表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/258

第十六話 クラウズ王子の失言

 その時、いきなり俺たちの後ろの扉が開いて、黄色い髪の若い男が入ってきた。


「ここにジャンルーフの田舎者が来てるって本当?」


 彼は素肌に直接シャツを着て、膝下くらいまでの長さのパンツをはいていた。

 王宮の中なのに随分とラフな格好だなと思ったが、俺たちの前に座るカテリア王女は顔を(しか)めて、


「クラウズ。お客様に失礼ですよ。それにいきなり入ってくるなんて……」


 そう彼の行いを咎めた。

 クラウズと呼ばれた男は口を歪めて、


「僕は姉上様と違って下賤の生まれなのでね。礼儀など知らないんだ」


 そう答えたから、どうやら彼は王女の弟、王子であるようだった。

 王子なのに下賤の生まれってどういうことなのかなと思ったが、彼は王女の隣にいきなり腰を下すと、俺たちをじろじろといった様子で見てくる。


「彼女もジャンルーフから来たのかい? 田舎者なのにエフラットでも滅多に見ない美形だね。こりゃいいや」


 どうやら俺なんかのことはどうでもよく、彼はイレーネ様に目をつけたらしかった。


「君のこと気に入ったよ。僕の女にならないか。僕はこの国の王子だから、僕の女になれば一生楽して暮らせるよ」


 飽きたらすぐに捨てられそうだなって俺でさえ思うような軽さで、王子はイレーネ様に話し掛けてくる。

 彼女は身を固くして、俺の方へ身を寄せてきた。


「失礼ですが、イレーネ様は私の婚約者です。王子様。お戯れが過ぎます」


 俺は毅然とそう口にしたのだが、彼は俺の方を見もせずに、


「君はイレーネっていう名前なんだ。いい名前だね。で、あんた誰?」


 そこで初めて俺に気づいたように聞いてきた。


「ハルト・フォン・スフィールト。ジャンルーフ王国の勲爵士です」


 俺の名乗りに王子は鼻で笑ったような態度を見せる。


「君が彼女の婚約者だって? 勲爵士なんて貴族まがいに彼女はもったいない。僕に譲ったらどうだ?」


 確かに皇妃イレーネは、その美貌を讃える記述が史書に多く残されているくらいの女性なのだ。

 そういう意味ではクラウズについて言えば、その審美眼を誉めてやってもいいくらいだ。


「お断りします」


 俺ははっきりとした声でそう答えた。

 彼女はおそらくハルト一世の妃になる女性なのだ。

 その彼女と一緒にいて、彼女を守れなかったとなったら、俺は彼に粛清されるくらいでは済まないだろう。


「クラウズ、お控えなさい。ハルト様はあの傭兵隊長のアンドラシーを戦場で退けたほどの勇者なのですよ」


 その時、カテリア王女が耐えかねたって様子で俺たちの間に口を挟んできた。


「アンドラシーって。『戦場の赤き狐』イヴァールト・アンドラシーか?」


 クラウズ王子はその名前を口にして、怯えたような目で俺を見た。

 だが、すぐに我に返ったように、


「嘘だろう? あの狡猾な悪党がこんな奴にやられるとは思えない。それに君は軍人じゃないだろう?」


「私は……魔法使いです」


 あまり俺の魔法については話したくないのだが、仕方がなかった。


「ますます解せないな。魔法使いなんて、町に明かりを灯すくらいしかできないじゃないか。それがなんでアンドラシーと戦えるんだ?」


「ハルト様の魔法はその程度のものではない。人間の軍隊などハルト様に掛かれば木の葉のように蹴散らされるだろう」


 エーレラフィルが彼女らしからぬ冷たい声でそう主張してくれるが、できればやめてほしかった。


「それ程なのですか?」


 案の定、カテリア王女が驚きの声を上げる。

 どこまで説明したのか知らないが、あまり大事になると、ジャンルーフ王国と同じようにここでも軍への参加を求められかねない。


 俺はハルト一世を探さなければならないから、軍隊なんかに関わっている暇はないのだ。


「亜人の言うことなど信用できないな。こんな男にそんな力があるものか」


 吐き捨てるように言ったクラウズ王子に、今度はイレーネ様が反論した。


「ハルト様の力を私はこの目で見ました。悪い者たちを一瞬で眠らせ、押し寄せる軍隊に魔法で炎の雨を降らせ、神の御技もかくやというお力でした」


 イレーネ様は発言の途中から気が昂ってきたようで、彼女の声は大きく力強いものだった。

 俺はさすがに言い過ぎだろうと思ったのだが、クーメルとアンクレードも頷いていた。


「そんな危険な奴を野放しにしてるのか? ジャンルーフの田舎者どもは何を考えてるんだ。すぐに父上に言いつけて……」


「言いつけてどうされるおつもりですか?」


 クーメルが冷静な声でクラウズの話を押し止めた。


「ハルト様はジャンルーフ王国の(れっき)とした貴族。そのハルト様に危害を加えるとおっしゃるなら、ジャンルーフ王国と事を構えることになりかねませんが」


 クーメルは自信満々といった様子だった。

 彼はもともといつも静かな微笑をその顔に湛え、したり顔を見せて自信がありそうなのだ。


 でも俺の方は気が気ではない。

 貴族と言ったってクラウズの言ったとおりたかが勲爵士だし、今は領の統治を放擲して他国を漫遊中なのだ。

 王国に問い合わせをされれば罰を受けかねないと思う。


「言いつけて……その、我が国でも貴族になってもらうのがいいと思う」


 だが、クラウズは苦し紛れに訳の分からないことを言い出した。

 彼自身も何を言っているのか分からなくなっているのかもしれない。


 だがカテリア王女は愁眉を開いたように明るい声で弟の意見に賛成した。


「それは素晴らしい考えね。アンドラシーには我が国もひどく掻き回されましたし、その彼を打ち負かしたなんて痛快です。陛下に申し上げて爵位を賜るようにいたしましょう」


「えっ。そんなことあり得るのですか?」


 俺はこの国に何の貢献もしていないし、まだ訪れたばかりなのだ。

 それなのに爵位を授けられるってあり得ないと思うのだが。


「先ほども言いましたが、あの傭兵隊長にはかなりしてやられたのです。それにステイラ様からの紹介状には、格別の配慮をお願いしたいとも書かれていましたから。何があったのか知りませんが、これで許して差し上げてください」


「もちろんです。そもそもハルト様はそのようなこと、気にされてはいませんからな」


 俺はどちらかと言うとステイラ嬢にそんなに危険人物だと思われていたんだって不本意な気がした。

 だが俺が答える前にアンクレードが勝手にまとめてしまい。俺が彼女を許すことになっていた。


「いや、それよりも『イヴァールト・アンドラシー』はこの国で何をしたんですか?」


 エーレラフィルが相当に俺の力を誇張して伝えているのもあるかもしれない。

 でも、この国の場合はあの傭兵隊長『イヴァールト・アンドラシー』の影響もあるような気がした。


「彼の策略によって、ラエレース侯爵家と二つの伯爵家を含む七つの貴族家が争って、当主が討ち死にした家も出たのです。王家の威信は大きく損なわれました」


 ジャンルーフ王国では隣国がそんなことになっているなんて聞いていなかったから、俺は驚いたが、


「レイマーン子爵ですな。ビュトリス王国は惜しい方を亡くされましたな」


 シュルトナーは当然のようにそう言っていたから、知らないのは俺だけなのかもしれなかった。



【ハルト一世本紀 第二章の十一】


 ビュトリス王国は王子と王女が大帝を歓待し、カレークの町の領主の失態の許しを請おうとした。


 だが彼らは再び過ちを犯した。

 大帝を主人と仰がず、身の程知らずにも臣下として扱おうとした。


「けしからぬことです。私がこの国の主と称する者を打擲(ちょうちゃく)し、何が正しいかを悟らせましょう」


 大将軍はそう息巻いたが、国公が彼を宥めて言った。


「智者は先を見通し、愚者は目の前にあることすら理解することができません。智者は少なく、愚者は遥かに多いのです。彼らが目の前にいる方の尊さを理解できなくとも、今はそれを咎めるべきではありません。陛下に置かれては大度量をもって、彼らのなすことにご宥恕をいただきたい」


 大帝はお笑いになって彼の言葉どおり、ビュトリス王をお許しになった。


「国公の言うとおり、数年の後に彼らは陛下の偉大さを知り、今日の行いを恥じることでしょう。そしてこの機会を活かせなかったことに、自ら愚かさを知ることになるのです。それだけで彼らには十分な罰となるでしょう」


 大宰相はそのように先を見通した。

 大帝の臣下に既に人が揃っていることはこのようであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連載『賢者様はすべてご存じです!』は折をみて更新しています。
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ