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第三話 グヤマーン軍の襲来

「私たちはある人を探しているのです。その方がこの町に縁があるかもしれないと、ここを訪れたのです」


 クーメルが上手く話を繋いでくれたから良かったが、いきなり知り合いでもないイレーネ様を訪ねて来たとか言ったら、不審者扱いされても仕方がないだろう。 


「では、その方は私どもの方でお探ししましょう。ですから、なにとぞこの町に力を貸していただきたいのです」


 彼女に再び頭を下げられてしまい、俺はこれ以上断り続けることは難しい気がしてきていた。

 何しろ彼女は主君の妃になる人なのかもしれないのだ。あまり邪険にすると、俺の将来に差し支える可能性がある。


「分かりました。私にできることがあるか心許ない気がしますが、しばらくこの町にとどまって、戦いがあれば参加しましょう」


 そんな危険を犯すことは不本意ではあったが、もう仕方がないという思いだった。


 俺の答えにイレーネ嬢は一瞬、嬉しそうな、そして安堵したといった顔を見せたが、すぐに真顔に戻った。


「それで、ハルト様がお探しの方とはどのような方なのでしょう?」


「はい。ハルトという、私と同じ名前の男性です。この町の周辺にそういった方がいるのではないかと思いまして」


「同名の男性……ですか」


 俺の答えに何故か安堵の息を吐いたように見えたイレーネ嬢だったが、その後、少し考えている様子だった。


「正直に申し上げて、ハルト様というお名前は初めてお聞きしました。少なくとも私の知り合いにはおりませんが、お父様にもお願いして、できるだけ早く調べるようにいたします」


(ハルトなんて、前の世界では平凡な名前だったのにな……)


 俺はそう思ったが、それもハルト一世の偉業あればこそなのだ。

 彼にあやかりたいと思う親たちが、その名を息子に与えるようになったことでありふれた名前になったのだが、まだ彼が活躍する前であるこの時代では、珍しい名前であるのは当たり前のことだ。


(おれも散々、名前負けだって言われ続けてきたからな)


「さようですな。私も初めてです。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」


 俺がお礼を言う前にクーメルに先にそう言われてしまい、俺も慌てて頭を下げた。


「右に同じ。ハルトなんていう名前の方は他にはいない気がしますから、ざっとお調べいただけばいいと思いますよ。年齢もハルト様と同じか少し上くらいでしたな」


 アンクレードにまで年齢が抜けていたと依頼の不備を指摘され、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


(たしかにこの時点で老人だったら、ハルト一世である可能性はないからな)


 俺もハルト一世の正確な誕生年を覚えているわけではないが、彼の今後の活躍を考えれば、アンクレードの言うとおり、俺と同じくらいの年齢だと考えて間違いはないだろう。

 年齢が近いことも、彼に仕えるのには都合がよいと思えるのだ。


「イレーネ様。では、よろしくお願いします。私もこの町の防衛にできる限りのことをいたします」


 俺は彼女の目をしっかりと見て、お互いに頷き合ったのだった。



 そうして俺がぐずぐずと迷っているうちに、敵の方が動き出してしまった。


 どうやら領主の娘を虜にする計画が失敗に終わったことが、一触即発だった二つの町の関係を後戻りのできないものにしてしまったようだった。


「それにしたって、悪いのは向こうの方だろう?」


「それはこちらの論理です。あちらにはあちらの言い分がありますから」


 同意を求めた俺に、クーメルはいつものように冷静に返してきた。

 そうなのかもしれないが、俺は安心感を求めていただけなんだが、どうやら話す相手を間違えたらしい。


「領主の娘を人質にして要求を飲ませようとするなど、卑劣としか言いようがありませんな」


 アンクレードは憤りを隠さなかった。そうそう。彼に聞けば良かったのだ。


「とは言え、ここで敗れれば、それは言っても栓なきこと。ハルト様にはぜひ敵を打ち破っていただかねばなりませんな」


 やっぱり彼も現実派らしい。

 俺だってその傾向はあると思うのだが、この二人にはちょっと敵いそうになかった。



 さて、グヤマーン軍だ。


「こんなに早く寄せて来るとは、もう準備は万端だったと言うことですね?」


「すでに近隣のいくつかの町は彼らに屈服し、あとは我らくらいですからな」


 軍議の席での俺の問い掛けに、町の防衛を担う軍の隊長が返し、議長席のファーフレント卿も頷いていた。


「そうなると、周りからの援軍は期待できないわけか……」


「周辺の町はかなり無理な要求を呑まされていますから、グヤマーンに反感はあると思いますが、こちらと共闘までは」


 隊長の隣に座る副官らしき軍服を着た男性は、そう言って残念そうな様子を見せた。


(ハルト一世なら果敢に戦うのかもしれないけど、俺にできることなんて、たかが知れてるんだけどな……)


 それでもここで尻尾を巻いて逃げ出したら、イレーネ妃はどうなってしまうのか。


(それよりイレーネ嬢が将来、皇妃となった後、俺の顔を見て、自分たちを見捨てて逃げた男だと気づかれたら、俺はハルト一世から追放されるかも)


 下手をすると彼が建国する帝国に、俺の居場所はなくなるかもしれない。

 いや、彼の帝国の領土って、この世界すべてなのだが。


「ハルト様。何を考えておられるのですか?」


 クーメルの声に俺は我に返った。

 どうやら俺はカメレオンのように次々と顔色を変えていたらしかった。


(進退窮まったな。負けたら俺たちのせいにされそうだし)


 町の者でもない俺なんて、真っ先に犠牲の羊に供されそうな気がする。

 馬車の襲撃を撃退したことで、面も割れてるしな。



「寄せて来ましたね。二、三千人はいそうですな」


 城壁の上から、ラマティアの町に迫るグヤマーン軍をアンクレードは厳しい目で見て言った。

 兵数も彼の言うとおりなのだろう。


「小領主同士の争いとしては大軍ですね。このところ周辺の町に攻め込んで、彼らを従わせていたようですから、それらの兵も加わっているのでしょう」


 クーメルも油断のない様子で、そう評した。


「何とか言う傭兵隊長が率いているんだよな。そいつも配下を食べさせないといけないのかもしれないけど、迷惑な話だな」


 一方の俺の発言は緊張感を欠くものだったらしく、二人は苦笑いするような様子を見せた。


 傭兵隊長『イヴァールト・アンドラシー』。

 どうやら今、売り出し中の男らしい。


「小勢から今、率いているようなそれなりの数の軍勢まで、器用に指揮するようですね。決して油断ならない相手だと思います」


「苦み走ったいい男らしいですな。貴族の奥方や令嬢の中には、熱を上げている方もいると聞きますぞ」


 アンクレードはつまらなそうに言って、「男の敵ですな」などと付け加えた。


(アンドラシーって、どこかで聞いた気がするんだけど、どこだったかな……)


 俺は彼の名前に引っ掛かりを感じて、さっきから考えていたのだが、どうにも思い出せそうになかった。


 おそらく前の世界の記憶だろうが、もう転生してから十五年も経っているし、さすがに曖昧になってきている。


「深紅の鷲が奴の紋章ですか。派手なアピールで人の気を引こうって魂胆ですか」


 アンクレードは敵陣に翻った旗を見て、まだ言っていた。


(ハルト一世の七功臣ではないから、大丈夫だよな)


 クーメルやアンクレードみたいに、彼の臣下として大功を立てる者なら、俺が安全に確保しておく意味がある。

 ともに彼の下に馳せ参じれば、彼らみたいな能力のない俺だって、それなりに遇してもらえるかもしれないからだ。


「とにかく奴らを撃退して、さっさとここを立ち去るべきだな。ぐずぐずしてはいられないし」


 早くしないと、ハルト一世が小身のうちに彼に仕えるという俺の計画は破綻してしまう。

 彼がまだ海の物とも山の物ともつかない、スタートアップ企業みたいな状態のうちに、その下にたどり着かないと、俺なんかが家臣に取り立ててもらえるか分からない。


「ハルト様は簡単におっしゃいますな」


「この程度の敵、ハルト様の魔法にかかれば、退けることは容易でしょう」


 クーメルは静かに含み笑いのような顔を見せた。



「ファイアボール・マーヴェ!」


 俺の魔法が完成し、グヤマーン軍の後方に数多の炎の球が降り注ぐ。


(前の世界だったら、すぐに衛兵が駆けつけて、俺は牢獄行きだな)


 今は敵兵たちが驚き慌て、周囲の火の手を消そうと躍起になっていた。


「輜重部隊が!」


 やっと気づいたらしく、大きな声が敵陣から聞こえてきた。

 俺が狙ったのは後方に控える糧食を積んだ荷車や、馬車などの補給物資のある場所だった。


「やりましたな。グヤマーンの町は近いとはいえ、食料や武具を再び整え、ここまで送るとなれば、かなりの日数が必要ですからな」


「彼らは少なくとも一度、撤退するしかないでしょう。そこを追撃ですね」


 まさかこの距離から、炎の魔法が届くとは思っていなかったのだろう。不用意に展開していた補給部隊は、俺からしたら格好の目標でしかなかった。


「ああ。後はラマティアの町の兵たちにお任せだな」


 俺たちは兵力を持っているわけではないのだから、ここから先は領主のファーフレント卿の領分だ。


「俺はひと休みさせてもらうよ」


 そう言って城壁の上から立ち去ろうとした時だった。

 何か風を切るような音が聞こえたかと思うと、俺の左肩に衝撃が走った。


「グウッ!!」


 吹き飛ばされるように倒れ、城壁の石の床に叩きつけられた俺の肩から赤いものが流れた。


「ハルト様!」


 左肩を押さえ、灼けるような痛みに耐える俺に、クーメルが駆け寄って来た。


「とにかくこの場を……」


 彼とアンクレードの肩を借り、俺は城壁から階段を降りると、そこで横になった。


「大丈夫、ウッ!」


 左肩を見るとローブがざっくりと裂け、大きな傷が覗いていた。

 出血が続いているらしく、俺は見ているだけで気が遠くなりそうな気がした。


「ハルト様! お気を確かに。傷は浅いですぞ」


 アンクレードの言葉にクーメルも頷いているが、俺は激しい痛みに昏倒しそうだった。


「他人事だと思って……。ウウッ……」


 俺の恨み言など気に留める様子もなく、アンクレードがさっさと応急処置を施し、俺は本陣になっている領主館へと運び込まれた。




【ハルト一世本紀 第一章の三】


 大帝が守るラマティアの町に、雲霞の如き敵軍が押し寄せ、町を十重二十重に取り囲んだ。


「陛下以外に頼る方はおりません。どうか我らをお救いください」


 皇妃の願いに大帝は頷かれ、城壁へ上られると、敵兵を見渡された。


 その時、漲る大帝の戦意が敵兵たちに伝わり、彼らは怖気づいた。

 まことに大帝は偉大な方であった。


 大帝の魔法が彼らを襲うと、彼らは一戦を交えることさえ許されず退かされた。


「ご休息なさいますか」


 敵兵の姿が消えたので、大将軍アンクレードが勧めると、大帝は本陣へ戻られた。


「これもすべて陛下のおかげです」


 皇妃が感謝を捧げ、大帝は鷹揚に頷かれた。


 皇妃の故郷の町を救い、彼女の心を安んじたことに、大帝は大いに満足された。


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