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第三十三話 ラトルの町へ

 俺たちの馬車は聖都へ向かうべくルーレブルグを発ち、アラスタ川沿いの街道を進んでいた。


「リュクサンダールはここからほとんど真南だから、山地を東に迂回してキルダ地……王国へ抜けるんだよな?」


 俺の発言に、また皆が微妙な顔をしている。

 俺の頭の中にはかなり勉強した千年後の地図が入っているから、ルーレブルグとリュクサンダールがほぼ南北に並んでいるなんて、この時代の人は知らないのだろうかと思ったのだが、そうではなかったらしかった。


「ハルト様はキルダ平原を突っ切るおつもりですか? さすがに無謀だと思いますが」


 シュルトナーが苦笑するように言ってきたのは、そこに何らかの障害があるってことだろう。


「えっと。じゃあ今はどこへ向かっているんだ?」


 俺は不安を感じてシュルトナーに聞いたが、彼は当然だという顔で答えた。


「まずはビュトリス王国へ向かうのです。エフラットの近くまで行って、そこから南へ向かってパラスフィル公国の海岸沿いを通り、西から聖都へ入るのが普通ですな。巡礼たちも通る道です」


「ええっ。ビュトリス王国へ戻るのか? しかも王都の側まで」


 エフラットからルーレブルグまでかなりの距離があった。

 途中であの傭兵隊長のせいで脇街道に逸れ、ストラジニヤ鉱山を回ったっていうのもあるが、それでなくてもかなりの時間が掛かっただろう。


「またラエレースを通るのか? 俺は嫌だな」


 子どもみたいだなとは思ったが、あの町の側を通るだけでも危険な気がする。

 傭兵たちに町を襲われ、領主屋敷は焼け落ちていたが、侯爵がどうなったかは分からない。

 もし彼に見つかったらただでは済まないだろう。


「ですから途中で北に迂回するのです。コスチャフ砦の下流でサーカ川を渡り、ラエレースの北の裏街道を進んでそれこそ一度エフラットまで行った方が早いかもしれませんな」


 何とも大回りをすることを考えているようだ。


「他に道はないのか? さっき言ったキルダ平原はどうなんだ?」


 千年後の世界ならキルダ地方を南下してリュクサンダールへ至る方が普通だろう。

 あの辺りは平地が続くし、馬車で行くのに問題があるとは思えない。


「キルダ平原は……。ハルト様はご存知ないようですな。あそこは通れないのです」


「シュルトナーさん。そうでもないかもしれませんよ」


 俺たちの会話にクーメルが口を挟んできた。


「ハルト様。キルダ平原、パラス山脈の東側はワイバーンのテリトリーになっているのです」


 彼はいつもの冷静な顔と声で言ったから、俺は危うく聞き流すところだった。


「ワイバーンって! あの空を飛ぶ竜のことか?」


「それ以外のワイバーンがいたら教えてほしいものですな」


 シュルトナーが半畳を入れてきたが、俺はそれどころではなかった。


「そうです。広く豊かな草原ですから餌となる動物も豊富なのでしょう。何頭かが生息していて、人間が平原に入れば襲ってきます」


 千年後の世界ではご多分に漏れず、そういった魔物は討伐されてしまっていたから、キルダ地方も平和な穀倉地帯だった。


「討伐は……できないんだよな」


「ワイバーンの討伐など。それでも何度かキルダ王国が試みていますが、尽く失敗していますな」


 空を飛ぶ魔物への対応は魔法なしでは難しいであろうことは俺でも分かる。


「通常の弓矢ではワイバーンの硬い鱗は貫けませんし、弩を使う時間はなかなか与えてもらえませんから」


 それでも隠れて弩を放ち、一矢報いたことはあるらしいが、そこまでが限界らしい。


「傷ついて怒り狂った魔物に毒のブレスを吐かれ、討伐隊はほぼ全滅したと聞いています。以来、あの平原は放置されているのです」


「もう二十年以上前のことですな」


 この世界では学校もなく、勲爵士の三男程度では碌な家庭教師も付けてもらえなかったから、俺のこの時代に関する知識は、ほとんどが千年後の世界で学習したものなのだ。

 知識として魔法帝国再興前は魔物が跋扈していたと知ってはいるが、どこにどんな魔物が生息して人に害を為していたかまでは覚えていない。


「詳しいんだな」


 ちょっと悔しい気がして聞いたのだが、


「けっこう有名な話ですな」


 シュルトナーにそう返されてしまった。

 彼らは王都の図書館ででもそういった知識を得ていたのだろうか。

 俺は田舎者だったからなと、自分を慰めることにした。


「それでクーメル殿。そうでもないとは?」


 シュルトナーがクーメルに聞いていたが、俺は何となく彼がそう答えた理由が分かる気がして、嫌な予感がした。


「ハルト様がいらっしゃいますから。ハルト様の魔法の力を持ってすれば……」


「ストップ!」


 やっぱりそうだったと思って俺は彼の発言を途中で遮った。

 これまでゴブリン程度なら何度も戦ったが、ワイバーンとなると話が別だ。

 あの『水晶の迷宮』にいたベヒモスとどちらが強いかなんてことに興味はない。


「では、おとなしくエフラットまで戻りますか? 私たちは初めからそのつもりでしたから特に構いませんが」


 それも恐ろしく時間が掛かりそうでできれば避けたいところではある。


「キルダ王国はワイバーンのせいで周辺諸国との交流が比較的少ないですから。独特な変わった名前の人も多いと聞いた気がしますね。パラスフィル公国の方は巡礼路になっていますから、そうでもありませんが」


 シュルトナーとクーメルの言は、もうこれは脅迫だなって気がする。

 俺がハルト一世を探して早く仕官したいがために焦っていることを、彼らは十分に知っているから、あんなことを言うのだろう。


「勝算はあるんだろうな?」


 馬車にはイレーネ様も乗っているのだから、危険なことは避けるべきだろう。


「ハルト様のお力なら」


 どうも過信されてる気がしないでもないが、クーメルには何らかの策がありそうだ。

 彼がしたり顔を見せる時はほとんどの場合そうなのだ。



「えっ。キルダ王国へ向かうんですか?」


 馬車を停めてもらって南東へと向かう街道へ進んでほしいことを告げると、さすがのアンクレードも驚いていた。


「ああ。ハルト様がいますからな」


 それでも次の瞬間には、そう言って納得していたから、彼もクーメルと同じ考えらしい。


「ワイバーンなんて倒したことはないんだけどな」


 俺は馬車の中でクーメルに苦情を言っていた。

 だが、クーメルには一向に堪えた様子はない。


「そちらは心配していません。どちらかと言えば、私は別のことが心配です」


 彼はそんなことを言っていて、彼の心配事ってのも気になるが、俺はワイバーンと戦わなければならないってことで頭がいっぱいだった。



「間もなく国境を越えます。すぐにラトルの町ですぞ」


 アンクレードが馬車を停めて、俺たちに教えてくれた。


「ラトルの町から南にキルダ平原が広がっています。そこがワイバーンの生息地です」


 クーメルの説明を聞いて、俺は不思議に思った。


「国境からこんなに近くて、しかもキルダ平原はワイバーンがいて通れないんだろう? それじゃあ、この町はキルダ王国のほかの町から孤立してるってことにならないか? よくクルクレーラに併合されないな」


 間にキルダ平原があるから援軍も期待できないだろうし、クルクレーラはこの辺りの大国だ。

 それに袋小路になっているのはどこかの町と同じだが、この町の場合は道が通じているのは他国の方だけなのだ。

 攻め落とすのは簡単に思えるのだが。


「町をご覧ください。三方を川に囲まれ、堅固な城壁も築かれています。そう簡単には落とせませんぞ」


 遠くに見えるラトルの町はアンクレードが言うとおり、城塞都市と言っても良さそうな町だった。


「常に警戒を怠らず、ある程度の兵士が臨戦態勢を取っていますから。こちらにとっても好都合です」


 何が好都合なのかクーメルが言っていることは、俺には理解できなかった。

 だが、町に到着すると、すぐにその理由が判明した。



「ハルト様。早速、領主屋敷へ参りましょう」


 宿で落ち着いたと思ったら、すぐにクーメルが俺を呼びに来たのだ。


「えっ。領主屋敷に何の用があるんだ?」


 表敬訪問か、それともハルト一世の消息を聞きに行くのかとも思ったが、どちらもクーメルが興味を示さないものだ。


「街道を補修する兵を貸してもらうのです。その代わりワイバーンはこちらで退治すると言えば否やはないでしょう」


「街道を補修するって……」


 彼の言ったことを鸚鵡(おうむ)返しにして、俺もその理由に気がついた。

 古代魔法帝国時代には使われていたキルダ平原を通る街道は、ワイバーンのせいでここ数百年使われていないのだ。


 補修しなければ馬車は通れないだろう。


「クーメルには分かっていた……んだよな?」


「ですから領主に面会して兵を借りるのです。ハルト様。参りましょう」


 俺はワイバーンに見つからないようにこっそりとキルダ平原を通過してしまおうと思っていたのだが、どうやら鉦や太鼓で奴らをおびき寄せながら進むことになりそうだった。





【魔法帝国地理誌 キルダ平原】


 大陸中央部に広がるキルダ平原は、古来よりサーカ川とその何本かの支流によってもたらされた土によって豊かな実りが保証された肥沃な大地だった。


 だが、古代魔法帝国の滅亡後、この地には魔物が蔓延り、耕作が不可能になってしまう。


 その魔物を退治し、平原を人の手に取り戻したのは一説にはハルト大帝であると言われているが、これも各地に残る大帝伝説のひとつであろう。


 実際には魔法の復興後、名もなき地元住民の努力によって徐々に耕作可能地が広がったのではないかと考えられている。


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