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第三十四話 キルダ平原へ

「ワイバーンを討伐するから兵を貸せと、あなたはそうおっしゃるのですな? 男爵」


 ラトルの領主であるニコノール辺境伯の屋敷で、俺はそう確認を求められていた。


「そうです。でも討伐はこちらでしますので、街道を整備するための兵をお願いしたいのです。ざっと百人もいれば……」


 俺はクーメルの顔を横目で見ながら、辺境伯にお願いした。

 クーメルは何も言わないから、間違ってはいないらしい。



「ハルト様は男爵なのですから、面会を申し込めば受けていただけるでしょう」


 クーメルの見立てはそういうことらしかった。

 確かに以前の一介の勲爵士の三男では、そうそう辺境伯が会ってはくれなかったかもしれないが、俺も今や名前だけとは言え立派な貴族。訪ねて行けば会うくらいはしてくれそうだった。


 そしてその見込みは当たり、俺は辺境伯にワイバーン討伐を提案していた。



「私たちは馬車で聖都へ向かおうと考えています。ですから街道の整備をお願いしたいのです」


 三十代後半くらいであろう辺境伯は、太い眉が強い意志を表しているように見える銀色の髪の男性だった。


「ジャンルーフでは魔物を退治したと、そしてあの『イヴァールト・アンドラシー』を破ったのがあなただとおっしゃるのですな」


「まあ。そうです」


 俺の答えは軽そうだが、嘘は言っていない。


「ワイバーンも倒せるとおっしゃる。失礼ですがワイバーンはほかの魔物やましてや傭兵部隊とは格が違いますぞ」


 何しろドラゴンなのですからと辺境伯は付け加えたが、それはちょっと微妙だと思う。


「私の力を以てすれば容易(たやす)いことです。よろしければその力の一端をお見せしましょう」


 俺はクーメルに教えられたとおりの台詞を口にした。

 こういう自信に満ち溢れた口振りは俺の趣味ではないのだが、彼の兵を借りないと街道を馬車で行けず、それこそビュトリス王国あたりまで戻らないといけない。


「ギマローラ パファーゴ ヴァキージ ポヴァージャ トンキネーセ ヴェネローリ」


 窓辺へと歩く俺に皆の注目が集まる。

 この時代には魔法使いを見ることも稀だし、ましてこの呪文を使える者は俺以外にはいないに違いない。


「メテオ・ストライク!!」


 俺の呼び掛けに応じて空に尾を引く流星が出現し、それはそのままキルダ平原の方向へ落ちて行った。


「なんだ。あれは?」「偶然か?」


 広間が騒めきに包まれ、その直後、


 ゴゴーン!


 遠雷のような音が響き、建物の中にまで突風にも似た空気の流れが入り込んだ。


「キルダ平原をワイバーンから解放すれば、辺境伯の功績は空前のものとなりましょう。私が一人で赴いてワイバーンどもを討伐しても良いのですが、できればご協力願いたいのです」


 静まり返った広間に俺の声が響く。

 俺はまたクーメルに教わったとおりの台詞を口にした。


「分かりました。百人と言わず、二百人出しましょう。このところ国境も平穏ですからな」


 辺境伯は驚きの表情をその顔に浮かべながらも、すぐに決断すると、家臣の一人に兵の準備をするように言いつけてくれた。



「こちらの要望を聞いてもらえて良かったよ」


 俺たちも出発の準備をするため宿に戻り、部屋に皆を集めて今日の成り行きを説明した。


「要望と言うより脅迫ですな。ハルト様がワイバーンを退治した時に、指をくわえて見ていたとなったら、物笑いの種でしょうし」


「まあまあ。クルクレーラもあの傭兵隊長への対応に追われましたから、今は兵を休める時間が必要でしょう。ニコノール辺境伯もおっしゃっていましたが、ワイバーンに対して兵を送るなら今しかないでしょうから」


 アンクレードの意見をクーメルは軽くいなすようにして、


「とりあえず用意いただける五十人とともに明日にも出発です。追加の兵は準備でき次第、送ってもらうことにしています」


 別に兵士たちには戦ってもらう必要はない。

 古代魔法帝国時代に作られた街道で馬車が通れないほど崩れた場所などを補修してもらえば十分なのだ。

 生えている下草や樹木は俺が魔法で刈り取ったっていいのだし。


「兵力の逐次投入は兵家のもっとも戒めるところですがね」


 アンクレードは不満そうだったが、彼らは戦闘要員ではない。

 むしろ危険なのは俺なのだ。


「もうクーメルの言うとおりにするしかないと思って、派手な魔法まで見せてしまったけど、大丈夫かな?」


 ここまで大ごとにならないように気をつけてきたのが水の泡になってしまった気がする。


「いつまでも隠し通せるものでもありますまい。あの傭兵どもや妖魔の森のエルフたち、それにラエレースの町の者たちやストラジニヤ鉱山の坑夫たちとハルト様の力を知る者は増え続けていますからな」


 適当に誤魔化してきたつもりだが、シュルトナーの言ったとおり、俺の魔法を実際に見た人数も、もうかなりに上っている。


「ハルト様は各国で爵位を得られていますから、キルダ王が何か画策しようとすれば、それらの国との間に軋轢が生じます。もう簡単には手を出せないでしょう」


 クーメルがそう言うのならそうかもしれないが、ラエレース侯爵みたいにここにいる皆を人質にしようとする者もいるかもしれない。

 油断はできないなと俺は思った。



「進軍!」


 俺たちの馬車を護るように、五十人の兵が街道を南へ進む。


「王侯貴族になった気がするな」


「ハルト様は貴族ではありませんか」


 シュルトナーに呆れたように言われてしまったが、俺はもともと勲爵士の三男に過ぎず、大貴族のような生活とは無縁なのだ。


「掛け声だけ聞けば立派ですが当然、戦闘の役には立ちませんから」


 兵士たちが手にしているのは剣や槍ではなく、工具に水や食料などの補給物資がほとんどだからクーメルの言うとおりだろう。


「申し訳ありませんがワイバーンが現れたら我々は退避させていただきます。上官からそのように命令されていますから」


 挨拶に来た指揮官は皆にそう告げたらしい。

 俺は辺境伯に出発の挨拶をしに行っていて不在だった。


「そんなことはわざわざ伝える必要もないと思いますがね。真面目な士官ですな」


 アンクレードはぼやくように言っていたが、正直なその態度には却って好感が持てる気がする。


 それでも騎馬の指揮官を含め五十人程の兵たちは、俺たちを先導してくれる。

 そして程なくキルダ平原へと足を踏み入れる。


「ウィンド・カッター!」


 俺は古い道があると思しき場所へ向かって風の刃を飛ばし、そこにある障害物を刈り取っていく。


 倒れた樹木や大きめの石などは、俺が魔法を使った後に兵士たちがてきぱきと動き、取り除いてくれた。


「思っていたより進めそうだな」


 あまりに酷い状態だったら、帰るしかないかと考えていたが、何とかなりそうに思える。


「獣たちが通っているのではないですか? 踏み固められているようですし」


 俺たちは馬車を降りて歩いていたが、馭者をしているアンクレードからはそのように見えたようだった。


「古代魔法帝国時代の街道がしっかりしているのと、ハルト様の魔法が尋常ではないからでしょう」


 けもの道だけなら馬車は通れないからクーメルが言うのも正しかった。



「これならさすがにビュトリス王国まで戻るよりは早いかな?」


 俺はその点は気になっていたのだが、今のところ歩くくらいの速さとはいえ、順調に進めてはいる。


「キルダ平原は広いですが、さすがにまだパラスフィル公国にも着かないでしょう。かなりの時間短縮になると思います。順調に行けばですが」


 俺は別にワイバーンには恨みも因縁もない。

 このまま何事もなく街道を復旧しつつ平原を抜けさせてもらえば満足だったのだが、やはりそうは問屋が卸さなかった。


「あれは! ワイバーンです!」


 西のパラス山脈方面を注視していた兵士が、大きな声でそう告げた。


「総員、退避!」


 五十名の兵たちは散り散りになり、まばらに生えた木の陰に隠れる者や地面に伏せる者、大型の盾を構える者などそれぞれ防御の姿勢を取る。


 固まっていてはブレス一発で全滅だろうから、正しくはあるのだろうが、心許ないことこの上ない。


「本当に逃げるんだな」


「そういう約束だからな」


 アンクレードには思うところがあるようだが、彼らがワイバーンに立ち向かったところで、犠牲が増えるだけだろう。


「ハルト様。頼みますぞ!」


 青い空を行く黒い点のようだったそれは、見る見るうちに大きくなり、濃い緑色の身体と羽ばたく翼がはっきりと見て取れる。


 それはこの平原の支配者、ワイバーンに間違いなかった。





【大宰相、大将軍列伝・第ニ章の三十八】


 大将軍は後年、大帝と旅をした日々を懐かしみ、屋敷を訪れた者によくその頃のことを物語った。


「大帝にお仕えし始めた頃は兵もなく、我らは徒手空拳と言ってよい状況だった。兵を扱うことも稀で自分自身、用兵の才があるなどと知る由もなかった。しかるに大帝は役に立たぬ私を見捨てることなく、常に側に置いてくれた」


 そう話す彼に多くの者は謙遜が過ぎるとして大将軍の功績を挙げ、中には彼の地位はその功に比して不足していると言う者さえいた。


 大将軍はその度にそれを強く否定した。


「帝業の初めはすべて陛下のお力によるもの。我らはどこでも陛下に頼りきりであった。私如きはその終盤にわずかに陛下にお使いいただいたに過ぎぬ。そのようなことは二度と言ってくれるな」


 大帝への大将軍の敬慕の情はそのように強く、それは終生変わることがなかった。


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