第ニ十一話 修道僧の手紙
「アイシクル・マーヴェ!」
俺の氷魔法が町の中へ散って、各所で延焼を喰い止める。
「アイシクル・マーヴェ!!」
エルフのエーレラフィルでもいれば、水の精霊を呼び出して、もっと効率的に火事を消し止められるのかもしれないなと、俺は残念な気がしていた。
いや。彼女がいてもその魔法の力は俺の魔法には及ばないから、やはり苦戦は免れないのかもしれなかった。
「我々も手伝いましょう」
アンクレードはそう言って、城門の近くで燃えている家屋に近づこうと、城壁から下りようとしていた。
「危ないぞ! 戻れ!」
「ハルト様。このまま城壁伝いに各所の火を鎮めましょう」
俺がアンクレードを呼び戻すと、クーメルが冷静に俺に進言してくれた。
「さようですな。もう領主屋敷は焼け落ちるに任すしかなさそうです。それ以外の場所で少しでも延焼を防ぎましょう」
シュルトナーも同意見なようで、俺を見てそう言ってきた。
「ハルト様。お願いします」
イレーネ様は真剣な表情で俺を見詰める。
俺は彼女の期待に応えねばならないのだ。
「アイシクル・マーヴェ!」
何とかの一つ覚えなのかもしれないが、俺が使うことができる魔法で消火に向いていそうという点では、これが一番だ。
俺たちは東門の上から城壁を伝って南門の側までやって来た。
ここまで町の南東側については、粗方、炎は消し止めたはずだった。
「ハルト様。あそこに火が……」
イレーネ様が指し示す先に、確かに炎が見える。
まだまだ町の四分の一程度の地域を消火したに過ぎない。
町の人たちも消火活動を始めていたが、いかんせん放火された地点が多すぎて、手が回り切っていないようだった。
「アイシクル・マーヴェ!」
もう何度目か分からない氷魔法を放った時、俺たちに向かって声が掛かった。
「今、火を消し止められたのはあなた方ですか?」
暗くて分かりにくいが、城壁の下に白っぽい服を着た男性が立っているようで、声はそこから聞こえたようだった。
「ああ。そうだ。あんたは?」
アンクレードが尋ねたが、俺はその声に聞き覚えがある気がした。
「あなたは昨日の……」
「ああ。あなた方でしたか」
そこにいたのは、昨日クーメルに癒しの魔法を使ってくれた修道僧らしき人物だった。
「今はあいさつをしている場合ではありません。お願いです。手を貸してください」
城壁の下から呼び掛けてきた彼のいる場所へと、俺たちは階段を下りて行った。
「こちらへ……」
彼に導かれ、俺たちはそこからすぐの南門からほど近い、一軒の家屋へと足を運んだ。
「アイシクル・マーヴェ!!」
話を聞くまでもない。俺はさっさと魔法を使い、焼け落ちようとする家の炎を消し止めた。
野次馬たちから驚きの声が上がるが、今はそんなことは気にしていられなかった。
「中にまだ人がいるのです!」
修道僧は俺たちにそう教えてきた。
「ハルト様。俺が行きます!」
俺が次の魔法を唱えるのを待ちきれないとばかりに、アンクレードが火が消し止められたばかりの家屋の中へと突入しようとする。
それなりに人もいるのにと思ったが、それを言っても始まらない。俺は慌てて次の呪文を唱えた。
「レビテーション!」
建物の崩壊に気をつけなければならないから『レビテーション』は必須だろう。
これなら最悪、壁が崩れてきても大丈夫なはずだった。
「見つけました! ですが……」
突入した家の中から戻って来たアンクレードは男の子を抱いていた。
「これは酷い火傷ですね。すぐに癒しを施しましょう」
子どもをひと目見て、修道僧はすぐに祈りを捧げ、彼の手が暖かい光を帯びる。
「すごいわ……」
傷が見るまに治癒していく様子に、イレーネ様から感嘆の声が漏れる。
「この子だけですか?」
「ああ。助けられたのはこの子どもだけだ。両親だろう人はこの子を守るように折り重なって……」
クーメルの問いに答えたアンクレードも、それ以上は口にできないようだった。
「何とか助けられたようですね。ですが、私ももう限界です」
修道僧は肩で息をしながら俺たちに告げた。
どうやら彼は魔力切れのようだった。
「じゃあ。俺たちはもう行くから」
これ以上、こんな目に遭う子どもを一人でも減らすためにも、今は時間が惜しかった。
「行ってください。そしてよろしければ後でそこの教会へおいでください」
彼の言葉に頷くと、俺たちはまた城壁に戻り、目に見える範囲の火災を消して回った。
結局、消火活動が終わったのは明け方近くなってからだった。
領主屋敷は焼け落ちて無惨な姿を晒していたが、町は辛うじて焼け野原にならずに済んでいた。
「ハルト様。あそこに」
南門の側の教会を訪ねた俺たちは、アンクレードが見つけたあの修道僧に近寄った。
「お疲れ様でした。座る場所もなくて申し訳ありません。ですが、これでも少しは落ち着いたのです」
彼の言ったとおり教会の中には火の手を逃れて避難してきた人がいるようで、雑然としていた。
それでも彼が俺たちと話ができる程度にはなったということだろう。
「あなたは何者なのです? あの火を消した銀色の光。あれは何なのですか?」
「あれは……」
俺が口籠っていると、クーメルが先に説明してしまった。
「ハルト様の魔法です。ハルト様は強力な魔法を使われるのです」
そう聞いても、修道僧はすぐには理解できないようだった。
「あれが魔法だとおっしゃるのですか? あんなに何度も……。確かにほかに説明がつかない気がしますが。魔法ですか……」
彼はそう言って俺を見てきたので、俺は仕方なく頷いた。
「とにかくお疲れになられたでしょう。ベッドを用意しますので、おやすみになってください。我々にはそのくらいしかできませんから」
彼は消火を手伝った俺たちに好意を示そうとしてくれたようだった。
「いいえ。それは焼け出された人たちに使ってもらってください。私たちは馬車がありますから」
ベッドで横になりたいのはやまやまだが、俺はそうする気にはなれなかった。
東門の惨状と焼けた町の様子に俺の心は沈んでいた。
「もうお発ちになるのですか?」
彼は残念そうな様子を見せて尋ねてきた。
「そうですね……」
俺ははっきりと言わないようにしていたのにクーメルがすぐにその理由を説明しはじめた。
「私たちはこの町の者ではありませんし、逆にこの町とは色々と因縁があるのです。いつまでも残っていると、あらぬ疑いを掛けられかねませんから」
「侯爵の安否は不明のようですが、彼に見つかれば、スケープゴートにでもされかねませんからな。長居は無用でしょう」
シュルトナーも冷静にそんな分析をしていた。
確かに彼の言うとおり、俺が傭兵たちを手引きしたというシナリオをでっち上げるのは簡単な気がした。
「では、ハルト様。参りましょうか」
アンクレードもそう言って、馬車を置いた東門へ向かおうと準備を始めた。
「お待ちください!」
修道僧は慌てたようにそう言って、教会の奥へ姿を消したが、すぐにまた戻って来た。
「これをお持ちください。聖都を訪れることがあれば、聖ファニス教会をお訪ねください。何かお力になれることもあるでしょう」
「聖ファニス教会とは! 大聖堂のことですか?」
俺に差し出された手紙を見ることもなく、シュルトナーが声を上げた。
「世間ではそう呼ばれていますね。ですが私にとっては所属する教会に過ぎません。信仰のよすがではありますが」
小さく頷いた修道僧はそう言って俺に手紙を渡してきた。
「ありがとうごさいます。機会があれば寄らせていただきます」
俺は手紙を受け取ると、皆とともに町の東門へと向かった。
東門では既に衛兵たちが門を守り、通行する人々に厳しい目を光らせているようだった。
「まずいですな」
アンクレードがしかめ面を見せたが最悪、全員眠らせるかして突破するしかない。
「とりあえず素知らぬ顔で行きましょう」
クーメルがそう言って、俺たちは全員で門の前まで進んだ。
「待てっ!」
さすがに無理だったかと思ったが、やはり警備の若い兵に俺は呼び止められた。
「お前たちは何者だ? まさか昨夜の暴徒どもの仲間ではあるまいな?」
どうやら俺の顔を見知っていたわけではなく、単純に怪しい者たちと思われたようだった。
「いえ。私は……」
俺がそう言い訳をしようとした時だった。
「その人たちなら、昨夜の火を消すのに力を貸してくださった方よ」
門にいたこの町の者だろう、一人の女性がそう証言してくれた。
「俺も見たぜ。南門の側でな。確かに火事を消してくれていたな」
別の男もそう言ってくれる。
「私も見たわ」、「そうだ。見たぞ!」
そして次々に何人もの声が周囲から飛んできた。
俺は夜も遅かったし、暗いから魔法を使う姿を見られることはないだろうと思っていたのだが、そうでもなかったようだった。
「町を守ってくれた人たちだ」、「どうして止められているんだ?」
俺たちの周囲は人だかりのようになってきた。
「何をしている?」
奥から上官らしき背の高い中年の兵士が出てきて、若い兵士に問い掛けた。
「いえ。この者たちに尋問を……」
若い兵士は困惑した様子で告げるが、後から出てきた兵士が俺たちを見て、
「この方たちなら昨夜遅く私も見た。特に怪しくもなさそうだ。行ってよし!」
そう言ってその場を収め、そのまま門の奥へと引っ込んで行った。
俺たちは無事にラエレースの町を出て、改めて東へ向かったのだった。
【ハルト一世本紀 第二章の十八】
大帝が町を発とうとすると、民たちは嘆き悲しんだ。
領主の不手際によって自分たちまでも見捨てられるのではと恐れたのだ。
「陛下は決して民をお見捨てになることはありません」
大宰相が陛下の心を伝えても、民の不安は深いようであった。
「陛下をお迎えするのに、私どもは道を掃き清めることさえしておりません。私たちの赤心をお疑いにならなければ良いのですが」
それに対して大将軍が大笑して言った。
「路傍の小石など、なんぞ陛下がお気になさろうや。あればこの私が弾いてくれる。お前たちの心配は無用である」
民たちはその言葉に安堵するとともに気力を与えられ、慌てて道を掃き清めた。
大帝の一行はこうして難なくラエレースの町を離れることができた。




