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コイに恋して

作者: 金原 紅

「ねぇ志岐しき。コイ、食べない?」

「はぁ!?」


 ゴールデンウィークの狭間の平日。有給を取る人が多くて元々閑散としていたオフィスは、定時を大きく過ぎた今はすっからかんだった。

 そんな中でも未だに眉間に皺を寄せてパソコンとにらめっこをしていた男――志岐しきに私は声を掛けた。


 さっきまで絶え間なくキーボードの上を走っていた指が止まったタイミングを見計らって、でも何でもない風に。


「だから、鯉! 一度食べてみたくて色々調べたら、お取り寄せ出来てさ~。志岐も明日からお休みでしょ? レッツ、トライ!」

「いや、トライって。ほんと、深山みやまはムチャクチャだな……」

「何事も経験だって。で、どうするの?」

「ん゛~~~、酒は?」

「イイ日本酒、仕入れてますよ」


 眉間の皺を深くして見上げてくる志岐に、ニンマリと笑みを向ける。

 この男は、美味しい酒で釣れる。今までの経験から、良く知っていることだ。だから自分ではあんまり飲まない日本酒も色々調べて、一緒にお取り寄せをしているのだ。


 ちらり、とスマホの写真を見せると志岐の疲れ切っていた目が輝き出す。


「よし、乗った!」

「は~い、では一名様ご案内~!」

「いや、何だよそのノリ」

「なんとなく?」

「アホか。じゃ、俺はこれから片付けるから。ちょい待ってて」

「りょうか~い」


 そしてあっという間に帰宅準備を終えた志岐と連れ立って向かうは、私の部屋。

 入社してから住んでいるこの家は、同期で何だかんだと一緒に飲み食いすることの多い志岐にとっても慣れた場所だ。勝手にキッチンからグラスを取り、リビングのテーブル近くに置いていた日本酒を飲みだす。


「ちょっと志岐~! 少しは手伝ってよ」

「嫌だ、俺は日本酒に忙しい」

「この飲兵衛め」


 口では文句を言いつつ、ひっそりと笑いを零す。

 この遠慮のないやり取りが楽しい。


 さっさとお取り寄せしたモノを準備して、リビングへ持っていく。


「じゃじゃーん」

「お? 刺身じゃないんだ」

「うん、流石に生ものは期限が短いから志岐をお誘いする暇なかった」

「え、もう食ったってこと!?」

「うん。美味びみでした」


 昨夜食べた鯉のあらいを思い出していると、志岐が悔しそうに舌打ちをする。この男、誘った時はなんか渋ってる感じだったのに、どうやらノリノリだったらしい。

 ニンマリ笑みを向けると嫌そうにもう一回舌打ちをされた。ちょっとムカつく。

 お向かいに座る志岐の足を軽く蹴りつけ、取り寄せしたモノを説明する。


「鯉のうま煮って言って、砂糖とか醤油で煮てるんだって」

「へぇぇ。普通に煮魚なカンジだな」

「そうだね。じゃ、カンパーイ」

「ほい、乾杯」


 日本酒とビールで乾杯。それぞれ勝手に飲みつつ、鯉のうま煮をつつく。


「ん、うま……」

「いい塩梅の味付けだねぇ。生臭さとかも全然ないや」

「濃いめの味だから酒がすすむ」


 志岐はぐびぐびと喉仏を上下させて日本酒を飲んでいく。相変わらず、遠慮がない。

 喜んでもらえているらしい日本酒の銘柄を心のすみっこにメモしておきつつ、私もビールを飲んでいく。


 明日からまた連休だ。遠慮なんてする必要もない。

 ごきゅごきゅ飲み干すビールのなんて美味しいことか!

 ふぅ、と息を吐く私に、志岐がくつくつと笑う。


「なにさ?」

「いや、イイ飲みっぷりだなと」

「志岐ほどじゃないし」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてない褒めてない。酒代請求するよ!?」

「こっちはお前の良く分からん冒険に付き合ってるんですけど~?」


 行儀悪く箸で鯉を指す志岐は、にやりと意地悪く笑う。


「今までもナマコとかくさやとか、蜂の子とか? かなり色々付き合ったなぁ?」

「う゛……。でも、志岐も結構楽しんでるじゃん」

「まぁそうだけどさ。なんで深山は変なモノばっか食いたがるかねぇ」


 そう言いつつ志岐はまた鯉のうま煮を口に放り込む。結構気に入っているくせに。

 むっつり唇をへの字に曲げて、不機嫌を表しつつビールを流し込む。

 その隙間に小さく、小さく。ポツリと言葉を零す。


「…………わざとだもん」


 テーブルを挟んだ向かいの志岐には聞こえないくらい小さな呟き。




 のはずだったのに。




「知ってる」

「っ、え……!?」

「深山が、わざと変なモノ取り寄せて俺呼んでんの」

「は!? いや、ちがっ」

「違くないだろ?」


 こん、とグラスが置かれた音が、裁判官の判決を告げる槌の音のようだ。


 バレてないと思っていたのに。

 ただ、酒に釣られてやって来ているだけだと信じていたのに。


 志岐は分かってこの家に来ていたというのか。

 私が、志岐の気を引きたいから。記憶に残るように、あえて変わった食べ物を用意していたことに。


「~~っ、…………」

「なぁ小春こはる

「っ、はぁ!!??」

「ははっ、どんな反応だよ」


 急に名前で呼んできた志岐はテーブルに肘を突いた手に顔を乗せ、首を傾げるようにして笑う。お酒が入って、少し赤くなった目尻がなんだか色っぽい。

 そんな関係のない感想を抱きながら、熱くなった頬を両手で隠す。

 絶対に、お酒の影響以上に顔が赤くなっている。


「俺だって、好きじゃないヤツの変な趣味に付き合ったりなんかしない」

「っ、う、あぇ……」

「そんなにバグんなって」


 いつの間にか隣に移動してきた志岐が、頬を隠す両手に手を重ねてくる。ぐい、と顔を寄せられ、重なる唇。

 驚きに一瞬硬直したけれど、そっと瞼を閉じる。




 そして長いようで短い口付けから解放されて――。




「鯉の味だぁ」

「……そこは恋の味、じゃないのかよ」

「残念ながら、そんなロマンチックなモノではないですね!」

「…………ほんと、残念だな」


 いつも通りな軽口を叩き合い、志岐と二人で笑いを零すのだった。




鯉と恋と故意。




↓本編中に入れ損なった小ネタ会話。


「しかし、最近は何でもお取り寄せできるの怖いわ〜」

「そう? 美味しいものが手軽に手に入って便利じゃん」

「いや、そうだけどさ……。とりあえず、虫系はもう勘弁な」

「あ〜……善処します?」

「まじ、やめろな!」

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