第十七話 ハルト准男爵
「ハルト・フォン・スフィールトを准男爵に叙す」
王宮の大広間で、俺はビュトリス王国の国王、ティエモザ四世から爵位を受けた。
「勝手に他所の国の爵位を受けていいものなのか?」
俺は心配になって事前にシュルトナーに尋ねたが、彼はなんてことはないって顔だった。
「前例ならいくらでもありますからな。くれると言うのなら貰っておけばいいのです。ハルト様はこの国にお仕えになる気はないのでしょう?」
彼も分かっているようだが、俺が仕えるのはハルト一世ただ一人。
それ以外の王など、彼に滅ぼされる存在なのだから、仕えたら道連れにされかねないのだ。
裏切り者になるのも避けたいし。
「叙爵の理由はどうするのだろう?」
俺はそちらも不安だったが、クーメルとシュルトナーがそのあたりは王宮と、具体的にはカテリア王女と打ち合わせてくれていた。
「ハルト様の功績は『国内で乱を起こした不逞の賊を退けた』ということになりました。まあ妥当ですな」
シュルトナーはこちらも当然って顔だったが、こうなると俺はあの傭兵隊長に感謝すべきなのかもしれなかった。
叙爵の儀式も済んで、俺は貴族の地位を利用してこの国の貴族の族籍を管理する宮内官にハルトという名の貴族がいないか確かめたが、残念ながら手掛かりは得られなかった。
(どうにも上手く行かないな。残された時間も少なくなってくるぞ)
俺の顔が不安そうに見えたのだろう、シュルトナーが俺に尋ねてきた。
「ハルト様はご自分と同名の方にご執心なのですな。ほかに手掛かりはないのですかな?」
ハルト一世が史書に颯爽と登場するのはもう少し後なのだ。
若い頃、彼は諸国を回り、見聞を広めたと聞いた気がするし、今頃どこにいるのかなんて見当がつかない。
「いや。ジャンルーフにはいると思ったんだけどな。見つからなかったからな。もう少し捜索範囲を広げようと思ったんだ」
もともとハルト一世の生国はジャンルーフだったはずだ。
だからジャンルーフでもここと同じように王都を訪れ、貴族の族籍を担当する官吏に確認をしたのだ。
「ハルト様はここから別の国へ向かわれるのですか?」
イレーネ様が俺に尋ねてきた。
「ええ。それが私が旅をしている目的ですから」
「目的……ですか」
彼女は何やら考えているようで、そう言って黙ってしまう。
「とりあえず隣のクルクレーラへ行ってみようと思う。王都はルーレブルグだったよな」
俺がそう告げると、クーメルとアンクレードは諦めたって感じだった。
「はいはい。行きますか」
クーメルは無言だったが、アンクレードはそう口にしていた。
「エーレラフィルはわざわざここまで来てくれてありがとう。本当に助かったよ。フィアレナールにもよろしくな」
俺はそう言って続けて、
「それから悪いんだけれど、イレーネ様をまずはジャンルーフの俺の領地まで連れて行ってほしいんだ。頼めるかな?」
「はい。その程度、簡単なことです」
俺の依頼をエーレラフィルが受けてくれ、俺たちは東へ向かって出発しようとしたのだが、
「ハルト様。お待ちください」
イレーネ様がそう言って引き止めてきた。
「馬車をお使いになりませんか。歩かれるよりは良いと思いますが」
俺は彼女の提案に「ああ、その手があったな」と思ったが、馬車を購入するとなるとそれなりの金額になるだろう。
俺も一応貴族だから、馬車くらい持っていて然るべきなのかもしれないが、何しろ俄か貴族なものだから、準備が追いつかないことも多いのだ。
「良い考えだとは思うけど、馬車ってどこで売ってるんだ?」
何となく鍛冶屋の担当かなって気もするが、この時代、おそらく注文生産だろうし、店先に行って「これください」ってわけにもいかないだろう。
「今から用意する必要はありません。私の乗ってきた馬車がありますから」
ああ、それならって一瞬、言いそうになったが、すぐにそれではまずいってことに気がついた。
「いや。それではイレーネ様はどうやってジャンルーフまで帰るんですか? まさかずっと歩かれるわけにはいかないでしょう?」
俺の疑問にイレーネ様はほんの一瞬、下を向かれ、でもすぐに顔を上げて俺に対して口を開いた。
「私もハルト様とご一緒します。私は婚約者ですから、ハルト様の側にいたいのです!」
「えっ。そんな……」
俺はさすがに驚いて彼女を見たが、イレーネ様は俺の視線を正面から受け止めて、少しも動じる様子を見せなかった。
「私もハルト様とともに参ります。次にラマティアに戻るのはハルト様の妻として、町を出る時にそう心に決めたのです」
彼女の決意は固そうで、俺が道中の危険やいつまで掛かるか分からない先行きの不透明さを指摘しても諦めてくれそうになかった。
「私が馭者を務めれば、馬車にハルト様とイレーネ様。それにクーメルとシュルトナーの四人でちょうど乗れますな」
アンクレードがそう言って俺以外の皆は頷いている。
俺はなおもファーフレント卿に申し訳が立たないからと彼女に翻意を促したのだが、もう大勢は決していた。
「お父様にはラルーから伝えてもらいます。エーレラフィルさん。ラルーをスフィールトの町まで案内してくださいますか?」
イレーネ様の依頼にエーレラフィルが頷いて、話はまとまったようだった。
馭者のラルーはここから歩いて帰るはめになった。
「ハルト様。このようなお美しい婚約者を置き去りにしておいて、いつまでも待っていてくれると思うとは。その自信の根拠を伺いたいですな」
この町で初めて彼女に会ったシュルトナーは彼女の美しさに感心したらしい。
そして俺に暗に彼女を同行させるように言ってきた。
「私はいつまでもハルト様をお待ちしている自信がありますけれど、私の方が心配なのです。ハルト様はお優しいですけれど、私に心からの親しみをお示しくださらないですから」
どうやら俺に遠慮があることが、彼女には見抜かれていたらしい。
彼女はハルト一世の皇妃。俺の将来の主君になる人の妃である可能性が高いのだ。
「ハルト様がイレーネ様を大切に思っておられることは私にも分かります。ならばご一緒される方が良いかもしれません」
クーメルが例のしたり顔を見せて俺に説いた。
彼によれば、ここで彼女を帰しても、またいつか俺を追いかけて来たのなら、却って危険ではないかと言うことだった。
「イレーネ様はハルファタへ、スフィールトへ、そして今はエフラットまでハルト様を追っていらっしゃっています。ここまでよくご無事だったとさえ思えますから」
言われてみれば彼女はラマティア郊外でアンドラシー配下の傭兵に襲われているし、このエフラットではクラウズ王子に目をつけられている。
ハルト一世と出会うまでは、俺が庇護して差し上げるべきなのかもしれなかった。
「分かりました。ですが厳しい旅になるかもしれません。ご苦労をお掛けするかと思うと心苦しいのですが」
俺がイレーネ様に向かってそう伝えると、彼女は輝くような表情を見せた。
「ハルト様と一緒なら、どんな厳しい旅でもそれは私が受けるべき試練です。そしてそれに耐える覚悟です」
すぐに真剣な目で俺を見て、彼女はそう言ってくれる。
俺たちは馬車に乗り、東の方クルクレーラ王国を目指した。
【ハルト一世本紀 第二章の十ニ】
大帝は傍らに控える皇妃にもビュトリスに対する処置を尋ねられた。
初め皇妃は「陛下のお心のままに」と容易にその思いを口にされなかったが、大帝の重ねての問いにもだし難く思われたのか、重い口を開かれた。
「陛下の使命は世を治め、以て民を安んじること。今は陛下とともにある私たちが身を修めるよう、あらゆる災厄が襲い、それを耐え忍ぶ時。一国の侮りごときは睚眥の怨みと言うべきもの。陛下のお心を煩わせるべきものではありません」
集った臣下の者たちにも聞かせるようにそうおっしゃった後、言葉を継がれた。
「陛下はよろしくこの地を離れられ、さらに東へと向かわれるべきでしょう。このようなこともあろうかと車駕をご用意しておきました」
これ以上、この地において為すべきことはないと考えていた大宰相をはじめとする者たちも、皇妃があまりに時宜を知ることに舌を巻いた。
「皇妃の我が心を知ることは、斯くの如し。これには賢人たる大宰相も及ばぬか」
大帝は大層お喜びになり、皆を皇妃が用意された車駕へと招じ入れられた。
大将軍はビュトリスの国主に罰を与えんとしたことを恥じて、自ら進んで手綱を握った。




