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第百八話 評議会

 それからひと月の間、俺はズィンクの町で学校の設立に奔走していた。


「スフィールト侯には、共同統領としてお立ちいただかねばなりませんのに、そのようなことをなされては」


 領主のファンタヴァ卿は最初はそう難色を示していたが、プレセラ司祭が彼を説得してくれた。


「未来を担う子どもたちを導くのは崇高な仕事です。ズィンクの将来を支える民が将来の聖騎士から教えを受ける。これを幸運と言わずして何と言いましょう」


 俺は単純に落ち着かないし、評議会が開かれるのがひと月後だって聞いたから、その間を利用して子どもたちを教えていただけだ。

 ハルト一世は教育に熱心だったと言われていたことを知る俺は、これをしておけば後々、彼の不興を買うことはないだろうと思っていたこともある。


 それでもやはりファンタヴァ卿が便宜を図ってくれたのは、プレセラ司祭の口添えがあったからだろう。


「ハルト様を共同統領として推薦されるのなら、彼を敬う姿勢を示すべきです。そして町の子どもたちを教え導くことは統領として為すべきことの一つだとも思うのですが」


 彼女はそうも言って、俺が学校を設立するのを応援してくれた。

 それでもパラスフィル公国内の時みたいに事前に準備を整えておいてもらえたわけではなかったから、一から準備を進めなければならなかったのだが。


「でも、思っていたよりスムーズに進みましたね」


 イレーネもそう言ってくれたように、俺たちも学校の設立と運営にかなり慣れたから、教えた子どもたちの魔法の実力は短い期間の割にはかなりの進歩を見せていた。



「そろそろ出立せねばなりません」


 ファンタヴァ卿に促され、俺たちは馬車に乗って評議会が開かれるというシェルブランの町へ向かった。


「評議会が開かれる町は輪番制なのです。今回は隣町ですから時間が掛からず助かります」


 だが、聞いたところによるとシェルブランの町はがちがちのイナルガ派らしい。

 そんな町にパラスフィル公国の宰相にしてキルダ王国の宰相への就任が内定している俺が入って無事に済むのだろうか。


「大丈夫です。神は常に私たちとともにあります」


 プレセラ司祭はその紫色の瞳を輝かせてそう言ってくれる。

 俺はそれに少し心が安らぐ気がしたのだが。


「何しろ私たちは聖騎士となるハルト様とともにあるのですから」


 その理由が俺だと言うのだから、やはりちっとも安心できない気がしてきた。



「ファンタヴァ卿。今回は共同統領に関するご提案がおありとか。遂に心を決められましたかな?」


 評議会の会場である領主屋敷の大広間に俺たちが入ると、髭を生やした恰幅の良い男がファンタヴァ卿に話し掛けてきた。


「これはバルナラーバ様。お言葉のとおり、今回の評議会で私は同盟の将来を占う気持ちでいます」


 卿の返答に、バルナラーバと呼ばれた男は相好を崩す。

 俺はこの評議会が開かれるシェルブランの町に来るまでに、このバルナラーバがイナルガ派の推す共同統領だということをファンタヴァ卿から教えてもらっていた。


「では、ようやく私を支持する気になられたのですな! 卿のご支持があればグレゴリアの奴を排除することができます」


 バルナラーバはそう言ってファンタヴァ卿に手を差し伸べたが、彼はその手を取らなかった。


「いいえ。私の提案はそういったものではありません」


 彼の対応にバルナラーバの顔色が変わり、今度は怒気を含んだ声を出す。


「まさかグレゴリアめを支持するなどという暴挙に出られるのではないでしょうな?」


 ファンタヴァ卿は即座に首を振ってそれを否定する。


「いいえ。提案はそれでもありません。すぐに分かることですから、また後ほど」


 その態度に妥協を許さないものを見たのか、それともそのグレゴリアとやらを支持しないことで納得したのか、バルナラーバは卿の前から立ち去って行った。



「ファンタヴァ卿。お久しぶりです」


 バルナラーバがいなくなると、それを見ていたのだろう、今度は背の高い中年男性が近寄って来た。


「これはグレゴリア殿。お元気そうで何よりです」


 卿が答えると、男は愛想笑いを浮かべ、さらに話し掛けてくる。


「先ほどはあの男の粗暴な振る舞いに眉をひそめておられたようですな。あの粗野な男には良い薬でしょう。今回のご提案、期待していますぞ」


 そう言って恭しく頭を下げる。

 このグレゴリアはバルナラーバとは反対に、ケムリック派の推す共同統領だったはずだ。


 どうやら中立派のズィンクの町は、両派から引っ張りだこのようだった。


「グレゴリア殿。残念ですがあなたのご期待に沿えるような提案ではないのです」


 ファンタヴァ卿の答えにもグレゴリアは笑顔を崩さなかったが、その眉がぴくりと動いたのはやはり動揺したのだろう。


「さ、さようですか。ですが先ほどのご様子からは、あの野卑な男を支持されるとも思えませんが」


 グレゴリアの問い掛けにファンタヴァ卿は頷きを返すと、


「彼を支持するわけではありません。評議会が始まれば、すぐに分かることですから」


 表情を崩すことなくそう答えた。


 グレゴリアはさらに口を開こうとしたが、ファンタヴァ卿が「そろそろ評議会が始まるようですよ」と付け加えると「ではまた後ほど」と言い残して、十人程の人が集まる彼が元いた場所へと戻って行った。



「本当はこういったことが起きないように、この評議会があるのですが」


 ファンタヴァ卿は俺に嘆くように言った。

 彼の視線はグレゴリアが入って行った小集団に注がれていた。


 どうやらあれがケムリック派の領主たちらしい。


「外交や軍事などを各町が個別に行っていては周辺国の圧力に屈するしかありません。ですから私たちは同盟を結び、それらを共同統領の手に委ね、統一した政策をもって諸国に当たるようにしていたのです」


 彼の目は今度は反対側に陣取るバルナラーバを中心に談笑する人たちに向けられる。


 あちらはイナルガ派の諸侯らしく、中には神官らしき人物の姿も見えるから、リュクサンダールからも人が派遣されているのかもしれなかった。


「こうして我々が同盟の内で争っていては、そのうちに周辺国の介入を招くでしょう。その時、私たちは同盟内の争いで疲弊し、戦う力も残っていないかもしれません」


 そう言う私も領内の対立さえ解消できないのですが、と力なく笑うファンタヴァ卿に、プレセラ司祭が励ますような声を掛ける。


「それを防ぐために私たちはここにいるのではないですか。恐れることはありません。聖騎士であるハルト様を神はお見捨てになりませんから」


 そう言って笑顔を見せる彼女の姿に、俺の方が困惑を隠せない。


 俺のこれまでの人生は現代日本でも千年後と思しき世界でも、それこそ神に見捨てられたんじゃないかと思われるような劣等生で通ってきたから、そんなご大層な人間であるはずがないのだ。



「それでは評議会を始めます。皆さんお集まりください」


 その時、そんな声が掛かり、数人の家臣であろう者たちを従えて評議会を仕切る議長となるシェルブランの町の領主、ユテフィアーノ卿が大広間に姿を表した。


 彼はゆっくりとした足取りで一段高くなった演壇のような場所へ足を運ぶ。


「今回の評議会には三十一の同盟都市すべてから代表にお集まりいただいていますので、その評決は有効です。まずは前回の評議会からの収支の報告です」


 俺は会計報告なら無難に済むだろうと思っていたのだが、両派の対立はいきなり火を噴いた。


「収入合計はオーレム金貨換算で二千三百八十二、支出は同様に二百十四です」


 その報告を聞いて、随分と支出が少ないんだなと驚いたのだが、バルナラーバの横にいた人物が声を上げた。


「収入がニ千三百とは! 分担金を治めもせずにこの評議会に顔を出している不届き者がいるのではありませんか?」


 その男はそう言って、まるっきり非難するといった様子で彼とは反対側にいるケムリック派の領主たちに敵意に満ちた目を向ける。


「黙れ! 評議会で選ばれたわけでもない共同統領が使途を決めている現状で、分担金など支払えるはずもないであろう」


 ケムリック派の領主の一人が大きな声で反論する。

 どうやら今、同盟の金庫を握っているのはイナルガ派らしい。


 彼らの推すバルナラーバに資金を渡すまいと、ケムリック派の領主たちは分担金の拠出を止めているようだった。


「私は評議会で了承を受けたものしか支払いをしていない。それなのに分担金を支払わないのは道理に合わないではないか?」


 バルナラーバが前に出て、そう訴えかけた。

 どうやら支出が異様に少ないのはそういった理由らしい。


「何をふざけたことを。我々の町へ資金の流れを断っているだけではありませんか」


 バルナラーバが出てきたからか、今度はグレゴリアがケムリック派の集団から一歩前に出て、皮肉な笑みを浮かべてそう返した。

 とにかく、この様子だと同盟の政治が機能不全に陥っていることは確かなようだ。


 二人の後ろから、それぞれの派閥に属する領主たちが、口汚く罵り合う。

 それはぺルティア都市同盟の領主が集う評議会と呼ぶにはあまりにお粗末な様子に見えた。


「皆さん! 静粛に願います!」


 議長のユテフィアーノ卿が大きな声で呼び掛けると、エキサイトしていた両派の人々が少しずつ静かになり、ようやく騒がしさが収まった。


「ひとまず収支の承認は次の評議会でとします。今回はズィンクのファンタヴァ卿から、共同統領に関する提案がございます」


 彼の言葉にファンタヴァ卿はゆっくりとした足取りで大広間中央の一段高くなった場所へと歩み、そこで皆を見回し、咳払いを一つすると、おもむろに提案を口にした。


「私はぺルティア都市同盟の共同統領に、そちらにおられるハルト・フォン・スフィールト侯爵を推薦いたします」


 彼がそう述べると、当然だが皆の視線が俺に集まり、俺は身の縮む思いがした。





【ハルト一世本紀 第五章のニ十二】


 大帝がぺルティアの地を訪れた時、そこは諸都市が争う混乱の中にあった。


「陛下のおられるシルトからは、この地はあまりに遠く、人々は心安らかに暮らすことができません。陛下におかれては、どうかこの地を直接お治めください」


 ズィンクの町の領主をはじめ、多くの諸侯が大帝に町を献ずることを望んだが、その望みはすぐには容れられるところとはならなかった。


「今、この地を訪れたのはキルダへと向かうためである。ここにはこの地を治めるに相応しい者がいるはずである」


 大帝がここに留まられることはないと知って、多くの住人たちが嘆き悲しんだが、皇妃が彼らを優しく諭された。


「陛下はあなた方をお見捨てになられたのではありません。今、瑞兆とともに光輝く珠を見つけられ、それを慶ばれているのです」


 多くの者はそのお言葉を理解できなかったが、大帝はすぐに頷かれ、破顔された。


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