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テーブルの上に足を上げるなど、子供でもやらない重大なマナー違反だ。こちらから靴底がしっかり見える。思わず眉を顰めたが、壁際に控えている侍女たちにも動揺が走っていた。
しかし、相手が第三王子なので誰も何も言えない。
「あぁ、勘違いするな。これはお前への嫌がらせじゃない。母上への嫌がらせだ」
「王妃殿下への?」
「母上のお気に入りのテーブルに足を上げてふんぞり返ってみたかったんだ。そんな気分になったことはないか? 何だか無性にやってはいけないことをやってみたくなる」
「……ありません」
何を言っているんだろう、この方は。何か変な物でも食べたか、怪しい薬でも飲んでいるのだろうか。自棄にでもなっているのか。
それともこれは王妃殿下の教育の一環で、この状況に対処しろということだろうか。
「遅れて来たささやかな反抗期みたいなものだ。お前もやってみるといい。想像していたよりずっと楽しい」
スチュアートと面と向かって話すのは、そういえば初めてだ。学園やブレスレット騒動の際もこうやって対面したことはない。アシェルと婚約してからもバタバタしてこんな機会はなかった。婚約披露パーティーでもちらっとスチュアートを見かけただけだ。
エリーゼはやっと気が付いた。スチュアートと対面しないよう、誰かにとても気を遣われていたということに。
アシェルやエリアスと同じ色彩。見事なブロンドに青い瞳。ただ、ふわふわとうねった髪のアシェルとは違い、目の前の王子は兄の言うようにキノコヘアーだ。それにほんのり垂れた目。同じ色彩なのに全く違う。似ているかと言われればもちろん兄弟だから似ている。不思議な感覚だ。
「スチュアート殿下は王妃殿下に愛されているからこのようなことはしないのかと思っていました」
ドレスでテーブルの上に足を上げるなどできないので、ヒールを脱いで近くのイスに足を上げる。正直に言うと、こうすればかなり足が楽だ。
スチュアートは「やってみるといい」と振ったくせに足を上げると思っていなかったらしく、一瞬目を見張っていた。
「母上の愛は、愛じゃない。あれは偽物の愛だ。お前こそ大人しくて言い返さない令嬢なのかと思っていたが、なかなか図太くなったな」
「せっかくですからスチュアート殿下と同じ気分を少しでも味わおうと思いまして」
エリーゼも意外だった。スチュアートが他国に婿入りせず、国内に残るようならこんなマナー違反はしなかったかもしれない。
ただ、エリアスとアシェルそしてゼインが不在の時にスチュアートと対話することになったのだ。狙ったようなタイミングは嫌がらせの部類に入るだろう。そのことにエリーゼは少し腹が立っていた。
そして同時にどうしてもスチュアートに聞いてみたいこともあった。
「あの……」
「ナディア……いや、ナディア妃はお元気か?」
出鼻はしっかりスチュアートに挫かれた。