魔法帝国が再興された紀元一千年前後まで遡ります。


 詳しい設立の経緯は伝わっていませんが、一説にはこの地を治めていたハルト一世の命により、町の人々に魔法と学問を授けるための場所として設けられた施設がその起源だと言われています。

 彼が教壇に立って自ら町の人々に魔法を教えたとも言われていますが、これも彼が教育に熱心だったことを表す多くの伝説の一つと言えるでしょう。


 実際には、帝国初期の大宰相クーメルの進言により各地に置かれた初等魔法学校の一つだと考えるのが自然ですが、それでも初等魔法学校としては最初期に設けられたものということになります。


 長い歴史があることから、その間、多くの有為な人材を輩出しており、宰相となったシスバール・ボラン、魔法学の泰斗であるハルキアン・チアード、音楽家のワルカン・マターレアなどが特に有名です。


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