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第十三話 ビュトリス王国へ

 エルフのエーレラフィルの案内で、俺たちは森を抜け、街道をビュトリス王国の王都エフラットに向けて進んだ。


「我々がスフィールトを抜け出したことに、ハルファタの連中は気づいていないのでしょうな」


 シュルトナーは楽しそうだ。

 彼は王族や王の側近の不正を厳しく指弾した者だし、ハルト一世を諫めたくらいの人物だから、こういった命令違反のようなことは嫌うかと思っていたのだが、そうでもないようだった。


 そもそも下された命令が理不尽なものだと考えているのかもしれない。


 俺の方が王命であるスフィールトの統治を放棄したとして処罰されそうな気がして、ビュトリス王国へ行って大丈夫なのかなって思ってしまう。


「スフィールトからは王都へ向かわなければどこへも出られないなんて、子どもでも知っているんだ。途中の検問に引っ掛からなければ、いつまでも俺たちはスフィールトにいると思っているだろうよ。俺だってまだ信じられない気がするからな」


 アンクレードがそう言ってクーメルに目を向けると、彼は微笑を浮かべて、


「アンクレードの言うとおりです。半年、一年くらいは王都から監察が訪れることもないでしょうし、あの町へ追いやっておいて王都へ顔を見せろなどと、わざわざ呼びつけたりはしないでしょう。シュルトナーさんがその辺りは一番よくご存知なのでは?」


 彼はシュルトナーに向かって言ったのだが、その言葉で一番安心したのは俺かもしれなかった。



「今夜はこの町でお泊りになられてはいかがでしょう?」


 エーレラフィルがそう提案してくれた。

 次の町へ向かってもいいが、日が沈む前に到着できるかは微妙らしい。


「別に急ぐ旅でもないですからな。慌てて野宿になるような真似は避けましょう」


 アンクレードが気楽そうに言って、皆の意見がそれでまとまった。


(なるべく早くハルト一世に仕官したいから、急ぐ旅ではないってのは違うんだけどな)


 俺はそう思ったが、俺だって野宿は嫌だ。いや、現代人の記憶がある俺が一番、そういうのに耐性がないだろう。

 俺たちはカレークという名のその町で、宿を取ることにした。



「では、私はここで失礼します。皆さまの旅の安全をお祈りいたします」


 宿に入ったところで、エーレラフィルがそう言って俺たちと別れようとしたので、俺は慌ててしまった。


「えっ。これから夜の街道を帰るのかい? 一緒に泊まっていけばいいじゃないか。もちろん部屋は別に取るから」


 俺がそう誘っても、彼女は「いいえ。大丈夫ですから」と首を縦に振らない。


「いや。さすがにこの時間から町の外に放り出すわけにはいかないよ。クーメル。何とか説得してくれ」


 俺がそうお願いすると、クーメルは彼女と何やら話しはじめた。


 荷物の前で暇そうにしていたアンクレードがクーメルの様子を見て、おもむろに宿の受付に向かうと、宿の主人と話しだし、部屋の手配を始めてくれた。



「ハルト様。何て書けばいいですかね?」


 宿の受付で宿帳に名前を書きながら、アンクレードが大きな声で俺に聞いてきた。


「いや。何てって、ちゃんと書いてくれよ」


 俺はそう答えざるを得ない。そんな今から偽名を使いますって言うようなことはやめてほしい。

 いつもはその辺りはクーメルがやってくれるのだが、これまでは偽名を使う必要はなかったから、こういったケースは初めてかもしれなかった。


「ちゃんとね。はいはい。ちゃんと書きますとも」


 アンクレードの答えは、俺から言わせれば「絶対にちゃんと書きません」としか聞こえない。

 宿の主人からも疑わしいという目で見られている様な気がする。


 成り行き上、アンクレードに任せたのだが、これならいつもどおりクーメルにやってもらえば良かったとさえ思えてくる。



 それでも俺たちは宿泊を拒否されることもなく部屋に案内された。


 エーレラフィルもクーメルが説得し、一緒に泊まってくれることになった。


「さっきはどう書いたんだ?」


 夕食の席で俺は気になってアンクレードに尋ねた。

 彼の言い方だと、どう見ても真面目に記入したとは思えなかったのだ。


「いえ。ハルト様のおっしゃるとおり、ちゃんと書きましたよ。スフィールトの領主とその一行だって」


「えっ。そんなこと書いたのか?」


 俺は呆れる思いがした。

 だって、俺たちがスフィールトの町を抜け出したのは極秘事項なのだ。


 それに領主が他国の町にいきなり姿を現したって、大丈夫なのだろうか?


「面倒なことにならないと良いのですが」


 クーメルも心配そうだが、彼の予感は当たるから、そういうのはやめてほしい。


「大丈夫でしょう」


 アンクレードがそう言って、そうだといいなって俺も思ったが、それはやはり希望的観測に過ぎなかった。



「起きろ!」


 俺は宿の部屋で寝ているところをいきなり叩き起こされた。

 寝ぼけまなこを擦りながら部屋の中を見ると、三人の屈強そうな兵士が、俺のベッドを囲んでいる。


「ハルト様!」


 彼らの後ろにはクーメルたちの姿もあって、俺が変な動きを見せればすぐに斬って捨てられてしまいそうだ。


「エルフの娘はどこだ?」


 衛兵が俺を縛り上げながらそう聞いてくる。

 どうやらエーレラフィルは上手く逃げ出したようだ。


「知らないな。一体これはどういうことだ。俺はスフィールトの領主なんだが」


 俄かではあるが、俺は隣国の貴族で町の領主なのだ。

 それをいきなり捕縛するとか、乱暴が過ぎるだろう。


「スフィールトの領主がこんなところにいるか!」


 言われてみればそんな話、信じられないのも無理はない。でも本当なのだ。

 グヤマーン軍の兵たちの襲撃からイレーネ嬢を救った時のように睡眠の魔法を使おうかとも考えたが、予備兵力がいるかもしれないし、次は問答無用で斬られてしまいそうだ。


 エーレラフィルの支援も期待できそうなので、俺はおとなしく兵たちに連行されることにした。



 連れて行かれたのは、どうやら政庁の一角にある兵士たちの詰め所らしかった。


「怪しい奴らだ。どこから何の目的でこの町へやって来た?」


 隊長らしき人物が俺たちを尋問に掛かる。 


「スフィールトの町からだ。俺たちは人を探しているんだ」


 俺の答えに隊長の横に控える兵士が怒鳴り声を上げる。


「貴様。まだ言うか! スフィールトの町と言えば隣国ではあるが、道は通じていないのだ。隊長。こいつはそのスフィールトの領主だなどとふざけたことを」


 そう言って俺に詰め寄ると、


「盗賊の手引きでもするつもりだったのだろうが、そうはいかん。領主のビラレルト様は貴様らのような不逞の輩を厳しく取り締まるようお求めだ。我らが見逃すことはない」


 いきなり俺の胸ぐらを掴んできた。


「ハルト様!」


「大丈夫だ」


 アンクレードが声を上げたが、俺はそれを制止した。

 最悪、ここにいる全員を眠らせて逃げることも可能だが、そうすると俺たちはお尋ね者になってしまうだろう。

 ビュトリス王国にハルト一世がいるかもしれないことを考えると、この国で行動することが難しくなるようなことはすべきではなかった。


「俺たちをこんな風に扱って、わが国との間で問題になるぞ!」


「いや、なりませんな」


 アンクレードの指摘をシュルトナーが否定する。


「ここに我々がいることを、ハルファタにいる者たちは知りませんからね。それと知れれば罰せられるのは私たちの方でしょう」


 クーメルもそう言って、俺がスフィールトの領主だと主張することは難しそうだ。


「それ見ろ。馬脚を露したな。どうせ盗賊の一味か何かであろう。さっさと白状すれば我らにも慈悲の心はある。あまり苦しまずに済む方法で処刑してやるぞ」


 慈悲ってその程度なのかと思ったが、悪党が相手ならこの時代、残虐な刑罰もありかもしれない。

 そうなるとやはりここは緊急避難的に全員を眠らせて……俺がそう考え始めた時だった。


 奥の扉が開き、そこから何人かの女性が入ってきた。


「エーレラフィル!」


 その中にエルフの彼女を見つけて、俺は思わず声を出した。

 だが、驚いたのは俺たちだけではないようだった。


「ステイラ様。このようなところへ……」


 隊長が驚きに目を見張り、入って来た女性の一人にそう呼び掛ける。

 見たところ彼女だけは寝間着らしきものを着ていたが、周りの女性は彼女にかしずくといった様子で、服装も侍女のそれだったから、ステイラ様と呼ばれた彼女は身分の高い方のようだった。


「スフィールトの領主がこちらにいらっしゃると聞きましたが、本当ですか?」





【ハルト一世本紀 第二章の六】


 大帝はその威をビュトリス地方へも示さんとされ、かの地へ足を運ばれた。

 だが、そこで一行を待ち受けていたのは武官だけだった。


「陛下はこの地を治める者どもを従わせることをお望みですか?」


 大将軍が怒りに震え、大帝に問うたが、大帝がお答えになる前に国公が答えて言った。


「おそれながら、今はまだその時ではありません。時が至れば、この地を治める者どもが挙って陛下に民と地を献じること、熟柿が地に落ちるのを待つようなものでしょう」


 大帝が頷かれたのを見て、大将軍は恥じ入ったが、それでも怒りはやまず、思わず口を開いた。


「この地の者どもは礼を失するにも程があります。陛下のご来臨に対して武官を寄越すなど考えられぬことです」


 大将軍の怒りが彼らに伝わったものか、その夜になってようやく領主の娘が姿を見せ、大帝の一行に罪を謝した。


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