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第一話 皇妃イレーネ

「いやですッ! はなして!」


「おとなしくしろ!」


「お嬢様! 貴様ら、お嬢様になにをする……」


 ラマティアの町へと続く街道に争いの声が響く。

 俺たち三人はその声がする場所に向かって走っていた。


(えっ、もしかして盗賊か?)


 近づいてみるとどう見ても良民とは思えない屈強そうな男たちが、若い女性と老人を馬車から引きずり降ろしていた。



 街道を歩いていた俺たちの横を猛スピードで駆けて行った三台の馬車。


「危ないっ!」


 クーメルに腕を引かれ、先頭の馬車を避けるために、俺は街道から草むらに一歩踏み出さねばならなかった。

 呆気に取られているうちに、続いてあと二台の馬車が俺たちの横を通り過ぎたかと思うと「ドカーン」というような音がして、先頭を行っていた馬車は街道脇の立木にぶつかって止まってしまったのだ。


「おい。あれ大丈夫か?」


 俺と同じように道端に馬車を避けたアンクレードはそう言うと、すぐに馬車を目掛けて走り出してしまった。

 俺とクーメルも仕方なく後に続く。

 見ると先頭の馬車だけは煌びやかな貴族でも乗るようなものなのに対し、後続の二台はいかにも無骨な軍で使うようなものに見えた。


 そうして俺たちの目の前で、二台の馬車から降りた七、八人の男たちが、木にぶつかった馬車を取り囲んでいた。


「おーい、待て! お前たち、何してるんだ?」


 アンクレードがなんだか呑気な感じで彼らに話し掛けたので、俺は驚いてしまった。


「知り合いか?」


 俺はまさかと思って聞いたのだが、男たちも虚を突かれたようだった。

 お互いを見合って、首を傾げたりしている。


「いや。こんな物騒な知り合いはいませんよ」


 じゃあ、なんで声なんか掛けたんだと思ったが、もう遅かった。


「ふざけやがって! この場に行き合わせたのが運の尽きだ。やっちまえ!」


 典型的な悪役のセリフを吐きながら、男たちは俺たちに襲いかかってきた。


 男たちはかなり戦闘に慣れているように見えた。


 先頭の馬車の馭者はすでに打ち倒されてしまっていて、引きずり出された初老の男性と先ほど悲鳴を上げていた女性に剣が突き付けられていた。

 俺たちにも四人の男が向かって来る。


「ガシャッ」と音がして、男の剣をアンクレードが受け止める。

 俺は慌てて杖を構えた。


「スリープ・マーヴェ!」


 眠りをもたらす呪文を唱えると、俺の足下に輝いた魔法陣から薄紫色の靄のようなものが湧き出した。

 それは、そのまま俺たちに殺到しようとしていた男たちに向かい、彼らをバタバタと倒し、眠りに落としてしまう。



「相変わらず、すごい威力ですな」


 アンクレードは感心したといった顔を見せるが、俺はさすがに彼を少し睨みつけた。


「いくら何でも軽率なんじゃないか? あんな大人数に」


「いえ。あのくらいならハルト様が呪文を唱える間くらいは、あしらえますから」


 笑顔さえ見せてそう言った彼に、俺の隣にいるクーメルも何も言わなかったから、どうやら彼も同意見らしかった。



「旅のお方。ありがとうございました」


 立木にぶつかった馬車から降ろされていた初老の男性は、俺たちに丁寧にお礼を言ってくれた。


「いったい、どうされたのですか?」


「はい。私はラマティアの町の領主、ファーフレント卿に仕える者。グヤマーンの領主が傭兵を使って、我らの町を襲おうとしていることを王に伝え、それを止めるよう勅書をいただこうと王都へ向かう途中でした」


 どうやら俺たちは、昨晩宿をとったフラツカの町で酒場の噂になっていた二つの町の争いに、いきなり巻き込まれたらしかった。


「そちらの方は?」


 俺が問いかけた若い女性は銀色に輝く首飾りをしていて、身なりからして、どう見ても侍女などではなさそうだ。


「私はファーフレントの娘、イレーネと申します」


 そう名乗った彼女は緊張しているのだろうか、少し固い表情だった。

 だが、凛としたその姿からは気高さが感じられる。

 難を逃れたとはいえ、安心しきってはいないのだろう、その厳しい表情も却って彼女の美しさを際立たせているようだった。


(イレーネ皇妃……)


 俺は突然の彼女の出現に驚きを隠せなかった。


「ハルト様。どうされましたか?」


 クーメルの声に、俺は我に返った。

 どうやら俺はしばらくの間、彼女をまじまじと見てしまったようだった。


「失礼しました。まさかご領主のお嬢様と、このような所でお会いするとは思わず」


 俺が謝ると、彼女は少しだけ笑顔を見せてくれた。


「ラマティアの町の方なのですか?」


「いいえ。そうではありませんが、私たちはラマティアの町に向かうところだったのです」


 さすがに、あなたに会うためにとまでは言うことができず、俺はそう言って誤魔化した。


「今はとにかく、この場を立ち去るべきでしょう。この者たちの応援が来るかもしれませんし、私たちも同道させていただきたいのですが」


 クーメルの申し出に、彼女は頷くと、


「ご迷惑をお掛けします。馭者のラルーも心配ですし、一旦、町に戻るしかないと思います」


「ならば、私が馭者を務めましょう」


 アンクレードはそう言って、さっさと馭者席に乗り込んだ。

 馬車は壁の一部が凹んでいたが、何とか動かすことはできそうだった。



「先ほどあの者たちを倒したのは、あなたですね。いったいあなたは?」


 馬車の中でイレーネ嬢はそう俺に尋ねてきた。


「ハルト・フォン・ヴェスティンバルと申します。王国南部の勲爵士の息子です」


 彼女が聞きたいのはそういうことではないのかもしれないなとは思いつつ、俺はとりあえず答えた。


「ハルト様は魔法を使われたのです」


 俺の隣に座るクーメルがそう付け足して彼女の疑問に答えてくれた。


「魔法……ですか。魔法であそこまでのことができるのですか?」


 やはり彼女の感想も、初めて出会った時のクーメルたちと同じだった。

 ハルト一世が古代魔法帝国の魔術を復興する前、魔法に関する知識はほとんど失われていて、魔法でできることなどわずかな時間、明かりを灯したり、火種を提供することくらいになっていたのだ。



 紀元一千年の魔法帝国再建。

 それは歴史書に特筆大書された、大帝ハルト一世とその忠勇なる家臣たちによってなされた一大事業。


 そして今はその十五年前、九八五年に当たる。


 俺の前世、今俺が生きている世界から約一千年後と思われる世界で得た知識が正しければ、これから十五年の後にハルト一世が魔法帝国を再建することになる。


 俺は前世の記憶を活かし、魔法帝国を再建する自分と同名の彼を探し出して仕官しようと、十五歳になったのを機に家を出て、彼を探す旅に出ていた。

 そして仕官をより確実にするため、彼の七功臣となるであろう二人の男を伴ってもいた。



「ハルト様は古代魔法帝国時代の魔法を使われるのです」


 俺の左に座る賢者、将来、ハルト一世が建国した魔法帝国で大宰相となるクーメルは、イレーネ嬢にそう教えてくれていた。


「古代魔法帝国時代の魔法ですか……」


 イレーネ嬢は信じられないといった顔を見せる。それを見たクーメルは頷くと、俺たちにいつも見せるしたり顔を彼女に向けた。


「私も馭者を務めているアンクレードも、いまだに信じられない気がしますが、先ほどご覧になったとおりです」


 アンクレードはハルト一世の下で八面六臂の活躍を見せる大将軍だ。

 ジャンルーフ王国内の小さな町で武官を務めていた彼も、俺の求めに応じて同行してくれていた。


「そうですね。私も信じられない気がします。でもハルト様が魔法で私を救ってくださったのは事実ですから」


 彼女はそう言って俺の魔法の力を認めてくれたようだった。

 彼女が言ったとおり、その効果を目の当たりにしたということが大きいのだろうが。



 そもそも俺がラマティアへ向かおうと考えたのは彼女、将来ハルト一世の皇妃となるであろうイレーネ様に近づくためだった。


 家を出てハルト一世を探す旅に出た俺は、だが、彼についての手掛かりを何も得られずにいた。


 将来の大宰相のクーメルと大将軍のアンクレードと行動を共にしているのに、彼が接触してくる様子もない。

 そこで彼とさらに縁の深い彼女のことを思い出したのだ。


(たしか、皇妃イレーネだったよな。彼女をマークしていれば、さすがにハルト一世に出会えるだろう)


 将を射んと欲すれば、まずその馬を射よなのだ。かなり迂遠な気もするが。


「貴族の娘で、イレーネっていう名の者を知らないか?」


 俺はクーメルに聞いてみた。


「この近くでとおっしゃるなら、たしかラマティアの町の領主、ファーフレント卿の娘がそんな名前だったと思いますが……」


 彼は本当に博識だった。その彼が何故かハルト一世のことだけは知らないというのは、謎としか言いようがないのだが。


「じゃあ、そのラマティアへ向かってみよう」


 特に行く当てのない俺たちは、ハルト一世の手掛かりを求め、彼の妻になる可能性のあるイレーネ嬢がいる、ラマティアに向かったのだった。




【ハルト一世本紀 第一章のニ】


 大帝がラマティアへ足を向けられる途中、天は俄かに掻き曇り、一向に異変を知らせた。


「運命の(わだち)が、向かって来ようとしています」


 大宰相クーメルの言葉に、大帝は頷かれた。


 その時、皇妃を乗せた馬車が賊徒に襲われ、大帝を頼って寄せて来られた。


「我が妃を害するは何者ぞ」


 大帝の言葉に賊徒は魂を挫かれ、色を失った。

 さらに偉大な魔法が彼らを襲い、打ち倒した。


「ひと目見た時から、あなたを頼るべきだと感じておりました」


 皇妃は安堵の息をつかれ、大帝に感謝を捧げた。


 二人が互いを知ることは、初めからかくの如きであった。


『ハルト大帝建国記〜転生したのに仕えるべき主君が見つかりません』第一話をお読みいただきありがとうございます。

 この先も引き続きお読みいただけたら嬉しいです。


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