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前編

この番外編には監禁・虐待・マインドコントロール要素があります。閲覧の際は注意してください。

蛇足と感じる方は、このまま見なかったことにしていただけると幸いです。

 リリーティア・ディークレスは、清廉な乙女だ。


 ふわりと広がる栗色の巻き毛は楚々とした印象を与えるし、ほんのりと桜色に色づいた唇にはいかなる時も微笑が浮かんでいる。なによりも、温かな橙色の瞳はまっすぐで、自信に満ち溢れていた。


 常に正しい、清らかなる王女。

 彼女が内包する聖性は、幼い彼女をいじめようとした二番目の王妃ままははが、一目見ただけで己の罪を悔い改めたほどだと言われている。


 だが、その逸話を自分の前で口にする者がいると、リリーティアは決まって顔を赤らめる。

 そして、はにかみながらこう答えるのだ──「あの時のわたくしはまだ幼くって。お義母かあ様を屈服させるまで、一か月はかかりましたのよ?」と。



 一番目の王妃は無事に長男を生むという大役を果たしたが、その二年後に長女を出産した折りに力尽き、儚くなった。

 父王は最愛の女性を奪った娘をもてあましたし、幼い兄王子は母が帰ってこないという事実を理解できない。リリーティアの誕生を祝ったのは、自分の命を賭してまでその生を願ってくれた母親しかいなかった。


 生まれた時から腫物扱いを受けたリリーティアは、無能な数名の使用人達と一緒に辺境の離宮へと追いやられた。

 国自体は裕福とはいえ、すべての領土が豊かと言えばそうでもない。広大な版図が仇をなし、中央の加護を得られない僻地が点々とあった。リリーティアが送られたのも、天災が多くて人が根づくには厳しい土地だ。物心もつく前に厄介払いされた幼い王女がどう育つかなど、誰も気にしようとしなかった。


 リリーティアの誕生から十年が経った日のことだ。国王は二番目の妃を迎えていて、彼女との間に第二の王女と第二の王子も授かっていた。すっかり気持ちの整理がつき、第一の王女の存在を思い出した王は、なんとなしに辺境の離宮を見に行くことにした。


 そこで彼が目にしたのは、十年前とは見違えるようにきびきびと働く使用人達と、山のような献上品を運び込む近隣の村の住人達、そしてそれらすべての上に君臨するたった十歳の女の子の姿だった。


 幼いながらに高貴さを醸し出すその童女の横顔には、かつて愛した妻の面影がある。それにしても、寂れていたはずのこの地の栄えようはいかなるものか。

 王と、彼に随行していた側近達は、慌てて離宮の人間達に事情を尋ねた。瞳孔を全開にした彼らは口をそろえてこう答える──リリーティア王女殿下が、我らの目を覚まさせてくれた。


 とうのリリーティアは無邪気に微笑むだけだ。初めて会った父にも臆した様子を見せない肝の太さは、堂々たる王族らしいとして歓迎された。

 このいたいけな幼子おさなごの笑顔が人の心を溶かしたのだろうとみな納得し、幼いながらも淑女として不足なく教育が施された彼女を宮廷に連れ帰ってはどうかと意見が挙がった。もちろん、辺境にあっても王女に礼を尽くした使用人達も一緒にだ。


 忘れられていた王女であってもたっとんだこの地の民には十分な報酬を渡し、王は故郷との別れに涙を見せる娘とともに王宮へと帰還した。


 突然現れた異母姉の姿に、幼い第二王女と第二王子は反発した。実の兄である第一王子ですら、初めて目にした同腹の妹の姿に戸惑った。母を奪った元凶だと、分別のつかない子供ゆえに歪んだ覚え方をしてしまっていたせいで、第一王子にとってリリーティアは受け入れがたい存在だったのだ。

 二番目の妃も胸中穏やかではない。せっかく生んだ自分の子供達への王の関心が、継子に奪われてしまうのではないか、と。

 そこで二番目の妃は、王の子達にあることないこと吹き込んで、使用人達にも冷遇するように命じ、この第一王女を緩やかに排斥しようとした。妃の思惑通り、リリーティアは宮廷から孤立した……はずだった。


 一か月後、慈愛に満ちた笑みを浮かべたリリーティアに、宮廷中の人間が跪いていた。彼女を嫌っていた王族も、嫌がらせをしようとした使用人も、もはや誰も彼女に弓引こうとは思っていなかった。


 齢十で宮廷を陰ながら掌握した王女、リリーティア。その心には、歪んだ悦楽が芽生えていた。

 悪意と敵意の中で生まれた彼女は、そのすべてを叩き潰さなければ育つことができなかった。だが、彼女にはそれを可能にする天性の素質と、逆境の中で愉悦を見出す才能があった。


 ──わたくしのことを小娘だからと侮る人達は、間違いに気づいた時にどんな顔で許しを請うてくれるのかしら?

 ──わたくしに意地悪しようとした人達は、自分がされる側になったらどんな悲鳴を上げてくれるのかしら?


 “悪”を導いて改心させる、絶対の聖女バケモノ

 ゆえに彼女は常に正しく、清らかなのだ。



 父王すらも差し置いて宮廷の畏怖を集めるリリーティアも、年頃になるにつれてロマンスに関心を寄せるようになった。

 だが、中々理想の男性が見つからない。というのも、リリーティアの好みに合う貴公子──不遜で怠惰で恐れ知らずな愚か者は、リリーティア自身の手ですでに調教してしまっていたからだ。


 賭博狂いに女狂い、芸術家気取りの穀潰しから七光りのぼんくらまで。落伍した貴公子達を見かけるたびに、リリーティアは“聖女”として対応して更生させ、心酔させた。そしてリリーティアは、己の嗜好に気づくことになった。苦しむ美形が好きなのだ、と。


 リリーティアに目をつけられた元落伍者の道はふたつ。ひとつは心を入れ替えて、まっとうな人間として上流階級に返り咲くこと。ひとつは性癖を歪められ、リリーティア親衛隊の一員として一生を終えること。どちらの道を辿るか、確率は半々だった。


 リリーティア親衛隊に籍を置く者の役割は、側仕えから護衛の騎士まで幅広い。リリーティアに調教されて、リリーティアに絶対の忠誠を捧げていれば、性別を問わず採用された。

 ただ、残念ながら親衛隊の者達とは付き合いが長すぎて、すでに結婚相手ニンゲンとはみなせない。どこかに新しく飼い馴らせる者はいないかと周りを見渡すも、本当の意味でまっとうな貴公子達は目をそらすばかりだ。だってリリーティアに気に入られようものなら、ダメ男のレッテルを貼られたも同然になるのだから。俗に言うクズ野郎どもをみごとに更生させるリリーティアを救いの女神と崇める声もあったが、だからこそそんな彼女が目をつける男はどうしようもないクズに違いないという共通認識が宮廷には存在した。


 第一王女という身分にもかかわらず嫁ぎ先がないというのは、王家としても沽券にかかわる。王家に忠実な老貴族の後妻にしてはどうかという声もあったが、表向きには何の瑕疵もない王女を雑に降嫁させれば諸外国からいらぬ好奇心を寄せられるだろう。そこで考案されたのが、苦情など届かないような遠い国に嫁がせることだった。


 まだ見ぬ下僕との素敵な恋・・・・を夢見るリリーティアは、自身の親衛隊である忠実かつ肉体的にも精神的にも屈強な側近達を引き連れて、遠方の国へと侵攻した。


 そこでリリーティアは、運命の出逢いを果たす。バールトン公爵家の長男、クラウス・バールトン。すでに婚約者がいるようだが、あの冷徹さを漂わせるいかにも傲慢そうな美貌の前ではその程度のことは問題にもならなかった。


「なんて理想的な殿方なのかしら……!」


 感嘆のため息をつき、リリーティアはうっとりと呟く。頬を赤らめて麗しの貴公子を見つめる姿は、まさしく恋する乙女そのものだ。どんな風に辱めてあの整った顔を歪めさせようか考えていなければ、だが。


 そしてリリーティアは、望み通りクラウスを手に入れた。

 リリーティアが欲しいと言ったから、そうなったのだ。

 クラウスの意見など聞いていないし、どうでもいい。

 どうせそのうち、クラウスのほうから飼ってほしいとねだることになるのだから。

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