第四十五話 魔法の帝笏
「どうやら最上階のようですな」
「ああ。そうらしいな」
天井は想像していたとおり四角錐を内から見た形になっているし、シュルトナーもそう思ったらしいから、間違いなさそうだ。
「そして、あれがルーレブルグの遺跡にあった王冠と同じ宝物というわけですな」
部屋の中央に台座があり、そこには一本の杖が安置されていた。
「魔法の帝笏……だよな」
その杖は、前世の中等魔法学校の歴史の授業で見たことがあるものによく似ていた。
教師が魔法で皆の前に浮かび上がらせたハルト一世の肖像。そこで彼が手にしていた『魔法の帝笏』がこれにそっくりだったのだ。
「持ち手についているのはもしかしたら魔光石ではありませんか?」
イレーネ様は気づいたらしい。
そこにあったのは俺がイレーネ様にプレゼントした首飾りの魔光石と比べても一回り大きな魔光石のようだった。
「手元の真っ黒なものは石ですか? 少し気味が悪い気がしますね」
この中で『魔光石』を知らないシスターだけが、帝笏を見てそんな感想を漏らしていた。
確かに真っ黒な石がついた小ぶりの杖は、大した価値があるものには見えない。
だが、これも『魔法の帝冠』同様、ハルト一世の権威を示すものの一つになるはずだった。
「これも置いていくわけには行かないんだろうな」
前の遺跡の例もある。
置いて行こうとすれば、出られないように妨害が入る可能性が高い。
「どうせまたガーゴイルが襲い掛かってきたりするのでしょう。もうこれ以上は勘弁してほしいですな」
アンクレードの想像が正しいかどうか、確かめてみる必要もない。
俺は台座の上の杖を手に取り、そのまま部屋を後にした。
「まさか試練に打ち勝つとは。私たちの想像以上でしたよ」
帝笏を手に入れた俺たちがオベリスクの底まで戻ると、そこには俺たちを案内した神官だけでなく、数人が待っていた。
その中には総大主教に謁見した時に会ったイシリリーノ枢機卿の姿もあって、彼は俺にそう話し掛けてきた。
「ハルト様のお力をもってすれば、この程度の試練など何ほどのものでもありません。トースタン師や私が証言したとおり、奇跡を起こす力をお持ちなのです」
自信に満ちた態度でシスター・プレセラは宣言するように言ったが、枢機卿も今回はそれを否定はしなかった。
「確かに凄まじい力をお持ちのようだ。このオベリスクにあったすべての宝物を手に入れることができようとは。私もそこまでは想像していませんでした」
どうやら最初の宝箱だけでも手に入れば儲けものと思われていたらしい。
何となく期待されていないのは分かってはいたが、それをいい意味で裏切ったということだろう。
「で、ハルト様が手に入れた宝はどうなったんだ?」
アンクレードがそう言ったことで、俺は『レビテーション』で底まで下ろした宝箱がすべて無くなっていることに気がついた。
俺たちが最上階でもたもたしている間にでも、あの神官が人数を呼びに行って運び出しでもしたのだろう。
「あの宝はもともと教会の財産です。あれを手に入れるのに功績があったことは認めますが、聖騎士になるのなら、あれは教会に寄進してしかるべきでしょう」
笑みさえみせながら枢機卿は答えたが、要は俺たちには分け前を与える気はないということのようだ。
あの宝はもともとは古代魔法帝国の遺産であって、教会のものってわけではないと思うのだが。
「その件も含め、結論は後日、総大主教ご臨席の場で」
そう言った枢機卿の言葉に従って、俺たちはそのまま宿へと戻ることを許された。
翌朝、いや宿に戻った時には日付が変わっていたからその日の昼前、俺たちは宿のダイニングで遅い朝食をとりながら、昨夜のことについて話していた。
「多少は褒賞がいただけるのではありませんか?」
アンクレードはこだわっていたが、昨日のイシリリーノ枢機卿の話しぶりだと難しい気がする。
「いや。もともと教会の財産だと言っていたからな。全部寄進すべきだとも」
俺は正直言って諦め気味だ。分ける気があるのなら、あんな言い方はしないだろう。
「こうなって見ると、この地に神聖なものを感じて礼拝堂を建てたという伝説も怪しい気がしますな。オベリスクの宝物を取られないように見張りを置いたという気がします。当時の総大主教が宝を独り占めしようとしたのではないですかな」
「ドリファナス一世はかなりやり手の総大主教だったようですから。その可能性もあるかもしれませんね」
シュルトナーの想像もクーメルの意見も、ものすごくその総大主教を冒涜している気がするが、シスター・プレセラは何も言わなかった。
「私は神に仕える身ですから、褒賞をいただきたいとは思いませんが、あの宝箱の中の宝物は、すべてハルト様の力によって手に入ったもの。多少は分け与えられるのが普通だと思うのですが」
彼女の心のもそんな葛藤があるようで、それでシュルトナーたちの発言を黙認したのかもしれなかった。
「逆にハルト様があそこまでの圧倒的な力をお見せになったからこそ、無事に戻って来られたのだと私は思います」
クーメルがお茶に口をつけながら目を閉じ、いつもの冷静な口調でかなり怖いことを言い出した。
「どういうことだ?」
アンクレードが疑問を口にしたが、俺ははっきりとは聞かない方が良い気もしていた。
だが、クーメルは当たり前といった様子で続ける。
「ハルト様が宝箱を一つ手に入れたところで息も絶え絶え、力をすべて使い尽くし、これ以上の宝箱の入手は不可能といったことになっていたなら、オベリスクの秘密を守るために私たちは消されていたかもしれません」
皆の顔に驚きが浮かび、俺も信じられない気もしたが、クーメルにそう言われてみると、それもあり得るという気がする。
「ハルト様の力を見て、簡単には排除できないと悟ったのでしょう。今ごろはハルト様をどう扱ったものかと主教庁で議論されているのではないかと思います」
クーメルはそう言うとティーカップを置いた。
「ハルト様。少しは褒賞を要求されてみてはどうですか?」
「ああ。俺もそれは考えていた」
俺がそう答えると、クーメルを除いた皆が驚いたようだった。
「宝箱の一つでも要求されるのですか?」
シスター・プレセラは不安そうだ。
彼女は俺に『聖騎士』になってもらいたいみたいだし、自分が推薦した人物が教会と軋轢を起こすなんて考えたくもないだろう。
「いや。お金ならアンジェリアナ女王がくださった報奨金があるからな。俺が欲しいのはこれなんだ」
俺は懐から『魔法の帝笏』を取り出した。
「それは最上階にあった杖ですか? お持ちになっていたのですか」
シスター・プレセラの口調には多少、棘が感じられる気もしたが、そこまで非難する気はなさそうだった。
「ああ。申し訳ないとは思うけど、俺はこれだけは確保したいからな」
これはハルト一世が手にすべき宝なのだ。
この『魔法の帝笏』がどうやって彼にもたらされるのかまでは知らないが、できればこれも俺から彼に献じたい。
彼がそれを評価して、俺を重用してくれるようになると良いのだが。
「お伝えしたいことがございますので、明日の午後、主教庁までお出でいただきたい」
そんな連絡があったのは、オベリスクの中から帰って一週間後のことだった。
「随分と時間が掛かりましたな」
アンクレードが述べた感想は、俺の気持ちを代弁していた。
だが、クーメルには別の思いがあったようだ。
「この程度の時間でお呼び出しとなると、主教庁は当初の計画どおりに進めるということでしょう。再度、枢機卿たちの意見を聞き、方針を変更するにしては時間が足りませんから」
「どういう方針なんだ?」
彼には教会の思惑が分かっているようなので、俺は聞いてみた。
残念だが俺にはさっぱり分からない。
「いみじくもあのイシリリーノ枢機卿が言っていたではありませんか。宝はすべて教会に寄進すべしと。そしてハルト様を聖騎士に叙任する気もないのでしょう」
「そんな! それでは……」
シスター・プレセラが悲鳴のような声を上げたが、俺は別に聖騎士に任じられなくても構わない。
でも、彼女からしたら信じていた教会が約束を守らないように感じられるのだろう。
主教庁は『オベリスクの試練』を乗り越えたら、俺を聖騎士にするなんてひと言も言っていないけどな。
「それでも何らかの措置が必要だとは考えたのでしょう。ハルト様の力を知ってしまった以上、当然です。それが謁見までに一週間という時間が掛かった理由だと思います」
彼の見解はそういうものだった。
【魔法帝国宝物目録・魔法の帝笏】
魔法の帝笏は、黄金の帝冠、王者の剣とともに魔法帝国の三大至宝と呼ばれる、帝位と強く結びついた宝物です。
長さは約一・五パドスと、成人男性の肘から指先までと同じ程度の小ぶりなものですが、持ち手の部分を飾る大きな魔光石が、この杖が特別なものであることを示しています。
帝国の三大至宝は他の宝物とは別格のものであり、帝位の正統性を示すものであることから、普段は帝室に秘蔵され、即位の儀式などごく限られた場合にしか用いられません。
そのため、我々が目にする機会はほとんどありません。
それにも関わらず、その存在が広く知られているのは、魔法復興期絵画の巨人、ブレメンティが描いた『帝位に登る聖帝』の影響によるのでしょう。
皇帝に即位するハルト大帝を描いたとされるこの作品には、自らの両手で頭上に『黄金の帝冠』を戴こうとする大帝の胸から迸るような輝きが描かれており、その光は『魔法の帝笏』の魔光石によるものだとされています。




