第十九話 コスチャフの襲撃
「正気ですか? あの砦を攻めるなど」
アンクレードが驚きの声を上げた。
どうやらその『コスチャフ砦』とやらは、かなり有名な軍事施設らしい。
「おそらくあのイヴァールト・アンドラシーも断ったんでしょう。あの砦に攻め込むなんて正気の沙汰とは思えませんからな」
「俺が断ることは……許されないみたいだな」
周りを見ると何処に隠れていたのか俺たちを囲むように多くの弓兵が配置され、号令一下、俺たちを針鼠のようにする算段のようだった。
「分かった。ただし条件がある」
「ハルト様!」
俺の答えにアンクレードがまた驚いたように呼び掛けてきたが、ほかに選択肢はなさそうだ。
魔法で全員を眠らせれば逃げることもできるかもしれないが、俺だけが逃げ切ればいいわけではない。
俺なんかより、この世界にとっての重要人物であるハルト一世の七功臣のうち三人がいるのだ。
「条件など出せる状況だと思うのか?」
俺が大きな声で呼び掛けると、侯爵の家臣の一人が鼻で笑うように返してきた。
「条件と言っても当たり前のことだけだ。ここにいる四人には絶対に手を出さず、俺とともにコスチャフ砦へ向かわせるんだ。そして砦を陥したら俺たちを解放しろ。それ以上の協力は御免だからな」
なによりここにはイレーネ妃がいる。
彼女に手を出されたりしたら、俺はハルト一世に顔向けできないし、俺自身、彼女をこんな所に置いていくのは嫌なのだ。
「ハルト様……」
イレーネ様が俺の左腕に手を添えてきたので、俺は彼女を振り返って頷いた。
「よかろう。全員で砦へ向かうがいい。そして砦を陥したら解放しよう」
侯爵が度量を見せるようにそう言って立ち上がり大広間を出て行くと、俺たちはその場から練兵場へと連行された。
「今日中に集められるだけの兵とともに砦へ向かってもらうぞ」
俺たちが向かった練兵場では口髭を生やした恰幅のよい将軍が待ち構えていて、俺にそう告げた。
「ああ。構わない。俺もさっさと済ませたいからな」
彼らが俺の魔法のことをどれだけ調べたのかは分からないが、どうも言っていることがちぐはぐな気がする。
本気で砦を陥す気なら、それなりに大軍を遣わせる必要があるだろう。
「侯爵は我々をクルクレーラの兵たちに殺させる気かもしれませんな」
アンクレードが大きな声で俺に伝えてきたが、将軍も兵も反論をしない。
彼の言葉の正しさを示すように、俺たちは昼過ぎには数百の兵とともに東門から町の外へと送り出された。
宿に預けてあった馬車は返してもらえたのでイレーネ様に乗ってもらい、俺たちはその周りを徒歩で進んだ。
「コスチャフ砦はビュトリス王国とクルクレーラ王国の国境をなす大河サーカの大きな中州に築かれた砦で、難攻不落の城砦として有名なのです」
道々、アンクレードが俺に砦について説明してくれる。
「あの砦があるせいで、ビュトリス側の川沿いは荒地になっていますから、それが解消されるというのであれば、これまでに傭兵どもを使って得た権益を返還したとしても、十分に割が合うということでしょう」
続けて口を開いたクーメルによれば、コスチャフ砦の兵はビュトリス側、つまりはラエレース側の川岸で治水のための工事を行おうとすると妨害をしてくるということだった。
「あの砦はサーカ川を遡上してラエレースやその上流の王都エフラットへ物資を運ぶ船から通行料を徴収しますからな。ビュトリス王国の物価が周辺国より高いのはそのせいもありますし」
シュルトナーも砦の持つ価値を解説してくれた。
そんな有用な砦なら防備もさぞや強力だろう。
「そんな砦に対して、弓兵ばかりでどう戦うおつもりですか?」
クーメルも分かっているのだろう。敢えて嫌味っぽく俺たちの側を馬で行く将軍に訊ねていた。
弓兵ばかりなのは砦の兵と戦う気などなく、俺たちが逃げたら射殺するためだろう。
「お前たちが知る必要はない」
「知りたくもないけどな」
将軍の答えにアンクレードが嫌味で返すが、俺はずっと兵たちの動きに注意を払い続けていた。
隙があれば魔法でけりをつけようと考えていたのだ。
(焦りは禁物だな)
ラマティアの町の郊外では、いきなり『スリープ・マーヴェ』の魔法を使ってしまったが、危ない橋を渡ったものだと思う。
襲われているのがイレーネ様だと分かっていたら、あそこまで思い切った対応は難しかっただろう。
(最悪、コスチャフ砦の前まで行けば……)
そうすれば、俺たちだけで前面に出されるかもしれない。その時に魔法防御を掛けて……と、俺はそんなシミュレーションを繰り返していた。
「敵襲!」
だが、俺たちが砦のあるサーカ河へと着く前に、街道を行く俺たちの後方から突然、兵の声がした。
俺は何かの聞き間違いかと思ったが、すぐに金属のぶつかる音や人の叫ぶ声、慌てて駆けて来る兵士の様子から少なくとも何かの異変が起きたことが分かった。
「逃げるなっ!」「掛かれっ!」
指揮官たちは必死で督戦を試みていたが、弓兵ばかりの部隊が敵の接近を許したのだ。到底勝ち目はないだろう。
「あれは……、あの傭兵じゃないのか?」
後方からラエレース領の弓兵を蹴散らし、俺たちの方へ向かって来る騎兵と歩兵の集団の中心に、銀色のスケール・アーマーに身を包んだ偉丈夫と、鷲の紋章が記された真紅の軍旗が見えた。
「間違いありませんね。あの旗は傭兵隊長、イヴァールト・アンドラシーのものです」
俺もあの赤い旗には何となく見覚えがある。
やはりラマティアの町の防衛戦で見た、あの傭兵隊長の旗のようだ。
「降るものは許す! 逃げることはできぬぞ!」
騎兵を率いる指揮官の一人が、大きな声でラエレースの兵たちに呼び掛ける。
確かに騎兵も多くいる奴の部隊から、弓兵ばかりのこちらの兵が逃げ切るのは難しいだろう。
「降参だ!」「助けてくれ!」
ラエレースの兵たちは指揮官の制止を聞かず、次々に降伏を始めた。
逃げ出した将軍が三騎の騎兵に囲まれて討ち取られると、もう戦闘を続ける気力のある者はいないようだった。
降伏した兵たちが集められ、武装解除される中、勝利を手にした傭兵たちの中から何人かの騎士が俺たちに近づいて来た。
「お前たちは何者だ?」
そして、その中の先ほど軍旗の側にいた、銀色の鎧を身につけた大柄の騎士が俺たちにそう声を掛けてきた。
流れるような赤い髪が印象的なその騎士は、同じく赤い意志の強そうな瞳で俺たちを見ていた。
「私どもは旅の者です。隠密のうちに戦地へと赴く部隊に遭遇してしまい。秘密保持のためとして同道を求められたのです」
俺が口を開く前にクーメルがそう返答した。
「そうか。ではここからは東へ向かうのだな」
「さようです。皆様は西の町へ向かわれるのですね?」
クーメルが何気ない様子で探りを入れると騎士の一人の態度が変わった。
「お前たちには関係のないことだ!」
それでは図星だったと言っているようなものだろうって気がしたが、クーメルは素知らぬ顔で「さようでした。申し訳ありません」などと謝っていた。
「ただの旅人とも思えぬが、今はこちらも忙しい。すぐに立ち去るなら妨げはせぬが」
大きな声を出した騎士を制して、赤い髪の騎士が俺たちにそう告げた。
「ありがとうございます。このまま東へ向かいます。ご武運をお祈りしております」
俺はひやひやしていたが、考えてみれば俺の顔なんて知らないだろう。
クーメルは最初からそう思っているのか、落ち着いたものだった。
俺たちは馬車に乗ってまずは南へと向かった。
そのまま東へ進んだらコスチャフ砦にぶつかってしまう。
それを避けるために街道に戻ったのだ。
「ここまで来れば安心ですね。さっさとクルクレーラへ抜けましょう」
シュルトナーはほっとした顔を見せていた。
「いや。ラエレースから追っ手が掛かるかもしれない。急ぐに越したことはないだろう」
俺の心配にクーメルは例のしたり顔を見せた。
「それには及びません。ラエレースにはそんな余裕はないでしょうから」
「どういうことだ?」
俺が疑問を口にすると、彼はその顔のまま解説をしてくれた。
【ハルト一世本紀 第二章の十六】
大帝がラエレースを去り、国境の砦へと向かわれると、道中で鳥が騒ぎ、獣も走り来てその行く手を阻んだ。
ラエレースから遣わされた将軍の馬は三頭の猪に囲まれて驚き、背に乗った将軍は落ちて命を失った。
「無道を働く軍勢の行く末は斯くの如し」
兵たちが慌てふためいて逃げ去るのを見て、大将軍が小躍りして言ったが、国公は大帝に奏して、
「今、陛下は東へ向かわんとされていますが、あの町の民を憐れとは思し召されませんか?」
そうお聞きになった。
「国公の言うとおり領民に罪はない。領主の無道によって領民に災厄が及ぶのを座して見ているわけにはいかぬだろう」
大帝のお答えに国公は満足され、その高徳を讃えた。




