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第百十三話 ハルト公爵

 フィロメをケムリックの町に残し、俺たちはキルダ王国へ入った。

 馬車で一路、王都エルバネを目指して進む。


「スフィールト卿。お待ちしておりました」


 入国時にエルバネへ伝えてくれるよう頼んだこともあり、途中の町までヴァンサンドル卿が迎えに来てくれた。

 本当に俺なんかのためにわざわざ申し訳ないという気持ちが強い。


「何をおっしゃいますか。スフィールト卿はジャンルーフ王国の、そしてパラスフィル公国の宰相ではありせんか。それに女王陛下が首を長くしてお待ちですから。早く王宮へお連れしないと私が叱られます」


 出迎えにお礼を述べた俺に、彼はそう返すと道を急がせた。


 そうして彼が先導してくれたこともあって、街道を誰にも邪魔されることなく進んだ俺たちは、入国からたった二日で王都へと到着する。


 そして翌朝には王宮で、俺はアンジェリアナ女王との謁見に臨むことになった。



 謁見には一人で来るようにという要請があったので、俺は少し不安を覚えたが、ダニエラにイレーネの警護を頼み、迎えの馬車で王宮へと向かった。


「宿舎で待機しておりますので、何かあればすぐにお戻りください。いつでも発てるようにしておきます」


 ダニエラは緊張した面持ちだったが、まさかあのアンジェリアナ女王がいきなり俺を害そうとはしないだろう。


 以前、この町を訪れた時も好意的だったし、宰相就任の要請を受けてもいる。


「ああ。大丈夫だと思うけど、用心だけは頼む」


 俺一人なら格好悪いが魔法で逃げ出すって手も使えるが、イレーネやダニエラを人質に取られたりすると困るのだ。


 そんな考えは杞憂に終わりそうで、俺は何事もなく謁見の間に案内され、女王陛下に拝謁した。


「久しいな。スフィールト侯。以前、余が叙爵したのは子爵であったが、わずかな間に驚嘆すべき功績を挙げたようだな。余はそなたの器量を見誤っていたとみえる」


 女王陛下のお言葉に、俺は冷や汗が止まらない気がした。

 俺に器量なんてものがあるはずもないのだ。


 元いた世界でも現代日本でも上手くいかなかった俺がここにいられるのも、転生者として魔法が使えることと、この世界を統一するハルト一世の事跡を知っていることによるだろう。

 それに、これまで俺は有能なハルト一世の功臣たちに助けられ、何とか難を逃れて来られたって思いが強い。


「滅相もございません。私の器量などと汗顔の至りでございます」


 俺がそう答えると、アンジェリアナ女王は笑顔を見せたが、それは少しぎこちないもののように思われた。


「そなたは以前からそのように自らを小さく装おうとするが、最早そなたの器量は誰の目にも明らか。それをそなたの謙虚な心の表れと考えぬ者もいようぞ」


 彼女が何を言いたいのか理解できない俺は、不審そうな顔をしてしまっていたのかもしれない。

 女王はそんな俺の返事を待たず、さらに続けてきた。


「今回、そなたにわざわざエルバネまで足を運んでもらったのは、受けてもらいたい事柄が三つあったからじゃ」


 いきなりそう言われて、俺は身構える必要がある気がした。

 どうも彼女は俺を過大評価しているように思われるから、無理難題を吹っ掛けられるのではと恐れたのだ。


 だが、そんな俺の不安など与り知らないとばかりに、彼女はそのまま話を続ける。


「まずは我がキルダ王国の宰相への就任じゃ。これについては既にヴァンサンドルを通じて伝えてあるはず。以前、そなたは余の誘いを受けなかったが、よもや今回は否やはあるまいな」


「謹んでお受けいたします」


 俺の答えにも女王陛下は顔色を変えなかった。

 俺からも既にヴァンサンドル卿に、宰相に就任する旨を伝えてあるから、まあ当然だろう。


 それより俺は彼女が俺に受けてもらいたいと言っている残り二つの方が気になっていた。


「うむ。すでにそなたはパラスフィル公国でも宰相に任じられておると聞いた。同国とはこれまで友好を保ってきておる故、そなたには両国の宰相としてさらに善隣友好に努めてもらいたい」


 どうやらこの国では俺の宰相としての仕事は、パラスフィル公国との友好関係の維持のようだ。


 ペルティア都市同盟の共同統領としても同盟の外交を担うことになっているから、そちらとも争うことなく共存していくべきだろう。


 都市同盟側からしても、キルダ平原を通ってリュクサンダールへ向かう巡礼が増えている。

 キルダ王国と良好な関係を保つことは必要なはずだ。


「次にそなたに余から公爵の爵位を授けたい。これまでのそなたの功績を考えれば妥当であろう」


 アンジェリアナ女王が俺に受けさせようと考えていたことの二つ目は公爵の爵位だったようだ。


 これにはさすがに俺も慌ててまずは断りの言葉を返す。


「いえ。私の功績などいかほどのものでもありませんし、もし陛下にご評価いただけるものがあるとすれば、それはすべて仲間たちが私を導いてくれたものです」


 それは俺の正直な思いだ。

 俺はクーメルをはじめ、皆の助言に従ったからこそ、ここまで来ることができたって掛け値なしに思っている。


 俺なんてハルト一世を探すことに必死で、いつも彼らの足を引っ張ってばかりいただろう。


「それは違うぞ。臣下の功績はその者を登用し、権限を与えた君主に帰するもの。自らの功績を声高に主張せぬはそなたの美質かもしれぬが、それが過ぎれば人は嫌悪を覚えるかもしれぬ。そなたのこれまでの功績は十分、昇爵に値するものだ」


 彼女はそう言って、なおも俺に公爵の位を受けるように要求してくる。


「有り難い思し召しなれど、私はもとは一介の勲爵士の三男に過ぎません。公爵などとはあまりに畏れ多く」


 普通は公爵なんて王族か、それに準ずる大貴族にしか与えられない爵位だろう。


 功績だけで与えられるとしたら、それこそハルト一世が魔法帝国を復活させるのに大功を挙げた大宰相クーメルや国公のシュルトナーとか、そのレベルでようやく得られるものなんじゃないだろうか。


 俺はそう考えて、シュルトナーのジャンルーフ国公って公爵ってことなのかと改めて気がついた。

 俺の功績が「その身を射るが如き諫言を以って、創業の大業を幾度も輔けた」と言われた彼に並ぶなんてとても思えなかった。


「スフィールト侯。あなたは既に我らの国をはじめ三つの国の宰相を兼ね、ペルティア都市同盟の共同統領でもあられる。そのあなたの爵位が侯爵に過ぎないのでは釣り合いが取れないのです」


 俺の様子を見かねたのか、謁見の間まで俺を案内してくれたヴァンサンドル卿がそんな発言をしてきた。


 俺を助けようとしてくれたのかもしれないが、俺の意思とは正反対の意見だったから、あまり有り難くはなかったが。


「さよう。それにこれはこの後の話にも関係するのじゃ。是が非でも受けてもらわねばならん」


 そう言われてますます俺は受けたくない気がしたが、これ以上断り続けるのも難しそうなのも確かだった。


「他国はどうか知りませんが、我が国では宰相は平時には王を輔弼し、王に何かあった場合には王に代わって大権を行使する特別な地位。通常は王太子か有力な王族が就任する習わしです。公爵の爵位が妥当なのです」


 ヴァンサンドル卿からはそう言われてしまったが、それなら先に教えて欲しかったというのが俺の感想だ。


 どうやらパラスフィル王国の魔法と教育担当の宰相とは少し勝手が違うようだ。

 そうなると宰相就任を受けてしまったのは早計だったのかもしれなかった。


「それがこの国の慣例ということであれば、過分とは思いますが有り難くお受けいたします」


 結局、押し切られてしまったが、ここに俺が一人で来た時点で、こうなることは決まっていたのだろう。


 クーメルやシュルトナー、それにもしかしたらイレーネが隣にいれば、上手く断る良い知恵を授けてくれたのかもしれない。

 でも、俺一人ではこんな場合、言いくるめられてしまうのが常なのだ。


「うむ。安心したぞ。今後はハルト・フォン・スフィールト公爵と言うわけだ。それで最後の件なのだが」


 そう口にした女王は、彼女には珍しく口ごもり、ヴァンサンドル卿に目配せをしたりしていた。


「はい。いかなることでしょうか?」


 俺はもうここまで来たら毒を喰らわば皿までって気持ちだった。

 しょせん俺程度では、上手く立ち回って宮廷の思惑から逃れるなんて難しいと痛感させられていたからだ。


「最後の件は王家の私事に関するものゆえ、場所を変え、公爵と親しく話したいのじゃ。侍女に案内させるので、後ほど宮殿の奥の『聖者の間』まで来てほしい」


「承知いたしました」


 一瞬、大丈夫かなって思いが脳裏を横切ったが、ここで断る選択肢はないだろう。


 俺にそう告げて女王陛下が退出されると、彼女が言ったとおり一人の侍女が俺に近寄り「ご案内いたします」と、俺を宮殿の奥へと誘った。





【ハルト一世本紀 第五章のニ十八】


 大帝の来臨にキルダを治める者たちは歓喜し、あらゆる物を献じてその気を引こうとした。


 献じられたそれらの豪華さは常人の想像の及ぶ域を越え、王侯貴族も目を剥くようなものだった。


「そのような品は無用である。この地を蔑ろにするようなことはないであろう」


 大帝はそうおっしゃったが、すでに各地がその威に服する中、キルダの者たちの焦りは強かった。


「陛下の巡幸を遠く見て、長くお待ちしておりました。今はこの身を献じることさえ厭いません」


 キルダを治めていたアンジェリアナはそう大帝に言上した。


 大帝は逆に彼女を諌めて言った。


「そのようなことは軽々しく口にすべきでない。これまでのすべての行いが虚しくなるであろう」


 大帝は信を失い、大業が途中に挫折を余儀なくされることを恐れられたのである。


 アンジェリアナはその軽率を恥じるとともに、大帝への敬愛の想いをさらに強めた。


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