第十二話 前世の出来事
俺が以前、暮らしていたのはおそらくこの世界の千年後の世界だろう。
俺はその世界で十五歳まで生きた。
「こんな魔法の成績では、進学はできないぞ」
中等魔法学校の個人面談で、俺はローブをまとった担任の教師から厳しい現実を突きつけられていた。
「分かっています。でも、ほかの教科でなんとか挽回できないでしょうか?」
俺の問い掛けに担任は顔を振って答える。
「いつまでそんなことを言ってるんだ。ほかの教科をいくらがんばったって、魔法がここまで壊滅的ではどうしようもないぞ。分かっているだろう?」
「はい……。分かっています」
俺の成績は魔法以外は最上級の「秀」だ。
だが、肝心の魔法は「可」だった。
それも教師に言わせれば、限りなく「不可」に近い「可」なのだ。
「中等魔法学校の魔法の成績が『不可』だなんてなったら、就職も難しいからな」
俺が生きていた世界は、魔法こそが至上の価値を持つ世界。
古代魔法帝国時代の魔法の力を取り戻した『ハルト一世』が魔法帝国を再建して以来、そういうことになっているのだ。
残念ながらこの世界には多様性を尊重するという考えはないようだった。
魔法の使えない者は社会のあらゆる面で粗略に扱われる。
「ほかの教科はできるのに、どうして魔法だけはこうなんだろうな?」
教師が俺の調査書らしき書類を羽ペンで叩きながら言う。
それはもう何度も繰り返された問いだった。
前世の記憶がある俺には、その理由はある程度推測できた。
そう、俺にはその時すでに前世の記憶があったのだ。
(この程度の教育レベル。現代日本に比べれば何でもないからな)
俺は現代の日本でも高校受験を経験していた。
もうその記憶もおぼろげだが、あの時の努力は無駄ではなかった。おかげでこの世界の魔法以外の教科では最優等に近い成績を取れたのだから。
そして、あの時もそれは今のように実を結ばなかったのだが。
「皆、普通に魔法を使えるのに、どうしてお前はできないのかな? 本当に不思議だよ」
俺から言わせれば、魔法を使える方が普通じゃないのだ。
だが、おそらくそう思ってしまうことが、俺が魔法を使うことのできない理由だろうと想像できていた。
「魔法が使えるってことが俺には不思議で……」
そんなことを言っても誰にも通じないのも、もう何度も経験済みなのだが、俺は蔑むような教師の視線に耐えきれず、小さな声でそう訴えた。
「何が不思議なんだ。皆、普通に使っているだろう。お前だけだぞ、そんなことを言ってるのは!」
教師の語気が荒くなり、その苛立ちが伝わってくる。
「もう時間もあまりないからな。とにかく試験までに少しでもマシになるよう、やるしかないぞ」
「はい……」
力なく答えた俺には自信などまったくなかった。
そして迎えた高等魔法学校の受験。
俺が受けたのは地元である大陸西方のジャンルーフ地方にある三流校だ。
帝都の一流校を目指す級友もいたが、魔法の使えない俺に選択肢はなかった。
(せめて魔法理論だけでも評価してもらえたら)
三流校とはいえ、俺にとっては一縷の望みをかけて受験した学校だ。
実際に魔法を使うことはからっきしな俺だが、理論だけは必死で覚えていた。
だが、魔法通信でもたらされた結果は、やはり不合格だった。
「ちくしょう! またか!」
俺は前世でも、現代日本でも受験に失敗していた。
そして、茫然自失のうちに外出した先で事故に遭い、この世界へ転生したのだ。
十五年の歳月を経て繰り返される絶望の日に、俺は世界の理不尽を呪った。
「どうにでもなれ!」
こんな世界、滅びればいい。
そんな怒りの感情に支配され、俺は巨大な火球を生み出す魔法の呪文を唱えた。
「ファイアボール・マールニュ!!」
俺の足下に向かって放たれた魔法はいつものとおり発動せず、俺は自嘲の笑い声を上げる……はずだった。
ゴウオオオォォォ!
「なっ!」
足元へ向けた俺の手のひらから真っ赤な火の玉が生み出され、それはスローモーションのように巨大化して俺を包み込むように広がっていく。
その時まさに俺は魔法を使う感覚を会得した。
だが、それと同時に俺は自分が生み出した炎に巻かれ、その世界での生命を失った。
「何とか全員、無事ですね」
いつも冷静なクーメルも、さすがに崩れる迷宮の中では全員の安否を確認しきれていなかったようだ。
「ええ。迷宮があのようにただの洞窟のように。ベヒモスが滅んだ証拠です」
フィアレナールが指差す先には、つい先ほどまで大理石で造られたようだった水晶の迷宮が、土を掘っただけの横穴のような無惨な姿を晒していた。
「これで私たちが結界を維持する必要もなくなりました。ありがとうございます」
エーレラフィルが嬉しそうにお礼を言ってくれた。
「いえ。結界がなくなれば俺たちも助かりますから」
俺はそう答えたが、エルフたちにも良い効果がもたらされるなら、それに越したことはない。
それにエルフの結界がなくなれば、俺たちはスフィールトの町から出ることができるのだ。
「とりあえずヴュトリス王国の王都、エフラットを目指しましょう」
クーメルには何か考えがあるようで、俺にそう勧めてきた。
「俺も賛成だな。とにかくここを逃げ出そう。あんたはどうするね」
アンクレードがシュルトナーに向かって聞いたが、彼はまったく動じることもなく、
「もちろんご一緒させていただきます。さすがにそのうちスフィールトの町から領主が消えていることに気がつかれるでしょうし、その時に私だけが残っていれば、罪に問われるのは火を見るよりも明らかですからな」
領地を捨てて逃げた俺たちと同罪になるのはいいのだろうかと思うが、彼はそのことも考えているようだった。
「私が王から命じられたのは新たな領主であるハルト様に付き随うこと。ハルト様がスフィールトの町から出られるのであれば、行動をともにすべきでしょう」
字義通りに解釈すればそうなるのかもしれないが、それは詭弁の類だろう。
シュルトナーは既に何度も諌言を呈しているし、その上で事実上の島流しに遭っているようなものだから、もうここらで官を辞したいということのようだ。
「まだ出会って間もないのに、俺たちと行動をともにするのか? 当てのない旅だぞ」
アンクレードが不思議だといった顔をしてシュルトナーに確認するが、彼は当然といった様子だ。
「そうおっしゃるアンクレード殿も、クーメル殿もそうだったのではありませんかな? あの魔法を目の当たりにして、ここで燻ぶった日々を送り続けることを択ぶ者などいないでしょう」
「それはどうか分からないけど。でもアンクレードが言ったような『当てのない旅』じゃあないからな」
安定した生活を望む人が多いから、俺の魔法を見たからって誰もが行動をともにしたいと考えるわけではないだろう。
俺自身がそういった傾向が強いから、それはよく分かる。俺がハルト一世に仕えようとしているのだって、煎じ詰めればそういったことだからな。
それと俺たちの旅の目的はハルト一世を探すことで、この世界のこの時代には必ず彼がいるはずだから『当てのない旅』なんかではないのだ。
「まあ。ハルト様がおっしゃるのなら、そういうことにしておきましょう」
アンクレードがそう言って、クーメルも頷いていたから、どうも俺の言葉は皆に信用されていないって気がするが、俺たちは『妖魔の森』と呼ばれた森を通り抜け、隣国であるビュトリス王国へと向かったのだった。
【魔法帝国地理誌 ジャンルーフ地方】(抜粋)
……かつてエルフの古語で「四方に風の通る場所」を意味する『ナ・スフィールトゥル』と呼ばれていたこの町は、その由来が示すとおり今も近隣の森にエルフが住んでいる。
町は豊かな森に囲まれているが、周辺の地形は平坦で、エルフたちが「四方に風が通る」と言ったとおり、この町の南にあるこの地方の中心都市であるハルファタや、北のサーブ、西のエズーネへ道が通じているほか、東へ行けばビュトリス地方へも簡単に出ることができる。
古代魔法帝国時代は栄えていたこの町は、帝国の崩壊の後、エルフが森を閉ざしたことによって一時衰退した。
しかし魔法帝国の再建後、彼らとの友好関係が築かれたことで再びかつての繁栄を取り戻した。
町の名は時代によって変遷を繰り返し、『ナ・スフィールトゥル』から『スフィールト』と呼ばれた後、魔法帝国再建後に東方から移って来た住民が多かったこともあり、彼らの発音しやすい『シルト』に落ち着いたと言われている。




