第十五話 エフラットの再会
カレークの町を出た俺たちはヴュトリス王国の王都エフラットへと向かって旅を続けた。
途中の町では抜かりなくハルト一世の消息を探ったが、手掛かりはまるで得られない。
クーメルやアンクレードだけでなく、今やシュルトナーさえ呆れ顔だった。
「エフラットの城壁が見えてきましたぞ。立派なものですな」
シュルトナーが言ったとおり、かの町はこの周辺有数の規模を誇る都市らしい。
俺の元いた時代でもヴュトリス地方はジャンルーフ地方なんかよりずっと開けていた。
(この町ならハルト一世に関する情報が得られそうだな)
俺は期待に胸を膨らませた。
ジャンルーフ地方では手掛かりなしだったが、エフラットは都会だし、情報も集まりそうだと思ったのだ。
「せっかくいただいた紹介状だし、有効活用させていただこうか」
俺の意見に皆も反対はないようだ。
「ご領主のご意見に従います」
シュルトナーから何かあるかなと思っていたのに、彼もそう言って特に何もなさそうだ。
「じゃあ。王宮に向かえばいいのかな?」
俺はついこの間まで、勲爵士の三男に過ぎなかった。
王女様に謁見を求める作法なんて知る由もない。
「宮内官に届け出るのが筋でしょうが、時間が掛かるかもしれませんな」
シュルトナーが難しそうな顔をした。
「付け届けでもした方がいいんじゃないですかね?」
アンクレードが心配そうに付け加える。
何の伝手もない隣国の勲爵士に過ぎない俺が、王女様にお会いするなんて普通なら難しそうだ。
「まあ。王女様は……お会いいただけたらいいなくらいでいいだろう。俺は別に困らないし」
カテリアとか言ったこの国の姫君には、俺は別に興味はない。
上手くいけばハルト一世に関する情報が得られるように便宜を図ってくれるかもしれないなと思っているだけだ。
翌朝、宿から王宮の正門へ向かうと、謁見の陳情なら王宮の東門の側にある建物へ行くように指示された。
「ああ。あれですな。朝早くからご苦労なことですな」
俺たちはそれなりに早く宿を出たつもりだったのだが、建物の入り口にはすでに何人かの人が並んでいた。
「さすがはヴュトリスの王宮ですな。豪奢なものです」
アンクレードはそう言って感心していたが、俺はその列を見て「もうやめようかな」って思ってしまった。
それでも順に建物へと呼び込まれ、思ったほど待たされることもなく、俺たちも応接のような部屋へ案内され、そこでしばらく待つように言われた。
「お待たせしました。私は宮内官のペルナードと申します」
係官であろうペルナード氏はにこやかな笑みを浮かべていたが、俺たちのことを注意深く値踏みしているようだ。
「ジャンルーフ王国の勲爵士のハルト・フォン・スフィールトと申します。カテリア殿下にお目にかかりたいのです。カレークの町の領主のお嬢様の紹介です」
俺がそう言ってステイラ嬢が持たせてくれた紹介状を差し出すと、ペルナード氏は驚いた顔をしていた。
そして「しばらくお待ちを」と言い残すと、席を立ち、部屋から出て行ってしまう。
「また、カレークの町みたいなことが起こるんじゃないでしょうね」
アンクレードは不安そうだが、俺も不安だ。
王宮の中で捕縛されたりしたら、逃げ出す苦労はあの小さな町の比ではなさそうだし。
だが、しばらくして戻って来たペルナード氏は、俺たちにまた笑みを見せて、
「ハルト様。カテリア様がお会いになるそうです。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
そう言って俺たちを廊下へ誘った。
俺たちはそのまま渡り廊下を通って別の建物へと連れて行かれる。
「ここはおそらく王家の方たちが暮らされている区画ですぞ」
王宮に慣れているのであろうシュルトナーが俺たちに小声で教えてくれる。
「こんなにいきなり謁見って叶うものなのか?」
俺も小声で聞き返すが、彼は首を傾げている。
どう考えても一介の勲爵士ごときが王族をいきなり訪ねて面会できるなんてことはあり得ない気がする。
豪奢な建物が並ぶ中、その中でも特に精巧な彫刻で両側が飾られた重厚な扉の前まで俺たちは進んだ。
「ペルナードでございます。拝謁をお願いいたします」
ペルナード氏が中に向かって告げると扉が開き、そこには背の高い女性が待っていた。
「どうぞこちらへ」
にこりともしないその女性に導かれ、俺たちはその建物に足を踏み入れる。
建物は思ったより広いようで、俺たちが進む廊下の左右にいくつかの部屋が並んでいた。
「ハルト様をお連れしました」
廊下の突き当たりの大きな扉の前で、彼女が中に声を掛けると、
「お入りいただきなさい」
女性の声がして扉が開かれ、俺たちは中へ入るように促された。
「ハルト様。ご無事で!」
部屋に入るなり、先ほどとは別の女性の声が聞こえたが、その声は聞き覚えのあるものだった。
「イレーネ様! どうしてここに?」
彼女の隣にはエルフのエーレラフィルもいて、さらに俺を驚かせた。
「どうぞお掛けください。それからゆっくりとお話しいたしましょう」
その時、俺は笑みを見せながらそう勧めてくれる女性の存在に気がついた。
彼女がおそらくこの部屋の主、カテリア王女に違いないと思われた。
「ハルト様がスフィールトの領主に任ぜられたとお聞きして、町へ伺ったのです。そうして伺った先の町で呪われた『妖魔の森』に向かわれたと聞いて」
王女様の部屋の長椅子に腰掛け、イレーネ様はこれまでの経緯を説明してくれていた。
彼女の言葉にエーレラフィルが頷いて、
「森の中でハルト様を呼ぶ女性の声が聞こえたのです。きっとお知り合いに違いないと思って声を掛けさせていただきました」
エルフたちは耳がいいから、イレーネ様が俺を探す声が聞こえたということなのだろう。
あの辺りは山賊さえ避ける呪われた森だったから良かったが、普通の森なら声に気づいた賊に襲われる危険もあったのではないだろうか。
「とても可愛らしい方ですね。ハルト様の婚約者と伺いました。ハルト様はカレークの町でステイラ様から王女様宛の紹介状を受け取っておられましたから、きっとこの町を目指されると思ってここまでお連れしたのです」
俺はそれなりに急いでいたつもりだったのだが、イレーネ様は馬車に乗って来ていたから、俺たちに追いついたようだった。
俺たちがそんな話をする間、ステイラ嬢からの紹介状に目を落としていたカテリア王女は、俺たちに向き直った。
「ハルト様は強力な魔法を使われるとステイラ様の書状には記されていますが、それはまことですか?」
どうやらステイラ嬢は、俺が魔法を使うことをカテリア様への紹介状に書いていたらしい。
「強力かどうかは別として、私が魔法を使うという意味では本当です」
俺が答えると、エーレラフィルが不満そうな顔を見せた。
「カテリア様。私は嘘は申しませんわ。ハルト様の魔法は私たちの使う魔法とはまったく異質なもの。恐ろしい魔物さえ一撃で葬り去るほどの力を持っておられるのです」
エーレラフィルもそう言ったから俺の魔法について、カテリア王女に伝えてくれていたようだ。
俺たちがこの場にすんなりと通されたのも、それが理由だったのだろう。
「エーレラフィルはどうやって拝謁を許されたんだい?」
俺たちがここへ呼ばれた理由は見当がついたが、彼女だって伝手があったわけではない。
俺が疑問に思って彼女に聞くと、彼女は当然と言った顔で、
「私は族長であるフィアレナール様の親書をお持ちしたのですから当然です。あと、ミスリルの髪飾りも」
どうやら付け届けならぬ贈り物を持って、拝謁を願ったらしい。
俺たちなんかより、エルフたちの方が余程スマートなやり方を知っているらしかった。
【ハルト一世本紀 第二章の九】
エフラットの町では皇妃が大帝をお待ちしていた。
大帝は皇妃が遠路はるばるやって来たことを喜ばれた。
すると皇妃も笑ってお答えになった。
「陛下のいらっしゃる場所が私のいるべき場所なのです。それに陛下がいらっしゃる場所には神気が立ち昇りますから、私は迷うことがありません」
大帝は大宰相に皇妃のおっしゃったことを尋ねられた。
大宰相はしばし黙考した後、
「臣は不肖にして陛下の神気をはっきりと見ることができません。畏れながらそれは皇妃が陛下にとって特別な方である証でしょう」
恐懼してそう申し上げたが、大帝は彼が皇妃の言葉に追従しなかったことを却って喜ばれた。




