第百七話 ペルティア都市同盟
パラスフィル公国の国境の町ダーンスベイでの最後の魔法の授業を終え、俺たちの馬車はペルティア都市同盟の領域に入った。
「やっぱりケムリック派の町を選んで行った方がいいんだよな」
俺は念の為もう一度ダニエラに尋ねた。
「はい。クーメル様からもそうするようにとのお返事をいただいております」
彼はスフィールトとの連絡をこまめに取っていてくれている。
俺は例のペルティア都市同盟内の派閥争いについて聞いた時、すぐにクーメルに今後の方策を問い合わせてもらっていた。
その後、パラスフィル公国の南方の町で学校の設立に勤しむうちに、彼からの返答があったのだ。
「そうだったよな。何度も済まないな」
俺は歴史上最高の名臣と言ってよい大宰相クーメルの判断には絶大の信頼を置いているのだが、ここまで距離も離れているのに大丈夫かって思いも多少ある。
「それ以外には何も無かったんだよな?」
「ええ。特段のご連絡はありません」
俺はペルティア都市同盟が内紛状態に陥っているなんて知りもしなかったのだが、クーメルには分かっていたのだろうか?
この世界にとっては異分子である俺に関する伝記なんてあろうはずもなかったから、俺が進もうとしているルートが正しいのかなんて自分では分からないのだ。
「じゃあ最初はズィンクの町を目指そう」
俺はコラリウスからペルティア都市同盟の状況について詳しい説明を受けていた。
パラスフィル公国から近いこの辺りにはイナルガ派の町がほとんどであまり俺たちが安全に立ち寄れそうな町はない。
その中でズィンクだけは例外的にケムリック派、と言うよりも中立的な立ち位置を維持しているらしかった。
だが、安全だと思ったズィンクの町の門で、俺がスフィールトの領主だと身分を明かすと、いきなり領主屋敷への同行を要請された。
「領主のファンタヴァ卿にお会いいただきます。こちらへどうぞ」
門を守る兵士を束ねる隊長は、そんな感じで物腰はとても丁寧だったので、最初は呼び出しだとは感じなかった。
貴族である俺に表敬訪問を求めているのかな、なんて思ったのだが、実態はそうではなかった。
「スフィールト侯はパラスフィル公国の宰相でいらっしゃるというのは真ですか?」
「はい。担当する範囲は限られていますが、おっしゃるとおりです」
領主屋敷のあまり広くもない部屋へ案内され、そこに現れた領主のファンタヴァ卿は、俺を尋問するような口振りだったから、仕方なくそう答えた。
別に悪いことをしたわけではないのだが、そんな扱いだと感じられる。
「失礼ですが、我が町の状況をご存知ではないのですか?」
正直言ってご存知ないと言うのが答えなのだが、俺の知っている情報はコラリウスから得たものがすべてなのだ。
こんな扱いを受ける想定はしていなかったのだ。
「二つの派閥から距離を置かれているとお聞きしていますが」
俺はこの町はイナルガ派でもケムリック派でもないと聞いたからここを訪れたのだ。
いつの間にかそれがイナルガ派へと旗幟を鮮明にしたのだろうか?
「我が町が両者から距離を置いているのは、住民が真っ二つに割れているからです。領主の私がどちらかに肩入れしようものなら、暴動が起きかねません」
ファンタヴァ卿は額に皺を寄せ、苦悩に満ちた表情を見せた。
「私がこうしてキルダ王国と近いパラスフィル公国の宰相と会っていることでさえ、実は危険なことなのです」
俺はそのキルダ王国の宰相を兼ねることも決まっていることは言わない方が良さそうだと思った時、俺の後ろにいたプレセラ司祭が口を開いた。
「ハルト様はパラスフィル公国だけでなく、キルダ王国の宰相にも就任されます」
ファンタヴァ卿の目が大きく見開かれ、俺は背後を振り返ることができなかった。
いつもは町の教会へ向かうプレセラ司祭だが、この町はリュクサンダールと近しいイナルガ派ではないという理由で単独行動を自重してもらったのだ。
「キルダ王国の宰相ですと。それは本当ですか?」
聖女様の発言に嘘などあるはずないだろうから失礼じゃないかとも思うが、それだけ慌てているってことだろう。
「本当です」
まさかプレセラ司祭が嘘を言ったことにするわけにもいかないので俺は正直にそう答えた。
途端にファンタヴァ卿の眉間の皺がますます深いものになる。
「進退極まりました。スフィールト侯にこのままお引き取りいただいたらキルダとの友好を主張する者たちが黙っていないでしょうし、この町にとどまられたら逆にリュクサンダールに従うべしとする者たちを抑えきれないでしょう」
どうやらこの町は、両派の微妙なバランスの上に中立を維持しているようだった。
どちらかが勢いづくような事態が発生すれば、そちら側が実力行使に出るかもしれず、逆に不利になった側が乾坤一擲の賭けに出る可能性もあるようだ。
「ですがハルト様はリュクサンダールの主教庁から認められた聖騎士でもあります」
「なんと! それは本当ですか?」
ファンタヴァ卿がプレセラ司祭の言葉をまた確認してきて、失礼だなって思ったが、今回は俺も訂正を入れざるを得ない。
「まだ『見習い』ですが」
俺の主張にプレセラ司祭が反論するように、
「確かに見習いではありますが、聖騎士となられることは時間の問題です。ハルト様が聖騎士とならなかったら、見習いとした主教庁の最初の判断が誤りだったということになりますから」
おそらくは総大主教及び主教庁は間違いを犯さないってことなのだろう。
一旦は奇跡を起こしたと認めて見習いにした者が、実は聖騎士に値しなかったってなったら、みっともない話だとは思うし。
「そうですか。聖騎士となれば、リュクサンダールの御使いとして信徒たちから敬仰される存在におなりになることでしょう。これは素晴らしいことをお聞きしました」
彼は急に愁眉を開いたって顔をした。
さっきまで深く刻まれていた額の皺もなくなっている。
「近隣の町とともに、スフィールト侯を共同統領として戴くことを同盟評議会に提案してみます。キルダ王国の宰相であり、リュクサンダールの聖騎士になられることが確実なスフィールト侯なら、ぺルティア都市同盟の瓦解を防いでいただくことができるかもしれません」
俺の顔を見て笑みさえ浮かべたファンタヴァ卿は、何やらとんでもないことを考えているようだった。
「ちょっと待ってください。何をしようと言うのですか?」
俺が慌てて確認すると、彼の方はもう落ち着いた様子だった。
「同盟評議会にスフィールト侯をぺルティア都市同盟の各都市の共同統領とすることを提案してみるのです。同盟評議会は今は機能不全に陥っていますが、これならほとんどすべての都市の賛成が期待できると思います」
彼はそう言って俺の返事も待たず、慌ただしく家臣を呼んだ。
「いや、共同統領ってどういうことですか? しかも俺をそれにするって」
彼はやっと俺がまったく理解していないことに気づいてくれたようだった。
ゆっくりとした口調で彼の考えた内容を説明してくれる。
「今、ペルティア都市同盟はキルダ王国との友好をより重視しようという町と、これまでどおりリュクサンダールに従おうとする町との間で確執があり、実質的に二つに別れてしまっています」
俺もそれについてはアイヴィクで大公から聞いているから、何となくは分かる。
「両者の間の溝は深く、ともに評議会を開いてその承認を得たとして同盟の共同統領を選出しあっています。都市同盟では、他国の宰相に当たる者です」
話を聞くと統領は宰相と言うより国王に近いんじゃないかと思ったが、主権者はあくまで評議会の議員たちってことなのかもしれなかった。
俺は千年後の世界では歴史でも優等生ではあったが、ペルティア都市同盟の政治体制なんて、高等魔法学校か魔法大学にでも行かなければ習わないだろう。
「現状では二人が並び立っているその共同統領に我が町が次に開催される評議会でスフィールト侯を推薦します。それなら何とか同盟の分裂を防げるかもしれません」
「それは素晴らしいお考えです!」
俺が答える間もなく、プレセラ司祭の声が背後から響いた。
いや、そんなののどこが素晴らしいのだろう。
「聖騎士となられるハルト様の力で、ペルティアの人々がひとつにまとまるのです。総大主教もお喜びになり、祝福されることでしょう」
宣言するように告げる司祭の声は高く、振り向いた俺に彼女の顔は紅潮しているように見えた。
「いえ。俺はこの町を通り掛かっただけですし……」
俺の弱々しい反論に、司祭がさらに大きな声を被せてきた。
「混乱したペルティアの地に偶然、聖騎士のハルト様が来臨する。これこそまさに神の配剤。ゆめその御心を疑ってはなりません!」
俺を聖騎士に推挙した時もそうだった気がするが、彼女は時々、盲目的に物事を信じてしまうように思う。
それで間違っていないってのが神の恩寵なのかもしれないが。
いや、今回は俺の問題なのだ。
俺にいきなり共同統領なんて務まるとは思えない。
「俺なんかを推挙したって、誰の納得も得られないでしょう。別のやり方を考えられた方が……」
俺の弱いところはその別のやり方についてのアイデアをまったく持っていないことだ。
クーメルやシュルトナーがいれば、良い案を出してくれると思うのだが。
「別のやり方があるのなら、とっくにやっています。それがないからハルト様を推挙しようと言うのです。それともハルト様には何か良い案がおありですか?」
ファンタヴァ卿に、その弱いところを突かれてしまい、俺は口を閉じることになった。
もともと俺がキルダ平原をワイバーンから解放したことも、この地域が混乱した原因のようだし、プレセラ司祭もすっかり向こう側についてしまっている。
当面は彼の思惑に乗るしかないかと、俺は諦めるしかなかった。
【魔法帝国地理誌 ペルティア地方】(抜粋)
この地方の人々は独立心が強く、古代魔法帝国滅亡後は自治権を持つ十から二十程度の都市が、同盟関係によって緩やかに結びつく連合体として存在していた期間が長く続いていた。
南にある聖なる都、リュクサンダールへ赴く巡礼によって潤っていたことも、この地方の都市がそれぞれ独立を保っていた理由とされている。
魔法帝国の再興時にも、ハルト一世をまずは『共同統領』として迎えることで独立を保とうと画策したとも伝えられている。
しかし、その窮余の策も大宰相クーメルに見破られ、すべての都市が帝国の軍門に降ることになったと史書には記されている。




