第三十五話 キルダ平原の解放
「アイシクル・ランス!」
先手必勝とばかりに俺は氷の槍を中空に出現させ、ワイバーンを串刺しにしようとした。
だが、敵は思った以上に機敏な動きでそれを難なくかわしてしまう。
「しまった!」
ブレスの効果範囲まで近づかれると厄介だ。
俺の魔法防御がワイバーンの毒のブレスを防げるかは未知数なのだ。
当たり前だが俺は自分だけでなく、仲間たちや味方の兵まで守る必要があった。
「ライトニング・マーヴェ!」
俺が慌てて放ったいくつもの電撃に気づき、奴は素早く旋回して距離を取る。
それでなんとか奴の接近を阻むことだけはできた。
「ハルト様。あちらからも!」
馬車からイレーネ様の声が聞こえ、振り返ると彼女はパラス山脈の方を指差している。
そちらを見ている余裕はないが、どうやらもう一頭のワイバーンが姿を現し、こちらへ向かっているようだ。
「ファイア・ストーム!」
さっさと最初の一頭を仕留めないと面倒なことになる。
俺はそう思って広範囲に影響を及ぼす炎の嵐を出現させた。
ギャギャア!
さすがに炎を完全に避けきることはできず、ワイバーンは翼の一部を焼かれて地上に落下した。
そいつが炎から逃れようとしていたのが幸いし、落ちたのは俺たちから少し離れた場所だった。
「アイシクル・ランス!!」
地面に落ちてのたうつような姿を見せるワイバーンを、俺が出現させた氷の槍が貫いてひと息に絶命させる。
飛んでいる奴を倒すのは難易度が高そうだから、まずは地上へ引きずり下ろすことを考えた方が良さそうだった。
「まずは一頭!」
俺がひと息つく暇もなく、山脈の方向から一頭、さらに遠くにもう一頭がこちらに向かって来ているようだ。
「馬車で来たのはまずかったですかね?」
アンクレードは続けて「目立ちますからな」とのんびりと聞こえるような口調で言ったが、表情は深刻そうだった。
「今さらどうしようもないな。来たぞ!」
一頭目を倒すのに派手な魔法をいくつも使ったから、何かがこの平原へ侵入したことに、奴らに気づかれてしまったのだろう。
「アイシクル・ブリット!」
俺が生み出したいくつもの氷の弾丸がワイバーンに向かう。
小さな礫のようなそれは、魔物の硬い鱗に弾かれたが、その翼にいくつもの穴を開けた。
「アイシクル・ランス!」
バランスを崩し、上昇して逃げようとするワイバーンを正面から氷の槍が突き刺した。
「これ。目標になってないか?」
俺は背後にいるクーメルに尋ねる。
山脈の方角にさらに二頭の飛竜の姿が確認できるし、そいつらは真っ直ぐに俺たちのいる場所へ向かって来ているようだった。
「それでいいのです」
いつもの冷静な声ではあるが、答えたクーメルの顔色も心なし青いようにみえた。
「ハルト様のお力で平原をワイバーンから解放するのです。それが目的ですから」
俺の目的はハルト一世に仕官することなんだけどなと思ったが、今はそれを言っている場合ではなさそうだ。
「アイシクル・ブリット!!」
一石二鳥を狙って、近づいて来た二頭のワイバーンの間に氷の散弾を撒き散らす。
一頭はそれで翼を射抜かれ地面へと落下したが、もう一頭は身体を捩ってそれらをかわすと、俺たちに肉薄してきた。
「ライトニング!」
鋭い鉤爪を見せた魔物を雷撃の呪文で牽制したが、奴は空中にとどまると、大きく口を開けた。
俺は咄嗟に前に出る。
ゴウオオォォォ!
「うおっ!」「ああっ!」
アンクレードだろうか、それとも後方の兵たちだろうか。悲鳴のような声が上がる。
だが……、
「アイシクル・ランス!」
辛くも魔法防御が間に合って、奴のブレスは防がれた。
俺はその隙に氷の槍で魔物を貫いた。
ギャギャァァ!
断末魔の声を上げ、ワイバーンは息絶えた。
「おおい。もういいぞ」
その後も襲ってきた三頭のワイバーンを屠り、俺は隠れていた兵士たちに声を掛ける。
中にはもう魔物が見えないことに気がついて動き出していた者もいたようだから、すぐに全員が街道の跡に戻ってきた。
「お見事です」
そう言ってきた指揮官の顔は紅潮し、ワイバーン退治に興奮したようだった。
「さすがですな」
アンクレードも笑顔を見せてくれる。
「最後は手慣れた感じさえしていましたからな」
シュルトナーの言葉どおり、さすがに七頭も退治すると多少は手順もできてくる。
氷の礫で翼を射抜き、バランスを崩すか墜落したところを氷の槍でとどめを刺す。その繰り返しだった。
「ワイバーン退治に慣れてるなんて自慢にもならないな」
俺はため息をつく思いで言ったのだが。
「そんなことはありません。何百年も我々を悩ませてきたあの化け物どもを、あれ程簡単に退治されるとは。素晴らしいお働きです!」
兵たちの指揮官が興奮した様子で俺の前に跪いた。
「いや。そんなことしてもらう程のことじゃないから」
慌てた俺が近寄ると、彼は顔を上げて、
「あの魔法がそれ程のものではないとおっしゃるのですか? 本当に神の如き、いえ、我々にとっては正に救いの神です!」
紅潮した顔で俺のことをじっと見ながら、そんな賞賛の言葉をくれた。
「それより引き続きこの先の街道の整備を頼めるか?」
思ったより早く魔物退治が済んだから、彼らにもう用は済んだと引き上げられたりしたら困るのだ。
「もちろんです」
指揮官は笑顔で答え、兵たちを指図して街道の整備を続けてくれた。
「さすがに今日はもう魔力が心許ないな」
強力な魔法を連発し、魔力切れに陥ったら退却するしかないと思っていたが、あれ以来ワイバーンは襲ってこない。
「この平原に生息するワイバーンって七頭だけなのか?」
俺の側を離れなくなった指揮官に聞いてみる。
もう日も暮れるので、今夜はここらで野営することになりそうだ。
「おそらくは。あのような巨大な魔物、いくらこのキルダ平原が豊かとはいえ、それ程多くは生息していないでしょう。本来は広大な縄張りを持つ魔物のようですから」
あんなのが何十頭、何百頭といたら、この平原の動物を食べ尽くして、人間の町へ襲い掛かってくるかもしれない。
今のところそういった事態は発生していないようだから、それなりの数にとどまっているのだろう。
「じゃあ、ここからは安心かな? 俺も早めにやすませてもらおうかな」
周りの兵たちの動きには無駄がなく、野営の準備が整っていく。
「はい。安心しておやすみください。見張りの兵は立てますので、何かあればお知らせします。それから、こちらの天幕には決して近づかないよう兵たちに厳命しましたので、ご安心を」
彼が言ってくれたのはイレーネ様が使う天幕のことだった。
確かにこれだけの兵たちに囲まれていたら、彼女は気が休まらないかもしれない。
「ハルト様の魔法を見て、狼藉を働く者はいないでしょう。下手な動きを見せれば吹き飛ばされると思うでしょうからな」
アンクレードは笑っていたが、イレーネ様は、
「ダニエラさん。ありがとうございます」
指揮官にお礼を言っていた。
だが、その名前を聞いた俺は衝撃を覚えていた。
「ダニエラって! もしかしてあなたはダニエラ・サヴォラーエなのか?」
慌てて尋ねる俺に、指揮官はほんの少し眉を動かしたが、すぐに答えた。
「はい。ダニエラ・サヴォラーエです。今さらですが以後、お見知り置きを」
「ハルト様はどうして彼のフルネームをご存知なのですかな?」
シュルトナーに詰められて俺は答えに窮するが、クーメルが冷静な顔で、
「同行する部隊の指揮官のことですから、辺境伯からでもお聞きになったのでしょう」
そう助け舟を出してくれた。
彼はその後は口をつぐんでしまったので、本当にそう考えたのかは定かではない。
翌日から俺が『ウィンド・カッター』を駆使して古い街道の上を粗方片づけ、破損の酷い場所はダニエラが指揮する兵たちが補修してくれた。
「思った以上に順調ですな」
応援の兵も到着し、ワイバーンの襲撃もないので作業は捗った。
「ハルト様の魔法のおかげですな」
シュルトナーが満足そうに言うが、そればかりではないと思う。
「いや。辺境伯の兵士たちも真面目に仕事をしてくれているからな」
「ええ。あのダニエラとか言う指揮官は大したものですな」
アンクレードがそんな感想を漏らすが当たり前だ。
『ダニエラ・サヴォラーエ』はハルト一世の七功臣のひとり、その謹厳な仕事ぶりで皇帝や皇妃の信頼も厚い近衛騎士団長なのだ。
「そうだな。何とか俺たちと一緒に来てくれないかな?」
同名の別人ということも考えられるが、有能そうな彼がそうである可能性は高いと思う。
ならば彼を連れていれば、ハルト一世に出会える確率が高まる気がするのだ。
「それは無理でしょう。彼は辺境伯の家臣ですからな」
でも、彼は将来ハルト一世の家臣の列に並ぶはずなのだ。
仕官した経緯は覚えていないのだが、戦いに敗れて捕虜になったりしたわけではなかったと思うのだが。
「ですが、そうお思いになるのなら、声だけでも掛けてみては如何ですかな? 今の待遇に不満があるかもしれませんし」
シュルトナーは気楽に言うが、俺が辺境伯以上の待遇で彼を召し抱えられるわけもない。
それでも声くらいは掛けてみるかと俺は思った。
【軍師、将軍列伝・第ニ章の三】
ダニエラ・サヴォラーエは永く近衛騎士団長の座にあったが、それは大帝だけでなく皇妃からの信頼も厚かったからである。
「陛下はどうしてダニエラ殿に御身をお任せになるほど信頼を寄せておられるのでしょう? 彼は大将軍や大宰相のように陛下と同郷というわけでもないのに」
ある時、宴席で酒に酔った士官が大将軍に酒器を捧げつつ尋ねた。
彼は大帝と同じジャンルーフの出であることを常々自慢していた。
「しかも彼は一度は陛下のお誘いを断ったというではありませんか。不敬なことこの上ないと思われませんか?」
大将軍は音を立てて酒杯を置くと、厳しい目で士官を睨んで言った。
「陛下は常々、彼をして謹厳実直この上なき将兵の鑑と称されている。それに私はともかく大宰相は同郷であるから陛下から重用されているわけではない」
大将軍の気色に常ならぬものを感じ、周りの者は息を呑んだ。
「陛下のお誘いにすぐに応じなかったことに至っては、彼にその時主君があったからであって、陛下は却ってその律儀なるを徳として喜ばれた。謗るにも人を見てしなければ、人に嫌悪の情を抱かせるだけであろう」
鋭い眼光に射られ、士官は居た堪れなくなって宴席から下がって行った。




