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第百二十五話 焦土作戦

「ラエレースまでああだとは、徹底していますな」


 アンクレードがこぼしたのは、ビュトリス王国の町に食料や財貨が何も残されていないことだった。


「我々の軍の進路は想定が容易ですから。このくらいはするでしょう」


 クーメルが言うとおり、俺たちはラトルの町を救うため急ぐ必要があるから、スフィールトからエフラット、ラエレースと、クルクレーラ王国の王都ルーレブルグへの最短ルートを進んでいた。


 それなりの数の軍隊が進める道なんて限られているから、敵がクーメルでなくても、その進路を読むことくらいはできるのだろう。


 まあ、ここまで輜重が多い部隊を用意するとは思わないかもしれないが。


「それでもルーレブルグで補給が得られないと、ラトルの町までぎりぎりです」


 これまで補給どころかエフラットでもラエレースでも、残っていた住民に軍の食糧を提供しているくらいなのだ。

 物資に余裕などあるはずもなかった。


「コスチャフ砦の守備兵が簡単に降ってくれて良かったですな」


 今はビュトリスとクルクレーラは同盟国なのだから、両国の境を守る砦にも、あまり兵は置かれていないようだった。


 それでも大河サーカの中州に築かれた砦を捨て置いて進むわけにもいかず、軍を向けたのだ。


「ああ。むだな損害を出さずに済んだし。何より時間が惜しいからな。それと食料も」


 長期の滞陣をするわけにもいかないし、最悪『メテオ・ストライク』で砦を破壊するしかないと思っていた。

 だが『ライトニング・マーヴェ』の呪文で雷を落とし、『ファイア・ストーム』の魔法で城壁の上に建つ櫓を焼き払ったところで、守備隊は呆気なく降伏したのだ。


「当初の戦略どおり、ハルト様との戦いを避けたということもあるかもしれません。ですが、おそらく我々がここまで進出することは想定していなかったのでしょう。現地調達ができないとなれば、ラエレース辺りで食料が尽きていてもおかしくはありませんから」


 撤退するにしても帰りの食糧だって必要なのだ。

 全体の八割近くが輜重部隊なんて極端な編成でなければ、とうに撤退を余儀なくされていたかもしれない。


「そうなると、ここから先は町に食料があるかもしれないな」


 俺の希望的観測にクーメルはだが、首を振った。


「我が軍の進路は敵に知られていますから、砦が陥ちたと分かれば、クルクレーラ国内の町からも人の姿が消え、物資も持ち去られるでしょう。

 コスチャフ砦に物資が無かったことがそれを物語っています。それにハルト様とまともに戦って勝ち目のないことは、あの砦が証明していますから」


「いや。あれは俺と戦ったって言うより、すぐに降伏したってものだと思うけど」


 コスチャフ砦の指揮官が抵抗する気だったら、もう少し時間が掛かったと思うのだ。

 でもクーメルは平気な顔で、俺の主張に反論してきた。


「これ以上戦ったところで、流星でも落とされればそれまでですから、むだな抵抗は諦めているのです。それよりもさっさと逃げ出して、こちらに物資を渡さないことを優先したのでしょう。そして、途中の町でも抵抗しないことで、破壊を免れようという腹づもりなのだと思います」


 どうも俺はどうしようもない乱暴者と思われているようで、不本意だった。


「それでも抵抗を示さなければ、町が破壊されることはないと踏んでいるのでしょう。ハルト様はこれまでそういったことはされてきませんでしたから」


 俺の心中を察したのか、クーメルが慰めてくれた。


 あの『イヴァールト・アンドラシー』はラエレースの町に火を放ったから、それよりはマシだと思ってくれているのかもしれなかった。



 クルクレーラ王国内に入り、アラスタ川沿いの街道を進む。


 やはりクーメルの言ったとおり、町の住民は逃げ出して、倉庫にも物資はなかった。


「俺たちも急いでいるのに、上手くやられているな」


 ブナフィサの町にも何もなく、このままルーレブルグまで進軍するしかなさそうだった。


「急いでいるとは言っても、輜重部隊が多いですから、速度はそれほどでもありませんな」


 アンクレードが申し訳なさそうに言ってくれたが、多くの輸送部隊を率いているから、疾風のようにと言うわけにはいかない。


「ですがハルト様と一部の騎兵だけでとは行きませんからな。敵は大軍ですし」


 彼の言うとおり、これでも敵の拠点を落としながら進んでいるのだ。


 シュルトナーが少なくともエフラットまでの線を確保してくれているはずだ。

 いや、彼のことだからラエレースくらいまでは手を伸ばしてくれているかもしれなかった。


「そうだな。ここまで徹底されていると、騎兵で一気にラトルを目指していても厳しかったかもな」


 道を急ぐから街道を外れたくないし、そうなると途中の町には一切、物資がない。

 かと言って物資を求めてクルクレーラ領内を彷徨(さまよ)えば、時間ばかり掛かってしまうのかもしれなかった。



「ハルト様。起きてください。緊急のご報告です」


 その晩、野営地で眠っていた俺は、クーメルに揺り起こされた。


「どうしたんだ? 珍しいな。クーメルが緊急だなんて」


 彼はいつも落ち着いていて、彼の想定を外れることなんてそうそう起こらないから、緊急の報告なんてまずあり得ないのだ。


 逆に言えば、彼をこれだけ慌てさせるってことは、かなり重大な事態なのかもしれなかった。


 起こされたばかりでぼーっとしていた俺の頭にそんな考えが浮かんでくる。

 だが、彼の次の言葉は、そんな俺の眠気を覚ますに十分衝撃的なものだった。


「ハルト様。ラトルの町が陥落したようです。先ほど一報がありました」


「えっ?」


 俺はそのまま絶句した。

 間に合わなかったのかという思いがまずは浮かぶ。


 クーメルはそんな俺に「アンクレードを呼んでまいります」と告げて一旦、立ち去った。


 すぐに服を着替え、俺は本営になっている幕舎へと向かった。


(何かの間違いじゃないのか?)


 目が冴えてくると、そんな気がしてくる。


 敵は大軍とはいえラトルの町は大陸有数の要害だ。

 俺は実際あの町を訪れてその様子を見たが、三方を川に囲まれ、高い城壁を備えた城塞都市と言ってよい町だった。


 そこに今はアンジェリアナ女王が親征し、兵の士気も揚がったキルダの正規兵が籠もっているのだ。

 そう簡単に落ちるとは思えなかった。


「念の為、確認をしていますが、間違いないでしょう」


 緊急で開かれた軍議の席で、クーメルは俺たち軍幹部の前でそう断言した。


「俺たちがゆっくりし過ぎていたってことなのか?」


 これ以上の速さで進軍することは、多くの輜重兵を抱える中で無理だったと思う。

 だから、もしそうならそもそも作戦に無理があったと言うことになるが、クーメルに限ってそんなことは考えられないと俺は思っていた。


「いいえ。クルクレーラとビュトリスの連合軍の攻撃をラトルに籠るキルダ王国軍は良く跳ね返し、敵は城壁に取り付くことさえ難しかったと聞いています。いえ、つい数日前の報告ではそうだったのです」


 それがどうして急に町が陥落するなんてことになるのだろう。


「まさか。裏切りでもあったのか?」


 俺を宰相に任じたことで、キルダ王国の重臣たちの間に不満が高まっていたなんて、いかにもありそうだ。


 その内の誰かがクルクレーラ側に籠絡され、内側から門を開いたとか。


 あの町が陥ちたとしたら、俺にはその理由はそのくらいしか思い浮かばなかった。


「いいえ。違います。アンジェリアナ女王自ら督戦に当たられ、敵に付け入る隙をまったく与えなかったと聞きました」


「ハルト様。クーメルの報告を聞きましょう」


 アンクレードがそう言って、俺に落ち着くように促してくれた。

 たしかにここで想像したことを口にしていても仕方ない。


「これは未確認の情報です。ですから今、確認のために人をラトルの方面に遣わしています。どうやらラトルの町を落としたのはクルクレーラの軍ではないようなのです」


 彼の口にしたのは、ますます要領を得ない内容だった。


「クルクレーラの軍じゃないって。どういうことだ?」


 今、アンクレードに嗜められたばかりだったが、俺は思わずそう聞いてしまった。


 そんなことを言われたら、俺でなくてもそうなるだろう。


「分かりません。クルクレーラ軍の背後から国籍不明の軍が現れたかと思うと、クルクレーラとビュトリスの連合軍に向かって数多の炎が降り注いだようです」


「なんですと?」


 信じられない話に、アンクレードが驚きの声を上げた。


「いえ。炎が降り注いだのは敵軍に向かってだけではありませんでした。その攻撃は続けてラトルの町にも加えられ、城門が焼け落ちただけでなく、町の中にも場所を選ばずに落ちた炎によって町は炎に包まれたようです」


 クーメルの報告はまだ続いていたが、俺は言葉を失っていた。

 彼の話す内容は、少なくとも俺たちには何が起きたか想像できるものだったからだ。


「これは例の魔法ですな。ハルト様。ハルト様が使われる魔法と同じものではないですか?」


 アンクレードが俺に確認してきたが、そう思ったのは彼だけでなく、クーメルも、そして俺もそうだったろう。


「俺以外に『ファイアボール・マーヴェ』の魔法を使う人がいるのか?」


 おそらくそうであろう事実に、俺は身震いをするような恐れを感じた。


 それはこの時代に魔法を復興させる『ハルト一世』その人かもしれなかった。





【ハルト一世本紀 第六章の五】


 クルクレーラとビュトリスの軍はラトルを落としたものの大きな損害を受けていた。


 また、ラトルの町は戦闘で完全に破壊され、得るものも無かったためか、彼らは軍を返した。


「彼らは戦って得られたものは何もありません。時勢に背き、徳の無い者の戦いはかようなものです。ただ兵を損じ、国の財を毀損し、民に苦痛を与えるのみです」


 大宰相はそう言って厳しい顔を見せたが、大帝はラトルの民や兵たちを想って嘆かれ、涙された。


「この町が帝業に果たした役割を忘れてはならない。必ず再建を果たすであろう」


 大帝の思し召しにより後年、ラトルの町は以前にも増して見事なものとなった。


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