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第百十一話 フィロメの来訪

「フィロメ・クラニクラスにございます。どうか以後、お見知りおきを」


 貴賓用の応接室に迎えた彼女は、あの官吏が言っていたように、評議会でイナルガ派のバルナラーバが退場した後、イナルガの町を代表して話していたあの背の高い女性だった。


「ハルト・フォン・スフィールトです。こちらこそよろしく」


 赤い髪が印象的だが、栗色の瞳から放たれる視線は射るように俺に注がれているようで、落ち着かない気がしていた。


「お会いいただけないのではと危惧しておりましたが、まさかこのような場所にお通しいただけるとは、意外でした」


「いえ。そんなことはしませんよ」


 俺の話し方に違和感を感じたのか、それともやはり貴賓用の部屋へ迎えたのがまずかったのか、彼女は不審な感じを受けたようだった。


「いえ。私はイナルガの町の領主でもありませんし、それに女ですから、追い返されることも覚悟しておりました」


(そんなことするはずないだろう!)


 俺は心の中でそんな叫び声を上げていた。



 彼女、『フィロメ・クラニクラス』はハルト一世の七功臣の一人で、魔法帝国の再興が成ると、枢密使に任ぜられる女性なのだ。


 政治・軍事ともに参与し、大宰相クーメルの右腕とも称される辣腕の行政官だ。


「貨殖の才においては、臣は枢密使に遠く及びません」


 大宰相クーメルがそう賞賛したように、彼女は帝国初期の逼迫した財政を支えた名臣のひとりなのだ。

 商売の神様として各地で祀られているから、その知名度はシュルトナーやダニエラを凌ぐかもしれない。


 俺はシュルトナーからビュトリス王国の王家へ、毎年金貨千枚を献上するって話を聞いた時、一瞬、彼女がいればなって思ったものだ。


 だからできれば彼女に俺たちの陣営に加わってほしかった。


(この機会を逃す手はないぞ!)


 彼女の訪問を伝えた官吏によれば、彼女は俺個人に仕えることを望んでいるらしい。

 それなら正に願ったり叶ったりなのだ。


(イレーネの手前、探すのも憚られたからな)


 俺が彼女を探さなかったのは、もちろんハルト一世の捜索を最優先したことはある。

 だが、イレーネという婚約者がいるのに、女性であるフィロメを探すのってどうなんだろうって恐れがあったことも事実なのだ。


 俺はハルト一世の皇妃となるイレーネの疑念を露ほどでも招くような行いはしたくなかったのだ。

 それが結局、ハルト一世と結ばれるはずだった彼女と俺が結婚することに繋がったのかもしれないが。



「フィロメさんはハルトという名前の方をご存知ありませんか?」


 もうこれは俺が初めて会う人に向ける挨拶のようになってしまっている感があるが、俺は彼女には特に期待をしていた。


 もしかしたら俺が先に知り合ってしまったクーメルやアンクレード、さらにはイレーネと出会えなかったハルト一世は、彼女とは俺より先に出会っているかもしれない。そう思っていたからだ。


「ええと。スフィールト侯以外の方でということでしょうか?」


「そのとおりです」


 どうしてもこの質問をすると面食らったという顔をされてしまうのだが、そんなことで躊躇するわけにはいかない。

 大きくはこの世界の運命を、小さくは俺の人生を左右する最重要事項なのだから。


「あの。それにどういった意味があるのでしょう? 何かの占いですか?」


 こういった反応も初めてではない。

 同じ名前の人を知っていれば好待遇を与えるとか、俺が迷信深い人間ならあり得るかと思うのかもしれなかった。


「いいえ。私は自分と同じ名前の、同じくらいの年齢の方を探しているのです。まだ、出会えていませんが」


 本当のことなのだから澱みなく答えられる。

 だが、フィロメは俺に対して不審だって思いを強くしたようだった。


「ご存知なければいいのです。気にしないでください。それで、今日はどういったご用件でしょうか?」


 彼女に逃げられたくない俺は、仕方なくハルト一世については、これ以上深入りしないことにした。


「実は大変厚かましいお願いなのですが……」


 フィロメはそう前置きして話し始めた。


「私は先日の評議会でバルナラーバを退場させました。その判断は間違っていなかったと思っています。彼はイナルガの町を同盟から脱退させると口走りましたし、そんなことをしたら、この国は内乱に陥り、おそらくイナルガは陥落して町の人々は過酷な目に遭うことになっていたでしょうから」


 俺は黙って頷いていた。

 奴がそのまま自分が共同統領だと言い張って、イナルガの町に籠城する姿勢を見せていたら、俺は行きがかり上、町を攻撃しなければならなくなっていただろう。


 そして、今回はイナルガ以外の町は俺に味方してくれただろうから、町を落とすことはそれほど難事だったとは思えない。


 彼女が言ったような過酷な目にはなるべく遭わせないようにしたいとは思うが、この時代の戦場の常として、しかも外国人の俺にすべて防げたかと言われると自信はない。


「ですが、あれから私はイナルガの町では、どうも居心地が良くないのです。女である私を抜擢し、評議会への随伴まで許してくれた恩人であるバルナラーバを裏切って、追放したと批判する者も多いのです」


「それではフィロメさん。良かったら私に仕えませんか?」


 俺はもう我慢しきれなくなって、彼女をそう誘ってみた。

 彼女の要件を官吏もそう伝えてきたから、脈はあるって考えていいはずだ。


「えっ。よろしいのですか?」


 さすがに彼女は驚いていた。

 陪臣に過ぎない、しかも彼女に言わせれば貴族でもなく、女性である身を俺が配下として欲するなど、あまりありそうにないことだと思っていたのだろう。


 だが、俺は知っているのだ。彼女がハルト一世の七功臣の一人であることを。


「もちろんです。俺はぺルティア都市同盟に加わっている町のことには詳しくないですし、それをよくご存知のあなたが助けてくださると言うのなら、お断りする理由がありません。いえ、是非にとこちらからお願いしたいくらいです」


 俺がそう答えると、彼女の表情が一気に緩み、明るいものになった。


「これは望外の喜びです。まさかスフィールト侯からお誘いいただけるとは、思ってもみませんでした」


 俺はさらに彼女を確実に自分の配下とするため、一つだけ条件があると付け加えた。


 その言葉に、彼女の顔に緊張が走る。

 だが、俺の意図は彼女の希望に合致するはずだと俺は思っていた。


「フィロメさんが共同統領の官吏となれば、イナルガの町の方々の内には、面白くないと思われる方もいるかもしれません。ですからあなたには俺が個人的に、スフィールトの領主として召し抱えたいと思っています。それが条件ですが、よろしいですか?」


 もちろん今の俺はぺルティア都市同盟の共同統領でもある。

 だから、やってもらう仕事は、共同統領としての俺への助言、いやほぼその代行ってことになるのだが、それは別に構わないだろう。


 問題は俺が共同統領でなくなったり、もっと言えばハルト一世が姿を現した時だ。


 彼女がぺルティア都市同盟の一官吏ということだと、俺の一存では彼女をそのまま使い続けたり、ハルト一世に推挙したりすることが難しくなってしまう。


「もちろんです。そうしていただければ私も助かります」


 不安が払拭されたことが明らかに分かる表情の彼女は、その栗色の瞳さえ光を増したように見えた。


「では早速、明日から俺の下で政務の補助をお願いします。俺宛てのすべての書類に目を通し、決裁が必要なものは決裁案をメモで添付して俺に渡してください」


「えっ。私がですか?」


 フィロメは一瞬、俺が何を言い出したのか理解できないようだったが、すぐにその破格の扱いに驚いたようだった。


「ええ。そのとおりです。俺はあなたが書いたメモのとおりに処理するよう、官吏たちに指示するつもりですから、心して当たってください。まあ、あなたの能力からしたら、問題なく対応できると思いますから、そんなに気を張る必要はありませんが」


 大宰相クーメルをして、その行政処理能力の高さを評価された枢密使、フィロメ・クラニクラスにこの程度の領域の統治をしてもらうなど、牛刀をもって鶏を割くってやつだろう。


 でも、これで俺はヴァンサンドル卿と約束したとおり、キルダ王国へ向かうことができるのだ。


「私はまだ、スフィールト侯のお仕えしたばかりの若輩者なのに、どうしてそこまでの権限をお与えくださるのですか? 少し非常識だと思いますが」


 まだ仕えたばかりの若輩者だと自分で言いながら、非常識だとずけずけと俺に意見してくるところは、シュルトナーだって感心すると思う。


 本当は彼女がハルト一世の七功臣だからってのが答えなのだが、さすがにそう答えるわけにもいかない俺は、適当に誤魔化すしかなかった。


「俺はこれからキルダ王国の宰相に就任するために、あの国の王都エルバネまで行かなければならない。その間、俺の代わりを任せられるのは俺自身の家臣しかいない」


 ちょっと強引な理屈かなって思うが、俺はそのくらいしか思いつかなかったのだ。


「今、この地まで俺と行動をともにしてくれているのはダニエラだけなんだ。彼にはこの先も俺たちの警護をお願いしなければならないし。そうするとここであなたが俺と連絡を取りながら同盟の政務を取り仕切ってくれると大助かりなんだ」


 俺は大汗をかきながら彼女にそう説明した。


 彼女は少し考えていて、完全に納得したってわけではないのかもしれなかったが、それでも俺の提案を受け入れてくれた。


「承知しました。お会いいただけるだけでも有り難いと思っておりましたのに、召し抱えていただいただけでなく過分なお役まで。全力を尽くします」


 彼女の決意に満ちた言葉を聞きながら、俺はこの地での問題に、何とか解決の目途がつきそうだと安堵する思いだった。





【軍師、将軍列伝・第三章の一】


 枢密使フィロメ・クラニクラスはぺルティア地方、イナルガの町の人である。


 父はバレイオス、母はアザレアと言い、三つ下の弟がいた。

 生家は馬車を使って西のダーンスベイから南のリュクサンダールまで、人や物を運ぶことを生業として、それなりに裕福に暮らしていた。


 彼女が十九歳になった頃、エルバネから来る巡礼がこれまでになく増えていることに気がついた。


「キルダではリュクサンダールへ巡礼に赴くことを、このところ奨励しているのですか?」


 彼女が巡礼の一人に尋ねると、その巡礼が彼女に教えて言うには、


「私はキルダの者ではありません。遠くクルクレーラからキルダを経由してやって来たのです。近頃、キルダ平原が安全に通行できるようになったのも、大帝の御威光が遍く天下を照らしているからなのです」


 それを聞いた彼女はすぐに父に訴えた。


「今ならまだ、エルバネまでの街道を行き交う馬車はそれ程多くはありません。一刻も早く、値が上がらぬうちに馬車を揃え、宿と提携し、多くの巡礼を運ぶようにせねばなりません。父上はこの好機を逃すべきではありません」


 半信半疑であった父親も、彼女があまりに熱心に勧めるので、新たな馬車を発注するとともに、同業者からも馬車を買い集めることにした。


 ……(中略)……


 数年の後には彼女の家は巡礼を運び、宿を斡旋することによって巨利を得て、イナルガの町でも重きをなすようになっていた。


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