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第四十七話 聖女の神託

 イシリリーノ枢機卿ら高位の神官たちとの話を終え、俺たちはシスター・プレセラの案内で大聖堂の『神託の間』と呼ばれる部屋へ向かっていた。


「本物の神託ってことは、偽の神託があるってことなのか?」


 俺は先ほどの疑問をクーメルにぶつけてみた。

 彼は平気な顔で「本物の神託です」って言っていたから、きっと知っているはずだ。


「偽の神託と言うと穏やかではありませんが、あの枢機卿が言っていたように、神託は簡単に降るものではありませんから、一般には短い文章で今後の運勢を示すようなものが神官から与えられ、それを神託と呼んでいるのです」


 どうやらおみくじのようなものが売られていて、それを神託と呼んでいるらしい。

 それと彼の言葉で分かったのだが、あの部屋にいた神官たちは実はほとんどが皆、枢機卿だったのかもしれないなと、俺は今さらながら気がついた。


「クーメルさんが言ったとおり、神託は簡単には降りません。ですが稀に神のご意思を垣間見る機会が与えられる場合があると聞いています。本当に滅多にないことのようですが」


 シスター・プレセラは真っ直ぐに前を見たまま、俺たちに教えてくれた。

 その真剣な様子に、敬虔な彼女ならいざ知らず、俺なんかがそんな「神のご意思」を伺っていいのかという気持ちになってくる。


「ハルト様になら、その機会が与えられるのではないかと私は思っています。ですから私も是非、ご一緒させていただきたいと思ったのです」


 彼女がそう言っているうちにも、俺たちはその『神託の間』へと到着した。



「こちらです」


 そこは大聖堂の前の広間に面した入り口の横に設えられた階段だった。


「随分と古いもののようですね?」


 クーメルの問いにシスター・プレセラが頷く。


「大聖堂はもともと、オベリスクのある場所に建てられた礼拝堂が元になっていると言われています。ここもその場所の一部なのです。それでも何度が建て替えられているのですが、場所だけは変わっていないと聞いています」


 クーメルの言ったとおり、木製の階段は造りはしっかりしているもののかなり古そうだ。

 俺たちは彼女に導かれ、その階段を上って行った。


「ここが『神託の間』……」


 階段を上り切った先にあったのは、なんの変哲もない小さな部屋だった。


「こんな場所がですか。それにしても狭いですな」


 アンクレードの言葉は失礼な気がするが、確かに彼の言うとおりで、俺たち六人が入ると、そこはもういっぱいだった。


「ええ。ここからあのオベリスクを眺めて、祈りを捧げるのです。自らの知りたいことを強く念じて一心に祈れば、神託が与えられると言われています」


 シスター・プレセラが言ったとおり『神託の間』の壁に開けられた窓からはオベリスクが見えた。

 いや。この部屋の窓からは、空に向かって高く聳えるオベリスク以外のものは見えないようだ。


「じゃあ。シスターの言ったとおりにしてみるか」


 俺の言葉は神託を授かるには軽すぎるかなと自分でも思ったのだが、


「ハルト様は真剣さが足りませんな」


 アンクレードにそう言われたのには閉口する気がした。


(俺の知りたいことか……)


 ここで崇高な使命に燃える英雄とかなら世界の行く末を知ろうとするのかもしれないが、俺はそんな聖人君子ではない。

 それに相手は神様なのだから、偽りの希望で祈ったって答えてはくれないだろう。


(そうなると俺の知りたいことは一つだな)


 俺はオベリスクの頂上を睨むように見ながら、(ハルト一世の居場所を知りたい)と心の中で強く念じた。


「ハルト様。お祈りされていますか?」


 俺の様子に今度はシュルトナーが声を掛けてきた。

 見れば分かるだろうって言おうとしたのだが、どうも俺の祈りは真剣さが足りないのか、彼にそんな疑問を持たれてしまったようだった。


「ああ。やっぱり難しいのかな」


 そもそも神託ってどうやって降されるのだろうと考えてしまう。

 頭の中に声が響くとかがありそうだが、少なくとも今の俺にはそんな声は聞こえてこなかった。


 だが、俺がそう答えた直後、俺の隣にいたシスター・プレセラの様子が明らかに変わった。


「汝の問いに答えよう。汝の求める者は、今ははるか北の地と南の地に分かれている……」


 彼女の口からそんな言葉が漏れるのを俺たちははっきりと聞いた。


 そう言った彼女は俺を見ていたが、その紫の瞳はいつになく怪しく輝き、何か別の誰かが宿っているかのように俺には思えた。


「だが、それは近い将来、一つになる。それがはるか以前からの定めなのだ……」


 続けてそう口にすると、彼女は崩れるように俺に倒れ込んできた。


「シスター!」


 慌てて受け止めると、彼女はすぐに気がついた。


「ハルト様。私……」


 すぐに慌てて身を起こした彼女は、別に体調に異変を感じたりはしていないようだった。


「倒れられたのです。ハルト様に向かって」


 アンクレードがフォローしてくれたが、彼女は何が起きたのか分からないようだった。


「オベリスクを見ていたら、急に意識が朦朧と……。失礼しました」


 どうやら俺が感じた彼女の異変は、彼女にも分からないものだったらしい。


「ハルト様は何を願われたのですか?」


 アンクレードに非難されるような声を出されてしまい。俺は自分が祈った内容を口にすることを躊躇した。


「まあ。想像はつきますが」


 シュルトナーには逆に呆れたような声で言われてしまい、俺はますます言い出せなくなってしまう。


「例のハルト様と同名の方の居場所ですね。本当にそれを望まれているのですから仕方がないでしょう」


 クーメルもそう言って、俺が神託によって何を知ろうとしたかは確かめるまでもないようだった。


「そうなると、まさかプレセラ様のおっしゃったのが神託ということなのですか? いったいどういうことになるのでしょう?」


 イレーネ様がおっしゃったとおり、シスター・プレセラの様子はただ事ではなかった。

 あれは彼女以外の何らかの存在が彼女をして言わしめた言葉だと思えるものだった。


 それを神託と呼んでいいのかは分からないが。


「求める者は、はるか北の地と南の地に分かれている。だが、それは近い将来、一つになる。はるか以前からの定めだと言っていましたね」


 クーメルはシスターが発した言葉を覚えてくれていた。


「それがハルト様の求めておられるハルト様と同名の人物のことだとすると……。ちょっと分かりませんな」


 シュルトナーは早速、神託の内容の理解に匙を投げた。


「ハルト様は分かりますか?」


 イレーネ様に聞かれたが、俺にもさっぱり分からない。


「いや。あれが神託だとしても、俺の知りたいことに答えてくれたのか? 誰か別の人の知りたいことだとか……」


 そう言いながら考えていた俺は、一つの仮説にたどり着いた。


(俺がこれまでに探したのは、一つはハルト一世の行方。そしてもう一つはイレーネ皇妃の行方だったから、今はハルト一世が北に、そしてイレーネ妃がこの南の地であるリュクサンダールにいるとすれば辻褄が合うな)


 二人が近い将来一つになる。それがはるか以前からの定めだと言われれば、それは俺の知っている歴史のとおりになるということだろう。


「いえ。どう考えてもハルト様以外にはあり得ないでしょう。あの場で自分の知りたいことについて神託をと祈っていたのはハルト様だけでしょうから」


 アンクレードがそう言ってきて、それに皆も頷いていた。


「そうなのか。でも俺には分からないな」


 俺は曖昧にそう答えて誤魔化した。


 イレーネ様に彼女が将来、俺が探しているハルト一世の妃になるのだと伝えたら、きっと気分を害されるだろう。

 彼女は俺なんかの婚約者でいてくれて、何故かそれを固く心に誓ってくれている。


 だから、このことは口にするわけにはいかないな。俺は何となく胸の痛みを感じながら、そう考えていた。



「あまり役に立ちそうもありませんな。神託などその程度のものなのかもしれませんが」


 アンクレードがまた神をも畏れぬ言葉を口にするが、俺がそれを諭すかと思ったシスター・プレセラは、


「私などが同行させていただいたため、神託が不完全なものになってしまったのではないでしょうか? 私はまったく皆さまが教えてくださったその神託が降りた時のことを覚えていないものですから」


 そう言ってひたすら恐縮していた。



「ハルト様。どちらへ向かわれますか?」


 聖都を離れ、ムタニヤの町でシスター・プレセラとも別れた俺たちは、街道の分かれ道までやって来た。

 ここから北東に向かえばペルティア都市同盟を通ってキルダ王国へと戻ることになる。


「元来た道を戻りたくはないな。とりあえず西へ向かおう」


 神託が正しいのであれば、ハルト一世は現在は北の地にいることになる。

 だが、同様に神託によれば近い将来、ハルト一世はイレーネ様と出会うことになる。


 ならば今は彼女から離れないことだと俺は思っていた。


 西にあるパラスフィル公国にはまだ行ったことがないから、神託を得た今、その地でハルト一世の手掛かりが何か得られるかもしれなとも思えた。


「分かりました。西の街道ですな」


 アンクレードはそう言って、馬車を西へ向けてくれた。


 リュクサンダールでは酷い目に遭った気もするが、未来の聖女様とも知り合えたし、『魔法の帝笏』も手に入れた。


 近い将来、ハルト一世に仕官する時に献じることのできるものが増えたのだから聖都を訪れたのはむだではなかった。

 俺はそう思うことにした。





【聖ファニスの神託(リュクサンダール観光案内より)】


 聖ファニス大聖堂において『聖ファニスの神託』が得られると言われ、多くの人が神託を求めて大聖堂を訪れます。


 最初にこの地で神託を得たのは、聖ファニス大聖堂の元となる礼拝堂を設けた時の総大主教ドリファナス一世だと言われています。

 彼がこのリュクサンダールの地に礼拝堂を設けたのも、神託によると考えられているのです。


「ここが私が探していた場所である。私が探し求めていたものが、神により与えられた」


 彼は礼拝堂を訪れた信徒たちにそう言って聞かせたことから、この地で神託を得れば、探しているものを見つけられるとも言われています。


 大聖堂の神官たちが『聖ファニスのオベリスク』に祈って得られた神託は、一枚銅貨三枚から販売されています。

 霊験あらたかかどうかは日頃のあなたの行い次第。試してみるのもよいのではないでしょうか。


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