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第十一話 水晶の迷宮

 フィアレナールとエーレラフィルに手を引かれ、俺たち四人は『水晶の迷宮』にやって来た。


(この迷宮は来たことがあるぞ)


 迷宮の入り口に立って、俺が最初に思ったことはそれだった。

 

 俺は前の世界、この世界の未来で、この迷宮を訪れたことを思い出した。


 幼年学校の遠足で、この迷宮、いやすでに洞窟と呼ばれていたと思うが、そこにやって来たのだ。


(幼年学校か。懐かしいけど辛かったな)


 中の俺はもう二十歳をとっくに超えているのに、周りの同級生は子どもばかり。

 かと言って、大人として振る舞って怪しまれるのも避けたいと思っていたから、目立たなくおとなしい子を演じていたのだ。


「本当に怪物がいたんだな……」


 俺はその時に見た案内看板に記載されていたのか、引率してくれた先生が教えてくれたのか「この洞窟にはかつて怪物がいた」と言われていたことを思い出していた。


「ええ。あなたはどこかでベヒモスのことをお聞きになっていたのですね」


 俺と右手を繋いでくれていたエーレラフィルが、少し驚いたように聞いてきた。


「ええ。まあ、なんとなくは……」


 俺は適当に誤魔化すが、未来から来ましたなんて、相手がエルフであっても、さすがに信じてもらえるとは思えない。


「ここまで来れば、もう大丈夫です」


 洞窟の中に入ると、フィアレナールがそう言ってアンクレードとクーメルの手を離し、先に立って歩き出した。

 エルフの二人に触れていないと、俺たち人間は彼らの結界に阻まれて、迷宮までたどり着けないということだった。


「これは本当に迷宮だな。こんな所があるなんて」


 アンクレードが感動したような声を出すが、俺も同感だった。

 以前、いや未来でここに来た時は、ただの洞窟だったのだが、床も壁も磨き上げられた大理石のようで、俺の飛ばした「ライト」の魔法の明かりに時折、薄紫色に輝くように見える。


「ベヒモスの力ですね。土を司るかの者に掛かれば、この程度の迷宮を作り出すことは造作もないことでしょう」


 フィアレナールが答えるが、俺は段々と自信がなくなってきていた。


 古代魔法帝国時代には、この手の迷宮や人里離れた地に巣食う魔物どもは、すべて魔法で退治されていた。

 だが、魔法が失われて長い時間が経つうちに、それらが徐々に増えてきていたとも聞いた。


 それらが再びいなくなり、どこもが安全になったのは、ハルト一世が魔法を復興して以来、多くの魔法使いが、その解消に力を尽くしたからだと聞いたのだ。


「いや。こんな迷宮を作り出す怪物に、俺なんかが敵うのかな?」


 俺は正直に口に出してしまったのだが、アンクレードはそうは取らなかったようだ。


「ハルト様は相変わらずですな。グヤマーンの軍勢を退けられた力をもってすれば、手の平を返すようなものでしょう」


 そんなことを言って、俺なんかよりずっと自信あり気な様子だ。


「いや。あれは……」


(兵糧を焼き払って敵軍を退却させただけだろう)と言おうと思ったのだが、エーレラフィルが驚いたようにただでさえ大きな目を丸くして、俺の顔を覗き込んできた。


「そのようなお力をお持ちとは、ハルト様は大魔法使いなのですね」


 彼女の澄んだ緑色の瞳で見つめられ、俺は思わずその後の言葉を飲み込んでしまった。


 あんなに美しい顔が間近にあったら、俺でなくても言葉が出なくなると思うのだ。


「こちらで間違いなさそうですね」


 クーメルはそんな俺の心を知ってか知らずか、フィアレナールと並んで、迷宮を奥へと進んで行く。


「何か来ます!」


 エーレラフィルの声に俺はびくりとするが、フィアレナールがすぐに弓を構え、矢を放つ。

 狙い違わず、大きなコウモリの魔物が射抜かれて、ドサリと床に落ちた。


「ジャイアント・バットですね。この程度の魔物なら、私たちで十分対処できますから」


 少し笑顔さえ混ざったような涼しい顔で俺たちに告げるエルフに、俺はますます不安が増してきた。


「ですが、ベヒモスは桁違いの力を持っていますから、私たちでは歯が立たないのです」


 フィアレナールは俺を不安にさせようと、いや試そうとしてるんじゃないかと、俺には思えてしまう。

 なにしろ俺は魔物退治なんてしたことがないのだ。


 俺の目的はハルト一世に仕え、彼の帝業に協力して、世界に平和を、俺にはそれなりの地位をもたらすことなのだ。


 それなのになぜかここまで、馬車を襲う悪漢どもと戦ったり、町に攻め寄せた敵軍と戦ったり、今度は迷宮に巣食う魔物と戦うとか、どうしてこう戦ってばかりいるのだろう。


「ああ。ハルト一世はどこにいるんだ……」


 思わず漏らした俺の言葉に、エーレラフィルがまた、綺麗な緑色の瞳を向けてきた。


「どうされたのですか? 何かご事情がありそうですが、今は迷宮の中です。油断は命取りになりますから」



 その後もジャイアント・アントやブラッディ・バッドなどの魔物の襲撃を退けながら、俺たちは迷宮の中を進んだ。


「いました。奴です」


 俺たちの方を振り返り、おそらくは魔物に悟られないようにだろう小声で伝えてきたフィアレナールの指し示す先にいた者に、俺は息を呑んだ。


(無理だ! あんなの……)


 迷宮の広間のような場所を埋め尽くすような巨大な鈍色の体躯。

 頭には二本の黒光りする角を生やし、赫く昏い眼を俺たちに向ける恐ろしい魔物に、俺は改めて恐怖を覚えた。


「ハルト様。早く魔法を!」


 フィアレナールの声に、俺は慌てて魔法を発動した。


「ファイアボール!」


 ドーン! というような爆発音とともに、火球が魔物に命中する。


 だが、ベヒモスは一瞬、動きを止めただけで、またすぐに動き出した。


「そんな……」


 アンクレードだろうか、驚きの声が上がる。

 どうやらこのくらいの魔物になると、もっと威力の高い魔法でないと屠ることは難しいようだった。


「撤退しましょう」


 足を止めた俺たちにフィアレナールから声が掛かる。

 だが、この広間へ入ってきた外へと繋がる通路の入り口は何故か閉ざされ、俺たちは退くこともできなくなっていた。


「ベヒモスは私たちを逃してくれる気はないようです」


 エーレラフィルの声は冷静に聞こえるが、彼女は怖くはないのだろうか?


(もっと強力な魔法……上級魔法。落ち着け。俺はあの時、使えたはずだ)


 俺は必死で前世の記憶をたどった。

 劣等生の俺にはまったく使うことのできなかった魔法。


(だが今なら扱える。俺は生まれ変わったんだからな)


 俺は文字通り生まれ変わったのだ。

 名前こそ前と同じだが、過去の世界で別人として。


「ヴェネ リュード ミューヴォ パファーゴ……」


「来たぞ!」


 アンクレードの叫ぶような声に、俺の隣に並ぶエーレラフィルまでが細剣を抜き、戦う姿勢を見せる。


「キネーセ エネレトゥペーズ! ファイアボール・マールニュ!!」


 俺は渾身の魔力を込めて炎の上級魔法を放つ。


 ゴガーン!!


 間近に迫っていたベヒモスに巨大な炎の球が直撃し、その巨体を反対側の壁まで吹き飛ばす。

 黒焦げになったそれは、もう動き出すことはなかった。


(できた! あの上級魔法が使えたぞ!)


 俺は自分の作り出した火球に驚きを禁じ得なかった。

 転生前の自分をこの世界へと導くことになった魔法。それ以来、封印していたその魔法が使えたのだから。


「お見事です!」


 アンクレードが大きな称賛の声を上げたが、フィアレナールが珍しく慌てた様子で俺たちに注意してきた。


「ですがベヒモスの力が働かなくてなって、この迷宮は崩れ去るようです。急ぎましょう」


 俺たちも慌ててその場をあとにする。

 迷宮を維持していた力が失われ、閉ざされていた通路が再び姿を現していたが、長くは持ちそうにない。


「急げ!」


 アンクレードの声に、皆が通路に飛び込むと、大広間の天井が崩れだし、俺たちは間一髪で生き埋めにならずに済んだようだった。


(あの時だ。あの時から俺は魔法が使えるようになったんだったな)


 崩れゆく通路を走りながら、俺は前の世界から千年前に転生することになった出来事、俺の魔法の暴走事故のことを思い出していた。





【案内看板に書かれた洞窟の由来】


 シルト郊外のこの洞窟にはかつて怪物が棲みついていたという伝承があります。


 今でもエルフたちの間では、ハルト大帝がこの洞窟の怪物を退治し、周辺に平和をもたらしたと信じられています。


 ほとんど人間と関わりを持たない彼らの間でさえ、そのように信じられていることは大帝の業績がいかに大きく、その時代のエルフたちにまで影響を与えたかの証左と言えるでしょう。


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連載『賢者様はすべてご存じです!』は折をみて更新しています。
お読みいただけたら嬉しいです。
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