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探索計画の見直しとラフリクスの思惑

「エリアーナ、どこにいたの?」


 師令官テントの前の人だかりに紛れると、グレンがいつの間にか隣にいた。何か感じたのかあたしの腕を掴みスンと鼻を鳴らす。


「自分のテントとか倉庫テントとか、モンキーポッドの上とか」


「誰かと会ってた?」


「リックとかルーとか」


 あたしは適当な名前を何人かあげる。もちろんイヌエンジュのことは言わないけれど、グレンに手を握られてわずかに罪悪感が芽生えた。


 草原に出ると獣人たちは仲の良い者同士で集まって十数個の群れができている。その隙間から師令官と探索隊長二人の姿が見えた。


「エリアーナ、何かあった? ぼんやりしてる」


「あ、うん。探索後のこと考えてた」


「密林で合流したあとどうするの? 駐屯地に戻る?」


 グレンはそのままあたしとアルヘンソ辺境伯領に抜けたいのだろう。イヌエンジュにも探索に行くと言ってしまったけど、駐屯地を離れるかどうかもう一度考え直してみる必要があった。


 いくら師令官の魔力が強くても魔剣士に結界を張ることはできない。ラフリクスに火炎魔法を使われたら何割の獣人が闇の森にたどり着けるだろう。


「ラフリクスが駐屯地を襲うかも」


 耳元で囁くと、グレンは「えっ」と目を見開いてあたしを見た。幸い内緒話を聞かれるほどの距離に人はいない。


「エリアーナ、それ、誰に聞いたの?」


 グレンは聞きながらチラッとイヌエンジュに目をやった。察しはついているらしい。


「また後で詳しく話す」


「エリアーナ、魔術師は獣人の敵だよ」


 ――魔術師は獣人の敵。


 それは獣人奴隷たちの常識だ。獣人を捕まえて奴隷紋の焼き印を押し、魔術で脅しながらこき使うのが獣人奴隷にとっての魔術師なのだから当然と言えば当然。


 聞いた話だと魔術師のいない土地では猛獣獣人が人間相手に威張り散らすこともあるようだけど、基本的には奴隷もしくは奴隷扱いされるのが獣人の宿命だ。魔術師とは魔術の使える人間(・・)だから、いくら役立ずでも魔力のない人間を優遇する。


「第二十五次探索計画についてだが――」


 拡声魔法具を通して師令官の声が広場に響き渡った。その口から説明された探索計画はこうだ。



 ――明日、二つ目の月が昇り始めたら第一探索隊長が足の速い大型種の獣人を連れてアルヘンソ側の国境方面へ出発。


 第三探索隊長は夜目の効く小型種を連れてその後に続き、中間地点あたりで待機。


 駐屯地に残るのは爬虫類種など獣化しても移動速度が変わらないか遅くなる種族。


 夜明けを告げるキイロオナガドリが鳴いたら駐屯地に残った獣人も含め三部隊それぞれが探索開始。


 闇の源の手がかりを見つけた者はすぐに駐屯地に帰還し指示を仰ぐ。そうでなければ日没を目途に帰還――



 ということらしい。最後の『闇の源を見つけたら云々』というのはいつもの探索と同じお決まりの文句だ。


 師令官も二人の探索隊長も、説明を聞いている獣人たちも、今回の探索が『偽装タカイラ探索』だと分かっている。その上で、それぞれ思惑があって師令官の嘘に乗っかっていた。ラフリクスは獣人が魔術師を恐れて逆らえないと考えているようだけど、獣人たちは脱出計画を狂わされたくないだけだ。


「質問がある者はいるか?」


 集まった獣人を師令官がぐるりと見回した。下手に質問しても藪蛇になると思っているのか、獣人たちは仲間と顔を見合わせている。


「あの」


 手をあげたのはイヌエンジュ。小心者のくせに彼の行動はたまに予測がつかない。


「雑務係はどうなりましたか? 獣人が全員いなくなったら困るかと」


 イヌエンジュが尻すぼみに声を小さくしたのはラフリクスに睨まれたから。


「ネヴィル師令官、雑務係を希望する者はいなかったんですよね? どうせこの探索が終われば駐屯地は閉鎖なのだから全員探索で問題ないでしょう」


 閉鎖と聞いてほとんどの獣人が驚いているようだった。


「閉鎖って本当ですか?」


 誰がというわけではなくそこかしこから同じ質問が飛び交い、師令官が口を開く。


「駐屯地がどうなるかまだ本隊に確認していない。だが、闇の森制圧計画は今回の探索をもって打ち切りになることが決まっている」


 満足げにうなずいていたラフリクスが、「だが」と言う師令官の声に眉をひそめた。


「駐屯地が閉鎖になるにしても雑務係は必要だ。探索遂行中も駐屯地を維持しなければならないし、そうだな、雑務係は鳥人がやってくれ」


 鳥人たちは困惑気味に顔を見合わせ、ラフリクスは「師令官」と苛立ちを露わにした。


「鳥人は一番移動速度が速い種族です。わたしの部隊に入れることにしたではありませんか」


「よく考えたら鳥人は夜目が効かないから夜間の移動に向かない。雑務係でなくとも駐屯地に残した方がいい」


 駐屯地にいる鳥人で夜目が効かないのは二、三人。残りの十数人は夜でも普通に目が見えるし空を飛べる。


 師令官は分かっていて何か企んでいるようだけど、ラフリクスはそういったことに疎かった。魔術のことは詳しくても獣人のことは十把一絡げに『獣人』と把握しているだけ。誰が鳥人かすら分かっていない。


「頼めるか?」


 師令官が問いかけると、鳥人たちは『師令官が言うなら』という顔でうなずいた。


「そういうことでいいですね、ラフリクス隊長」


 淡々と告げる上官に、ラフリクスは苦々しい顔で「仕方ありません」と返す。今朝の会議から態度を変えた師令官のことがずいぶん気に食わないようだ。


 ――ラフリクス隊長の考えがおれに分かると思う?


 イヌエンジュはそう言っていたけど、ラフリクスは行き当たりばったりなところがあるから読み難いだけ。


 彼が鳥人を国境に連れて行きたがったのは奇襲をかけた際に簡単に仕留められる種族を駐屯地に残したかったのだろう。爬虫類と違って鳥人は空を飛んで逃げられる。とはいえ、鳥人が駐屯地に残ってもラフリクスの計画が大きく狂うことはないはずだ。


 ラフリクスはゾボルザック魔術師団を全滅させて自分の都合の良いように本隊に報告するつもり。タカイラの件を知る者を下手に生かしておくより殺してしまった方が楽――ラフリクスならそう考える。


 草原に全員集合している今、ラフリクスなら魔術一発でここにいる全員を殺すことも可能なはずだった。七面倒臭い計画を立てたのは、自分だけが生き残った状況を本隊に説明するための小細工。


 ラフリクスは単純だ。


 面倒だから自分で仕切る。面倒だから獣人をテントに入れない。面倒だからイヌエンジュにやらせる。面倒だから夜中に騒ぎが起きても聞こえないよう遮音する。面倒だから全員殺し、面倒だから得体の知れない森は燃やしてしまえばいい。


 ゾボルザックに左遷されて以来の鬱屈した感情が、闇の森制圧計画打ち切りとタカイラの死亡で一気に破壊的な方へ切り替わった気がする。


 いっそこの場でラフリクスを斬ったほうが簡単に片がつくように思えるけど、胸の内が読めないのは師令官だ。


 ラフリクスの計画に乗って獣人をアルヘンソ領に抜けさせるのは間違いないはず。でも、大勢の獣人がぞろぞろと国境に向かうのはどう考えても危険。


「どうしてラフリクスに駐屯地を離れる許可を出したの?」


 あたしが師令官に問い質したのは日が暮れた後だった。


 夕食を終え、師令官が一人になったのを見計らってテントを訪ねていくと、散歩しようと連れ出された。そして今、だだっ広い草原を二人で歩いている。


 視界に草原と空と砂漠しかかなくなったあたりであたしは歩調を緩めた。


 満月より少し欠けたふたつの月が東と西にそれぞれ同じくらいの高さで浮かんでいる。明日の今頃、あたしはどこにいるんだろう。


「ラフリクスは国境偵察に行くのを面倒くさがっていつもイヌエンジュに行かせてたのに、わざわざ自分から国境に行くなんて変だと思わなかった?」


 あたしが聞くと、師令官はニッと口角をあげる。


「ラフリクスにはアルヘンソ近くに行ってもらった方がいいんだ」


「どうして?」


「タカイラとラフリクス、二人の魔術師が闇の情報を帝国に売ろうとし、師令官としてそれを阻止するため仕方なく彼らに剣を向けた」


「ってことにするの?」


「ああ」


 師令官はうなずいたあと駐屯地を振り返った。モンキーポッドの奥に篝火が見えている。


 火属性の魔力を持つ魔獣もいるけど一般的には火を怖がる魔獣の方が多い。だから魔獣が生息する場所では火は絶やせない。植物を燃やした火は火炎魔法と違ってどこか温かみがあった。


「エリ。イヌエンジュはわたしたちを見張るようラフリクスに言われたのか、それともエリのことが気になって追って来たのか、どっちだと思う?」


 師令官が見ているのは篝火ではなく一本のモンキーポッド。魔力抑制ローブも使わず木の陰に隠れただけで気づかれないと思ってるのだろうか。それとも気づかせようとしてるだろうか。


「ラフリクスの命令じゃない?」


「エリ、昼間イヌエンジュのテントに行っただろう」


 あたしは驚いて師令官の顔を見た。


「知ってたの?」


「エリの気配が彼のテントで途切れたからな。たぶんラフリクスにも気づかれてるぞ」


「嘘……」


 サアッと血の気が引いた。テント内で何があったかは別として、あたしとイヌエンジュが接触したとラフリクスが知ったら――


「エリを利用してイヌエンジュを脅すかもしれないね」


 師令官があたしの思考を読みとったように口にする。


「テントに行っただけで脅すの?」


「ここに長くいる者なら、二人がお互いを気にかけてるのは気づいてると思うよ」


「恋人でも何でもないのに」


 反論するあたしの頭を師令官が優しくなでた。


「二人が恋人同士かどうかは問題じゃない。イヌエンジュにとってエリが特別だってだけで脅すには十分なんだ」


「イヌエンジュのテントには他の女の人も出入りしてる」


「イヌエンジュは優しいからなぁ。すっかり駐屯地の治癒師だ。タカイラとラフリクスの前では悪ぶってるようだけど、本性は隠しきれるものじゃない」


 何でもお見通しだと言いたげな顔で師令官は微笑んでいる。イヌエンジュを悪く思っていないようなのはいいけれど、


「イヌエンジュはお父さんに嫌がらせしてたのに、そんな甘くていいの?」


「いいんだよ。彼はエリに手を出さないから」


 予想外の言葉が返ってきて、思わずカアッと頰が熱くなった。師令官はあたしの動揺に気づいたらしく「手を出したのか」と苦笑する。


「エリがいいならいいんだ。手を出さないっていうのは危害を加えないって意味だから。エリを大事にしてくれるなら問題ない」


「イヌエンジュは、……そう! ラフリクスの話をしてた」


 恥ずかしくなって無理やり話を変えた。もともと師令官に会いに行ったのはラフリクスの奇襲計画を伝えるためだ。


「密林を燃やすつもりらしいよ」


 師令官もさすがに驚いたようだった。



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