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第五十八話 スフィールトの統治

 俺たちの馬車は一旦、ビュトリス王国へ入り、カレークの町の側まで街道を北上した。


「ハルト様の名声はすでに王都ハルファタまで届いているでしょうから、直接ジャンルーフ王国に入られてもよろしいのではないですか?」


 アンクレードはそう言っていたが、俺は念の為、あのエルフたちが閉じていた森を抜けてスフィールトへ入る道を進んでくれるようにお願いした。


「敢えてハルト様が領の統治を怠ったなどど罪を言い立てる者はいないでしょう。ハルト様と事を構えて無事で済むとは思えませんからな」


 そう言ったシュルトナーが一番、一切の配慮なく俺の罪を言い立てそうだなと思ったが、逆にそんな彼が言うのだから間違いないのかもしれなかった。


「まあいいじゃないか。俺も王国と事を構えるなんてぞっとするし」


 別にわざわざトラブルを引き起こす必要もない。クーメルには悪いが、俺にはもう名前を売る気はなかった。


 そんなクーメルはと見れば、彼はもうスフィールトに帰ることについて何も言わなかった。

 どうもあれで十分だと思っているようだった。



「少しだけだけれど、人が増えた気がしないか?」


 スフィールトの町を見て、まず俺が感じたことはそれだった。


「そうですね。しかもビュトリス王国からやって来た人もいるようです」


 商人風の人物が馬車から降ろしている積み荷を見て、クーメルが言った。


「どうしてそんなことが分かるんだ?」


 俺の疑問に彼はいつものしたり顔を見せた。


「積み荷はビュトリス織の布地でしょう。特徴的な模様が見えましたから」


 どうやら馬車の積み荷を見て、その内容を見分けたらしい。

 いつもぼーっとしている俺にはできない芸当だ。


「この町に宿なんてあったか?」


 アンクレードが疑問の声を上げると、シュルトナーが嫌そうな顔をした。


「私も代官として政務を遂行しておりましたからな。宿くらいはありましたぞ。まあ、たまに王都から来る方が使われるくらいでしたがな」


 最後は口ごもるみたいになったのは、大した宿がなかったからだろう。

 この町は王都以外には通じる道がなかったから、宿もあまり必要なかったのかもしれなかった。


「まあ、俺たちだってビュトリスから来たんだから、知ってる人は知っているんだろうな」


 俺たちがこの町を逃げるように出てからかれこれ一年近く経っている。

 エルフたちの森が開かれたことを知っている人も出始めているのだろう。


「私はまだ慣れませんな。妖魔の森へ入るなど、命知らずにもほどがあるという気がしますからな」


 そう言って肩をすくめるシュルトナーのような人も多いのかもしれないが。



「ハルト様。これからどうされますか?」


 とりあえず政庁を兼ねた領主屋敷に落ち着いて、俺たちはテーブルを囲み、今後のことを話し合った。


「道々話したじゃないか。領地のことはクーメルとシュルトナーに任せるから、二人で話し合って思うように進めてほしい」


 シュルトナーはもともとこの町の代官だったから、この町のことは良く知っているはずだ。

 その彼に歴史上、名宰相の名をほしいままにしたクーメルがつくなんて、一つの町を治めるくらいではもったいない体制だろう。


「では私は警備の兵でも鍛えますかな」


 アンクレードはそう言って、自ら兵の鍛錬を受け持ってくれた。

 彼も兵を持って平らげた地は古来並ぶ者なしと言われた名将だから、任せておけば問題ないはずだ。


「で、ハルト様はどうされるのですか?」


「俺か?」


 残念だが俺には治世の才も兵を用いる能力もない。

 前世の記憶と、それによって使える魔法があるだけだ。


 だからこそハルト一世を探して、配下に加えてもらおうと考えたのだ。


「ハルト様には、私に魔法を教えていただこうと思っているのです。それと、これは私の思いつきなのですが……」


 イレーネ様がアンクレードに詰められかけていた俺に助け舟を出してくれた。


「せっかく魔法を教えていただく機会を、私だけでなく、ほかの方たちにもお与えいただきたいのです。ここまでハルト様に魔法について伺ってきて、魔法は決して危険でも怖しいものでもないと分かりましたから」


 俺はパラスフィル公国のアイヴィクの町からここまでの道中で、イレーネ様に魔法について話してきていた。

 それで彼女はそんなことを思いついたらしかった。


「そうだな。教室を開いて魔法を教えてもいいかもな。でも、おそらくクーメルやアンクレード、それにシュルトナーには使えないと思う」


 俺の言葉は意外だったのか、アンクレードが驚いたように俺に問い掛けてきた。


「どうして私は使えないのです。イレーネ様は分かりますが、それ以外の人にも教えると言っておいて。ハルト様。それはないのではないですか?」


 その勢いに気おされそうになったが、別に俺が意地悪をしているわけではない。

 俺は皆を前にその理由を説明した。


「魔法を使うには、普段から魔法が使われるのを見て、魔法は使えて当然と、自然と思っていないといけないようなんだ。自分も魔法が使えると何の疑いもなく信じることだな」


 俺の話に、だが、アンクレードは納得しなかったようだった。


「私は何の疑いもなく信じておりますぞ! 何しろハルト様が魔法を使われるのをすぐ側で何度も見ておりますからな」


 俺はそう言う彼に向かって、


「じゃあ、俺が呪文を教えるから『レビテーション』を使ってみよう。そして庭の池の上を歩いてみようじゃないか」


 そう告げるとさっさとテーブルの前から立ち上がり、領主屋敷の庭へ向かった。



「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトフォミアープ」


 俺が呪文を詠唱する声が庭に響く。

 領主屋敷の庭には小さな池があり、きれいな水を湛えていた。


「レビテーション!」


 俺は魔法を発動し、ほんの少しだけ浮かび上がると、そのままバランスを取って池の上を進んで行く。


「おおっ! さすがですな」


 シュルトナーが大袈裟に褒めてくれるが、この程度は大したことはない。

 すぐに向こう岸にたどり着いた俺のもとへ、皆が集まって来てくれる。


「今、見たとおりにやればいいから。呪文はこう。『ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトフォミアープ』だ」


「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトファミアープ」


 アンクレードはおっかなびっくりといった感じで呪文を唱えるが、間違ってはいない。


「レビテーション!」


 大きな声を出した彼の身体は、だが、まったく浮かび上がっていなかった。


「そのまま池の水の上に……」


「ハルト様。無茶を言わないでください!」


 アンクレードが怒ったように言ってきたが、俺は冷静さを失わずに答えた。


「無茶じゃないさ。浮遊の魔法は基本的な魔法だからな。使えると思って呪文を唱えれば、子どもでも使うことができる。呪文を唱えはじめた瞬間に、魔力の流れを感じるはずだ」


 俺は前の世界でずっとその感覚を会得できなかった。

 すべてを捨て、どうにでもなれと思った時にそれがやってきたのだ。


 この時代、魔法の復興以前の人たちが魔法を使うとすれば、そのくらいの出来事が必要なのかもしれなかった。


「逆ではないですか? 普通は練習を繰り返して魔力の流れとやらを感じることができるようになるのではないですか?」


 アンクレードは疑問を持ったようだが、そうでないことは俺が一番よく知っている。

 いくら練習を繰り返したからといって、魔法は使えるようにはならないのだ。


「違うな。魔法は使えると信じられる者には使えるが、少しでも疑いを持つ者には使えない。だからアンクレードには使えないと言ったんだ」


 いくら俺が魔法を使うところを見ていると言ったって、同じように自分が使えるとは思っていない。

 俺の魔法を信じられないと言っている時点でそうなのだ。


「では子どもたちならどうでしょう。小さな子どもたちなら、自分は魔法が使えると信じられるのではないでしょうか? ハルト様にこの町の子どもたちに魔法を教えていただいたら」


 イレーネ様は気がついたといった様子で、俺にそう提案してきた。


「そうだな。まだ疑いなく信じることのできる小さな子どもたちなら、魔法を使えるかもしれない。子どもたちを集めて教えてみるか」


 この時代、貴族の子弟でもなければ教育を受けることはない。

 でも、俺は千年後の世界、そして現代日本からやって来た人間だ。


「学校だな。この町の子どもたちに魔法だけでなく、文字や計算を教える学校を作ろう」


 ハルト一世も教育に心を砕いたと聞いた覚えがある。

 彼に出会ったら、きっと褒めてくれるだろう。


「素晴らしいお考えだと思います。私もお手伝いいたします」


 イレーネ様もそう言ってくれて、俺はこのスフィールトの町に学校を作ることにした。





【ハルト一世本紀 第四章の二】


 大帝は学問の振興に熱心に取り組まれた。

 その始まりは大帝が治めていた町に設けられた初等魔法学校である。


「民に魔法を教えることで、領地は豊かに、兵はより精強になりましょう。陛下の思いは成就するでしょう」


 国公は大帝の考えをそう慮って口にした。


「陛下の思いはそれだけではないでしょう。町に不学の家をなくし、家に不学の人をなくす。それだけで十分な価値があるのです。私も微力を尽くしましょう」


 皇妃も学校の設立に賛成したので、大帝は満足していた。


「陛下のお心を領民はよく知っています。結果として国公の言葉のとおりとなり、それは民も潤すのです」


 大宰相がとりなして、君臣はともに顔を見合わせて笑い合った。


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