第百九話 共同統領
「ハルト・フォン・スフィールト侯爵とは、いったいどのような方なのですか?」
当然、来るよなって質問が何人かの評議員からファンタヴァ卿に浴びせられる。
「私は存じておりますぞ」
その中から一人、背の高い口髭を生やした男が、得意気に口を挟んできた。
「先のパラスフィル公国の内戦で、公弟ヨスラン殿の一軍を預かり、レゾフォ川の戦いで当時のリニアン大公の軍を打ち破った将軍ですな」
俺としては不本意なのだが、この辺りでの俺の評価はそれが第一に来るのは仕方がないのかもしれなかった。
「いえ。私はキルダ平原のワイバーンを退治し、かの国のアンジェリアナ女王から爵位を授けられた方がそのようなお名前の方だったかと記憶しておりますが」
そう発言したのはキルダ王国と親しいケムリック派の領主だろうか。
そうなると都市同盟の不和を招いた張本人だって指摘されてしまうのではって、俺は少し身構えてしまう思いだった。
「いや。先日来パラスフィル公国を訪れていたジャンルーフ王国の宰相ではないですか?」
こちらはパラスフィル公国に近い町の領主かもしれない。
あの辺りはイナルガ派ばかりということだったから、彼もイナルガ派である可能性は高そうだ。
「いや、かなり以前に例の何とかいった傭兵隊長を撃退したジャンルーフの貴族ではありませんか?」
傭兵隊長って『イヴァールト・アンドラシー』のことだろう。
奴はジャンルーフやビュトリス、クルクレーラ王国ではかなり暴れまわったみたいだが、パラスフィル公国には部下を派遣した程度だったし、ここまではその被害が及んでいなさそうだから、あまり知名度は高くないのかもしれなかった。
「いずれも間違いではありませんが、重要なことが抜け落ちています。私も先日それを初めて知ったのです。そちらにいらっしゃる司祭様から伺って」
ファンタヴァ卿はそう言って、右手をプレセラ司祭に向けた。
「ハルト様は聖騎士になられるお方。今はまだ見習いではありますが、主教庁が認めた正式な聖騎士見習いなのです」
「おおっ!」
大広間がどよめきに似た声に包まれ、全員の視線が一斉に俺に注がれる。
できれば隠れてしまいたい気分だが、俺はもうどうにでもなれって思いで、胸を張っていた。
「ウルブニノ司教様。それは本当ですか?」
イナルガ派だろう一人の領主が、彼らの側にいた聖職者にそう尋ねていた。
彼も聖女となるプレセラに向かってまた失礼だなと思うが、まだ彼女の名声はそこまででもないのだろう。
この後、ハルト一世が姿を見せて、その戦場で数多の将兵の生命を救うことで、彼女は聖女と仰ぎ見られる存在になるのだから。
「ま、まあ。見習いですがな。あくまでも聖騎士見習いです」
彼としてはあまり認めたくなかったようだが、まさか嘘を言うわけにもいかないってことだろう。
渋々ながらも俺が聖騎士見習いであることを認めていた。
「おおっ」「本当に聖騎士の……」「まさかこの目で見られるとは」
ウルブニノ司教は俺が「見習い」だってことを強調したいようだったが、その目論見は上手くいっていないようだった。
評議会の面々は多くが感動したといったような様子を見せていた。
「お待ちください!」
だが、ケムリック派の一部の領主は納得がいかないようだった。
「聖騎士見習いなどと、またリュクサンダールの権威を笠に、我々を抑えつけようというお考えか」
彼らにしてみれば、そもそもリュクサンダールの影響から逃れようというのが派閥の存在意義なのだから、ここで見習いとは言え主教庁の息の掛かった聖騎士なんかを共同統領に迎えるわけにはいかないのだろう。
「そうではありません。スフィールト侯爵は今後、キルダ王国の宰相にも就任されるのです。すでにアンジェリアナ女王の内示は受けておられます」
「何ですと? それではキルダ王国の傀儡ということではありませんか?」
大きな声を出したのは、先ほどファンタヴァ卿に挨拶に来たイナルガ派のバルナラーバだった。
「そのような者を、この誇り高きぺルティア都市同盟の共同統領に迎えるわけにはまいりませんな。皆さん、そう思われませんか?」
奴はそうイナルガ派を扇動するように身振りまで交え、さらに大きな声を上げる。
だが、ファンタヴァ卿は冷静だった。
「お待ちください。スフィールト侯は先ほどどなたかが指摘されたように、パラスフィル公国のそしてジャンルーフ王国の宰相でもあられます。今後はこれら三国の宰相を兼務されるのです」
「なんと!」「それは真ですか?」「そのようなこと聞いたこともない」
大広間がまた騒めきに包まれた。
俺自身はただ、魔法学校の設立を任されただけって認識だったのだが、言われてみるとどうやらすごいことらしい。
「これが何を意味するか分かりますか? これらの国はスフィールト侯の優位を認めたということです。我々も今なら平和的にかの国々と共存できます。スフィールト侯が我らの地を訪れた今が最後の機会かもしれないのです」
「ちょっと。ファンタヴァ卿……」
自分の意図とまったく異なる主張をされて、さすがに俺は苦情を言うべきだと思って声を上げたのだが、その声は評議員たちの声にかき消されてしまった。
「三か国の連合軍が押し寄せるということか!」
「それだけではなく、あのレゾフォ川の戦いやラトルの町で目撃された巨大な火球が我々の町を襲うのですぞ!」
大広間は大混乱に陥りそうになったが、プレセラ司祭のよく通る声が、それを押しとどめた。
「ご安心なさい。ハルト様は主教庁が将来、聖騎士に任じようとするお方。そのような理不尽な行いをなさるはずがありません!」
そう宣言するように言って皆の動揺を抑えた後、彼女は一転して優しい声で、
「今、リュクサンダールの聖ファニス教会とキルダ王国のアンジェリアナ女王陛下の両者から認められたハルト様がここにいらっしゃることこそ神の思し召しです。それを疑ってはなりません。神はあなた方が相争うのを残念に思われて、ハルト様をここに送られたのです。私はそう信じます」
この時代の人々にとって、聖ファニス大聖堂の御威光はかなりの力を持つのだろう。
この場にもう一人いる司教様もプレセラ司祭の勢いに呑まれてしまっているようで、彼女の言葉を否定することはできそうになかった。
「我が町はスフィールト侯を共同統領に推戴します!」
「ケーレスも推戴しますぞ!」
評議員の中から次々と声が上がり、それは俺を共同統領と認めるというものばかりだった。
「グレゴリア殿はどうですかな?」
議長を務めるユテフィアーノ卿がケムリック派が推す共同統領である彼に尋ねる。
蒼白な顔をしていたグレゴリアだったが、その問い掛けに我に返ったように、ファンタヴァ卿に挨拶に来た時の笑顔を見せた。
「こうなっては致し方ありませんな。私は身を引くといたしましょう」
そう言って優雅にも見えるゆっくりとした身のこなしでケムリック派の評議員たちの中へと姿を隠した。
「バルナラーバ殿は?」
ユテフィアーノ卿が、続けてイナルガ派の共同統領に尋ねたが、彼の方が強硬だった。
「何が聖騎士だ! 単なる見習いではないか。皆、騙されるな! この男は同盟を食い物にしようとするキルダ王国から送り込まれた操り人形に過ぎん! リュクサンダールは私こそを認めているのだ!」
そう言って周りのイナルガ派の領主たちを鼓舞するように拳を突き上げた。
だが、周囲の反応は鈍い。
「皆、どうしたのだ? まさかこんな男を共同統領として認めるのか? ウルブニノ司教? 聖騎士だと言っても、たかが見習いではないですか?」
彼が言っていることは俺が見習いであるってことだけは正しいのだが、既に大勢は決しているようだった。
司教も口を開くことはなく、ただ青白い顔で、彼と目を合わせないようにしているだけだった。
「何故黙っているのだ? こんな他所者が共同統領などとふざけるな! 私は断固として認めないぞ。イナルガの町は同盟から脱退する!」
だが、そう大きな声で喚く彼を後方から何人かの男たちが羽交い絞めにした。
「な、なにをする! 離せ! 貴様ら何をするのだ!」
バルナラーバはそのまま男たちに引きずられるように評議会の会場である大広間から連れ出された。
呆気に取られる評議員たちを前にして、彼の後方に控えていたイナルガの町の者たちを代表して、涼し気な目をした背の高い女性が口を開く。
「お見苦しい様をお見せしました。イナルガもまた他の町同様、ハルト・フォン・スフィールト侯爵をぺルティア都市同盟の共同統領に推戴いたします」
どうやら彼女が指揮して、バルナラーバをこの場から排除したようだ。
そして、ユテフィアーノ卿がさすがに確認をといった顔で彼女に問い掛ける。
「バルナラーバ殿はどうされるのだ?」
その問いに、だが彼女は表情を動かすこともなく、
「先代はご覧になられましたように、すでに善悪の判断もできぬご様子につき、ご勇退と相成りました。後継については後日、評議会にお諮りいたします」
丁重ながらも堂々とした態度でそう述べた。
「では、ズィンクの町の領主、ファンタヴァ卿のご提案を審議の結果、ぺルティア都市同盟の評議員全員一致をもって、ハルト・フォン・スフィールト侯爵を共同統領とすることに決しました」
議長の宣言に異を唱える者はなく、こうして俺はぺルティア都市同盟の共同統領となったのだった。
【ハルト一世本紀 第五章のニ十三】
大帝はぺルティアの地におかれても民を教え諭すことに心を砕かれた。
「陛下の下で、この地は安寧を得、民は繁栄を謳歌しています。陛下にはどうかこの地に行宮を置かれますことをお願い申し上げます」
ぺルティアを治めていた者たちは、大帝の滞在を望んだが、大帝はこの地に長く留まることはできなかった。
彼はいずれの地にあろうとも、天下のことを忘なかったからである。
「陛下はそのために枢密使を見出され、この地を託されたのです」
大帝の婚礼を祝福し、その後、行動を共にしていた聖女もそうぺルティアの者たちに説いたため、彼らは大帝の意を迎え、彼女の統治に服した。




