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第百三話 魔法担当の宰相

「もちろんです。ハルト様は我が国の貴族でもありますから。それに学校の建物の建築費や教師に支払う報酬その他、学校の運営に掛かる経費もすべて公国が負担いたします」


「そうなのか。それはありがたいな」


 俺はその条件でパラスフィル公国へ向かおうと考えた。

 イレーネとのハネムーンも兼ねて、ゆっくりできればいいななんて思ったのだ。


「ハルト様。ご存知のとおり公国はかなり南北に長い国ですぞ。一々アイヴィクの宮廷にお伺いを立てていては、いつまで経っても学校の運営は軌道に乗らないのではないですかな?」


 シュルトナーが口を挟んできて、言われてみればそのとおりだ。

 彼は俺がそれを口実にずっと戻って来ないことを牽制しようとしているのかもしれなかった。


 だが、学校の建設や運営にはそれなりの資金が必要だから、あちらに負担してもらう以上、仕方がない気もするのだが。


「そうは言っても、元は領民から集めた税だろう。勝手に使うわけにはいかないじゃないか」


 俺の口にした意見は、現代日本の常識に囚われたものだったらしい。


「大公から権限さえ与えていただければそうでもありませんな」


 シュルトナーは、別にある程度は領主が気ままに使っても問題なさそうな口ぶりだ。

 この時代の税の使途なんて、その程度のものなのかもしれなかった。


「俺がパラスフィル公国の税を使う権限をティスモス大公から与えてもらうのか?」


 シュルトナーは簡単に言うが、税を集めたり使ったりって、それこそ国王の、パラスフィル公国の場合は大公の権限の最たるものではないのだろうか。


「さようです。そうでもしなければ、各地に学校を作るなど、どれだけ時間が掛かるかわかりませんぞ」


 実際、ジャンルーフ王国内でさえ、俺が各地を巡って学校をスタートさせるのにかなりの時間を要したのだ。

 それでも俺はジャンルーフでは王国の予算をかなり自由に使うことができたから、その点で苦労することはなかった。


「そうかもな。そうすると学校に関する予算だけは、俺が自由に決められるってことにしてもらえればって、やっぱりそんなのは無理なんじゃないか?」


 考えれば考えるほど、パラスフィル公国の税金を隣国の宰相である俺が勝手に使うなんて許されない気がしてきた。


「それがハルト様の条件だとおっしゃるのなら、その旨を大公にお伝えしましょう。さすがにそこまではここでは即答は致しかねますが、お許しいただけるように私も努力いたします。ですから何卒、今回のお話、受けていただきたいのです」


 コラリウスは熱意をもって俺に勧めてくれる。

 それはあのアイヴィクの夜と同じ感覚を俺に抱かせた。


「俺は行ってみたいな。あの国の海辺はたしかに美しいし」


 それに俺はこの半年、結婚の準備をしながら魔法の教本を書き進めていた。

 魔法が使えるようになれば、この教本を読んで鍛錬を繰り返すことで魔力を強め、少しずつ高度な魔法も使うことができる。俺はそう思っていた。


 だからそれを実際の学校で試してみたい。そんな希望もあったのだ。



「ハルト様がそうお考えなら。私も行ってみたいです」


 イレーネもそう言ってくれたし、クーメルやシュルトナーにも異存はないようだった。


「ダニエラをお連れいただき、定期的に使者を寄越していただければ。ご判断が必要なものは指示を仰ぐようにいたします」


 この半年の間に積み残していた懸案も片付いたし、俺がふらふらしているのはいつものことって奴らしい。

 そもそも俺なんかお飾りに過ぎないのだから。


「じゃあ。コラリウスの帰国に合わせて、俺もアイヴィクに伺うよ。それで構わないか?」


 俺の返答に、彼は目を輝かせてくれた。


「ティスモス大公も喜びます。きっとハルト様にご満足いただけるよう努めますので」


 そう答えてくれて、随員を先行させ、俺たちとともにアイヴィクまで行ってくれると申し添えてくれた。


「じゃあ。よろしく頼む」


 俺の方も召使いたちに出立の準備を頼んだ。



 そして一週間後、準備を整えた俺とイレーネは、ダニエラの指揮する少数の兵に左右を護られた馬車に乗り込んでスフィールトの町を出発した。


「私も同乗させていただいて、恐縮です」


 プレセラ司祭も周辺の町の教会を訪ねながらリュクサンダールへ帰ると言っていたので、俺が誘ったのだ。


「いいえ。司祭様に同行していただけるなんて、とても心強いです」


 イレーネは信仰心も篤いから、彼女が一緒にいることで落ち着くようだし、俺も癒しの魔法を使える彼女がいてくれれば、万が一、何かあった時に安心だなって思っていた。


 馬車はスフィールトから南下し、途中でサリハヤ川沿いに出て、そのままジャンキールの町へと進んで行く。

 そして町を越えてさらに進むと、そこはもうパラスフィル公国との国境だった。


「これもハルト様が『妖精の森』を開いたおかげですね」


 イレーネが嬉しそうに言ってくれるが、森を開いたのはエルフたちだ。

 俺がそう答えると、プレセラ司祭も、


「以前はスフィールトからはハルファタへ出られるしかなかったのですよね。ご謙遜されることはないと思いますが」


 そんなことを言ってくれる。

 まあ、あの時は俺もベヒモスと戦って大変ではあったが。


 国境も俺はジャンルーフの宰相でパラスフィル公国の貴族でもある。

 なによりコラリウスが一緒にいるので、詮議を受けることもなく無事に通過することができた。


 そしてそのままサリハヤ川沿いを南下して海岸に至り、その東にあるパルヤの町に入った。



「ハルト様。海がとても綺麗です」


 イレーネがそう言って窓の外を指差した。

 プレセラ司祭も窓から外を眺めている。


「ああ。綺麗だな」


 これまで俺はずっと各地を巡りハルト一世を探してきた。

 だからゆっくりと美しい景色を眺めるなんて、あまりしてこなかった気がする。


 今は愛するイレーネも隣にいてくれるし、彼女の言うとおり素直に海の美しさを感じることができるような気がしていた。



 美しい海も一週間も見ているとさすがに慣れてくる。

 俺たちはパルヤの町に滞在を続けていた。


「私は今日も教会へ行ってまいります」


 その間、プレセラ司祭は町の教会へ赴き、信徒やジャンルーフからの巡礼に癒しの魔法を施しているようだった。

 俺の方は特にすることもなく、ダニエラの下に来た連絡の兵も「特段の報告事項はございません」なんて言って、ジャンルーフ王国は平和なようだ。


 それ自体は喜ばしいことなのだが。


「シュルトナーの言ったとおりだな。これで毎回アイヴィクの許可を求めていたんじゃ、何もできないな」


 俺は早く学校を開設したいのだが、さすがにこのパルヤの町の領主にそう命じることはできない。

 とにかく大公の許可を待つしかなさそうだった。


「これまでハルト様は走りどおしでしたから。私はこうしてゆっくりさせていただいて嬉しいです」


 イレーネが優しくそう言ってくれるのだけが救いだった。



「ハルト様。大公の許可が下りましたぞ」


 その日の夕、コラリウスがそう言って一通の文書を届けてくれた。


「なになに? 俺を『魔法及び教育を司る宰相に任じ、それに必要な金銭の支出、資産の使用等の執行の一切を委ねる』だって?」


「遅くなって申し訳ありませんでした」


 コラリウスはそうして謝罪の言葉を述べながらも満足そうだ。


「ティスモス大公も思い切った措置を取ってくださいました。これもハルト様のお力を良く理解しているからなのです」


 ついでにここパラスフィル公国でも俺は侯爵って扱いになるらしい。


「いや。俺なんかが宰相なんて。そんなのありなのか?」


 思わず口調が侯爵らしからぬものになってしまったが、俺は外国人でしかもその国の宰相なのだ。

 そんな俺が限定的とは言え、この国でも宰相になって良いものなのだろうか?


「これまでにも例はありますから」


 コラリウスは涼しい顔でそう言ったが、後で聞いたところによると、それはかなり限られた場合らしかった。

 小国同士の国王と女王が結婚し、将来の両国の統一を目指して統治機構をまとめておくとか、そもそも同君連合の両国の宰相を兼務するとか、そういった例が少しあるだけだ。


「そうか。じゃあ、いいか。でも一応、クーメルたちには報告しておこう」


 俺はその過去の事例ってのを知らなかったから、気軽に受けてしまったが、念の為クーメルたちにも知らせておくことにした。

 まあ、俺は過ちを犯したところで、彼ならそれを上手く挽回してくれるだろうって意識もあった。


「そうするとこの町の領主に指示を出すこともできるんだよな?」


 俺の問い掛けにコラリウスは胸を張って答える。


「もちろんです。宰相職の権威は絶大ですから」


 俺も以前はジンマーカスに命ぜられて各地の町の開墾だの河川の改修だのをさせられたのだ。

 同じようなことがこの国でできるってことだろう。


「まあ、無茶はしないさ。権限も限定されているみたいだしな」


 俺は別に嫌味を言ったわけではなかったのだが、その言葉にコラリウスは慌てていた。


「そのようなことはありません。宰相なのですから」


 魔法と教育を司る宰相って、何となく文部科学大臣って感じがするが、とりあえず学校の設立については問題なさそうだった。


「じゃあ、早速始めるか」


 俺はイレーネ様と以前ジャンルーフ王国で行ったように、学校の設立を依頼するために領主館を訪れたのだった。





【ハルト一世本紀 第五章の十七】


「陛下に我が領の一切を委ねます」


 パラスフィル地方を治めていた者は、大帝の婚礼に使者を遣わし、そう申し出た。


「すべてを委ねんとするは殊勝なれど、まずは望まれることは民を安んじることである。そのためには将来を見据え、民に教育を施すことこそ肝要であろう」


 大帝はそうおっしゃって皇妃を伴い、かの地を訪れた。


 パラスフィル地方はジャンルーフに続き、大帝の支配に服することとなり、それ以外の地域の先鞭となった。


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