第四十ニ話 オベリスクの試練
「私がご案内できるのはここまでです。十五年前まではここへも入れなかったのですがね」
神官はそう言いながら階段の一段目に足を乗せた。
そして、想像もしていなかった光景に呆然としている俺たちに『試練』について説明を始めた。
「十五年前、最初の踊り場までの階段の炎が突然消え、あの場所まで上ることができるようになったのです。そこには貴重な品がありました」
彼が指差したのは螺旋状に連なった階段を少し上った場所にある踊り場だった。
「それは当時の教会財政の不足を補って余りあるほどの財宝でした。おそらく古代魔法帝国時代のものでしょう」
「教会は信徒の方の浄財で運営されているのではないのですか?」
シスター・プレセラが問い掛けると神官は首を振った。
「私は教会の財政の全貌を知っているわけではありませんが、それは信徒からの浄財も重要でしょう。ですがそれだけでやっていけるものでもないのです。療養所の運営にも金が掛かりますからな」
神官はシスターを揶揄するように返すと、そのまま話を続ける。
「ですがそれも十五年も前のこと、最近また手許不如意になってきているようなのです。それでここに目をつけた」
彼はそう言って、今度は階段のさらに上の方を指差した。
そこには炎に包まれた階段と、それを繋ぐ踊り場が見てとれる。
「踊り場の一つ一つに箱が置かれているのです。おそらくは十五年前に見つかったのと同じような財宝の入った箱でしょう」
言われて見れば踊り場にはそれぞれ何か箱のようなものが置かれているように見える。
もっとも上の方の踊り場はその床の裏側しか見えないので確かめようもないのだが。
「それを俺たちに取って来いってことか? 聖騎士に値するか見極めるための試練だと思っていたのに、随分と俗な内容だな」
俺の嫌味にも神官はまったく堪えていないようだった。
「何とでも言ってください。そもそも聖騎士に任じられようという方が、教会に寄進もされないおつもりですか?」
世の中、そんなものなのかもしれないと俺は妙に納得しかけたのだが、シスター・プリセラは怒りをあらわにしていた。
「ハルト様の功績、起こされた奇跡は世に明らかなのに、これ以上何を求めるのです! あなたは恥を知るべきです」
教会内の位階では、きっとあの神官の方がずっと上だと思われるのだが、彼女はいっさいの忖度なく、そう言い放った。
「世に明らかというほどではないでしょう。修道会の者から推薦があっただけですからな」
神官は鼻で笑うような態度を見せて、そううそぶいた。
「まあ、いいや。踊り場にある箱を取ってくればいいんだよな」
俺は神官にそう確認して、おもむろに魔法を唱える。
「ファラーヴェ ドゥレギミザーヴ ファーラ フォトフォミアープ」
俺の足下から銀色の光が溢れ、俺の身体を包み込む。
「レビテーション!」
力ある言葉にともに俺はふわりと浮かびあがり、そのままオベリスクの中を上昇し……。
「いてッ!」
ゴツリと音がして俺は見えない天井に頭をぶつけ、次の瞬間、身体全体で天井にへばり付いた。
「何をされているのです?」
アンクレードが呆れたように聞いてきたが、見れば分かるんじゃないだろうか。
「ああ。ひどい目に遭った」
『レビテーション』を解いて床に降り立ち、俺はもう一度オベリスクの内部を見上げた。
「ハルト様。おけがはありませんか?」
イレーネ様は心配してそう言ってくれたが、クーメルは例のしたり顔で、
「梯子を掛ければ、あの程度の高さは登れますから。何らかの障害があるのだろうと思っていました」
そんなことを言っていた。
そう思うのなら早く言ってくれればいいのに。
「それにしても、まったく見えないな」
「ハルト様は妙なところで感心されますな。どうされるおつもりですか?」
シュルトナーが不思議そうに言ってきたが、天井がまったく見えないのは魔法の力によるのだろう。
現代日本の水族館で使われているアクリルガラスだってここまで透明じゃないと思う。
「階段を上るしかないんじゃないか」
「あの炎を消し止められるとおっしゃるのですか? また、奇跡をお見せいただけるのでしょうか」
シスター・プレセラが紫色の瞳を輝かせて俺を見てくるが、あれはおそらく魔法の炎だから、氷の魔法で冷却したからといって消えるとは思えない。
「とりあえず最初の踊り場まで上ってみよう。何か分かるかもしれないし」
ここがあのルーレブルグ郊外の古代魔法帝国時代の遺跡と同じ類いのものなら、魔法の使える俺なら対処できるかもしれない。
俺はさっさと階段を踊り場まで上った。
「階段が炎を吹き出すんじゃないかと思いましたが、大丈夫なようですな」
アンクレードは意外にもそんなことを気にしていたようだが、言われてみればあり得ないことでもない。
「俺は天井に頭をぶつけるんじゃないかと、そっちの方が気になったよ」
「ああ。それで腕を上げて手で探られていたのですな?」
シュルトナーは今、気がついたって顔で言ったが、俺が何をしてたと思っていたのだろう。
「ここ。床にもなっているのかな?」
俺は踊り場から空中に見える場所へ足を踏み出した。
「ハルト様!」
イレーネ様が慌てて呼び掛けてくださったが、俺の足は普通に床を踏んだように空中に止まった。
「本当にまったく見えないな」
いざとなれば『レビテーション』を掛けるつもりでその辺りを歩き回る。
「ハルト様。穴でもあれば大けがですぞ」
シュルトナーが咎めるように言ってきたが、そんなものがあれば、それこそそこから梯子でも掛ければいいのだから、それはないと思う。
「空中を歩いているみたいだな」
現代日本には高い塔とかにこんな趣向の展望スペースがあった気がするが、この世界でこんな気分を味わえるのはここくらいだろう。
「ハルト様。楽しそうですね。私もお側に……」
イレーネ様がそう言って足を踏み出そうとされたので、俺は慌てて踊り場に戻った。
「いや。試練の途中だったのに、つい良い気になってしまった。先を急がないと」
そう言って炎をあげる階段に対峙する。
「急にどうされたのですか?」
アンクレードが不思議そうに聞いてきたが、階下にはあの神官が残っている。
イレーネ様はスカートをはいているから、透明な床に立たせるわけにはいかないのだ。
「これって本当に熱いんですかね?」
アンクレードが呑気なことを言い出したが、熱いに決まっている。
そうでなければ俺なんかをここに連れてはこないだろう。
「近寄るだけで熱を感じますが、一応、試してみましょうか?」
クーメルが懐からハンカチを出して炎に向かって投げ込むと、それは一気に燃え上がった。
「あぶない!」
皆が一斉に叫んだが、すぐに燃え尽きたから実はそうでもない。
当のクーメルは涼しい顔だ。
「とりあえず対抗魔法を試してみるか……」
魔法を無効化する魔法の使い方も俺は前の世界で習っている。
当時は使うことができなかったが、今なら使える気がした。
(魔力の流れを感じで、それと同じ強さで正反対の流れを生み出すんだったな……)
前の世界ではまったく感じられなかった魔力を、今の俺はしっかりと感じ取ることができる。
「ヴェノカーラ エミペローテ キュノゴーネ トゥユヴァーセ キネーセ……」
それでも次の踊り場まで十メートル以上はあるだろう。その間を埋め尽くす魔法の炎に対抗するとなると、それなりに魔力を使う。
俺は慎重に呪文を唱えた。
「ディスエンチャントメント!」
気合のこもった声とともに炎は搔き消すように姿を消した。
「消えた!」
アンクレードだろうか驚きの声が聞こえ、すぐに階段へ踏み込もうと俺の横をすり抜けようとする様子が目に入る。
「待つんだ。まだ火傷をするぞ!」
俺の呼び掛けに彼は慌てて足を引っ込めた。
「アイシクル・マーヴェ!」
氷の玉が雨のように降って階段に当たり、そこら中で音を立てて湯気が上がる。
「危なかった。あのまま階段に足を掛けていたら、本当に足の裏を火傷してたな。ハルト様。ありがとうございます」
アンクレードはそう言って肩をすくめた。
俺は階段にほんの少しだけ触れてみて、熱がないことを確認する。
「よし。行こう」
そう言って振り向いた俺に皆が頷いてくれた。
俺たちは二つ目の踊り場へと階段を上っていった。
【聖ファニスのオベリスク(リュクサンダール観光案内より)】
聖ファニス大聖堂の正面に立つオベリスク、通称『聖ファニスのオベリスク』は高さ三十三ペルサスと十階建てのビルに相当し、古代魔法帝国時代に造られたものとしては随一の高さを誇っています。
日の光に純白に輝く美しい姿から『聖天使のオベリスク』とも呼ばれるこのオベリスクは、それ以外にも『炎のオベリスク』という別名も持っています。
別名の由来はその内部に燃え尽きることなき炎が祀られていたからとも言われていますが、宗教上の理由から現在に至るまで内部の調査が禁じられているため、事実は明らかになっていません。
魔法帝国を再興したハルト大帝は禁忌を犯し、オベリスクの中に入ったのではないかと言われています。
その根拠は彼が晩年、帝都に建てられたオベリスクを見て、「中には別のオベリスクのように螺旋階段があるのではないか?」と言ったという記述が史書に残っていることです。
彼の時代に存在したオベリスクで、内部に螺旋階段を持つものは見つかっておらず、内部構造が明らかになっていない『聖ファニスのオベリスク』がそれに該当するのではないかという説を一部の研究者が唱えています。
もっとも、その説に対しては多くの学者から、教会と友好関係を保ち続けた彼が聖都リュクサンダールにあるオベリスクを訪れ、敢えて教会を挑発することになりかねない禁止されている行為をしたのかという点に疑問の声が上がっており、彼が中に入ったことはないという説の方が有力です。
当然、内部に螺旋階段があるかについても判明しておらず、将来、教会から調査が許可されることになれば、長い間の謎が解明されるかもしれません。




