第十四話 カレークの町で
「私がそうです。ハルト・フォン・スフィールト。ジャンルーフ王国の勲爵士です」
両手を縛られて貴族の威厳などあったものではないが、俺はその女性に名乗った。
「これは失礼をいたしました。私はこのカレークを治めるビラレルトの娘。ステイラと申します」
おそらく寝間着であろう白い服を着た女性は、俺に丁寧に返事をした。
「ステイラ様! その者は……」
「お黙りなさい!」
先ほどの兵が俺とステイラ嬢の会話に口を挟もうとしたが、彼女は厳しい声でそれを押しとどめた。
「この方が知らせてくださらなかったら、私たちは大きな過ちを犯すところでした。ハルト様。どうかお許しください」
疑いが晴れそうだと分かって俺は安堵した。
どうやらエーレラフィルが彼女に俺たちのことを説いてくれたようだ。
衛兵たちはそれでもまだ抵抗を示していた。
特に隊長は、
「たとえお嬢様のお言葉とて、怪しい者を町に放すわけにはまいりません」
などと言っていたが、ステイラ様がエーレラフィルの方を見て、
「屋敷の奥の私の部屋へ彼女の侵入を許しておいて、彼らを怪しい者扱いですか? 彼女がその気であれば、私を説得したりせず、いくらでもほかのやり様があったでしょう」
そう警備の不備を指摘すると黙ってしまった。
その上で彼女が「お父様には明日の朝、私から申し上げますし、責任はすべて私が取ります」とおっしゃると、彼女の指示のとおりに俺たちの縄は解かれた。
「今夜はもう遅いですから屋敷に部屋を用意させます。遠慮なくお泊まりください」
彼女はその上でそう言って、俺たちにそれぞれ寝室を用意するよう侍女に申し付けてくれた。
こんな事態に陥って、そんなに簡単に寝られるかなと心配だったのだが、一日歩いてかなり疲れていたらしく、情けなくもしっかりと眠ってしまった。
「昨夜は良くお眠りになられましたか?」
翌朝、俺たちが案内されたダイニングで朝食を取っていると、盛装を身にまとったステイラ嬢が姿を見せた。
「ええ。ありがとうございます。良く眠れました」
俺はそう答えたのだが、アンクレードは不愉快そうに、
「昨夜は眠っている途中で叩き起こされたんでね。俺は睡眠不足だね」
そんな口をきいていた。
彼に言わせれば宿帳にも嘘偽りのないことを書いたのに、勝手に疑って、碌に調べもせずに捕らえられ、扱いも罪人のそれだったし許せないってことのようだ。
「申し訳ありません。領主である父に代わって謝罪します」
そんなアンクレードの態度にも、ステイラ嬢は頭を下げ、真摯な態度で謝罪を述べた。
「その領主さんはどうして顔を見せないんだい?」
アンクレードがさらに尋ねると、彼女の顔色が一瞬だが変わったように見えた。
「申し訳ありません。父は政務に忙しく……」
そう言ったステイラ嬢の言葉をシュルトナーが否定した。
「そんなことはないでしょう。謝罪などものの数分で済みますからな。領主ともあろう者が過ちを認めることなどできないということでしょう。私もハルファタで散々そういった輩に会いましたから、よく分かります」
呆れたといった顔を見せ、そう断言した彼に、ステイラ嬢は「申し訳ありません」と再び頭を下げ、彼の言葉を事実上、認めた。
「ハルト様の魔法の力をお伝えしたのに。それを信じぬとは、人間とは愚かな。いえ、失礼しました。愚かな人間もいるものですね」
エーレラフィルも残念そうな顔を見せるが、この時代の魔法は著しく退化してしまっているから、信じられない方が普通だろう。
むしろよくステイラ嬢が彼女の言うことを信じてくれたものだ。
俺のその疑問にステイラ嬢は真剣な顔で答えてくれた。
「エルフが魔法を使うことは知っていましたし、彼女は実際に魔法で姿を隠して私の部屋へやって来ました。そんな魔法を使う彼女が、ハルト様の魔法は恐ろしい威力だと教えてくれたのです。でも、父は彼女の魔法を目の当たりにしていませんから……」
彼女の説得にも耳を貸さなかったということのようだった。
「ですが、この町での皆さまの身の安全は私が保障いたします。それにエフラットのカテリア姫にもご紹介いたします。ここに紹介状をご用意いたしました」
そう言って彼女は封蠟を施された手紙を俺に手渡してくれた。
「ありがとうございます。そうだ。ステイラ様に一つお願いがあるのですが」
俺がそう言うと、彼女はまた真剣な表情で「はい。何なりとおっしゃってください」と言ってくれた。
「私と同じ名の、ハルトという名の方はこの町にいらっしゃいませんか? 特に貴族かその血縁者に」
俺は彼女がハルト一世について知らないか尋ねてみた。
彼女は真面目に思い出そうとしてくれていたようだったが、しばらくすると、
「申し訳ありませんが、ハルト様と同じ名前の方には会ったことがありませんし、この町は辺境で、そもそも貴族やその血縁者と呼べるような者は、私の家族と叔父上一家くらいしかいないのです。その中にはハルト様と同じ名前の方はいません」
そう教えてくれた。
残念だが仕方がないし、そうと分かればこの町にこれ以上いる理由はなかった。
「じゃあ。次は予定通りエフラットを目指そう。皆、それでいいよな」
宿に置いてきた荷物もステイラ嬢が既に取り寄せてくれていたので、俺たちはすぐにでも出発できる状態だった。
「では、私はここで。ハルト様と皆さまの旅の安全をお祈りしています」
エーレラフィルがそう言って、俺たちはすぐにでも出発しようとしたのだが、
「お待ちください」
ステイラ嬢が俺たちを引き留めた。
「先ほどの紹介状と……それにこちらをお持ちください。決して邪魔にはならない物ですから」
見ると彼女の後ろに控える侍女は重そうな袋を持っていて、それを俺に渡そうと進み出てきた。
「それは何かな? 中身のよく分からないものは受け取れないな」
俺が尋ねると、彼女は困ったようだった。
「中身は……果物です。どうかお受け取りを」
そう言う前に彼女はテーブルに視線を送っていたから、たまたま視界に入ったテーブルに盛られた果物を見て、咄嗟にそう答えたようだ。
「エーレラフィルは果物は好きなのかい?」
果物と聞いて、俺はここまで案内してくれたエーレラフィルが、道中であまり食事を摂っていないように見えて気になっていたことを思い出した。
それで何の気なしに聞いてみたのだ。
「は、はい。果物は好きですけれど、でも……」
俺が突然振ったものだから、上手く断ることもできなかったのか、彼女は正直に答えた。
エルフの彼女は、人間の料理は苦手だったのかもしれなかったから、果物なら食べてくれるかなと思ったのだが、当たりだったようだ。
「じゃあ。果物はテーブルにあるものをいただくよ。でも、そこにあるだけで十分だから、そんなにたくさんはいただけないな」
俺がそう言っても、ステイラ嬢は「それでは私が困ります」なんて言っていたが、俺はこの町に長く留まるわけにはいかないし、どう見てもお金が入っていそうな袋なんて受け取らない方がいいと思うのだ。
「相変わらずハルト様は無欲な方ですね。あれは領主の無礼のお詫びだと思いますから、受けても問題はないと思うのですが。あれでは領主の無礼を許さないと言っていると取られたかもしれません」
カレークの町を出てエーレラフィルと別れて四人だけになると、突然、クーメルがそんなことを言い出したので俺は驚いた。
「えっ。どういうことだ。俺は許さないなんてひと言も言っていないけど、どうしてそういうことになるんだ?」
俺が尋ねると、クーメルは例のしたり顔を見せた。
「あの袋に入った資金の提供をお断りになったのは、謝罪は受けず、今後この町に友好的な対応はお取りにならないということ、一方で紹介状と果物をお受け取りになったのは、逆にステイラ様の好意はお受けし、次の機会があれば庇護して差し上げるということ。そういうことではないのですか?」
「そういうことになるのか?」
俺はさっぱり分からずに、今度はシュルトナーに尋ねると、彼も当たり前だと言った様子だった。
「左様ですな。ステイラ様は賢明な方のようですな。エーレラフィルから聞いたとはいえ、ハルト様が非凡であることを見抜かれ、町で起きたことを謝罪して将来の禍根を除こうとされた。ですが、ハルト様がそれをお受けにならなかったことで、がっかりされているかもしれませんな」
二人の意見が一致しているし、どうやらそういうことだったらしい。
アンクレードは何も言わないが、彼に聞いても恥の上塗りになるだけだろうから、俺はもうそれで納得することにした。
本当は「それならもっとはっきりとそう言ってくれないと」っていうのが俺の思いなのだが、俺以外はそれが分かっていたようだ。
「じゃあ、俺の答えはまずかったのか?」
俺が再び聞くとクーメルは、相変わらずの冷静な顔で答えた。
「そのようなことはありません。ハルト様はあの町で受けた出来事を不愉快に思われた。ただそれだけです。次の機会があるかも分かりませんし、今言えるのはそれだけですから」
【ハルト一世本紀 第二章の七】
大帝が訪れた当時、カレークの町を支配していたビラレルトは暗愚だった。
大帝はそれでも慈悲をお見せになり、再三にわたり彼に拝謁を許されようとされたが、頑迷な彼はそれを受けなかった。
「尊貴なる陛下のご来臨の機会を逃すとは、自ら滅亡を求めるようなものです」
彼の娘のひとり、ステイラだけが事の重大さを認識し、父に再考を促したが、効き目はなかった。
「どうか父に陛下のお慈悲を、どのような代価でもお支払いいたします」
仕方なく彼女はそう言って大帝に許しを乞うた。
「陛下のお慈悲を解せぬ者を捨て置くべきではありません。如何なされますか?」
大宰相が裁可を求めると、大帝はステイラが捧げた様々な供物のうち、果物だけを嘉納されておっしゃった。
「賢明なる領主の娘には加護を、その父には今は時を与えよう」
大帝の慈悲深きことは、カレークでもこのようであった。




