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第九話 代官シュルトナー

「それにしても、よくこの町の領主など引き受けられましたな。いや、私同様、お三方とも実質は流罪といったところですか?」


 シュルトナーはまた、その話を蒸し返してきた。


「私などは代官とは言っても、この町の現状をどうしようもありませんでしたからな。新しい領主に引き継ぐことができて、少し肩の荷を降ろした気持ちです。油断はできませんがね」


 俺は彼が何を言いたいのか分からず、クーメルの顔を見ると、彼は「コホン」と空咳をした。


「そのあたりは心配はご無用かと。王宮はハルト様のお力を見誤っていますから」


 彼の言葉にアンクレードも頷いて、


「俺もそう思う。王都の奴らはハルト様の力を俺たちのようにこの目で見た訳じゃないからな。あれを見たら、この町へ送り込む程度でどうこうできるとは思わないはずだ。まあ、あなた同様、王宮は厄介払いすれば良いくらいに考えたんだろう」


「三人とも俺がこの町の領主になったのは理由があるような物言いだけど、何かあるのか?」


 俺はここまでの馬車の中での会話や、シュルトナーが加わってからの議論を聞く中で、ずっと疑問に思っていたことを確認してみようと口にした。


「ハルト様。まさか、この町がどんな町なのかご存知ではないのですか?」


 アンクレードは唖然とした顔を見せるし、クーメルとシュルトナーは黙り込んでしまうし、どうやら王宮の思惑をまるで分かっていないのは俺だけらしかった。



「このスフィールトの町は、以前は隣国へ通じる街道の通る交通の要衝として栄えた町だったのです」


 シュルトナーは、俺に丁寧にこの町の歴史を教えてくれた。


「ですが、もう何百年も前のことになりますが、当時の領民が森の木々を切り倒し、森に暮らす妖精たちの怒りを買ったと言われています」


「それ以来、周辺の森だけでなく、かつての街道まで妖精たちの結界に閉ざされてしまったのです。王都へ向かう街道だけは辛うじて残りましたが、おかげでこの町はそれ以外はどこへも道の通じない、行き止まりに当たることになってしまったのです」


 彼に続き、クーメルも説明をしてくれた。


「けっこう有名な話なんですがね。スフィールトの袋小路とか、どん詰まりのスフィールトとか、どうしようもない状況の代名詞みたいになってますからな」


 アンクレードも言うくらいだから、まあ、それなりに知られた事柄なのだろう。

 俺はどちらかというと、前世の知識に頼り切りの傾向があって、この世界の地理とか、状況とかをしっかり確認していない面は否めなかった。


「ですから、この町へ遣わしておけば、それはある意味、牢獄に閉じ込めたのと同じ効果が期待できると王宮は踏んでいるのでしょう。他所と連絡を取ろうにも、王都近くまで戻らざるを得ませんから」


 この町に着くまでに、何か所かの関所や検問所のような施設を通ったことを俺は思い出した。


「それに代官や領主に任命しておけば、町を離れた場合には、王から任された統治を等閑にしたと罪を鳴らすことができますからな。いかにも王宮に蠢く蛆虫どもが考えそうなことですな」


 今度はクーメルに続けて、シュルトナーが苦虫を噛み潰すような顔で俺に告げる。


「俺はこんな町でゆっくりしている余裕はないぞ!」


 そこまで分かっていたのなら、どうして俺に領地を受けるべきだなんて言ったのか。俺はクーメルを責めたい気持ちだった。


 ただでさえハルト一世の手掛かりがなくて焦っているのに、この上、こんな所で停滞を余儀なくされたら、仕官の機会を完全に逸してしまう。

 そうなったら、俺の計画は水泡に帰してしまうのだ。



 こんな時代の、こんな辺境の町の領主として、流刑同様の境遇で一生を終えたくはない!


 俺の悲痛な思いに、だが、クーメルは何とも思っていないようだった。


「森の妖精の怒りを解けば良いのです。他の方にはとても言えませんが、ハルト様なら何とかされるでしょう?」


「なんと! 奴らの怒りを解くなどと。そのようなこと、可能なのですか?」


 シュルトナーは驚いているが、クーメルは涼しい顔だ。

 アンクレードも自信ありげに頷いているので、彼も同じように思っているのだろう。


「彼らの結界は魔法によるものだと思うのです。この辺りの森は『妖魔の森』と呼ばれて、入り込むと二度と戻れないと恐れられていますが、昔はそんなことはなかったのですよね」


「ええ。先ほども申し上げたとおり、もう何百年も前の話ですがね。それ以前は普通の森だったと言い伝えられています」


 クーメルの問い掛けに、シュルトナーが答えて言った。


「もしかして森の妖精って……」


「エルフです。この付近の森には彼らが住んでいるのです」


 俺の疑問にクーメルがまた、落ち着いた声で返した。

 俺は彼の言葉に、ハルト一世の事績とされるものを思い出していた。


(たしかハルト一世は、エルフ族とも友好関係を築いたのだったな。人間の国をまとめた勢いで攻め込んだりせず、彼らの文化を尊重し、お互いに敬意を持っていたんじゃなかったかな)


 彼は本当に立派な人物だったのだ。



 俺が前にいた千年後の時代にも、エルフたちはいた。

 人間と積極的に関わろうとすることこそなかったものの、敵対することもなく、森で静かに暮らしていたはずだ。


(俺も一度だけだけど、姿を見たことがあったな……)


 稀にだが人間の町にも現れることがあって、俺も実際に彼らを見て、ファンタジー世界という実感を持ったものだ。


「エルフの怒りを解くって、具体的には何をすればいいんだ?」


 いかにも自信あり気なクーメルに俺は尋ねたのだが。


「それは。ハルト様が彼らと話していただいて、彼らから聞いていただかないと」


 クーメルはそんな他人任せな勝手なことを言い出した。


「なんと! 彼らと話されると。そのようなことが可能なのですか?」


 おまけにシュルトナーもそう言うし、俺はますます絶望的な気分になってきた。

 だが、彼らと話すと聞いて、俺の頭に浮かんだことがあった。


「魔法通信か。それならエルフたちと話せるかもしれないな」


 彼らは生まれながらの魔法使いだが、その魔法の系統は人間が使うものとは少し異なる、自然の力を借りるものだ。

 前に俺がいた時代では、俺たち人間の使う魔法にはその威力では及ばなかったが、逆にこの時代の衰退してしまった魔法では彼らには敵わない。


 そんなエルフの魔法と人間の魔法の間にも、共通して使えるものもある。

 その一つが、俺が産まれたばかりの時に使って、占い師によるおかしな名付けを回避した魔法通信だった。


「ハルト様は魔法で彼らと話すことができるのですね?」


「ああ。たぶんできると思う」


 この世界では魔法通信で俺に話し掛けてきた人はいない。

 そして俺の呼び掛けに応じた者もまたいなかった。


(唯一の例外はあの占い師だったけど、彼女も俺の通信を受けることができただけだからな)


 俺がこの世界に転生してすぐ、まだ赤ん坊のころに俺に名付けをすると言った彼女に魔法通信を使って話し掛けて、以前いた世界と同じ『ハルト』という名前にしてもらったのだ。

 彼女は神のお告げだと騒いでいたが、占い師なのに普段は神のお告げを聞いていないのだろうか?


「エルフたちが俺と話すことを拒否しなければだけどな。でも、やってみる価値はあると思う」


 魔法通信なんて俺の元いた世界では魔法の使用としては基礎的なものなのに、それさえもこの世界では使える者はほとんどいないようだった。



「じゃあ、森まで案内してくれないか? 俺がエルフたちと話してみるよ」


「本当にそのようなことが? 迷い込んだら二度と戻れぬ妖魔の森ですぞ」


 シュルトナーはそう言うが大袈裟だ。

 たとえエルフの魔法に囚われようと、それを破ることくらい、前の世界では魔法に関しては落第点ばかりだった俺でも何とかできるはずだ。


「では早速、参りましょう。案内はよろしくお願いしますよ。これで、あなたも実質的な幽閉から逃れることができるのですから」


 クーメルがシュルトナーに向かって言って、俺たちは『妖魔の森』へと足を踏み入れたのだった。




【ハルト一世本紀 第二章の六】


 大帝はシルト滞在を楽しまれた。


 国公は早速、大帝を諫めた。


「この地は既に陛下の御徳によって繁栄を得ました。どうして陛下はこの地が栄えることだけに満足され、それ以外の苦しむ人々をお見捨てになられているのですか?」


 国公の言葉に大将軍が続けて奏した。


「既に道は四方に通じ、我らの行く先を遮るものはありません。陛下がどの道を選ばれようとも、臣が先導いたしましょう」


 大帝は鷹揚に頷かれ、次に大宰相をご覧になった。


「陛下はまずは日の上る方へと向かわれるべきです」


 大宰相が吉凶を占い、大帝に東へと向かうことをお勧めした。


「大宰相、大将軍、国公の三人が同じように誘うのであれば、誤りであろうはずはない」


 大帝は彼らの言を容れられ、迷うところはなかった。


 その信頼の尊さに三人は感涙を流す思いで、敢えて大帝を仰ぎ見ることができなかった。


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