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第百十六話 反乱鎮圧

「クーメルさん。どうしてここへ?」


 驚きのあまり声を失った俺に代わって、イレーネが彼に尋ねてくれた。


「ダニエラからの報告を聞いて、心配して参りました。彼の報告は的確でしたから、すぐに決断できました」


 俺はてっきり、ダニエラに俺が「クーメルを呼んでくれ」って頼んだからかと思ったのだが、どうもそうではないようだった。


 考えてみれば俺はその後、その依頼を取り消している。

 取り消しの伝令が彼の元へ至る前に、彼がスフィールトを発してしまったってことなのかなとも思った。


 でも、後で送った伝令が彼の元へ届かないなんて、クーメルとダニエラの間でそんなミスが起こるはずもなかった。


「ペルティア都市同盟の諸都市は独立心が強いですから。ズィンクの領主の提案はいかにも危ういものに見えましたし」


 俺だってちょっと無理があるんじゃないかと思ったくらいだったから、彼にかかれば俺が共同統領になるなんて、危ないことを提案するって思えたのだろう。


「今は私のことよりも、同盟をどう維持するかです。彼らは今、共同統領に就かれたばかりのハルト様のお手並み拝見といった気でいるのでしょう。ここは電光石火、一気に敵を蹴散らして、二度と反乱を起こそうなどと考えられないようにしなければなりません」


 彼の意見はこのところ過激さを増しているような気もするが、じゃあ別の案があるのかって言われたら俺には何もない。


 大宰相クーメルに俺が太刀打ちできるはずもないのだ。


「そうは言っても同盟の都市は兵を供出しないようなんだ」


 軍権は共同統領に属することになってはいるが、直属の兵がいるわけではない。

 普通は統領の出身都市の兵がそれに当たることになるのだろうが、俺にはそれもなかった。


「非常の時には非常の手段を用いる必要があります。ここはキルダ王国の兵をもって、イナルガの町を落としましょう」


「そんなことをしたら、ますます敵愾心を煽るだけじゃないか?」


 キルダの兵を率いて都市同盟の領域へ攻め込むって、それこそイナルガ派の主張に根拠を与えることになるんじゃないだろうか?


「ですからハルト様自ら兵を率い、敵が非を唱える前に殲滅するのです。今回は私も同道いたします」



 翌朝、俺はクーメルに言われたとおりにアンジェリアナ女王に派兵を願った。


「事は急を要します。できれば精鋭の軽装騎兵をお貸しいただきたいのです。それをもって一気に敵の本拠を突き、勝敗を決します。もちろん我が方の勝利ですが」


 俺がそう依頼すると、女王陛下はもう先日の結婚の話など何もなかったかのように対応された。


「なるほど。たしかに軽装騎兵なら、常に変時に備え、出陣の準備を整えておる」


 そう言った後、その顔ににやりといった笑みを浮かべて、


「だが、そのことは外には秘密にしておるはず。奇襲も可能な機動力のある騎兵を常に出撃可能にしていると知られれば、要らぬ緊張を招くやもしれぬからの。やはりそなたは油断のならぬ男よ」


 俺はクーメルに教えられたとおり、何も考えずに口にしただけなのだが、いつの間にかキルダ王国の軍機に触れていたようだった。


 いや、油断がならないのはクーメルの方なのだが。


「いずれにせよ宰相のそなたが必要とするならば、そうするがよい。追加の兵力が必要なら準備をさせるぞ」


 女王様はそうまでおっしゃったが、それは丁重にお断りし、俺は王宮を辞すると兵舎に急いだ。



「女王陛下の命とあれば、すぐにでも出陣いたします。まして今回は宰相閣下が御自ら出向かれるとのこと、腕が鳴ります」


 軽装騎兵百騎を率いる隊長のカルガノはそう言ってすぐに出陣の準備を整えてくれる。


「この度はとにかくスピード重視です。手間取っていれば、敵に付く町が徐々に増えていくでしょう。そうなればこの程度の兵力ではどうしようもなくなりますから」


 普段は補給を重視するクーメルが、輜重部隊は必要ないと言うので意外だったが、彼も早期収拾が重要だって考えているのだろう。


「でもさすがにその鎧はな。それで同盟領内に入るのはちょっとまずくないか?」


 スピード重視の軽装騎兵とて、大した鎧ではないのだが、胸や肩当てにはしっかりとキルダ王国のグリフィンの紋章が刻まれている。


「そうだ。不本意かもしれないけど、俺が共同統領に就任した時にバサの町から献上された青い布があったはずだ。あれを羽織ってもらったらどうだろう」


 就任祝いとして各地の町から色々な品物を贈られたのだ。

 多くは官吏や兵たちにばら撒いてしまったが、まだ手元に残っているものもあった。


 バサの町から贈られたあの町特産の光沢のある青い布もまだあるはずだった。


「これはまた綺麗な布ですな。分かりました。全員この布に身を包んで参りましょう」


 彼らは抵抗することもなく俺の指示に従ってくれた。

 このあたりはさすがに精鋭なのかもしれなかった。


「青い軍団ですね」


 ダニエラがそう漏らしたとおり、百人の騎兵全員が布を羽織ると壮観ではある。

 強そうに見えるかは別かもしれないが。



 その青い軍団はカルガノの指揮の下、俺たちとともにエルバネを出て街道を一気に南下し、翌々日には国境が見えてきた。


「こちらの動きを悟られないようにする必要がありますし、国境で揉めては面倒です。ハルト様。お願いします」


 クーメルめ。人使いが荒いなって思ったが、この感覚も久しぶりだ。


「スリープ・マーヴェ!」


 先行した俺が高らかに魔法を唱えると、検問所の兵だけでなく、何も知らない巡礼たちや商人らしき人たちもバタバタと倒れてしまう。


「今だ! 早く抜けるぞ!」


 すぐにカルガノが騎兵たちを叱咤して、迅速に国境の検問を通過して行く。

 魔力は調整したから、小一時間もすれば、全員目が覚めるはずだ。


「寄り道している暇はありません。このまま一気にイナルガの町を突きましょう」


 クーメルは本当に人使いが荒い。


 ケムリックの町にいるはずのフィロメの安否が気になるが、あの町はそう簡単にはバルナラーバの側には付かないだろう。

 俺がキルダでずっと手をこまねいていれば、そのうち見切りをつけたかもしれないが。



 都市同盟の領域に入っても、途中で通過する小さな村で水や食料を補給しながら一気に南へと隊を進めて行く。


「これはまた、どちらの町の兵ですかな?」


 村長と名乗る男性は、不安そうに俺たちを眺めて尋ねてきたが、正体を明かすわけにはいかない。


「こちらは先日の評議会で共同統領に選ばれたハルト・フォン・スフィールト様だ。火急の用で南へ向かっている。詮索は無用である」


 それでもダニエラが大きな声でそう答えると、納得したのか、それとも怯えたのかは分からないが、補給の便宜は図ってくれた。



「もう間もなくイナルガですか?」


 クーメルが確認して、すぐに街道の先に町のシルエットが見えてきた。


 日が暮れて、行く人の姿も絶えた街道を俺たちはイナルガの町へと近づいて行く。


 ここまでかなりの強行軍だったのだが、一人の脱落者も出さなかったのはさすがはキルダ王国の精鋭部隊なのだろう。


「何だかグヤマーンの時のことを思い出すな」


 感慨にひたっている場合ではないのだが、クーメルとともに夜の町へと向かっていくシチュエーションにそんなことを思い出したのだ。

 あの時はアンクレードもいたなとも思ったが。


「今回は派手に行くんだよな?」


「ええ。同盟の有力者たちにハルト様のお力を示してやりましょう」


 クーメルは相変わらずだが、今は彼の考えに従うべきだろう。


「ギマローラ パファーゴ ヴァキージ ポヴァージャ トンキネーセ ヴェネローリ……」


 暗闇の中、俺が呪文を詠唱する声が響く。

 そして、


「メテオ・ストライク!!」


 俺が魔法を完成させると光る尾を曳く流星が空に現れ、それは真っ直ぐにイナルガの町の城壁へと向かう。


 ゴガーン!!


 轟音とともに流星が城壁に落ちると、そこは無惨に破壊され、大きな穴が空いていた。


 続けて『レビテーション』で一部の瓦礫を移動させ、馬が通れるスペースを確保する。


「領主屋敷へ急げ!」


 俺が破壊した城壁は領主屋敷のすぐ側の広場のある場所で、周りには庶民の家屋などはない。

 これでも人的被害を出さないように気を遣っているのだ。


 もう夜になってはいたが大きな音に驚いて人が集まり出していた。


 だが、警備の兵が駆けつける前に、俺たちは町の中へと侵入した。


「バルナラーバの身柄を確保しろ!」


 ここまでの打ち合わせどおり、兵たちはきびきびと動いてくれる。


「スリープ・マーヴェ!」


 念には念を入れて領主屋敷を守る兵士たちを魔法で眠らせると、騎兵たちが馬から降りて屋敷の捜索に掛かる。


 そしてものの十分と経たぬうちにバルナラーバが見つかった。


「叛乱の首魁です。ここで斬って捨てましょう」


 連行されてきた元領主を見て、クーメルは厳しい声で宣言するように言った。





【魔法帝国地理誌 ペルティア地方】(抜粋)


 この地方の町バサは、古くからその特徴的で鮮やかな色合いの青い布を特産品としている。


 ハルト一世の軍が青をその象徴として用いたのは、この町から献上された布地を兵士たちの身に纏わせたことが始まりだとの言い伝えがある。


 今でも伝統的な製法で染められた布地には愛好家も多い。


 またハルト一世の事績を讃え、彼を懐かしんでこの地方で行われる『統領祭り』で、当時の騎士に扮した人々が青い布を鎧の上に羽織るのは、その様子を再現しているからだと伝えられている。


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