第二十四話 魔光石
「あなたたちは?」
俺が念の為に確かめると、彼らの内で最も年配に見える男が、
「私たちは普段この鉱山で働いている者です。突然、大勢の兵士が現れて、この周辺を坑道の入り口まで占拠されて困っていたのです。あなたたちが彼らを除いてくださったのですね。ありがとうございます」
穏やかな声でそう答えてきて、改めて、近くの町の警備兵に連絡を取ってくれるとのことだった。
「除いたと言っても眠らせただけだから。すぐには目を覚まさないとは思うけど」
俺がそう告げると、彼らは手分けして倒れた兵士たちを縛り上げた。
「それにしても、これはどうなっているのですか? どうして彼らは眠っているのです?」
兵士たち全員を関所として使われていた建物に押し込め、ここから最も近い町へと伝令役を走らせると、先ほどの男が俺たちにそう尋ねてきた。
「ここにいるハルト様の魔法です。魔法で彼らを眠らせたのです」
クーメルが答えたが、やはり彼らは信じられないようだ。
「魔法で眠らせるなんて、そんなこと。どうしたらそんなことができるんですか?」
そう言って疑わしいという顔をしている。
もう一度魔法を使ってこの人たちの何人かを眠らせてもいいんだが、無用なトラブルを招くだけだろう。
「まあ、いいでしょう。あなたたちがあの兵士たちを排除してくれたことだけは確かなようですから。それにしても少し遅かったです。あの兵士たちの仲間が、この鉱山で採掘されてここに保管されていた宝石の原石を根こそぎ持って行ってしまいました。たった一日、二日前のことですが」
どうやらあの傭兵隊長がここへ兵を送ったのは、通行税を徴収することもあるが、宝石を奪うことに主眼があったようだった。
「ですから残念ですが大したお礼もできないのです。あいつらを追い払ってくださったのだから、宝石のひとつも差し上げたいくらいなのですが」
「いいえ。お礼なんてそんな……」
俺はそう言いながら少しだけ残念な気がしていた。この先も旅を続けるつもりだから、路銀には余裕がある方がいいに決まっている。
「とんだ回り道でしたな」
アンクレードが言って、俺たちは馬車の周りに集まって、鉱山を出発しようとしていた。
近隣の町、ハバエスからやって来た警備兵たちも、俺たちだけであの兵士たちを倒したと聞いて目を丸くしていた。
「街道の賊にも王都から討伐部隊が送られるようですから、間もなく解決するでしょう」
警備兵の隊長はそんな楽観的な見通しを語ったが、ここにラマティア郊外にいた兵士が現れたということは、相手はあの『イヴァールト・アンドラシー』だろう。
そう簡単に行くとは思えない気がする。
「王都からの討伐部隊が到着する前に、事態は解決するでしょうね。ハルト様にここにいた兵が討たれことは誤算でしょうが、概ね目的は達したでしょうから」
クーメルはそう言って涼しい顔をしていた。
「さようですな。ラエレースの町で略奪した財産と鉱山から奪った宝石類、それに短期間とはいえ通行税と称して山賊まがいのことまでしていますから、当面の資金は確保したでしょう」
シュルトナーも同意見のようだった。
二人はあの傭兵隊長はこの地方で得たものを回収して根拠地へ引き上げようとしていると見ていた。
「奴の根拠地ってどこなんだ?」
傭兵隊長と言うからどこかの国に雇われているのかと思ったが、どうもそうでもないようだった。
「カジエラ地方です。あの傭兵隊長はそこで兵士を募り、組織した部隊を率いて各地を転戦しているのです。カジエラは山がちな貧しい土地ですし、各国の傭兵となる者も多いですから」
クーメルが教えてくれるが、そうなると彼らは海峡を越えて行くことになる。
「そうなのか? それが海峡のこちらまで来て、散々荒らし回ってたってわけか。迷惑な話だな」
それでも帰って行ってくれるのなら、これでもう奴の起こす面倒ごとに巻き込まれるのもおしまいだなと、俺は思っていた。
「それじゃあ、出発しますか」
アンクレードが皆を促して、俺たちは馬車に乗り込もうとした。
その時、鉱山から運び出され、捨てられた岩や土がうず高く積み上げられた小山のような場所が俺の目に入った。
「あれは?」
そしてその一角に、黒光りする石を見つけた。
手にすっぽりと収まるくらいの大きさのそれは、ただの黒い石にしか見えないものだったが、俺が元いた千年後の世界では希少な宝石として扱われていたものに似ているように見える。
「ハルト様。どちらへ?」
イレーネ様に尋ねられたが、俺はその石のある場所まで行って、それを拾い上げた。
「やっぱり。魔光石だ」
魔力を注ぐと美しく七色に輝く不思議な宝石。
「どうして魔光石がこんなところに?」
俺が突然、出発しようとしていた馬車から離れたことに異変を感じたのか、俺たちを見送ろうとしてくれていた鉱夫たちも近寄って来た。
「ああ。その石ですか。稀にここで見られる石ですね。珍しいですか?」
その中の一人がそう尋ねてきて、どうやら皆、この石が魔光石であることを知らないようだった。
「いや。これは魔光石だろう? 貴重な宝石じゃないか」
逆に俺が尋ねても、やはり彼らにはそれと分からないようだった。
「そうですか? 確かにそれほど大きなものは珍しいですが……。よろしければお持ちいただいても構いませんよ」
「えっ。いいのか?」
俺は意外に思って聞き返したのだが、彼だけでなく周りにいた者たちも、どうしてそんな石をって様子だった。
「じゃあ。悪いがいただいていくぞ」
「どうぞ。どうぞ。どうせ使い道もありませんから」
どうやら魔法の失われたこの時代には、魔光石もその価値を失ってしまっているようだった。
古代魔法帝国時代の魔法が復興した後、この宝石もその価値を取り戻し、俺の元いた世界では貴重なものになっていたのだが。
「ただの黒い石にしかみえませんが」
アンクレードもやって来て、俺が手にした石を見てそんな感想を漏らした。
「そう見えるよな。でも俺にとっては貴重な宝石なんだ」
俺はそう言って馬車へ戻ると、そのまま中へ乗り込んだ。
イレーネ様に手を差し出して彼女にも乗ってもらうと、クーメルとシュルトナーもそれに続く。
「では、出発しますぞ」
アンクレードが明るい声でそう告げて、俺たちは一路、クルクレーラ王国の王都、ルーレブルグへ向けて、山道を下って行った。
しばらく馬車が走ったところで、俺は懐からあの石を取り出した。
「間近で見ても、それほど綺麗な石ではありませんな」
シュルトナーもアンクレード同様、魔光石については知らないようだった。
「ああ。このままだとそう見えるよな。でも、ほら。こうすると」
俺は魔光石と思しき石を握り、魔力を送り込んだ。
握った俺の指の隙間から七色の光が漏れる。
「これは……」
シュルトナーが驚きの声を上げるが、古代魔法帝国時代は宝石の中でも最上級のものとして珍重されていた魔光石も、この時代には魔力を使える人がほとんどいなくなったことで、その輝きを見たことのある者はいないようだった。
「ストラジニヤ鉱山はかつて魔光石を産出していたと聞いたことがあったな」
俺は前世の記憶と混同して思わずそう言ってしまったが、馬車の三人は魔光石の輝きに目を奪われていて、気がつかなかったようだった。
この鉱山はこれから先、おそらく三百年ほど後に掘り尽くされてしまうまで、この宝石を産し続けるのだ。
「こんな大きな魔光石なんてそうそうお目に掛かれないぞ。運が良かったな」
俺は輝く石をとりあえず懐にしまい込む。
「今の光は何です?」
シュルトナーが聞いてきた。
「ああ。『魔光石』って言う宝石だ。魔力がない人にとってはただの黒い石だけどな」
俺が答えるとシュルトナーが目の色を変えた。
「そんな宝石があるのですか? 聞いたこともありませんが」
「私はそれらしき宝石について書物で読んだことがあります」
彼の疑問にクーメルが答えていた。
「七色に輝く宝石が古くはあったという言い伝えがあるのです。ですが、その宝石はすべて光を失い、ただの黒い石と化してしまったと言われています。お伽話の類だと思っていましたが」
「私も聞いたことがあります。ラマティアの町の司祭様が七色に輝く石のお話をしてくださいました。人が信仰を失ったことで、石は光を失ったとおっしゃってみえました」
イレーネ様もそう言っていたが、信仰の問題ではなく魔法を使えなくなったことが、石が光を失った原因なのだが。
「まだあの岩の捨てられた場所には、その黒い石があるのではないですかな?」
シュルトナーが言ったとおり、探せばまだ魔光石は見つかりそうだ。
だが、今は魔法を使える人はほとんどいないし、そうなるとただの黒い石でしかないから意味がない。
「まあ、あるかもしれないけれど、もういいんじゃないか。さっさとルーレブルグまでたどり着きたいからな。アンクレードも言っていたけど、とんだ寄り道だったし」
俺の答えにシュルトナーはまだ少し未練がありそうな顔だったが、馬車を戻せとまで主張することはなかった。
【魔法帝国地理誌 クルクレーラ地方(抜粋)】
この地方(クルクレーラ地方)の東南部は山がちな地形で、そこにはストラジニヤの廃鉱山がある。
この廃鉱山は紅玉や翠璧などのほか、魔光石も産出する優良な鉱山だったが、紀元千三百年頃には採掘できなくなり閉山した。
魔法帝国の再興以前には魔光石に関する知識が失われ、黒い石として廃棄されており、今でもアラスタ川周辺で稀に見つかる魔光石はそのころ掘り出されたものと考えられている。
また、代々の皇妃が身につけた宝冠の中央を飾る大きな『ファースト・シャイニング・スター』と呼ばれる魔光石も、元はこの鉱山で産出したものではないかと言われている。




