第百十話 代行探し
「それで、俺はこれからどうしたらいいんですか?」
俺は今回の共同統領就任の立役者であるファンタヴァ卿に尋ねた。
共同統領だなんて言われても、俺には統治の経験なんてない。
実際の政務はクーメルたちに任せきりだし、パラスフィル公国でも宰相とは名ばかりで、学校の設立や魔法の先生役ばかりやっていたのだ。
「いえ。スフィールト侯が評議会の総意をもって、共同統領に就任されたことが重要なのです。これでケムリック派の町も分担金を拠出するでしょうし、これまで官僚たちも二派に分かれ、一部はサボタージュで抵抗したりしていましたが、それもなくなるでしょう」
彼の言葉を信じるなら、まずはぺルティア都市同盟が一つになることが重要で、誰が共同統領であろうとそこまで影響はなさそうだ。
「ですからスフィールト侯におかれては、この地にゆっくりとご滞在いただき、共同統領としてじっくりと腰を据えて取り組んでいただければ……」
「えっ。俺はキルダ王国へ向かうんですけど」
ファンタヴァ卿は理解してくれていると思っていたのだが、俺はキルダ王国のアンジェリアナ女王から呼ばれていて、そんなにこのぺルティア都市同盟の町でゆっくりしていくつもりはなかったのだ。
使者のヴァンサンドル卿にも約束してしまったし、混乱が収まったのなら、さっさとキルダ王国へ向かいたいのだが。
「そうはおっしゃられても、通常の政務もありますし、どなたか信頼の置ける方に代行いただくことくらいはできるかもしれませんが……」
ファンタヴァ卿はそう言って困った様子だった。
俺だってもう評議会までに一か月以上、足止めをされているし、できればすぐにでもキルダ王国の王都エルバネへ向かいたいくらいだから困ってしまう。
俺は自分がキルダ平原をワイバーンから解放したことがこの地の混乱の一因になっているような気がして、それもあって彼に協力したのだが、ずっとこの地を治めてほしいってことになると、そこまでの覚悟はなかった。
キルダ王国のこともあるし、そもそも俺はハルト一世を探して、彼にすべてを献上して仕えなければならないのだ。
「困ったな、クーメルを呼ぶか?」
「至急、スフィールトへ伝令を走らせます」
ダニエラがそう言ってくれて、俺はぺルティア都市同盟の町を巡りながら、彼を待つことにした。
それでも、ひっきりなしに俺の判断を求めて官僚たちが列をなし、俺は困惑を隠せなかった。
「ファンタヴァ卿。俺はこの都市同盟を構成する町について詳しくありませんし、その俺に判断を求められても無理なのですが」
彼が評議会の開かれたシェルブランの町から、自分の領地であるズィンクへ戻ると挨拶に訪れた時、俺は彼にそう苦情を申し立てた。
就任してしまった以上は、共同統領への就任の儀式とかは甘んじて受けるが、実際の政務を執れと言われても無理だし、無責任なことはしたくはない。
「先日も申し上げましたが、政務を代行してくれる方にお任せすることはできると思います。歴代の共同統領の中にも、そうされていた方はいますから」
俺が誰かを指名して、その人に政務を任せれば良いと彼は言った。
各地の王国で摂政を置くように、この都市同盟では政務の代行者を指名するようだった。
「では、ファンタヴァ卿。あなたが政務を代行してくださいませんか?」
俺の誘いに彼は驚いたといった顔を見せる。
「それは無理ですな。私はスフィールト侯、あなたを共同統領に推薦した者です。その私が政務を代行したら、初めからそのつもりだったのではと痛くもない腹を探られることになりますから」
それにズィンクの町にも目を光らせる必要があるのだと彼は付け加えた。
あの町はイナルガ派とケムリック派の住民が対立していたようだから、俺がそれらの派閥がそれぞれ立てた共同統領を出し抜く形になったことで、両派が不安定になる可能性はありそうだ。
「では、せめて推薦だけでも……」
俺のそんなお願いにも、彼は困惑の表情を浮かべるだけだった。
「私が代行者を推薦したら、それは私が代行になるのと同じ疑いを持たれるではありませんか。申し訳ありませんが、スフィールト侯ご自身でお探しください」
そう言ってはっきりと断られてしまい。俺は途方に暮れる思いだった。
俺はこの国にはほとんど知り合いもいないのだ。
「ファンタヴァ卿から政務を代行する者を立ててはどうかと提案をいただいたのですが、ユテフィアーノ卿にそのお役をお願いできませんか?」
俺は次に評議会の議長をしていたシェルブランの町の領主である彼に提案してみた。
あの評議会以来、俺はこの町に滞在していたし、ファンタヴァ卿はズィンクへ帰って行ってしまったから、俺はもう彼くらいしか思い浮かばなかったのだ。
「いえ。私はたまたま輪番で評議会の議長を務めただけです。それに実は私はあの時までバルナラーバと近しい関係にありましたから、今は自重したいのです」
彼はそう言って代行への就任を固辞した。
たしかにこのシェルブランの町は、がちがちのイナルガ派だったと聞いたから、自派の共同統領だったバルナラーバを支持していたとしても不思議はない。
こうなって見ると、ほぼ真っ二つに派閥に分かれていた各町の領主たちは、もう一方の派閥に属していた領主たちからの批判を気にして、政務の代行者とはなりえないのかもしれなかった。
「どうも同盟内の領主に代行者を求めるのは無理なようです。プレセラ司祭にどなたか心当たりはありませんか?」
俺はもう窮余の一策で、彼女に手伝ってもらうのもありかって思い始めていたのだが、彼女にも断れらてしまう。
「私は一介の司祭に過ぎませんし、そんな心当たりなど。それに今回の争いは残念ながらリュクサンダールとキルダのどちらを選ぶかという面もあったようですから、私たちが手を出すことは難しいのではないでしょうか?」
たしかに彼女の言い分にも一理ある。
俺はたまたまキルダ王国からもリュクサンダールの聖ファニス教会からも認められているってことで、両派の承認を得たのだから、政務を代行する者のバックボーンがどちらかに偏り過ぎていると、また対立が再燃する懸念はあった。
(これは、当分ここに足止めなのか?)
クーメルはまだ来そうにないし、俺は連日、よく分からない内容の報告を聞いて、よく分からない書類の決裁をして過ごし、焦りが募ってきていた。
そんなシェルブランでの滞在がもうひと月にもなろうかというある日、俺の元を訪れた者がいた。
「また、共同統領を補佐する官吏か? いつものように旧職に服するように命じておいてくれ」
二つの派閥がそれぞれ共同統領を立てていたせいで、官吏たちもそれぞれイナルガとケムリックの町を中心として各地へ散っていた。
その彼らが俺のいるシェルブランの町へ集まって来ていたのだ。
「これまでは同盟内の町の領主が共同統領に選ばれることが多かったですから。その町が政治の中心になってきたのです。それ以外の場合は……まちまちですね。いずれにせよ共同統領のおられる町が同盟の中心になりますから」
俺はそんな説明をファンタヴァ卿から受けていた。
今は俺は成り行き上、シェルブランの町にいて、ユテフィアーノ卿の宮殿の一角に間借りしている。
だから官僚たちは俺のいるシェルブランの町を目指して、次々にやって来ていたのだ。
「それが……、訪問者は女性で、しかもスフィールト侯に直接お仕えしたいと申しております」
俺に来訪者の存在を告げた官吏は、困ったような顔でそう報告してきた。
俺に直接仕えるってどういうことだろうと思うが、おそらくは同盟の官吏としてではなく、俺の家臣になりたいってことのように思われた。
「どこの誰なんだ。いきなりそんなことを言ってきたのは?」
普通はジャンルーフ王国に仕えたいとか、パラスフィル公国の官吏として雇ってほしいとか、今だったらやはりぺルティア都市同盟の共同統領の政務を手伝いたいだとか言って来ると思うのだ。
俺自身はジャンルーフ王国とパラスフィル公国の宰相ってことになってはいるが、領地はそれほどの広さでもないし、直属の家臣や兵なんて微々たるものだ。
これもすべてハルト一世が見つかったら、彼の下に身軽に駆けつけられるようにするためなのだが。
「イナルガのフィロメ・クラニクラスと申しております。あのバルナラーバを評議会の席から退場させた人物です」
後半は少し言いにくそうに官吏は付け加えていたが、俺はその名を聞いて驚かずにはいられなかった。
「フィロメ・クラニクラスと。彼女はそう名乗ったんだな?」
思わず声の大きくなった俺の様子に、官吏は少しのけ反るような様子を見せた。
「はい。そのように。閣下は彼女をご存知なのですか?」
不思議そうに聞く官吏に、俺は自分が動揺を見せてしまったことを自覚した。
「いや。まあ、少しな。もしかしたら人違いかもしれないが、何となく聞き覚えがあったんだ」
自分でも不自然な物言いだとは思ったが、官吏はそこまでこだわっていないのだろう、何とか誤魔化すことができたようだった。
「さようですか。彼女はイナルガの町の有力者の娘ですから、どこかで噂がお耳に入ったのかもしれませんね。先日の評議会でもご活躍されたようですし」
官吏の様子はあまり好意的ではないように見えたが、俺はとにかく彼女を丁重に迎えるよう頼んだ。
「部屋は貴賓用の応接で頼む。失礼のないようにな」
彼にそう伝えた後、俺も遅れないよう、急いで応接へと向かった。
【ハルト一世本紀 第五章のニ十四】
大帝は枢密使にぺルティア地方を治めるようお命じになった。
「臣はこれまで領主でさえなく、陛下の名を辱めることを恐れます。また、女の身を侮る者も多いことでしょう。どうかその儀は他の者にお命じください」
枢密使は辞退せんとする様子を見せたが、皇妃が彼女を諭された。
「陛下はあなたが領主ではないことや、女性だということを気にされる方ではありません。陛下はぺルティア地方を治めるのはあなたが適任だとご判断されたのです。その御心は貴く、疑うべきではありません」
なおも彼女は容易に肯んじなかったが、大帝が笑っておっしゃった。
「大宰相をはじめとして、周りには布衣だった者も多い。それを蔑むようであれば容赦せぬが、自らの出自を卑下する必要などあろうはずもない。まして皇妃を見れば、女性であることなど問題とするも愚かであろう」
彼の言葉に皇妃もお笑いになり、枢密使はようやく、大帝の命を受け入れた。




