弐
「江美里、誕生日おめでとー」
たくさんのクラッカーの音に包まれ、私は目を覚ました。目の前にいるのは、友達の春香と明菜、それに両親と弟まで豪華な食卓を囲んでいた。
「ほらほら、ボーッとしてないでロウソクの火、消しなよ」
春香と明菜の二人に腕を引っ張られ、ケーキの前に立つ。やっぱり、アレは夢だったんだ。転生して、ハマった乙女ゲームの世界へなんてそんな漫画みたいな話あるわけない。私は、現実世界で、日本でちゃんと生きてる。よかった。
ホッと安堵しながら、私はロウソクの火を吹き消した。
「さぁ、江美里、座りなさい。今日は、あなたの好きなローストチキンも用意したわ」
自分の好きなものを覚えていてくれて嬉しかった。私は、お母さんにお礼を伝えるとローストチキンに手を伸ばす。
しかし、私の手はローストチキンをすり抜け、掴むことができなかった。
「あれ…………?」
「江美里、食べないの?」
「食べたいんだけど…………」
まるでローストチキンが私の手を避けるかのように、手に取ることができない。そんな様子をみたお母さんはため息をはいた。
「また、夕食前に何か食べたんでしょう。仕方ないわねぇ、食べられないなら、私たちで食べちゃいましょう」
「はーい」
「やったー」
食べられないなんて残念ねーと家族と友人は語らいながら、皿の上のローストチキンを食べていく。
私はその光景に、ホロホロと涙が溢れてきてしまった。
「どうして、どうして食べられないの……」
––––ロー…………ま
「お母さんもお父さんも、みんな、私の目の前で食べてズルい!」
––––ローゼさま!!
「私のローストチキンーーー!!!」
なんて叫びながら起き上がると、心配そうにフリージアが私の手を握っていた。
「…………フリージア、ちゃん?」
あら、何故ここに、乙女ゲーのヒロインが?と混乱している私の様子に気づいたフリージアは説明しはじめた。
「ここは、学園の医務室です。倒れたローゼ様をシスル様に頼んでここまで運んでいただきました。どこか痛いところはありますか?」
「…………えぇ、シスルさま!?ぁ、いたぁ」
「大丈夫ですか!?少し見せてください」
少し頭を傾けると鈍い頭痛がして、痛んだところを手でおさえる。すると、フリージアちゃんは、すぐさまその場所をみてくれた。いじめっ子にも優しいフリージアちゃんは、女神の化身だろうか?
「少し、腫れています。倒れた時に打ってしまったのかもしれませんね。頭なので、なにかあっては大変です。今日は、ここで1日休まれた方がいいかもしれません」
「そうですわね。今日はここで休ませてもらいます。ありがとう、フリージアちゃん」
にこり、と笑ってお礼を伝える。ありがとう、ごめんなさいは何よりも伝えなきゃいけない大切な言葉だ。どんなに近しい間柄だとしても、それは変わらない。
だというのに、なぜフリージアちゃんは可愛い目をまんまるにして驚いているのだろうか。
「どうかしました?」
「あ…………いいえ、なんでもないです」
「そう?」
慌てて首を振るフリージアちゃんが不思議で、内心首を傾げるが追求することでもないので、それ以上聞かなかった。
それから、フリージアちゃんは、授業に出るからと医務室から出て行った。
「…………とりあえず、覚えていることの整理をしましょうか」
ここは、乙女ゲーム【ディアガーデン】の世界。
私が転生したのは悪役令嬢、ローゼ・ブランテ。ローゼは、ヒロインのフリージアをイジメ、中盤から出てくる魔物もフリージアを亡き者にするためローゼが送り込んだと思われる。しかし、魔物とローゼは関係ない。たくさんの星が流れ落ちた夏の夜以降、魔物が出るようになるのだが、それは全部魔王が魔物の核となる魔石を国中にばらまいたから。
フリージアをいじめていたが、亡き者にしようなどとローゼはおもったことがなかったのである。それなのに、クリスマスの日に魔王と一緒に消されてしまった。
「って、後日発売された設定資料集に書いてあったけど、かわいそうなものよね。さて、他のキャラの攻略ルートは………………」
思い出そうとしてしばらく、ローゼはカチリと固まっていた。トン、トン、とベッドの柵を指で叩くが何も思い出せない。
「待って、まって……シスルくんは!?」
我が愛しのシスルくん、生存ルートを探すためめちゃくちゃ頑張ったのを覚えている。
ヒロインとくっついた他のキャラは、バッドエンドでもハッピーエンドでも助かるのに対してシスルくんは他のキャラのルートでも死に、自分のキャラのルートではバッドエンドで、フリージアちゃんの魔力を補填するため全部の魔力を渡してしまい死亡。ハッピーエンドでは、魔力の補填をしても助かるものの、後遺症で記憶が3日たもてない身体になってしまい、自分のことすら忘れてしまう。ただ、覚えているのはフリージアちゃんがくれた、花のシオリだけ。
こんな結末ってない。
私の推しがバッドエンドでも、ハッピーエンドでも幸せにならないなんてイヤだ。だから、私はサイトでシスルくんが幸せになるルートの夢小説を書いた。フリージアちゃんとは違う、異世界からやってきた高校生の女の子。それが、シスルくんを幸せにする者。
「…………うん、よく覚えてる」
シスルくんルートのことは覚えていてホッとする。
「シスルくんだけ、覚えているなんてどんだけシスルくん好きなのよ、私。まぁ、私らしいけどさぁ」
シスルくんの部屋の壁や照明、はたまたシスルくんが大好きな本の一冊になりたい。彼が幸せになるのをそばで見ていたいなんて、考えるくらいシスルくんが大好きだった。
「近くの物じゃなくて、者になっちゃったけど」
しかも、嫌われている悪役令嬢。シスルくんへの想いは報われない。けれど、画面の向こう側にいたときよりはシスルくんを幸せに導ける。
「よし…………きめた!」
私、悪役令嬢、ローゼ・ブランテは最推しのシスルくんを幸せに導くことに決めました。もちろんローゼこと私も死なずに生きて、領地の端っこでひっそりと暮らすのが目標で!
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