第二十六話 ハルト名誉男爵
「ハルト・フォン・スフィールトに男爵の位を与える」
ディミトーラ氏に導かれて上った王宮で、俺はクルクレーラ王のカデュロス七世から男爵に叙された。
「男爵よ。ここ王都でゆるりと過ごされるがよかろう」
カデュロス王は叙爵の後、俺にそう声を掛けた。
「ありがとうございます。また私の希望をお聞き届けくださり、感謝申し上げます」
「ああ。貴族の族籍を管理する文官の件か。ディミトーラに命じておいたので、すぐに手はずを整えるであろう」
俺は例によってこの国でも『ハルト』という名の貴族がいないか調べてもらうようお願いしていた。
「はっ。ご命令しかと承っております。そちらはすぐに手配いたしますが、せっかくの機会ですので、王都を見て回られるのもよろしいかと」
ディミトーラ氏が言うように、ルーレブルグは大陸中央部最大の都市だし、歴史のある町だから訪れる場所に事欠かないようだった。
「ありがとうございます。古代の遺跡もあると伺っています」
俺はクーメルの説明が頭にあって、何の気なしにそう答えた。
「遺跡か。男爵があのようなものに興味を持たれるとは、意外であるな」
王は皮肉な笑いをその顔に乗せると、
「何か見つかれば遠慮なくお持ち帰りになられよ。クルクレーラの良い土産になろう」
そう俺に告げた。
「ハルト様。おめでとうございます」
いつもは冷静なクーメルもそう言って祝ってくれる。
「ああ。ありがとう。でもクーメルが言ったとおり、ただの名前だけだけどな」
名目だけだし、爵位を得たからって俺自身は変わらない。
だからハルト一世に仕官するっていう目的にも揺るぎはない。
「そのようなことはありませんぞ。准男爵と男爵では天と地ほどの開きがありますからな」
シュルトナーはそう言って慰めるようなことを言ってくれたが、彼の言うのに一理あるってことくらいは俺にも分かっていた。
「まあそうだな。男爵ならどの国に行ったってそれなりの貴族として扱われるものな」
准男爵や勲爵士は国によって呼び名が違うし、中にはそんな爵位のない国だってある。
でも男爵になれば別で、どの国でも貴族としての扱いを受けられるはずだ。
「ハルト様。本当におめでとうございます。私もとても嬉しいです」
「ご結婚なされば、イレーネ様も男爵夫人ですな」
アンクレードがまたそんなことを言い出して、俺はひやひやしてしまう。
(イレーネ様は皇妃になられる方なんだぞ! 男爵夫人とか失礼すぎるだろ……)
俺はそう思ったのだが、そんなことを知っているのは俺だけなので、誰も疑問に思わなくて当然なのだ。
「何かお祝いの品を差し上げたいのですが、旅先ですから用意することも難しくて。それでこれを……」
イレーネ様が手にしていたのは銀色に輝くユニコーンをかたどったペンダントトップのような物だった。
「これは、どこかで……と言うより、いつもイレーネ様が首に掛けておられた首飾りの……」
俺はそれに見覚えがあってそう尋ねた。
「そうです。今、手元にあるものではこのくらいしか思いつかなくて。ハルト様はネックレスをされないだろうと思ったので……」
「それでネックレスから外してしまわれたのですか? 貴重な品ではないのですか? そんな物はとても……」
彼女はいつもその首飾りをとても大切にしていた気がしたから、俺は受け取れないと断ろうとした。
だが、彼女は首を振ると、
「これは私が祖母から受け継いだタリスマンなのです。おばあさまは私にこのタリスマンは持ち主に幸運をもたらすと伝えてくれました」
そう教えてくれる。
そんなことを聞いたらますます受け取れないなと思った俺にイレーネ様は笑顔を見せた。
「私はもうハルト様と出会うという幸運をいただきました。だから、これからはハルト様にこのタリスマンの恵みを受け取ってほしいのです」
そう言って彼女は俺の手を取ると、タリスマンを握らせた。
「いえ。これはさすがに。それにイレーネ様は首飾りがとても良くお似合いでしたから。そのまま使われた方が」
俺が慌てて返そうとすると、それまで黙っていたアンクレードが口を開いた。
「そう思われるのなら、ハルト様からも首飾りを贈られては如何ですか? 婚約者同士なら庶民でもそのくらいのことはしますぞ」
いきなり大きな声で言ってきたものだから、俺は反論もできなくなった。
ここで受け取りを拒否することも難しいだろう。
「分かりました。ではこのタリスマンはお預かりします。でも、アンクレードが言ったとおり、私からも首飾りをお贈りしますから」
俺は少し心を落ち着け、彼の言葉に乗ることにした。
イレーネ様は将来はハルト一世の妃になるとはいえ、今は俺の婚約者ってことになっているのだ。
確かにそのくらいのことはすべきなのかもしれない。俺もそれなりの地位に就いたのだし。
「いいえ。そんなつもりは……。私はハルト様にタリスマンを持っていていただくだけで……」
今度はイレーネ様がお断りになろうとされた。
「いえ。せっかくの機会ですから。私からも記念の品を贈らせてください。とは言っても旅先のことですから、大した物は用意できませんが」
俺はさっきイレーネ様がおっしゃった言葉をそのまま返してみた。
それでも彼女は逡巡されているようだったが、
「ハルト様がそうおっしゃっているのです。そのくらいお受けになられても問題はありますまい。むしろ遅過ぎたくらいです」
アンクレードがまた俺の方を見て、そんなことを言ってきた。
「そうです。それに申し訳ないのですが、本当にささやかな物になりそうですから、遠慮せずに受け取っていただきたいのです」
俺は彼女に贈る首飾りの宝石に心当たりがあるので、そう付け足した。
購入費がゼロの物だから、それでいいのかってアンクレードに突っ込まれそうだなとも思ったが。
「じゃあ。俺はこれから町の宝石商を訪ねて、宝石のカットと研磨をお願いしてくるよ」
「カットと研磨とは……、いったい……」
アンクレードは分からないようだったが、クーメルには分かったようだ。
「王宮の南に宝石商が軒を連ねる通りがあるようです。そちらを訪ねられるとよいでしょう」
そうアドバイスをくれた。
俺はひとまず王宮にディミトーラ氏を訪ね、お薦めの宝石商を教えてもらった。
「ハンフィール商会はいかがですか? 腕も確かですし、何しろ王室御用達ですからな」
そんな高級そうなところをって思ったが、原価ゼロなんだから加工賃くらいはケチるべきではないだろう。
将来の皇妃への贈り物だしな。
「これは……、宝石ではありませんね。ただの黒い石ではないですか? 私どもにこれを加工しろと?」
魔光石を持ち込んで加工を依頼した俺を、ハンフィール商会の店員は不審な顔で眺めてきた。
この世界では魔光石は宝石だと認識されていないから、仕方がないのかもしれなかった。
「ええ。ほかの宝石と同じようにしていただきたいのです。形を整えて表面を磨いていただければ」
一般的な宝石とは違い、魔光石は自ら光を発するのだから、そのままだってそれなりに輝くものなのだ。
だが、イレーネ様のネックレスにするとなると、宝石らしい形に整えることも必要だろう。
「私が店主のハンフィールです。今日はありがとうございます。珍しいご注文ですが、お受けいたします。ですがしばらくお時間をいただけますか?」
その時、奥から出て来た恰幅の良い中年の男性がにこやかに俺に挨拶をすると、そう答えてくれた。
断られるかとも思ったが、何とか受けてもらえそうだ。
「どのくらい掛かりますか?」
ハルト一世を探さなければならないから、それほど時間の猶予はない。王室御用達の人気店ならおそろしく時間が掛かるのではと心配になったが、それは杞憂だった。
「ざっと二週間ですね。よろしいですか?」
俺の顔を覗き込むようにハンフィール氏が訊いてきたが、そのくらいなら待てないことはない。
「ええ。お願いします」
俺は魔光石を預け、店を後にした。
「この町に二週間ほど滞在することになった」
俺は宿に戻ると、皆を集めてそう宣言した。
「いつも急いでおられるハルト様が珍しいですな」
アンクレードがそう言ってきたが、もとはと言えば彼のせいなのだ。
「まあ、やることもあるしな」
「また、同名の方を探されるのですか?」
シュルトナーの口調は辟易したって感じだったが、当たり前だ。
そのために旅を続けているのだから。
「ああ。貴族の籍を管理する文官を紹介してもらったから、明日にでも訪ねようと思うんだ。それが済んだら、町で聞き込みを……」
俺がそう言い出すと、シュルトナーは本当に嫌そうな顔をした。
「私のために申し訳ありません」
イレーネ様がそう言って頭を下げられたので、俺は驚いてしまった。
「いえ。イレーネ様のせいではありませんから。顔を上げてください」
俺が慌ててそう声を掛けると、アンクレードも、
「そうです。ルーレブルグは大きな町ですし、ここを観光しているだけでも二週間くらいすぐに経ちます。シュルトナーの態度はおかしなことを続けるハルト様に対するものですから」
そう続けて俺に同調してくれたのはいいが、俺の大目標を否定するのはやめてほしい。
でも、俺でさえ最近は望み薄かなって思うようになってきたから、シュルトナーからしたら無駄なことをするって思っても仕方がないのかもしれなかった。
「この町の観光もいいですし、せっかく時間があるのですから町の周辺まで足を伸ばして、それこそ古代魔法帝国時代の遺跡も訪ねてみては如何ですか?」
クーメルもそう提案をしてきて、俺たちは二週間をゆっくり過ごすことにした。
【ハルト一世本紀 第三章の七】
「かつてこの地を帝国が統べていた時、この町はそこで枢要の地位を占めていました。陛下はどうしてここに帝国の残影をお求めにならないのですか?」
大宰相が大帝に尋ねると、大帝は喜ばれた。
「彼の言葉は正に我が考えを言い当てたものである。だが、そのためにこの地に残るべく至宝を賈人に託したことまでは思い至らなかったとみえる。それが我が手に戻るまで、ここにとどまるであろう」
大帝の深いお考えに大宰相でさえ言葉がなかったが、国公が敢然と口を開いた。
「陛下の至宝たる人民を、一介の賈人たるカデュロス如きにお預けになって良いはずがありません」
国公の気色に大帝は思わず笑みを見せられた。
「至宝、賈人とはそのことはでない。それならば必ず事前に国公に諮るであろう。帝室の私事ゆえ、国公が心を煩わすことはない。大将軍の助言を容れたまでのこと」
大帝のお言葉に国公は安心し、自らの誤解について陳謝した。




