第二十八話 魔法の帝冠
(汝の名って!)
厳かにも聞こえる声でそう問い掛けられ、俺は思わず自分の名前を答えてしまった。
「ハルト……です」
「ハルト様!」
アンクレードが牽制するように俺に呼び掛けた時には、既に手遅れだったのだ。
魔力ドアがあったりゴーレムが安置されていたりと、この遺跡は古代魔法帝国時代のものに間違いなさそうだ。
そうなると、所有者以外の侵入を阻む仕掛けが施されている可能性が高い。
呼び掛けに答えなかったり、答えた名前が所有者と違っていたらゴーレムに排除されてしまうのだろう。
「銅像が!」
シュルトナーだろうか叫ぶような声が上がり、思っていたとおり通路を守るように左右に置かれていたゴーレムが動き出す。
古代魔法帝国時代の遺物を知らない者からしたら、たしかに銅像に見えるだろう。
「まずい! 俺の後ろに……」
ゴーレムに俺の魔法がどの程度効くか分からないが、アンクレードの剣では太刀打ちできないだろう。
ここは俺が前に出て、皆が逃げる間、ゴーレムを防ぐしかないと思ったのだが……。
「我が名を受け継ぐ者よ。我が帝冠を受け取るがよい……」
そんな声が聞こえて、ゴーレムはそのまま俺たちに道を開けるように左右に分かれ、片膝を着いて静止した。
それと同時に奥の壁が輝いて、先ほど見た魔力ドアと同様に消え去った。
「今、なんて?」
戦いを覚悟していたゴーレムが動きを止めたことで、俺は呆然として皆にそう尋ねた。
「『我が名を受け継ぐ者よ。我が帝冠を受け取るがよい』。そう聞こえましたね」
クーメルがそれに答えてくれた。
俺にも声がそんなことを言ったように聞こえたが、確信が持てなかったのだ。
「我が名を受け継ぐ者って、ハルト様のことですかね?」
「そうとしか考えられませんな。名前を答えたのはハルト様だけですから」
アンクレードとシュルトナーもそう話していたが、俺にはどうしてそんなことになるのか分からなかった。
「ハルト様。あれがその帝冠ではありませんか?」
イレーネ様の視線の先、壁が消え去った先に現れた小部屋の中央には小さな台座があり、その上には俺の『ライト』の魔法の光に淡く照らされて金色に輝く冠が乗っていた。
「まさか魔法帝国皇帝の黄金の冠か?」
ハルト一世の頭上に輝いたと言われる黄金の帝冠。
俺たちの前にあるのは、それと比べたとしてもいささかも遜色がないと思われるような豪華な冠だった。
「これが黄金の帝冠なのか?」
俺はおそるおそる小部屋の中へ進むと、台座の前に立った。
黄金の冠は見れば見るほどただの宝物とは思えない。
おそらく古代魔法帝国の遺物で、魔法帝国を再興するハルト一世が手にするものなのだろう。
そこまで考えて、俺はそのことに思い当たった。
(そうか。俺の名前がハルトだから)
本来、これはハルト一世の手に渡るべきもののはずだ。
だが、あの声に俺は思わず「ハルト」と自分の名前を答えてしまった。
それによってハルト一世が手にすべき帝冠が俺の前に差し出されたのだろう。
「美しい冠ですね。ハルト様はお似合いになるかも」
イレーネ様がそう言ってくれるが、俺なんかが頭上にするには重すぎるものなのだ。
「せっかくですから、手に取ってご覧になってはいかがですか?」
アンクレードまでそう言ってきたので、俺は少しためらいながらも金色に輝く冠に手を伸ばした。
「帝冠を手にした者よ。我はノルデンに……」
ガチャリ!
俺の手が冠に触れた瞬間、あの声が何かを伝えてきたが、同時に俺たちの後方で大きな音がして、そちらを振り向くとゴーレムが体の向きを変え、俺の方を向いていた。
「びっくりさせますな」
シュルトナーが苦情のように言ったが、あのゴーレムたちはここにある帝冠を守っているのだろう。
そう思って、俺は慌てて帝冠を元のとおり台座に戻したのだが、
ガチャ! ガチャリ!
「ああっ!」
「銅像が!」
ゴーレムが再び動いて通路の入り口を塞いでしまい、俺たちはここから出ることができなくなってしまった。
「俺たちは遺跡荒らしと思われましたかね?」
「アンクレードの言うとおりでしょう。どう見ても遺跡荒らしですからな。宝物にも手を付けましたし」
シュルトナーが言ったとおり、俺が冠を手に取った瞬間、ゴーレムが動き出したのだ。
だが、既に俺はそれを手放している。
それなのに二体のゴーレムは俺たちをこの部屋から出す気がないと言うかのように、部屋の出口を塞いでいた。
「やるしかないか?」
「いえ。襲ってくる様子はなさそうです」
俺の疑問にクーメルが冷静に答えてきた。
確かに彼の言うとおり、ゴーレムは俺たちに襲い掛かってくる気配はない。
「『帝冠を受け取るがよい』と言っていましたから、あの冠を持たずに立ち去ることは許されないのではないでしょうか?」
彼が続けた言葉に俺はそんなことってあるのかと思ったが、ゴーレムと戦う前に試してみる価値はありそうだった。
「じゃあ、これでどうだ?」
俺が再び台座から金色の冠を手に取ると……、
ガチャリ! ガチャリ!!
二体のゴーレムは入り口を開けるようにそれぞれ通路の左右に分かれて恭しく俺たちを迎えるように膝を着いた。
「当たりでしたね」
クーメルはそう言って例のしたり顔を見せた。
「一時はどうなるかと思いましたが、無事に出られましたな」
「シュルトナーの言うとおりです。俺もさすがに肝を冷やしましたが、クーメルのおかげで助かりました」
そう言ったアンクレード同様、俺も安堵の息を吐いていたが、クーメルは澄ました顔をしていた。
「あの声が『我が名を受け継ぐ者よ。我が帝冠を受け取るがよい』と言っていましたからね。その前にハルト様がご自分の名を告げられましたから。あの帝冠はハルト様を待っていたと言うことでしょう」
「いや。違うんだ。俺じゃない」
いくらクーメルの言うことでも、それは違うと俺は思わず大きな声を出した。
「では、あの帝冠は誰にでも与えられたと思われますか? この遺跡の入り口が開いて十五年。その間、数多の人たちが或いは調査のため、或いは観光であの場所を訪れましたが、ハルト様がいとも簡単に見つけられた通路にさえ、気づく者はありませんでした」
そう言った彼の目は真剣そのものだった。
「そうですぞ。遺跡はすでに調べ尽くされたと言われていたようですからな。まさかあんなところに知られていない通路と部屋があろうなどと、誰も思ってもみなかったことでしょう」
シュルトナーも頷いてクーメルの意見に賛同していた。
「ハルト様のお名前で、あの部屋へ導かれたのですから、偶然とは思われませんが」
そう言ったアンクレードはいきなり俺の前に跪いた。
「やはりハルト様はただの方ではなかった。ハルト様にお仕えした私の目に狂いはなかったということですな。以前、クーメルが言ったとおり、我らをさらなる高みへと導いてくださるお方なのです」
彼の視線は俺の隣にいるイレーネ様に注がれていて、彼女もその言葉にゆっくりと頷かれたようだった。
「待ってくれ。人違いなんだ。それこそ俺が探している俺と同名の人物。彼がこの帝冠の所有者なんだ」
俺は必死に皆に異議を唱えた。
このまま帝冠を私するようなことをしたら、それこそ反逆者として処刑されかねない。
それは俺のこれまでの努力がすべて水泡に帰すことを意味していた。
「どうしてそのようなことが分かるのですか?」
クーメルが静かな声で聞いてきて、俺はその理由について、つまりは俺のこの世界に関する知識の源泉について説明する必要に迫られた。
「俺は……その、魔法による占いで未来を覗き見たんだ。俺と同名のハルトという人物が、この世界の支配者となって魔法帝国を再興する。だから彼を探しているんだ」
それでも「俺は未来から来た」と告げる度胸は俺にはなく、この世界にもある占いってことで何とか切り抜けようとした。
「占いですか? 失礼ですがハルト様がそのようなことをなさっているところは見たことがありませんな」
早速、シュルトナーに突っ込まれるが、
「未来を覗き見ることなんて、本来は許されないことなんだ。だから、そうそう気軽に占うわけにはいかない。その辺りの占い師が行うものとはまったくの別物だからな」
そう答えて取り繕おうとする。
「確かにハルト様は初めてお会いした時から、そうおっしゃっておられましたな。自分の同名の人物を探していると。ですがその方がこの世界の支配者になるなどと、俄かには信じられませんな」
アンクレードが言ったことは、俺にも理解できる。
現在のこの世界はいくつもの国に分かれているが、その国々を統一しようなんて気運は起きていないし、当然、戦乱が巻き起こっているわけでもない。
「いや。それなら俺がこの帝冠を授かる方がもっとおかしいじゃないか。俺はそんな人間じゃないし」
イレーネ様は俺にこの冠が似合いそうだなどとおっしゃったが、とてもそうは思えない。
俺はそんなご大層な人間じゃないってことは俺が一番よく分かっているのだ。
俺は元々いた世界、現代日本での自分のことを思い出していた。
【ハルト一世本紀 第三章の十二】
ルーレブルグの郊外で長旅の疲れからか、さしもの忠勇を誇る臣下と大帝の間にも不和を醸す出来事があった。
「陛下の名は既に天下に轟き、特別なものと認識されています。陛下はよろしくその名をもって天下に号令すべきです」
大将軍がそう大帝に勧めると、国公もその後を引き継いで、
「今、地は数多の国に分かれ、互いに相手に手出しすることができずに、ただ手をこまねいているばかりです。陛下が新しい秩序を敷かれるのを阻む者はないでしょう」
そう大帝の決断を促した。
「皆はこう言うが、私は今はまだ時が至っていないと考えている。妃の心は如何」
大帝は群臣の間に不満が起ころうとしていることを知って、敢えて皇妃に尋ねられた。
皇妃はそれを聞いてお笑いになった。
「陛下のお心がそうであれば、私の心も同じです。誰が敢えて陛下のご決断に異を唱えましょう」
恭しく皇妃が申し上げたので、この件は沙汰止みとなった。




