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第四十九話 公弟派からの勧誘

 俺が宿の部屋で目を覚ましたのは、もう深夜と言っていい時間だった。


 ベッドでやすんでいた俺は、誰かに揺り起こされたのだ。


「ハルト・フォン・スフィールト様。お静かに願います。これから私の話を聞いていただけませんか?」


 真っ暗闇の中、横になった俺の顔の前でそんな声が聞こえ、俺は思わず大声を出しそうになった。


「お静かに。別の部屋をご用意してございます。どうか、こちらへおいでください」


 どうして部屋へ入れたのか不思議だったが、起きた(はな)で頭の働いていなかった俺には、彼に従うしかないように思えた。


「ついて行けばいいんだな」


 魔法でどうにかしてやろうかとちらと思ったが、相手が何者なのか、他にも人がいるのか、どんな武器を持っているのかも分からない。

 仲間の安否も気に掛かるから、俺は起き上がるとおとなしく声の主について行った。


 暗闇の中、明かりを灯すこともなく、宿の廊下を進んで行く。

 気がつくと俺の背後に人の気配がして、すぐ後ろから足音も聞こえる。


 部屋の外で待っていた男の仲間に背後につかれたようだった。


「こちらへお願いします」


 前を行く男の口調は丁寧で、俺に危害を加えようとしているようには思えない。


「ここは……」


 昼に通った時には無かった地下へと下りる階段がそこにはあった。


「どうぞ。こちらへ」


 さすがに俺は躊躇したが、前の男はさっさと階段を下りて行く。

 背後の男が口を開き、


「さあ。どうぞ奥へ」


 と言ったところで、俺は彼の正体に気がついた。


「ここの主人か?」


 どうりで部屋に簡単に忍び込めるわけだ。

 宿の主人がぐるなら、マスターキーを使って部屋には侵入し放題だろう。


 そんな宿にはもう二度と泊まろうと思う者はいなくなるだろうが。


「そうです。危険はありませんから。どうぞ下りてください」


 そう言われても真っ暗だし、俺は足を踏み外さないように慎重に階段を下った。



 階段の下の扉からは明かりが漏れ、中に入るとそこは中央に四人掛けのテーブルと椅子の置かれた小さな部屋だった。

 暗闇の中を歩いてきた身には、ロウソクの炎さえかなり明るく感じられる。


 そしてテーブルの横に、身なりの良い三十代くらいに見える男性が立っていた。


「ハルト・フォン・スフィールト様。初めてお目にかかります。私、コラリウス・フォン・ベセマラードと申します」


 そうしてゆっくりと頭を下げた彼の挨拶はいかにも優雅で、名前のとおり彼は貴族のようだった。


「深夜にいきなり申し訳ありません。どうしても内密にお話しをさせていただきたかったのです」


「それにしたって、別のやりようがあったんじゃないか?」


 いきなり人が寝ている部屋に押し入って、アンクレードだったら戦いになっていたかもしれない。

 俺だって一瞬、魔法でなんとかって考えたのだ。


「真夜中の部屋に灯りが点けば、気づかれる恐れがありますから」


「誰に?」って言い掛けて、俺は自分が見張られているのであろうことに気がついた。

 彼が言うとおりなら、俺はおそらくあの兵士たちの仲間に動向を監視をされているのだろう。


 そしてそれは間違っていないのだ。

 こうして俺に接触してくる人物がいるのだから。


「それで、あんたは公弟派の貴族ってわけか」


 俺が鎌をかけると男性は驚いた顔を見せたが、すぐにそれを肯定した。


「よくお分かりになりましたね。ですが公弟派と言われるのは心外です。私たちはこの国の行く末を憂いているだけなのですから」


 物腰はあくまで柔らかだが、この手の憂国の士みたいな奴は危険な気がする。

 それこそ俺が大公派に付くと言ったら、躊躇なく俺たちを亡き者にしようとするかもしれない。


「そうは言っても、俺に大公の弟君に協力しろって言うんだろう? 残念だけど俺には何の力もないし、この国はただ通り掛かっただけなんだ。用が済んだらさっさと別の国へ抜けるつもりだからな」


 俺がそう言うとコラリウスは笑みを見せた。


「何の力もないとは、ご謙遜が過ぎましょう。何の力もない方があの狡猾な傭兵隊長を撃ち破り、褒美としてあのスフィールトを領地として賜るなど、あり得ないでしょう」


「俺のことを知っているのか?」


 俺はお忍びの旅を続けてきたつもりだったのだが、最近はクーメルの策に乗せられて、かなり派手に魔法を使ってしまっている。


 キルダ平原のことなんて、かなりの噂になっているのかもしれなかった。


「もちろん存じ上げております。我が主君もあの傭兵隊長には苦しめられましたから」


 どうやらこの国にも『イヴァールト・アンドラシー』は手を伸ばしていたらしい。

 この国はジャンルーフ王国と短い距離とはいえ国境を持っているからやろうと思えばそれも可能だったのだろう。


「本物かどうか疑いもありましたが、とにかく早くお会いせねばと考えたのです。大公に手を出されては一大事になりかねませんから」


「それはそっちの都合だろう? 俺は大公とも、あなたの主君とも何の関係もないからな」


 あの兵士たちも不愉快だったが、いきなり部屋へ侵入して、有無を言わせず部屋から連れ出すよりはましだろう。

 そもそも俺はこの国のごたごたには関心はないのだ。


「いいえ。大いに関係がおありです」


 だがコラリウスは澄ました顔でそう言った。

 その言い方はクーメルを彷彿とさせるものだった。


「行き場を失った奴の一味が大公をけしかけているのですから」


 どうも彼が言いたいのは、俺があの傭兵隊長を逐ったことがこの国の混乱の原因だということらしい。


「もともとリニアン大公と我が主君との関係は悪くなかったのです。二人の父君に当たる先代の大公が、兄君のリニアン様にはアイヴィクの町を中心とした南側を、弟君のヨスラン様にはハフランの町を中心とした北側を治めるよう言い遺されましたから」


「そんなのわざわざ乱を招くようなものじゃないか?」


 先代が生きている間は良かったかもしれないが、国を分けて与えるようなことをしたら禍の種を撒くようなものだろう。

 俺の嫌味半分の言葉に、だが、コラリウスは我が意を得たりとばかりに返してきた。


「先代はその点も考えておられました。そのためにリニヨンさまの息子のティスモス様と、ヨスラン様の娘のテラレーサ様の婚約を整えられたのです」


「えっと。従兄妹(いとこ)同士でか?」


 俺の疑問に彼は頷いて、


「そのとおりです。次代には一つになりますから問題はないはずだったのです」


 俺はちょっと意表を突かれた気がしたが、現代日本でも従兄妹との結婚は許されているし、古い時代の王族とかなら、一族の団結とか血を保つためとかの理由もあって、もっと多かったのかもしれなかった。


「でも、結局その二人の結婚はなくなったんだろう? 大公側から婚約を破棄したとかで」


 もともと政略結婚なんだから邪魔になればそうするよなって思ったのだが、彼の答えは意外なものだった。


「いいえ。もともとお二人は愛し合っておられましたから。だからこそ先代が結婚を考えられたのです。ティスモス様はリニヨン大公に激しく反発されたそうです。先代の遺命に背き、テラレーサ様との仲を割くつもりかと」


 大公の息子は結構、骨のある男のようだ。

 下手をすれば廃嫡されて国外追放になるようなことさえも敢えてしたらしい。


「それでも大公は考えを変えなかったってわけか。それは俺の責任じゃないと思うけどな」


 その息子の心意気には感心するが、結局、説得できなかったのなら、そこまでの責任は負いかねる。

 そう思って口にして、俺はその理由に気がついた。


「あの傭兵隊長の配下が大公をそそのかして、そこまでさせているって言うのか?」


 本当にそれが理由なのか疑わしい気もするが、俺にはこの国に関する知識もないから、そう言われたら否定のしようもない。


「そうです。そしてハルト・フォン・スフィールト様。あなたは運がいい。この宿を選ばれて本当に良かったのです。別の宿にお泊まりになられたら宮殿に密告され、いきなり捕まっていたかもしれません」


 そんなことはないだろうと言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。

 グヤマーンから始まって、カレーク、ラエレースと俺はいきなり捕まってばかりいるのだ。


「で、俺はどうしたらいい?」


 そう聞いた俺は、既に彼の術中にあったのだろう。

 実際の俺はもう四十年以上生きているのに、どう見ても三十代前半くらいにしか見えないコラリウスに簡単にあしらわれてしまったようだった。





【ハルト一世本紀 第三章の十九】


 大帝がパラスフィル公国を訪れていると知った公国の副都ハフランの領主ヨスランは、大帝が滞在するアイヴィクに使者を寄越した。


「本来なら主人が直接伺うべきところ、主人の兄である大公がそれを許さぬため小臣が夜分まかり越したことお許しください」


 コラリウスという名のヨスランの臣はそう詫びた後、大帝の仲裁を乞い願った。


「もとより兄弟が相和し、心を通わせる者たちがそれを妨げられることのないことが陛下のお心です。すでに陛下がお聞きになったからには、あなたは心を安らかにして、ただお待ちになっていれば良いでしょう」


 大宰相がそう彼を諭すように言ったので、コラリウスは昏倒するほどの喜びを現した。


 まだお若くあったにも関わらず、大帝の威が広く認められていることは、既にこのようであった。


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