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第百六話 パラスフィルを巡る

 俺たちはその後も順調に海岸沿いの街道を南下した後、川沿いに東へ向かい、首都のアイヴィクに到着した。


「スフィールト卿。その節はお世話になりました」


 今や大公と大公妃となったティスモスとテラレーサが俺たちを宮殿の応接に迎えてくれた。


 賓客を迎える部屋であろうそこは、シャンデリアも煌びやかで壁には見事な風景画が飾られ、俺は落ち着かない気分だった。


 二人は何のわだかまりもなさそうな様子だったが、それでも俺はこの地で起きた悲惨な出来事について思い出さずにはいられない。


「いえ。こちらこそ、その……」


 上手く話が継げずにいる俺に、テラレーサ大公妃が優しく話し掛けてくれる。


「お二人はご結婚されたそうですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 イレーネがそれに応えて笑顔を見せると、周りが急に明るくなったような気がした。

 俺はそれで落ち着きを取り戻すことができた。


「魔法学校の創設にお力添えをいただき、ありがとうございます」


 俺はまずは大公にお礼を述べた。

 彼もそれを望んでいたのだろうが、大きな権限と実際の資金や場所を提供してくれたのは彼なのだ。


「いいえ。こちらからお願いしたことですから。私どもこそお礼を申し上げなければならないのです」


 ティスモス大公もそう返してくれて、穏やかな空気の中、話が進んでいった。



「スフィールト卿はこの後、キルダ王国へ向かわれるそうですね」


 大公妃が尋ねてきて、よくそんなこと知ってるなって思ったが、コラリウスが逐一、報告を上げているのだろう。


「ええ。ですがまずはこのアイヴィクの町にも学校を開こうと思っています。その後は南に向かって、できればリュクサンダールまで行こうかと」


 聖女となるプレセラ司祭を放り出して、キルダ王国へ行くわけにはいかないなと俺は思っていた。



 彼女は俺たちが学校で教えている間、町の教会を訪ねては信徒や巡礼たちに癒しを与えていたのだ。


「私たちには構わず、聖都へお帰りになられても構いませんよ」


 俺は却って失礼かなと思いつつ、何度か彼女にそう勧めたのだが、彼女はこれも修行のうちだと言って、俺たちと行動をともにしてくれていた。


「急ぐ必要はありませんので。私は司祭とはいえ、教会を任されているわけではありませんから」


 彼女はそんなことにこだわる人ではないだろうが、それも俺なんかを聖騎士に推挙したからじゃないかって気がしないでもない。

 元々はトースタンとか言う修道僧の推薦だったのだが。


 俺とイレーネが結婚することだって、俺はリュクサンダールへなんて知らせるつもりはなかったのだ。


 だが、シュルトナーは「ハルト様は見習いとはいえ聖騎士なのですから」と言って聖ファニス教会へ使いを出してしまったのだ。


 それで彼女がはるばる西のジャンルーフ王国まで派遣されることになったのだから、良い迷惑だったろうにと思って、申し訳ない気がしていた。



「リュクサンダールへ向かわれるとなると、ペルティア都市同盟の町を通られるおつもりですか?」


 ティスモス大公は俺にそう聞いてきた。


「もちろんそうですが、何か問題でもあるのですか?」


 俺は何となく危険なものを感じて大公に尋ねた。


「今、ペルティア都市同盟の町は大きく二つの派閥に別れているのです。リュクサンダールの権威の下に周辺の町に威圧的なイナルガの町を中心とした一派と、キルダ王国との友好関係を重視するケムリックの町を中心とした一派です」


 俺はここでもまた派閥争いかって暗澹たる思いがした。


 これまでことごとく、こういった争いに巻き込まれてきている気がするから、できるなら近づきたくはない。


「我が国はキルダ王国とは同盟国と言って良い間柄ですから、イナルガに与する町でスフィールト侯だと知られたら、面倒なことになるかもしれません」


 どうやら俺がパラスフィル公国の宰相であることで危険な目に遭う可能性のある町があるらしい。


 その上、俺はキルダ王国の宰相にもなるらしいから、反キルダ王国派の町からしたら不倶戴天の敵ってことになるのかもしれなかった。


(なるほど、それでヴァンサンドルは南へ向かわなかったのか)


 キルダ王国の使者である彼は俺が宰相就任を承諾すると、


「お先に我らの女王に復命してまいります。エルバネにてスフィールト侯をお待ちしております」


 そう告げて俺たちと別れ、一躍、街道を東へと向かって行ったのだ。


 キルダ王国との国境になっているパラス山脈はかなり険しいから、峠越えの道を進むよりも南へ迂回してペルティア都市同盟の領域を進んだ方が早い場合も多い。


 特に俺たちのように馬車で進んでいる場合はそうだ。


 俺はてっきり彼は徒歩だからかと思っていたのだが、そうでもなかったのかもしれなかった。


「ご忠告ありがとうございます。十分注意して行くことにします。南の町でも学校を開きたいですから」


 俺はそう返すくらいしか思いつかなかった。

 イレーネもいるし馬車をパラス山脈越えの道へ進めるなんて考えられなかったのだ。


 リュクサンダールと友好関係を保っている町でもプレセラ司祭がいれば何とかなるかもと思ったこともある。



 アイヴィクの町に半月ほど滞在し、俺はまた海沿いの道を南へと向かった。


 少しずつ巡礼の姿が増えてくる。


「以前とは比較にならないね。なんでもキルダ平原にいたワイバーンを退治した奴がいて、そのせいで巡礼がキルダ側を通るようになっちまったんだ」


 お忍びで入った町の食堂で「巡礼の方が多いですね」と話し掛けたイレーネに、給仕の女性は苦虫を噛み潰すような顔をしてそう教えてくれた。

 俺は危うく口にした水を吹き出しそうになった。


「まったく余計なことをしてくれたもんだよ。ペルティア都市同盟が内輪揉めを始めたのも、それが原因らしいよ」


 確かに巡礼たちの通るルートが変われば、経済力のバランスも変化して、それが町の力関係にも影響を与えるのかもしれなかった。


 まさか俺がそのワイバーンを退治した奴だと知ってるわけはないと思うが、何となく居心地の悪い気がした俺は早々にその食堂を立ち去った。



 それでも魔法学校の設置と魔法の授業は順調に進んだ。


「ハルト様は本当に子どもたちに魔法を教えるのがお上手ですね」


 イレーネは相変わらずそう言ってくれるが、やはり子どもたちからの支持率は彼女の方が圧倒的に高いと思う。

 それでもさすがに俺も場数を踏んだから、手慣れてきてはいるだろう。


「ハルト様のお力をもってしても、大きな子は魔法が使えるようにはならないのですね」


 彼女は残念そうにそう続けた。


「ええ。こればかりはどうしようもない気がします」


 俺自身が千年後の世界でどうしようもなかったことだ。


 あの世界で俺が受けた屈辱感や劣等感、敗北感を考えると、いたたまれない気がする。

 魔法なんて教えるべきではないのではないかとさえ思えるのだ。


(でもどうせハルト一世が現れて魔法が復興されたら、同じことが起こるんだよな)


 そう思って俺は悩むことをやめた。


 俺が彼を探すために故郷のヴェスティンバルを出て、もう五年になる。

 さすがにそろそろハルト一世が動き出すはずって、ずっと思っているのだが、彼は一向に姿を見せなかった。


(もしかして俺がクーメルやアンクレードを連れ出してしまったからか?)


 俺はそう考えて、恐ろしさに身が震える気がした。


 たしかに俺はこの世界には異質な存在、未来からの転生者だ。

 その前には現代日本に生を受けてさえいた。


 そんな俺がこの世界に存在し、そしてハルト一世に仕えようと画策したことで、この世界の運命に大きな影響を与えてしまったのではないかと思い当たったのだ。


「ハルト様。どうされたのですか? お顔が真っ青です」


 イレーネの声に俺は我に返った。


「いえ。何でもありません」


 そう答えながら、だが俺は彼女の境遇についても考えずにはいられない。

 皇妃となるべき彼女が、俺なんかと結婚することになってしまったのだ。


 それは許されざる転生者の世界への介入なのかもしれなかった。


「とてもそうは思えません。大丈夫ですか?」


 だがこうして俺を心配してくれる彼女に、俺は既に出会ってしまったのだ。

 それはもちろん俺のこの世界の未来に関する知識から始まっているのだが、もう俺はそれについて迷うことをやめたのだ。


「ええ。本当に大丈夫ですから」


 たとえハルト一世が現れたとしても、彼にイレーネを渡すなんてできない。

 そう思ったからこそ、俺はイレーネとの結婚に踏み切ったし、彼女もそれを望んでくれていたと信じている。


「そうですか。でも少し休まれますか?」


 彼女の気持ちが染み込んでくる気がして、俺は落ち着きを取り戻すことができた。


「いえ。そろそろ次の町へ向かおうと思うのです」


 相変わらず訪れた町では、そこにハルト一世がいないか探している。

 彼が現れたら俺はすべてを彼に託し、彼の下でこの世界の統一に尽力すればいいのだ。


 そうすれば彼はまだ知り合っていないイレーネのことは、俺の妻として認めてくれるのではないか。

 俺は改めてそう思っていた。





【ハルト一世本紀 第五章の十九】


 キルダへと向かう前に大帝は皇妃とパラスフィル地方を巡幸された。


「陛下のご尽力によって、この地にも光が射すのを見るのは大きな喜びです」


 皇妃はそう言って、大帝がこの地方に恩沢を施されることを寿(ことほ)がれた。


「この地に光が射したとすれば、それは皇妃がここにいるからであろう」


 大帝は皇妃がいかに民に心を寄せられているか良くご存知だった。


「お二人の姿を拝見することは、民にとってこの上なき喜びです。彼らはお二人がこの地を開かれることにいかに心を砕かれているかよく知っています」


 同行していた謹厳な近衛騎士団長が珍しく慌てた顔を見せてそう言うと、


「では光が射したのは皆がいるからということにしよう」


 大帝は愉快そうに笑いながらそうおっしゃった。


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