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第五十一話 公子の解放

「おそらくはあの塔ですな」


 アンクレードが言うとおり、宮殿の一角に小さな窓の開いた高い塔がある。


「ああ。コラリウスの話が本当ならだけどな」


 俺はそう言いながら、あれほど真剣に俺にティスモス公子の解放を願った彼の言葉に偽りはないだろうと思っていた。

 彼は俺があの傭兵隊長を退けたことを知っていたし、俺の魔法の力についてもある程度の情報を得ているようだったから、わざわざ俺を欺こうとするとも思えない。


「これでその公弟派にまで騙されていたとなったら、目も当てられませんな」


 宿を焼き討ちまでされて、俺はこのアイヴィクの町の領主であるリニアン大公は敵だと認識しているから、敵の敵である公弟ヨスランには味方であってほしいものだ。


「城壁が見えてきましたが、どうされるおつもりですか?」


「そんなのもう分かっているんじゃないか?」


 アンクレードもグヤマーンでの出来事はもとより、つい今しがたも俺のやり口を間近に見ているのだ。

 高い塔に幽閉された人を救い出すなんて、そこまで困難なタスクではない。


「まずは『インビジブル』だな」


 俺が呪文を唱えようとすると、クーメルが意見してきた。


「ハルト様。お待ちください。もう隠す必要もないのではありませんか?」


「どういうことだ?」


 キルダ平原の時もそうだったが、どうもクーメルは俺が魔法を使えることを広めたいと思っているようだ。


「そのままの意味です。既にかなり多くの人にハルト様の魔法は知られています。ここは一気にハルト様の魔法の力を知らしめて、今後の足掛かりとすべきです」


 そう俺に説く彼はいつもの自信ありげなしたり顔だった。


(俺の魔法の力を知らしめる?)


 そんなことをしていいんだろうかと、俺は考えに沈みそうになったが、今はそんなに悠長に考えている時間はない。


 クーメルはハルト一世の大宰相として、生涯その施策に誤りがなかったと言われるほどの智謀の持ち主だし、俺は彼の言葉に従うことにした。


「よし。じゃあ派手に行くか!」


 俺はこれまでの鬱屈を振り払う気持ちで『レビテーション』で空高く舞い上がる。


「これは……塔より高いのではないですかな? それにしてもだいぶ慣れたつもりでいましたが、やはり怖い気もしますな」


 少し調子に乗りすぎたのか、シュルトナーから苦情がくるくらいの高さまで一気に上ると、そこから風の魔法を使って塔の窓へと近づく。


「けっこう気づかれないものですな」


 人気のない路地裏からだったから、俺たちが飛び立つのを見た者はいなかったのだろう。大きな騒ぎにはなっていないようだった。


 それでも宿を囲む兵たちの外側には、それなりに野次馬らしき人たちの姿があった気がするのだが、宿の火災の方に注意が集まっているのかもしれない。


「別に見せ物じゃないからな。着くぞ!」


 一気に塔に開いた小窓に近づき、外から声を掛ける。


「中にいらっしゃるのはティスモス公子ですか?」


 薄暗い部屋の中には若い男性が一人いて、俺の声に気づいて椅子から立ち上がった。


「いかにも私はティスモスだが。いったいどつやって。どうしてそこにいるのだ?」


 高い塔の窓の外に人がいたら、それは不審に思うだろう。

 だが、今は詳しく事情を説明している暇はない。


「殿下をお救いするために参りました。ハフランの町、テラレーサ様のところまでお連れします」


「そのようなことができるのか?」


 テラレーサ姫の名前を聞いて、公子は窓へ身を寄せて、鉄格子に両手を掛けて俺に尋ねてきた。


「まずはここから脱出しましょう。少し離れてください」


 彼が部屋の奥へ下がったのを確認し、俺は呪文を唱える。


「ヴェネ トゥーラ ジュニカ パファーゴ キネーセ エネレトゥペーズ……」


 俺の両手の前で魔法陣が銀色に輝く。


「ライトニング・ミデタリア!」


 そして強力な雷撃が塔の壁、窓のある場所を撃ち、轟音とともにその一部が崩れさった。


「ティスモス様。行きましょう!」


 崩れた壁から部屋に降り立ち、俺が手を差し出しても、彼は呆然としているようだった。


「いったいあなたは?」


 少し派手にやり過ぎて、彼に恐怖感を与えてしまったのかもしれなかった。

 魔法で眠らせて連れ去るとか、このまま有無を言わせず『レビテーション』で同行願うとか、そういう手もあるが、後で暴れられでもしたら面倒だ。


「テラレーサ様があなたを待っています。彼女は病に伏せっているのです」


 俺がどう説得しようと焦っていると、イレーネ様がそう彼に伝えてくれた。


「テラレーサが! なんてことだ」


 そう言った後、言葉を失ったように黙り込んだ公子に、俺は慌てて話し掛けた。


「私たちはあなたの味方です。あなたをテラレーサ様のところへお連れしますから、どうかこちらへ」


 そうこうしているうちに、さすがに周りが騒がしくなってきていた。


 下からは「なんだ。やつらは? どうなってるんだ?」なんて声がするし、塔の中からも何やら兵士たちの足音のようなものが聞こえてきた。


 そして奥の扉から「早く開けろ!」という声とガチャガチャと鍵を開けようとする音がする。


「もう一刻の猶予もありませんぞ!」


 シュルトナーの叫ぶような声に、ティスモス公子は弾かれるようにこちらへ走り寄って来た。


 ガチャン!


 それとほぼ同時に扉が開き、奥から兵士たちが部屋へなだれ込む。


「レビテーション!」


 俺は改めて公子を含めた全員に浮遊の魔法を掛け直す。


「待てっ!」


 公子に向かって突進してきた兵士の目の前で彼はふわりと空中に浮かび上がり、そのまま俺たちとともに塔の外へ、さらに高い空へと上って行った。


「返せ! 戻せ!」


 後ろから押されて俺が破壊した塔の壁の穴から落ちそうになりながらも、兵士は俺たちに向かって大声で呼び掛ける。


「そんな命令には従えんな」


 アンクレードの言葉どおり、そんな命令に従えるはずもない。


「トーネード・ミデタリア!」


 俺は魔法で風を起こすとそれに乗って一気に町の上を南へと向かう。


 宮殿ではさすがに騒ぎが起こっていたが、俺たちはそれを尻目に一気に町の城壁を飛び越え、町の南に姿を消した。



「ありがとう。だがこれから先、どうするのだ?」


 町の外、まばらに木が生えた林の中に降りると、ティスモス公子が俺たちに尋ねてきた。


「もちろんハフランの町に向かいます。テラレーサ様がお待ちになっているでしょうから」


「テラレーサは無事なのか? 病だと言っていたが?」


 慌てて尋ねる公子の様子からは、従兄妹の彼女を心配していることがひしひしと感じられる。


「そう伺っていますが、おそらく殿下のお顔を見れば、すぐに良くなると思います。殿下が幽閉されたと聞いて、倒れたと伺いましたから」


「そうなのか……。テラレーサ。済まない。だが私にはほかに方法はなかったんだ」


 自分のせいで愛しい女性が病に倒れたと知って、彼は辛そうな表情を見せた。

 だが、それも俺たちが彼をハフランの町まで連れて行けば解決するはずだ。


「ハルト様。町の南で待ち合わせなのですか?」


 アンクレードが俺に尋ねるが、ハフランの町は公国の北部、南に向かうとするとかなりの大回りになってしまう。


「いや。これはおとりなんだ。見え透いているけどな」


 俺は今度は皆に『インビジブル』を掛け、改めて『レビテーション』で浮かび上がる。


「合流は町の北の森にある邸宅だ。ここから一気に向かうぞ」


 そう伝えてもう一度風の魔法を唱え、アイヴィクの町の上を高速で飛び越える。


「我々を探す兵たちですな。ご苦労なことです」


 南門へと駆けて行く騎兵の一団が見え。その後には多くの歩兵も続いている。


「結構、効いてるみたいだな」


 こんな稚拙な陽動、クーメルに笑われるかなと思ったが、敵の目を逸らす効果はあったようだ。


「人は目で見たものを信じやすいですから。明らかに南へ消えた我々を探すために、北に兵を遣わせることは難しいでしょう。指揮官の能力にもよりますが」


 彼はいつものとおり冷静にそう分析してみせた。

 相手が彼だったら、おそらく俺なんかの陽動には引っかかることはないのだろう。


(あの傭兵隊長がここにいたらどうだったのかな?)


 俺はクーメルも同じことを考えているんじゃないかという気がしたが、その時、町を飛び越えた俺の目に森の緑が入ってきた。


「あそこじゃないですか?」


 アンクレードが指差す先に、森の木々に隠れるように建てられた一軒の邸宅が見える。


「ああ。そうみたいだな。違ってたら謝るしかないな」


 俺はその邸宅へ向かって高度を下げ、その庭へと降り立った。





【ハルト一世本紀 第三章の二十一】


 ヨスランは大帝が彼の治める町を来訪されたのに感激し、ハフランの町を献じようとした。


 兄であるアイヴィクの領主との争いに疲弊する中、大帝の威厳に打たれたことで、彼に(すが)るしかないと考えたからである。


「私は菲才にして親族の和を保つことさえできません。その罪を謝して、陛下にこの町を献上いたしたく存じます」


 その申し出に大帝は頷かれなかった。


「心がけは殊勝だが、今はこの地はそなたの娘とその婿に任せよう。親族に人無きにあらざれば、この地を取り上げては行き過ぎである」


 大帝の裁定はこのように無理のないものだったので、大宰相はそれを手放しで賞賛した。


「ヨスランの娘の婿は彼の兄弟の息子です。陛下の為されたことはこの地を安んずるだけでなく、親族の和をも保つ両善の策と言えるでしょう」


 彼がそう述べたことで、他の群臣はその策の見事さに、ひと言も付け加えることができなかった。


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