第四十六話 聖騎士見習い
翌日の午後、主教庁を訪れた俺たちが通されたのは、あの『オベリスクの試練』に挑むよう求められた会議室のような部屋だった。
「オベリスクの中から数多の宝物を持ち帰ったハルト・フォン・スフィールトに総大主教猊下のお言葉を伝えます」
今日は総大主教は出席しないようで、俺は肩透かしをくった気分だったが、そこまで重要な内容ではないと言うことだろう。
「猊下はハルト殿が『オベリスクの試練』に果敢に挑まれ、無事に戻られたことを信徒の範となり、教会を守る盾となるべき力と奇跡を示されたものと認めるべきだとご判断されました」
奥の席から俺たちにそれを伝えてきたのは、イシリリーノ枢機卿だった。
彼の話した内容にシスター・プレセラの顔に笑みが浮かぶ。
「それを聞いて安堵いたしました。主教庁は奇跡をお認めになるのですね」
彼女が確認をすると枢機卿は頷いた。
奇跡が認められないとなると、俺を推薦した彼女やあの修道僧と、二人が属する修道院の立場が難しいものになるかもしれないから、安心したってのは本当なのだろう。
「ですが、ハルト殿はまだあまりにお若い。聖騎士とするにはもう五年、いや少なくとも十年程度は様子を見る必要がありましょう。そうして、ハルト殿の起こされた奇跡が多くの人々に知られるようになり、誰もが納得するようになってから叙任されても遅くはありますまい」
イシリリーノ枢機卿はそう言って笑顔を見せた。
口を開こうとしたシスターを制して、彼はさらに言葉を継いだ。
「今回はたまたま、オベリスクの中から多くの黄金や宝石類が見つかり、その価値は莫大ではありますが、教会は決して寄進された財貨のみをもって信徒を評価するわけではありません。それでは聖なる位を金銭で売ったとの謗りを免れますまい」
彼の言葉に主教庁の高官であろう長机に居並ぶ神官たちからは何の意見も出されないから、これは決定事項らしかった。
「では、奇跡はお認めになっても、ハルト様には何も与えられないと、そうおっしゃるのですか? それこそ将来、信徒たちから不審の声が上がるのではないでしょうか?」
シスターの訴えも枢機卿には響かないのかと思われたが、彼はまたおもむろに口を開いた。
「シスター・プレセラ。慌ててはいけません。それに教会に対して信徒から不審の声が上がるなどとは穏やかではありませんよ。そのようなことはあり得ないのです」
そう前置きした彼は、さらに満面に笑みを浮かべた。
「ハルト殿には聖騎士見習いになっていただきたいと考えています。そう名乗っていただいて結構です」
本物の聖騎士とは随分と差がありそうだが、それでも教会からしたら譲歩したってことなのだろう。
俺程度の俄か貴族にそうそう聖騎士なんて地位が与えられるはずもないのだ。
「ありがとうごさいます。聖騎士見習いの名前に恥じないように努めます」
事前にクーメルから何でも言われたとおり受けておけと言われていた俺は、そう言って『聖騎士見習い』となることを承知した。
俺の返事に部屋にほっとしたといった空気が流れる。
「ついては私から三つお願いがございます」
だが俺が続けてそう言ったので、また部屋に緊張が走ったようだった。
俺は懐からあの『魔法の帝笏』を取り出した。
「ひとつはこの杖のことです。この杖はあのオベリスクの試練の途中で手に入れたものです。宝箱に入っていたものではありませんので、これを記念にいただきたいのです」
俺の申し出は意外だったようで、部屋にいる神官たちは皆、顔を見合わせていた。
「ご命令は踊り場にある箱を取ってこいと言うものでしたからな。それ以外には議論の余地もあるでしょう」
アンクレードが不機嫌そうに言ったが、それで怯む神官たちでもないようだった。
「お見せいただけますかな?」
俺に向かって神官の一人が言ってきて、俺は仕方なく彼のところまで行って帝笏を手渡した。
「あまり見たことのない素材ですな?」
渡された神官は帝笏を無造作に手に取って眺め、すぐに隣の神官に回す。
「それほど高価な物とも思えませんな。取っ手に黄金の細工でもあれば別でしょうが」
最初に俺から帝笏を渡された神官は、帝笏を渡した隣の神官にそんな軽口を叩いていた。
「持ち手の黒い石が気味が悪いですから私は結構です」
四人目の神官がそう言って受け取りを拒否すると、行き場を失った帝笏は俺の手元に戻されてきた。
「本来ならオベリスクの中にあるものはすべて教会に帰するべきもの。しかし、ハルト殿の今回の功績に対し、主教庁はその杖を与えるものとする。それでよろしいですか?」
イシリリーノ枢機卿が部屋にいる皆に問うと、誰も異議を挟まなかった。
「総大主教には後ほど私からお伝えします。それで残りニつの願いとは?」
枢機卿の興味はもう『魔法の帝笏』にはないようで、俺に次の願いを聞いてきた。
「はい。一つは神託をお授けいただきたいというお願いです。聖ファニス大聖堂では神託をいただけるとお聞きしています。それをお願いしたいのです」
「それは本物の神託をということですな?」
イシリリーノ枢機卿の隣に座る神官が、難しそうな顔を見せて俺に確認をしてきた。
「さようです。本物の神託です」
『本物の神託』ってことは偽物があるのかと思って言葉に詰まっていた俺に代わり、クーメルが答えてくれた。
「神託は簡単に降るものではありません。ですが『神託の間』の使用を特別に許可しましょう。場所は分かりますか?」
「私がご案内してよろしいでしょうか?」
シスター・プレセラがそう申し出て、俺たちは後ほど、その『神託の間』とやらへ行くことになった。
「それで、三つ目の、最後の願いはなんですか?」
イシリリーノ枢機卿は、再び尋ねてくれた。
俺はその問いにすぐに答える。もうこのお願いをするのにもだいぶ慣れてしまった。
「はい。私と同じ『ハルト』という名の人物について教えていただきたいのです」
俺の依頼にシュルトナーが眉を動かしたが、俺は構わずに続ける。
「私は自分と同名の、同じくらいの年齢の男性を探しているのです。教会には様々な情報が集まると聞いています。私と同名の人についてもどなたかご存知の方がいらっしゃるのではないかと」
ハルト一世は教会と良好な関係を保ったと聞いた気がするから、教会が彼について知っている可能性はあると俺は思っていた。
「何を考えているのか分かりませんが。それを知ってどうされるとおっしゃるのですかな?」
皆が沈黙する中、再びイシリリーノ枢機卿が口を開き、俺にそう聞いてきた。
「いえ。私は同名の人と知り合いになりたいと思っておりまして。その人を訪ねたいのです」
嘘はついていないが、本当のことを言ってもどうせ信じてもらえないのだ。
いや、教会なら預言とかもあるから、そう言った類いのものだと考えてもらえるのだろうか?
「残念ですが信徒の方はあまりにも多く、すべての方のお名前を主教庁で管理しているわけではありません。各地の教会ならその地に住まう信徒の名前を把握しているかもしれませんが」
どうもあまり親身になって調べてはもらえなさそうな雰囲気だったが、俺は諦めるわけにはいかないのだ。
「すべての信徒の名前をお調べいただく必要はありません。最近、話題になっているとか、私くらいの年齢の若い方で敬虔であったり、将来、教会の守護者になられそうな……そんな方はいらっしゃいませんか?」
俺が千年後の世界で聞いていたハルト一世のイメージはそんなものなのだ。
だが、高位の神官であろう部屋にいた人たちは皆、首を傾げていた。
「そんな人で、しかも名前がハルトという方ですか? 存じ上げませんな」
「そもそもそんな変わった名前は聞いたこともありませんでしたから」
「申し訳ないが私もですね。ハルトという名の方に会ったのはハルト殿、あなたが初めてです」
枢機卿をはじめ、それなりに高齢の神官たちは、これまで多くの信徒に会ってきたであろうし、その中には貴族も多くいたと思われるのだが、残念なことに全員が『ハルト』という名前に心当たりはないようだった。
「ハルト様。仕方がありませんな。ここは枢機卿にお礼を申し上げて引き上げましょう」
何となく機嫌の良さそうなシュルトナーの口ぶりが癇に障る気がするが、神官たちは別に隠しているわけではなさそうだ。
そもそも俺以外にハルト一世がこの世界を統一するなんてことを知る者はいないのだから、知っていたら彼の存在を隠そうなんて考えもしないだろう。
「ありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました」
結局、部屋にいる全員から怪訝な視線を浴びることになってしまった俺は、シュルトナーが言ったとおり、お礼を言ってその場を収めるしかなかった。
「ハルト殿も聖騎士見習いとなられたのですから、今後は信徒の模範となるよう身を慎み、教会の守護者たる聖騎士に近い存在だという自覚をお持ちになっていただきたい。決して侮りを受けるようなことのなきよう慎重に行動され、その振る舞いに周りの者が自然と気高さを感じられる。そういった姿をお見せいただきたいのです。先ほどのような不躾な態度はあまり感心しませんな。そもそも聖騎士とは……」
おまけにイシリリーノ枢機卿からはその後、聖騎士見習いとしての心得や、いきなりお願いを三つもした俺の態度について懇々と説諭を受けることになった。
【ハルト一世本紀 第十三章の八】
大帝の即位にあたり、総大主教が聖ファニス大聖堂の前に集った民衆を前に、大帝に聖騎士の位を贈ることを発表した。
機先を制して、帝国に教会の権威を認めるよう迫ったのである。
「陛下はすでに以前から聖騎士となるべく研鑽を積まれ、そのことは広く知られています。今、教会がそれを認めたのですからわざわざ聖都を訪れる必要はありません」
大宰相がそう言って、大帝は総大主教の招きを受けなかった。
それでも教会は帝国を恐れ、公の文書に『聖騎士』の称号を使うことを黙認した。
総大主教の馬の鐙を支えることなく聖騎士となったのは、大帝が史上初めてであった。




