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同居は苦労が憑きもので

作者: 羊蹄

 その女は、気づいたらそこにいた。

 俺の部屋に、いつの間にか住み着いていたらしい。

 もちろん、合い鍵など渡すわけもない。恋人ならまだしも、知らない女だ。第一、俺には恋人も、友人もいない。


 俺の部屋で、風呂に入り食事を作り、食べ、飲み、くつろぎ、寝る女。

 俺のことなど気にも留めない、傍若無人なふるまい。


 この部屋に、女が友達を連れてきたこともあった。親を呼んだこともあった。

 俺に紹介するというわけでもない。ただ呼んで話して遊んで帰した。

 どちらの時にも腹が立ち、怒鳴りつけたが、女は素知らぬ顔で受け流し、やりたいようにやっていた。


「何なんだ、お前! 早く出ていけ!」


 そう叫んだことだって、片手で足りない。

 それでも、何も聞こえないかのように、女は無視を決め込んでいた。



 俺の部屋に、女の私物が増えていく。女の色に変えられていく。

 ひらひらとしたカーテンをつけられ、きらきらとしたランプシェードをつけられ。

 クローゼットの中には、カラフルな服が詰め込まれ、何の動物なのかもわからないようなぬいぐるみがそこかしこに散らばって。


 邪魔なものは、部屋の角にまとめてしまったこともあった。

 だが、帰ってきた女に、元の位置に戻された。帰ってきたというのは、違うか。ここは俺の部屋だ。


 どういうつもりなのかはわからない。

 知らない男の部屋で、こんなに自由にふるまえるというのは、最近の若い女の特徴ということなのか。それとも、この女が特殊なのか?


「いい加減にしてくれ。どこかに行ってくれ。ここは俺の家なんだ」

「お前誰なんだ。俺の知り合いか何かなのか」

「いつからいるんだ。どうやって入ってきたんだ」


 何を聞いても、何も答えない。

 いつまで経っても、女はそこにいた。

 出かけても必ず戻ってきた。


 殴ってやりたいと思ったこともあった。

 いっそ、犯してやろうかとすら思った。

 だが、出来なかった。いくらなんでも、手を出すのは主義に反する。


 そんな俺の甘さが悪かったのだろうか。

 女は、出て行かない。


 文句を言い続け、そちらがその気ならと無視をしてみたりもし。

 変な飾りを壁に貼られるのだけはどうしても許せなくて剝がし。


 何度も何度もブチ切れるのに疲れて、もうこちらから出ていこうかとも思った。

 けれど、それはどうしても負けた気がして嫌だった。




 そして、それから2か月あまり。

 やっと女は出ていくことを決意したようだった。


 部屋の中に増えていく段ボールを見つめ、俺は安堵の息をついた。

 いつの間にこんなに荷物を増やしていたんだろう、この女は。


「せいせいする」


 少し、ほんの少しだけ寂しいような気持ちでそうつぶやいた。

 荷物と女が出ていった、がらんとした部屋の真ん中でようやく俺は落ち着けたのだ。





「――あ、お母さん? うん、今出たところ。やっぱり我慢できなかったわ」

 首と肩の間に携帯を挟み、ボストンバッグを抱えてため息をついた。

「不動産屋さんは何も言ってなかったし、大家さんもいい人だったんだけどさー、絶対何かいるよ」


 いつも感じる視線。

 絡みつくような、敵意のこもったような、熱っぽいような男の視線。


 友人を呼んだ時にも、感じていた。普段の生活の間も、ずっとそれはあった。

 帰ってきたときに、荷物が動いていたことすらあった。

 正体のわからないそれに、もう耐えることができない。霊なのか、それとも犯罪者なのか。結局、それを突き止めることはできなかった。

 突き止めることが、怖くてできなかった、ともいえる。


「だから、就職はそっちで探すから。……うん、やっぱり、女の子の一人暮らしは怖いわ」


 実家に向かう新幹線の時間を確認し、もう一度住んでいたマンションを振り返った。



 カーテンを外したその部屋の窓から、誰かが手を振った気がした。


ここから恋愛に発展していってもいいかもしれない。

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